クリエイターのアイデアを取り込む姿勢を大事に
――霊基再臨のたびにイラストが大きく変わるサーヴァントも多いですが、そのバリエーションは奈須さんが考えられるのですか?
奈須場合によっていろいろです。設定の段階で「こんなふうに変化させたい」とライターさんからの要望があるときもあれば、絵師さんのほうから「この設定なら、こういう方針で強化されていくのはどうでしょうか」という提案もあります。だから、霊基再臨のバリエーションの決めかたは流動的で、上がってきた提案の中でいちばんいいものを選ぶ、という感じです。
――ライターさんやイラストレーターさんの提案で驚いたエピソードはありますか?
奈須織田信長などのイラストを担当しているpakoさんの“信勝事件”でしょうか。当初、信勝の登場は予定していなかったのですが、「描いてみました。よかったら使ってください」と、pakoさんからデザインが送られてきて(笑)。それがすごくいいデキだったので、急きょシナリオを追加して増やしたという……。でも、ほかの絵師さんも似たような感じです。「どうしてもこの霊基は違うポーズにしたいんです」とか「表情を変えていいですか」とか。そういったクリエイターさん側からのアクションはすごく励みになるので、こちらもそのキラーパスに応えられるよう、尽力しています。
――イラストレーターさんからでもアイデアを提案しやすい環境があるのですね。
奈須デザイン面とビジュアル面に関しては武内が統括しているんですけど、武内もクリエイターなので、いいイラストが送られてきたら、スケジュールよりもそちらを優先しちゃうんですよね。買い切り型のタイトルでは、スケジュールや予算の都合もあって、企画書になかったものはどんなにいいものでもほとんどの場合は切り捨てられます。それは、クルマを作るときに設計図通りに作ることと同じくらい当たり前のことなんです。でも『FGO』に関しては、後からオプションパーツをつけるくらいならいいよ、くらいのユルさでやっています。
――その“オプションパーツ”が後からゲーム内に加わるときは、それに合わせて設定も変えられるのですか?
奈須設定は基本的に変わりません。たとえば、「エイリークの出番って少ないよね」、「言われてみればそうだった」といった感じで出番を増やすとか、そういう調整のしかたですね。
――アルトリア〔リリィ〕など、過去のシリーズ作に登場したときとは異なる個性を持ったサーヴァントもいますが、これにはどういった理由が?
奈須アルトリアのリリィやサンタオルタ、エミヤ〔オルタ〕は、武内の無茶ぶりです。シナリオ制作の視点で言ってしまうと余分な贅肉なので、シナリオライターのアイデアから生まれることはないんですよ。武内が「かわいいキャラクターがほしい」とか「エミヤにもオルタを実装したい」とかおもむろに言ってくるんです(笑)。たとえば、エミヤ〔オルタ〕は、エミヤが悪堕ちしたらそれはエミヤとは言えませんから、シナリオ側からは提案することすらなかったでしょう。武内にやってほしいと言われたから、「特例として、こういうケースならありえるかな」と、改めて考え直して、設定を煮詰めていきました。そうして、実際に生み出してみるとユーザーさんには大人気だし、シナリオにも味が出るし、「あ、ここに遊びが必要だったんだ」と気づかされるというか。
――武内さんからの無茶ぶりが、ゲーム全体のアクセントとしてうまく機能しているというわけですね。
奈須シナリオサイドとクリエイターの関係性のバランスはいいと思っています。『FGO』はシナリオサイドが主導のゲームですけど、だからといってシナリオライターがすべてを決めてしまうと、そういう遊びが生まれませんから。
――ちなみに、武内さんのお願いを断ることもあるんですか?
奈須たいていは断りますよ! 「無理だから止めて」って。でも、聞かないのよ……。
制作チームによってサーヴァントが召喚されるまで
――『FGO』のサーヴァントを1騎生み出すまでに、設定を考える時間も含めてどのくらいかかるものでしょうか?
奈須つぎはこの英霊をサーヴァントにしてみようと考えたら、サーヴァントを担当してもらうライターさんを決めます。それから1、2週間ほどで英霊のことを調べ、設定を考えてもらいます。その設定に自分がオーケーを出したら、設定をうまくイラストで表現することができそうな絵師さんを探し、ラフ設定を描いてもらうまでに1ヵ月。そのラフ設定を武内が預かって、方向性を変えずに進めるか、違う方向性にするかを検討し、ゴーサインが出ればそこからデザインをフィックスしてもらいます。さらに、仕上げに1ヵ月ほどかかるので、設定からビジュアルの完成までには約3、4ヵ月ですね。一発で「これだ!」となった場合は、すべての作業が2ヵ月ほどで終わることもあります。
――それからバトル画面のイラストやモーションなどの作成が始まるのですね。
奈須はい。完成した設定とデザインをディライトワークスさんへ渡して、バトル画面に落とし込む作業が約3ヵ月かかります。できたものを動かせるようにするのに1ヵ月か2ヵ月で、そのあいだ同時にボイスの収録も進めるので、すべての工程が終わるまでに1騎あたり6~9ヵ月くらいになりますね。
――とくに難産だったサーヴァントは?
