2020年7月17日に、ソニー・インタラクティブエンタテインメントより発売された、『Ghost of Tsushima(ゴースト・オブ・ツシマ)』。本作は『inFAMOUS(インファマス)』シリーズなどで知られるサッカーパンチ・プロダクションズが開発を手掛ける、日本の対馬島を舞台にしたオープンワールド・アクションアドベンチャーだ。

 本記事では、サッカーパンチ・プロダクションズの創業者であるブライアン・フレミング氏(プロデューサー)と、同じく創業者であるクリス・ジマーマン氏(プログラマー)に、本作の開発秘話などを訊いた、インタビューをお届け。なお、後半にはソニー・インタラクティブエンタテインメントのローカライズチームからのお話も聞くことができたので、最後までじっくりご覧いただきたい。

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ブライアン・フレミング

サッカーパンチ・プロダクションズ創業者 プロデューサー

クリス・ジマーマン

サッカーパンチ・プロダクションズ創業者 プログラマー

侍になれる究極のアクション作りとは

──本作で描かれる対馬は、日本人が見ても違和感のない日本らしさが満載で驚きました。

フレミングありがとうございます。日本らしさの再現は、日本のローカライズチームの協力なくては実現しませんでした。細かいところのアドバイスをもらったり、実際に対馬の案内をしてもらったり。違和感のない日本らしさを表現できていたとしたら、そのおかげです。

──作中には時代劇のような演出が含まれていますが、参考にした作品はありますか?

フレミングもちろんスタッフ個々にお気に入りの作品はありますが、強いて言うならば黒澤明監督の作品すべてです。たとえば刀の光が顔に反射される描写ですとか、あとは“風”ですね。黒澤映画はまさに“静寂”といった感じで、動くものが少ない中で、風が効果的に演出に使われています。本作では、そこから着想を得て、風を道しるべのひとつとして使っています。これによって画面のUIを減らすことができましたし、自然が語り掛けてくれるような印象にもできました。開発初期から気に入っている要素ですね。

ジマーマン風や動物たちが導いてくれる、自然が助けてくれるというアイデアは、仁と、彼の故郷である、対馬を結び付けるという意味でも重要でした。

──そのほかに、黒澤映画から着想を得たシステムはありますか?

ジマーマンただ黒澤映画のアクションにするだけでは、それは映画の中のアクションなので、楽しいものにはなりません。そこで、アクションにも黒澤映画の“静寂”を取り入れました。開発初期はアクションがどうしても侍らしくならなくて、その理由を分析してみたところ、我々の作るアクションが激しすぎたんです。

──「激しすぎた」ですか?

ジマーマン侍の戦いは、これまで我々が開発してきた作品と比べると、我慢できないほどに動きません(笑)。しかし、静止するという“動作”を加えたところ、非常に侍らしくなったのです。たとえば一騎討ちのシーンでは、ただ動かずににらみ合うという時間がゲームにあっていいのか迷いました。そこで気づいたのが、侍たちの身体は動きませんが、心は動いているということです。静寂の中で、緊張感がどんどん高まっていくんです。

──なるほど。その戦闘についてですが、どのようなコンセプトで開発を進めたのでしょうか。

ジマーマン時代劇の侍になれることが最初からの目標でした。本作の物語はフィクションですが、究極的にはタイムマシンで鎌倉時代に戻ったかのような感覚を味わってもらうのがコンセプトです。気を付けたのが、“速さ”、“鋭さ”、“正確”さの3点。

 “速さ”は武器を振るう速度です。私は実際に日本刀を振ってみたことがあるのですが、素人の私でも、すごい速さで刀を振ることができました。そのときの感覚をとても大事にしています。

 “鋭さ”は、日本刀が鋭利な刃物だということ。もちろんモンゴル兵の武器も危険なものです。ただ武器でガシガシ殴り合うアクションでは、鋭さは出せません。数発食らってしまえば死んでしまう危険性が、鋭さとしてゲーム性になっています。

 そして“正確さ”ですが、仁は侍として日々剣術を突き詰めて鍛錬しています。侍の世界では、一瞬のミスが命取りになるからです。プレイヤーにもその気持ちになってもらいたくて、戦いでは正確な動作をしないと命取り、という感覚が得られるように調整しました。

──では、仁が使用する近接武器を、日本刀のみに絞った狙いはありますか?

