シオカライブ、ハイカライブ、テンタライブの演出&振り付け
『スプラトゥーン』の歴史を語るうえで、忘れてはならないのが、シオカラーズやテンタクルズがおなじみの曲を歌って踊る、バーチャルライブ。生き生きとしたパフォーマンス、息を呑む演出は観客を魅了し、公演はすべて大盛況。配信にも多くの視聴者が集まり、『スプラトゥーン』の名物にもなっている。演出を手掛ける橋口氏、振り付け兼モーションアクターのめろちんさん、ライブ成功の立役者ふたりに、ステージに懸ける想いを訊いた。
橋口雄樹(はしぐち ゆうき)
ドワンゴ所属。『ニコニコ超会議』や『ニコニコ超パーティー』などのイベントの仕事に幅広く携わった後、VOCALOIDキャラクターによるMMDをはじめ、VTuberフェスなどの、バーチャルライブ全般の総合演出に。
めろちん
2010年に、ニコニコ動画で踊り手として活動を開始し、高い実力で注目を集める。現在は振り付け師、DJとしても精力的に活動中。
橋口雄樹氏Twitter(@uk725suya)
めろちん氏Twitter(@melomelochin)
『スプラトゥーン』のダンスのジャンルは?
――まずは、『スプラトゥーン』のライブに関わることになった経緯からお聞きできますか?
橋口もともと、僕はVOCALOIDキャラクターのライブやVTuberフェスなど、ドワンゴ主催のバーチャルライブ全般の演出を担当していたんです。それもあって『スプラトゥーン』のライブには、企画構想ができ上がった段階から関わるようになって、そこで振り付けやモーションアクター、楽曲のアレンジなど、ライブに必要なことを考えたときに、『スプラトゥーン』仲間でもあり、一緒にダンス関連の仕事をしていためろちんに声をかけました。ライブの世界観やテイストも、めろちんにピッタリだと思って。
――もともと『スプラトゥーン』で遊んでいたわけですね。
めろちん橋口さんとは付き合いが長くて、『スプラトゥーン』もめちゃくちゃ遊んでましたね。
橋口楽曲のアレンジに関しては、5年前からいろいろなイベントをいっしょにやってきた大山さん(編注:大山徹也氏のこと。作・編曲家で、ベーシストでもある。)にお願いしました。スタートはそのふたりを呼んだところからですね。
――企画の最初からめろちんさんと大山さんの起用は決まっていたと。任天堂からはどんなオーダーがありましたか?
橋口まずは、僕らからアイデアを出さなければ、ということで、ドワンゴチームで作ったコンセプトを任天堂さんに持っていったんです。それを叩き台にして、打ち合わせを重ねつつ、振り付けはめろちん、アレンジは大山さんにしたいということも伝えました。
――ライブの演出というのは、どのように決めていくもなのでしょうか?
橋口いろいろな作りかたがあるとは思いますが、まずはコンセプト決めからですね。その後、お客さんに楽しんでもらうことを最優先に、僕らがやりたいことや任天堂さんが希望することなどをバランスを取りつつ内容を考えていきます。たとえば、シオカライブの時点でナワバリバトルの曲も演奏しよう、という提案もしましたが、最初のライブでしたので、まずはシオカラーズ楽曲にフォーカスにすることになって。その後、曲の順番やどんなアレンジにするかを決めていきました。
――めろちんさんや大山さんからアイデアが出てくることも?
橋口もちろんありました。いったん大枠の流れができた後、各演目の振り付けや演出に関してはめろちんといっしょに考えていくことが多かったです。めろちんは、『スプラトゥーン』の世界観を深く理解してくれているので、助かりました。
めろちん振り付けを考えたら、ラフの映像を送って、任天堂さんに確認していただくんです。ダンスをあまり経験されていない方が相手のときは、ほぼこちらにお任せで「これでオーケーです」っていう返答をいただくことが多いんですが、任天堂さんの場合は違いましたね。すごく細かいところまでチェックしていただいて、ここはこうしてほしい、こうしたらどうか、という意見をいただいて。ダンスの専門家ではなくとも、ライブをいいものにしたいという想いが伝わってくる返答ばかりで、とてもうれしかったです。
橋口任天堂さんの『スプラトゥーン』への愛を感じて、こちらもすごくやる気がでました。
――それは、たとえば「アオリだったらこういう動きをすると思うんです」といったお話が出てくるということですか?