奈須ビジュアル面で制作が難航したのは刑部姫です。担当絵師の森山(大輔)さんは仕事が早くて、いいイラストをガンガン送ってくるんですよ。4種類のパターンの刑部姫が送られてきたんですけど、そのすべてがすばらしいクオリティーで、「この中からひとつなんて選べないよ!」と。心を鬼にして選ぼうとしているときに、5つ目のパターンが送られてきました(笑)。
――では、設定のほうで苦労されたことは?
奈須設定で頭を悩ませたのは、いかにして(源)頼光を女性にするかということでした。サーヴァントとしての設定を決める前の段階で、武内が「頼光は女の子がいい」と言い始めたんですよ。「本当にやめて!」と思ったんですけど、なんとかしようと担当ライターさんといっしょに頼光のことを調べているうちに丑御前のエピソードに行き着きました。それで、『Fate』の歴史では頼光と丑御前を同一人物ということにして、“女性として生まれたが、父親からは男性として源氏の棟梁となることだけを望まれていた”という設定にすれば、ユーザーさんにも納得してもらえるのではないかと思い、いまの形に落ち着きました。
――『FGO』には頼光を始め、史実では男性の人物が女性のサーヴァントとして描かれていることが多いですが、その理由は?
奈須英霊には女性が少ないので、ゲーム内の男女の割合のバランスを取るために、少しでも女性にできそうな英霊は率先して女性にしています。それでも、頼光は最初の時点だと女性にするつもりはなかったですけどね!
――『マンガで分かる!FGO』に登場するリヨさんのオリジナルサーヴァントには女性が多いので、ポール・バニヤンのように実装すれば男女の割合に悩むことも減りそうです。
奈須『マンガで分かる!FGO』は基本的にリヨさん時空なので、正直な話、奈須が見ちゃうとオールボツにせざるをえないんですよ。どんなにおもしろくても、世界観を預かる身として「これはダメ」とジャッジするしかない。とはいえ、自分が監修して「『FGO』だとこうだから」と口をはさんでしまうと、ゲームの『FGO』と同じものになるので、内容は見なかったことにして、リヨさんのセンスできれいにまとめていただくという方針を取っています。ただ、バニヤンだけは特別に、リヨさんの設定をゲーム風にマイルドにするとこうなります、ということを示しました。それで、『マンガで分かる!FGO』でのバニヤンはナチュラルボーンバーサーカーですけど、ゲームのバニヤンは、人の心がちょっとわかるかわいいサーヴァントになっているんです。
5周年に向けて、さらにユーザーを楽しませ第2部は完結へ向かう
――運営型のタイトルでは、ガチャで仲間になるキャラクターの死が描けないという壁があります。その点、『FGO』には英霊をサーヴァントとして召喚するという設定があるので、ユーザーはその死に対しても比較的寛容ですよね。
奈須ストーリーの中で散ったサーヴァントと、召喚してつぎに会うサーヴァントは別ですが、同じ英霊なので究極的な別れではありませんからね。でも、じつは『FGO』にはサーヴァントの死に関して、確固たるルールがあります。それは、メインストーリー上で命を落としたカルデア側のサーヴァントは、それ以降のメインストーリーでは原則的に登場しないということです。いっぽう、イベントは担当ライターさんに自由に書いてもらっているので、人によっては再登場させることもあります。でもそれはあくまで“IF”的な展開というか、「そういうこともあったかもしれないね」という扱いです。ある人のカルデアでは、もうそのサーヴァントとは一生会えなくなっているかもしれないけど、またある人のカルデアではそうでもない、という揺らぎを表現したいのです。
――一貫性を持たせるために、メインストーリーでの再登場はないということですか。今後も第2部のストーリーが続いていきますが、すでに折り返しに入りました。そろそろ完結後のことも考えておられると思うのですが。
奈須第2部はたとえるならフルコースのようなものなので、完結までTYPE-MOONも総力を挙げて作ります。そのフルコースを完食したユーザーさんが「もうお腹いっぱいです。このレストランを後にするよ」と言って帰られるか、フルコースの後も「まだ食べられます」と言われるかによって変わりますね。まだ残って遊びたいという人がいるなら、運営側として楽しんでもらうために努力しなければいけないと思っているので、“完結後”の展開も用意だけはしてあります。
――完結後の展開!? それはどういった内容を想定されているのでしょうか。
奈須第2部のストーリーから続いた内容にするAパターンと、第2部で完全にカルデアの話は終わらせて異なるストーリーを始めるBパターンのふたつのパターンを用意しています。どちらも、「これならおもしろそうだ」というアイデアも浮かんではいるんですが……。
――現在の段階では、奈須さん自身にはどちらの構想もあるのですか?
奈須もう考え始めておかないと間に合わない時期なので、草案は用意してあります。でも、それを決めるのはユーザーさんですから。こればかりは自分でも読めない。あと、さすがにそのころには本職のゲームのほうも進めなければいけないので、悩みどころではあります。
――本職というと、リメイク版『月姫』にも期待したいところです。
奈須いま少しだけテストプレイをしているけど、おっさんゲーマーほど超楽しいと思うよ。
――その言葉が聞けて生きる楽しみが増えました(笑)。これまでのメインストーリーの追加ペースから考えると、完結よりも先に5周年を迎えますが、そちらに関してもひと言お願いします。
奈須いままでのサービスからクオリティーを落とさずに、今後も満足度をさらに高めていくつもりです。ユーザーさんの期待と好奇心のハードルをクリアーしていくのが5周年に向かうための条件だと、胸に刻みつけていきます。