ジマーマン槍や薙刀などを持ち、武器のバリエーションを持たせることも可能ですが、やはり時代劇の華は、日本刀による剣戟です。武器がたくさん使えて、武器ごとのアクションをそれなりに楽しむのではなく、日本刀だけで最高のアクションを目指しました。日本刀だけでも、膨大なモーションキャプチャーを収録しましたし、構えの変更による多彩な技で、日本刀を追求した戦いが楽しめます。

──戦いでは回復する手段が薬などではなく、気力で回復するというのが印象的でした。

ジマーマン開発の途上で、薬や包帯など、既存の回復方法はすべて試しました。ですが、全部しっくりこなかったのです。そこで、時代劇を作るというコンセプトに立ち返りました。時代劇の侍たちは、大きな傷を負っても怯むことなく突き進む場合があります。映画だから、で済ますのではなく、なぜ突き進むのか根拠を考えたところ、彼らの中にある使命感や侍魂が、身体を突き動かしているのだと思いました。そこで、気力で回復するという方法を試してみたところ、これがしっくり来たのです。

 気力は、攻撃や防御をうまくこなさないと溜まりません。ただ回復アイテムを拾ったり使ったりして回復するのではなく、あえて危険な場面に飛び込まないと回復できない。この緊張感も、時代劇的な要素につながりました。

──また、技の種類が多いのも特徴ですよね。どの技から習得すればいいのか迷いがちなところですが、あえて自由に習得できるようになっているのでしょうか。

ジマーマンはい。プレイヤーには、自分のプレイスタイルに合わせて、自由に技を習得していってほしかったんです。たとえば剣術しか興味のない猪武者もいれば、気づかれずに暗殺をする冥人道を極めるのも良いでしょう。ちなみにですが、序盤は防御系の“守る”技から習得すると、どのプレイスタイルでも戦いやすいと思いますのでオススメです。

──細かい点ですが、攻撃相手の任意ロックオンを採用しなかった理由を教えてください。

ジマーマン本作は開発に6年掛かっていますが、バトルだけでも5年ほど開発を続けました。そして、その中でロックオン等の開発にも1年費やしたほどです。開発中、当然任意ロックオンも試しましたが、本作はひとりの侍と、大勢のモンゴル兵が戦うゲームです。続けざまに襲ってくる敵をつぎつぎとなで斬りにしていく戦いを、侍らしく、濃密かつスピーディーに描きたいのに、任意ロックオンがあると、そこが薄れてしまいます。1対1の戦いでは効果的なのですが、全体としては合わなかったんです。

――ちなみに2019年には本作同じく時代劇モノのアクションゲーム『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』が発売され、ゲームオブザイヤーに輝くなど、高い評価を得ました。開発中にああいったタイトルがヒットしたことは、プレッシャーになったのではないでしょうか。

フレミングたしかにプレッシャーはありましたが、どちらかというと開発中に我々も遊び尽くして大好きになりました(笑)。あと、世界的にはあまりない、時代劇モノというジャンルが、素晴らしい作品で盛り上がってくれたので、単純にうれしかったですね。たしかに刀を扱う部分は同じですが、ゲームデザインやゲームの雰囲気は似ていませんし、同じ時代劇モノのライバルというより仲間という感じがします。そして我々は開発者として、いちプレイヤーとして、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』のファンであり、リスペクトしています。

――──最後に読者と本作をこれからプレイされるの方々へ、メッセージをお願いします。

ジマーマンいよいよ発売となり、プレイしてくださる方々には感謝しかありません。しかも、日本のプレイヤーに「カッコイイ」、「時代劇のようだ」と思っていただけたら、なによりの褒め言葉になります。ぜひ日本の多くの方々に、本作を遊んでもらいたいです。

フレミングちなみに本作は、あるひとつの要素以外、すべて1周で取得可能です。ゲーム中重要な決断を迫られるシーンがあり、そのとき手に入るものが二者択一になっていますが、それ以外はすべて残さず入手できます。“風”の導きにしたがって、対馬でのすばらしい冒険を、ぜひ楽しんでみてください。