めろちんそうですね。キャラクターのクセや特徴を教えてくれたりとか。
橋口振り付けの収録のとき、アートディレクターの井上さん(井上精太氏)が振り付け収録のためだけにたくさんラフスケッチを描いてもってきてくださって。すごくわかりやすかったですし、その情熱が本当にすごいなと。
めろちんその場でスケッチを描いてくださることもあって、とても進めやすかったです。
――力を合わせて作っていく、いい雰囲気だったんですね。
橋口『スプラトゥーン』の魂を任天堂さんが伝えてくれて、それをめろちんが吸収しつつ、自分の感性を加えるっていう、すごくいいチームでした。
――これまで明確にはされていませんでしたが、めろちんさんは振り付けだけでなく、モーションアクターとして、シオカラーズ、テンタクルズのモーションキャプチャーも担当されていたわけですよね。
めろちんはい。これまで振り付けをしていたことは言っていたんですが、モーションアクターのほうは言っていなくて。やっと言えます(笑)。
――満を持してですね(笑)。めろちんさんがモーションアクターをやることも最初から決まっていたんですか?
橋口振り付けとモーションアクターが別の方が担当することもあるんですが、彼はVOCALOIDキャラクターをはじめとするいろいろなバーチャルキャラクターの動きをいっしょに作ってきていたこともあって、経験が段違いで僕の意図したこと等をすんなり体現できるんです。だから、すべてめろちんに任せました。
――振りはどのように作っていくのでしょうか? サビの振りが浮かんできてそこに肉付けするのか、冒頭から作っていくのか、とか。
めろちん曲によって、あとはシオカラーズとテンタクルズでも変わってきますが、おっしゃる通りサビから作って肉付けすることが多いです。シオカライブやテンタライブを観たことがある方ならわかると思うんですが、大山さんが仕上げてきた音源がすごくカッコいいんですよ。聴いた瞬間にブワッと湧いてくるイメージと、自分の中の『スプラトゥーン』像をミックスさせて、振り付けを考えていきました。『スプラトゥーン』は、イカとタコがいる独特の世界観ですよね。だから、「よくあるふつうの振り付けではダメだ」と思い、ポップでカートゥーンなイメージも盛り込んでいます。あと、それぞれの曲に対して、必ずひとつはフックになるというか、印象に残る振り付けを入れるようにしています。
橋口この曲と言えばコレ! っていう印象付けは意識しましたね。
――ダンスにはいろいろなジャンルがありますが、『スプラトゥーン』はどれに当てはまりますか?
めろちん“魚介類”ですかね(笑)。
橋口(笑)。ジャンルは『スプラトゥーン』としかいいようがないよね。
めろちんそうそう。僕自身「自分のジャンルは“めろちん”です」って答えることが多いので、『スプラトゥーン』に関しては、『スプラトゥーン』と“めろちん”の融合なのかなって勝手に思っています。
橋口そこも、めろちんにオファーした理由のひとつですね。ロックとかヒップホップとか、ジャンルに縛られるダンスにしたくなかったんです。ジャンルが曖昧というか、新しいジャンルを生み出せるめろちんがベストでした。
アオリ、ホタル、ヒメ、イイダそれぞれのイメージ
――最初に振り付けした曲はどれですか?
めろちんたぶん『イマ・ヌラネバー!』ですね。観客もいっしょに手を振れる部分から考えた覚えがあります。このオファーをいただき、セットリストを見たときに、楽しみな思いもありましたが、ハードルが高すぎるっていうプレッシャーもあって(苦笑)。だからまずは、1曲あげてみないと始まらないなって思って、入れやすい振りから考えました。
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――ハイカライブの『イマ・ヌラネバー!』では、観客もシオカラーズやテンタクルズといっしょに踊っていて、一体感がありましたね。
めろちん何がうれしいって、振り付けが浸透してくれていることですよね。生放送のコメントでも、「この振り付け好き」って書かれると達成感があります。
――振り付けに関しては、開発スタッフから大きな修正希望が出ることもあったんでしょうか?
めろちんありましたね。なかには、ガラッと変えた曲もありました。『マリタイム・メモリー』だったかな。バラードというか、ゆったりとした曲って振り付けが難しいんですよね。さらに、シオカラーズやテンタクルズがやるっていうところで、テンポの遅い曲は全体的に苦戦した思い出があります。
橋口任天堂さんの提案で変えることが多かったですね。テンタクルズの修正が多かったんだっけ?
めろちんシオカラーズのほうが振り付けが多いぶん、修正も多かったかな。でも、的を射た指摘と、どうすればいいかというアドバイスもいただけるので、修正はやりやすかったです。
――なるほど。修正もあって、振り付けは難航することもあったのでしょうか?
橋口キャッチボールしたものを、めろちんがすぐ反映できるので難航はしませんでした。ただ、収録はすべてひとりだったので、時間はかかりましたね。
めろちん収録は大変でした。これはモーションアクターとしての話なんですが、毎回ふたりぶん、ハイカライブの場合は4人ぶん踊っているから、同じ曲を少なくとも2回、もしくは4回収録しているんですよ。飛んだり跳ねたりが多いので、体力的な部分がきつかったです。観客の方からすれば、録った順番なんて関係ないですし、誰かひとりの動きが弱かったら絶対よくないので、毎回気合を入れました。
――やり直すこともあるでしょうし、各曲ひとり1回の収録では終わりませんよね? 1曲に対して何回くらい踊ることになるんですか?
めろちん基本的には複数回踊っていますね。踊っていると、それに合わせてキャラクターが動いているところがリアルタイムで見られるんですよ。それを任天堂の方々に見てもらっているので、ちょっと違うなとか、こうしたほうがいいかもっていう部分を修正しつつ収録を進めました。
――ユニットとしての動きもありますから、各キャラクターの位置関係も考慮しながら収録されているわけですよね?
めろちんはい。全部僕の頭の中で完結しているんですけど、かなり気を遣いますね。『フレンド・フロム・ファラウェイ』のように、イイダが振り向いた後、それを受けたヒメが反応して……みたいな振りがありますよね。『あさってColor』にも似たシーンがありますが、すべて頭の中で考えながら踊ってました。
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――それはすごい……。アオリ、ホタル、ヒメ、イイダ、それぞれの動きで気をつけているところはどこですか? できればダンスを知らない人でもわかるように教えていただけると……。
めろちんパッと当てはめていくと、アオリは元気いっぱい、ホタルは丁寧、ヒメは天才、イイダはセクシー、くねくねっていうイメージです。
――わかりやすい! ヒメの天才というのは振り付け的にはどういうものに?
めろちん言葉の通り、ヒメって天才なんですよ。型にはまらないというか、動きを見てもわかる通り、踊りというよりは、完全にヒメにしかできない動きっていうイメージになってます。
――たしかに、ヒメは自由という印象がありますね。
めろちん自由ですね。媚びないというか。
橋口シオカラーズがアイドルでしたからね。テンタクルズは、アイドルでもダンサーでもないから、“天才アーティスト”っていう側面を出すように意識しました。任天堂さんからも、ヒメは型にはまらない感じで、と言われていました。
めろちんヒメの収録は、とくに楽しかったですね。
橋口いちばん自由だったよね。
めろちん当初の振り付けには、任天堂さんから「もっと男前な感じです」という指摘が入ったんです。それを指摘に合わせると素に近いイメージになったので、「じゃあ、僕の素でいいんですね」と。それで、わりと自由にやらせてもらってました。
――ヒメはめろちんさんの素に近いと(笑)。
めろちんはい(笑)。
橋口ほかは、もうキャラクターを入れ込んでがんばってたよね。イイダのとき腰痛めてたし(笑)。
めろちんイイダはセクシーなポーズが多いので、腰をくねらせので、腰が痛くなりました(苦笑)。
――めろちんさんの頭の中にキャラクターを降臨させつつ収録していたんですね。
めろちん「はいアオリ」、「つぎホタル」、「ヒメ来た!」、「イイダ入ってきた!」とか、そういう感じで。
橋口アオリのパートを録った後、つぎの曲にもアオリとホタルのパートがあるときは、引き続きアオリで、という流れで効率よく降臨させていましたね(笑)。
――アオリとホタルは振り付けの決まったダンスだと思いますが、ヒメとイイダは振りよりも演技に近いようなイメージもあるのでしょうか?
めろちん演技とも違って、振り付けを見せたくてパフォーマンスしているわけじゃなく、観客や曲を盛り上げるために振りを入れているっていうイメージですね。
橋口収録中も本当にライブをやっているような雰囲気でした。シオカラーズもテンタクルズも、振り付けが決まっている部分以外は、毎回動きは違うんです。その中でも、テンタクルズはとくに違いが大きかったですね。
めろちん振り以外のところはすべてアドリブなんですよ。だから同じ動きをしてほしい、って言われても難しいんです。
橋口「さっきのよかった」って言うんですけど、「どれだっけ?」って返されたりして(笑)。収録もライブのようで、任天堂さんも楽しんでいましたね。
『あさってColor』だけシオカラーズの法則を変えた意図
――シオカラーズとテンタクルズの動きの違いは、それぞれのキャラクターの違いの動きがいちばん大きいのでしょうか?