ローカライズチームが明かす登場人物たちの秘密

 本作に登場する人物たちの名前の由来についてもうかがったところ、ローカライズチームの方々から詳しく回答をいただくことができたので、最後にその内容を紹介しよう。

ローカライズチーム 基本的に、そのまま日本でも通用するような名前ばかりだったので、ほとんどの名前は開発チームから渡されたままのものを使用しています。

 庶民の名前については、開発チームの求めに応じて、日本語版制作チームで当時の史料に記載されている名前を集めて送ったり、歴史学者の先生にご相談して、新しい名前を出していただいたりして、提供したものもあります。ちなみに、庶民の女性の名前は記録に残らないことがほとんどなので、先生に“ありえたであろう名前”を創作していただきました。

 また本作は世界中で発売されるため、世界中の方に楽しんでいただく必要がある一方で、日本では他国と比べて、当然ながら日本史に詳しい方が多く、一般常識として知られていることも多いので、日本語版だけは名前を変更した人物も少数ながら存在します。もちろん、変更については開発会社に共有しています。では、メインキャラクターたちの名前について回答します。

■境井 仁:“さかい”と読む苗字は数種類あるのですが、本作のローカライズを担当したスタッフが「一般的な文字ではなく、印象に残る用字にしたい」、「元との国境である対馬を守る武家の一族だから“境”という字を入れたい」と考え、“境井”という字を選びました。

 さらに、“武士と冥人との間(境)で揺れている”という仁のキャラクター性も考慮しています。なぜ“境”ではなく、“井”を足した“境井”にしたのかというと、“境仁”ではお坊さんの名前のようにも見えてしまうためです。

 また、“じん”については、当時の武家の本名である諱(いみな)は、基本的にすべて訓読みであるということや、主君や両親以外が諱を呼ぶことは不自然であるとの考えから、“本名は境井仁(さかいひとし)であり、通称が仁(じん)である”という設定にしています。

 ちなみに、武士の名前というと“清盛”、“義経”のように二文字の名前を一般的に連想されるかとは思いますが、一文字の名前・一字名を継承する一族もあります。たとえば、酒吞童子を退治したことで有名な、渡辺綱を祖とすると言われる渡辺党は、代々一字名を受け継いでいるそうです。境井一族も同じく一字名を受け継いでいるということに、少なくとも日本側の設定ではなっており、仁の父も一文字の名前にしています。

■志村:“しむら”という読みで、もっとも一般的と思われる漢字を使用しています。映画『七人の侍』で侍たちを率いる勘兵衛を演じられた、志村喬さんも意識しました。(作品完成後、開発チームに聞いたところ、彼らが“Shimura”と名付けたのもやはり志村喬さんへの敬意からとのことでした)

■コトゥン・ハーン:ハーンについては日本側で決めた名称はありません。ちなみに、ゲーム内に登場する日記にハーンの名前が出てくるのですが、カタカナだと多少不自然だったため、そこでのみ“兀云汗”という漢字を当てています。

■石川先生:“いしかわ”という読み方のもっとも一般的と思われる用字を採用しました。石川五右衛門などとも同名であるため、時代劇との親和性も高いと思います。(ちなみに、英語版でも“Sensei”と呼ばれています)

■ゆな:おそらく、ゆな自身は自分の名前を書いたり読んだりしたことは1度もないはずで、署名する際にも名前以外の記号などを書いていたことでしょう。したがって、ひらがなが正規表現であるというよりは、文字として書かれたことがないだろう名前を便宜的にひらがなで表示しているということです。

■政子:北条政子などで、一般にも親しみがあると思われる用字を選びました。ただ、北条政子の“政子”は実際の名前ではないと思いますが、そのあたりは一般的な知識とまでは言えないのではないでしょうか。

 また、“~子”というのは、史実では、貴族の姫か、あるいは武家の子であっても、平清盛の娘である建礼門院の“徳子”や北条政子など、朝廷から身分を与えられた場合にしか使われなかったと思いますが、本作の政子については幼いころからの男勝りな性格に父親が「貴族の姫様のようにしとやかになるように」と、ふざけてつけた名前という設定が、日本版にはあります。ですが、彼女の夫は、政子のそういう面にも惚れ込んで父親経由で求婚したそうです。