めろちんはっきり違うところは、シオカラーズは“踊りがシンクロしている”ということですね。
橋口シンメトリー(左右対称)に動いていたり、ふたりでひとつといった、アイドルユニットらしい振り付けになっています。
――シンメトリーに動きながらも、アオリ、ホタルらしさも出すと。
めろちんはい。踊りをピッタリと合わせつつも、ふたりの個性も出す、ということは意識しました。アオリはホタルよりもはしゃぎ気味で、とか。同じ振りでもアオリは足を開いていて、ホタルは閉じている、という場面もありますね。
橋口振り付けもそうですが、MCの部分がいちばんゲームの姿に近いから、かなりこだわりました。
めろちんそうですね。踊りよりもMCのほうが苦戦したかも……。
橋口その場で見ていた任天堂の方が、キャラクターの重心についてアドバイスをくれたりもしました。
めろちんホタルは基本的にどちらかの足に重心が乗っていて、気だるい感じが出ている、アオリははしゃいでいるけどかわいこぶっているわけじゃない、といったイメージを教えていただいて。そこを動きに反映させるのがたいへんでしたね。
――テンタクルズもMCはたいへんしたか?
めろちんいえ、むしろ間を作らずに動き回るので、テンタクルズのほうがやりやすかったです。
橋口難所はイイダの腰くらいですかね(笑)。
めろちん腰はとにかく難しかったです。
――大山さんにインタビューしたとき、「めろちんはイイダのスクラッチの音に合わせて、その動きを反映させてくれたりと、細かな音まで汲み取ってくれる」とおっしゃっていました。そういった部分は、曲を聴いたらすぐに思いつくんですか?
めろちんたまたま僕もDJ活動をしていて、キーボードやピアノもやっていたので、そこは動きに活きていますね。イイダがショルダーキーボードを持ち出す場面では、実際にキーボードを持って動きを録ったんですけど、指の動きまで曲とシンクロできていると思います。スクラッチも、近寄って見ると手をクロスさせたり、フェーダーを動かしたりして、再現度は高いはずです。
――いろいろな経験が活かされているんですね。
橋口まさに適任でした。
めろちん個人で活動してるときも、DJしつつ踊ったりもするので、そういう意味ではイイダと同じようなことをしているわけで。あまり悩まずに行けました。
――振り付け以外の部分はすべてアドリブなんですか?
めろちん踊っていないところはアドリブです。もとの曲ではなく、アレンジされた音源をしっかりと覚える必要あり、そこがいちばんたいへんでした。
橋口収録の現場では、僕がガイド役になって目の前でテンポをとってあげたり、「つぎはこの動き」とか指示を出したりしてやっていましたね。
――先ほどのお話にあった『あさってColor』や『フレンド・フロム・ファラウェイ』などの間奏での掛け合いもすべてアドリブで?
めろちん基本的には僕が想像して、こういうことをやりたいって相談させていただいてから録っています。『あさってColor』は、相方がいないと苦しい、お互いを大切に思っているというふたりの想いを表現しました。『フレンド・フロム・ファラウェイ』もふたりの想いを描いている部分では似ていますが、もっと前向きに、観客ともいっしょに手を振る動きにしています。これは、任天堂さんからの要望でもありました。
橋口『フレンド・フロム・ファラウェイ』は観客も入り込める曲にしようっていうコンセプトがあったので、そこをめろちんが膨らませてくれました。
めろちんちなみに、テンタクルズのふたりがいちゃいちゃしているのは、僕がやりたかっただけです(笑)。表情に関しても、僕から笑顔にしてほしいってお願いしている場面もあります。
――会場もコメントも感動に包まれてました。泣いている人も多かったですね。
めろちん本当によかったです。これは小ネタなんですけど、シオカラーズは基本的にシンメトリーに踊っているんですが、『あさってColor』だけは同じ方向で踊っているんですよ。決していままで仲が悪かったわけではありませんが、改めていっしょになったことで同じ方向で踊るっていう、僕のこだわりです。
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――おお……。それを聞いてから改めてライブを観ると鳥肌がたちますね……!
橋口めろちんからそのことを相談されたとき「やるじゃん!」って思いました。
めろちん『あさってColor』は、イントロがいちばん好きなんですよね。スッと歩き出すところが個人的に好きで。ふたりの姿が見える前に、光が出てくる演出もよかったですね。
橋口『あさってColor』は、とてもいい演目でしたよね。バーチャルライブは、照明の当てかたがすごく難しいんですよ。強く光を当てるとキャラクターが消えてしまうので、前をかすめるようにしたり、出力の部分を調整したりと、いろいろ工夫しています。
――ああ、いま観ると、冒頭の光の演出のあとに踊り出すので、シンメトリーじゃないことがわかる瞬間でもありますよね。
橋口そこまでわかって観ている人がいたらすごいですね。
めろちんさすがにそういったコメントは見たことがないかなあ。ライブの生放送のときって、お客さんの顔がちらっと映るじゃないですか。小さいお子さんから大人の方まで、全力の笑顔でサイリウムを振っているのを見ると、僕が泣いちゃいます(笑)。