●私のゲーム遍歴
桜井 自分はゲームには幼いころから触れていて、いまにいたります。『スペースインベーダー』ブームから始まるアーケードゲーム時代、パソコン、ファミコンとともに群雄割拠っぽくなった時代など、まんべんなく楽しんでいますので。単行本『桜井政博のゲームを遊んで思うこと2』の巻頭企画でもまとめていますが、自分のゲーム体験は、そのままビデオゲームの歴史でもありますね。
吉田 僕は子ども時代によく温泉に連れて行かれていて、そこにゲームがあったのでふつうに遊びましたね。でもやっぱり、ファミコンの『マリオブラザーズ』が衝撃的すぎました。“家のテレビの中のものを動かせる”ということ自体にショックを受けましたし、ひとり用もふたり用もルールは同じなのに、ふたりで遊ぶときは協力しても反目しても楽しめるという秀逸な作りで。その体験があって、「将来はゲームを作る!」と決めたんです。小学校の卒業文集には、“ゲームプログラマーになる”と書いてありますね。
小高 小学生のころから目指していたんですね。確か桜井さんもそうでしたよね?
桜井 いえ、自分がゲームの仕事に就くことを考えたのは16~17歳でした。そこでゲームの研究を2年間続けたんです。バイトで稼いだお金でゲームを買い、おもしろいものからそうでないものまで、とにかく多くのゲームをクリアーして。それでハル研究所に入り、すぐにゲームデザイナーになりました。
吉田 ここまでの話だと、僕もそのままゲーム業界へ入ったと思われますが、小学校の卒業から半年後には“盗んだバイクで走り出す”状態になっていましたから!
小高・桜井 (爆笑)。何があったんです!?
吉田 荒れた中学時代でした(笑)。でも、それなりの共学高校に進学できたんです。とりあえず「オレが学校を仕切ってやる!」ぐらいの気合で入学したのに、生徒たちがみんなホワ~ンとしていて、空気感もピンク色なんですよ。そこで自分がハンパなく浮いていることに気づいて、3ヵ月後くらいには自分も同じ方向に……。「やっぱり女子とは楽しく遊んだほうがいいな!」と(笑)。
小高・桜井 (爆笑)。
──吉田さんがハドソン(当時)に入社されたのは、北海道在住だったからですか?
吉田 ハドソンでバイトをしていたんです。その流れで入社試験を受けたら「いいから早く入れ」と言われて……。でもじつは、チュンソフト(現スパイク・チュンソフト)も受ける予定だったんですが……。
桜井 小高さんとニアミスですね!
吉田 当時、チュンソフトは新人募集をしていなかったんです。でも学校を通じてお話をしたら「履歴書を送ってください」と言われて。その後、面接してもらえることになったのですが、その直前にハドソンから内定をもらったんです。荒れていて母親に心配をかけた時期もあったので、早く安心してもらいたくて、ハドソンに入ることを決めました。あとは、一度ゲーム業界に入ってしまえば、その後の業界内での異動は楽だろうと考えていたところもあります……。
──そんないきさつがあったんですね。
吉田 幻と消えた、『天外魔境III NAMIDA』のスタッフでもありました(編註:NECホームエレクトロニクスが発売したハード・PC-FXに向け制作されていたRPG。2005年にプレイステーション2で発売された同名作品は、当時の企画内容とは別物)。
桜井 あの『NAMIDA』ですね……!!
吉田 はい。村人のメッセージは全部書かせてもらえて。シナリオが書きたくてゲーム業界に入ったので、『天外魔境』のシナリオが書けるのが、すごくうれしかったんです。入社1日目に「何がやりたい?」と聞かれて「テキストが書きたいです」と答えたら、「明日までに書いてきて」と言われて。それで書いたら任せてもらえるようになって。それからどんどん職域が広がって、広井王子さんにチェックしていただいたりもしました。何時間働こうが、会社に何泊しようが幸せな毎日でしたね。ところが、諸事情により肝心のゲームが発売されないという……!
小高・桜井 うおおおお!
吉田 『NAMIDA』は“7枚の鏡を割る”というお話だったんですけど、ホント、6枚割るところまでは完成していたんです。
桜井 それは文字通り“涙”ですね……!
──もはやゲーム遍歴のお話ではなくなりましたが(苦笑)。小高さんはいかがですか?
小高 小学生のころにファミコンブームがあったので、『DQIII』の発売日に並んだり、自然にゲームには親しんでいましたよ。
桜井 高橋名人がヒーローだった?
小高 そうですね。16連射でスイカを割るやつとか、ホントに「スゲー!」と思いましたもん。
──ピュアですね(笑)。
小高 で、中学生でメガドライブとかが発売されて、技術の進化にすごく驚きました。ゲームに出てくる女の子がひたすらかわいいんですよ! なんか、ぬるっとしてて、やたらとセクシーなんですよね。初めてそこで性的興奮を覚えました(笑)。
桜井・吉田 (爆笑)。
小高 その後、大学生のときプレイステーションが発売されて、ゲームショップでアルバイトもして。 年代ごとにトピックがあって、ゲームファンとしては黄金期というか、 いちばん楽しんだ世代なんじゃないでしょうか。
──シナリオを書き始めたのはいつですか?
小高 ゲームは好きですし、 すごく遊んでいましたけど、 ゲーム業界に入ろうと思ったことはなかったです。僕は映画がすごく好きで、映画のシナリオをやりたいと思っていたんですね。……まあ、そっちがうまくいかなくて、ゲームの仕事を受けているうちにゲームシナリオが職業になったという感じです。 いずれにしても、「オリジナルを作りたい」という思いが強くて、 安直に映画よりもゲームのほうが作れそうだなと思ったんですね。 フリーランスでシナリオライターをやっていても、 なかなかオリジナルは作れないので、 これは会社に入らないとダメだなと。 それで何社か受けました。 吉田さんのお話じゃないですけれど、 僕は最初にアトラスを受けていて、 面接してもらうタイミングでスパイク(現スパイク・チュンソフト)から内定をもらいました。シナリオ性のあるゲームといえば、 当時はアトラスのほうが強かったんですが、 逆にスパイクにはあまりなかったんですね。それで、「オリジナルの企画を通すのなら、 スパイクのほうがチョロそうだぞ」と思って(笑)。
桜井・吉田 (爆笑)。
──じ……自由が利くという意味ですよね!
小高 スクエニさんみたいな規模のでかい会社では、企画すら通らないだろうと。 だから、 最初から受ける気はまったくなかったです。 とにかく自分の企画を通したかったんですよ。 まぁ結果的にスパイクはチョロかったんですけどね。
吉田 もう見出しになってる絵面しか浮かばない。「結果的にチョロかった」って(笑)。
ゲームの未来
小高 ゲームって、1970年代から世に出始めて、まだそれほど経ってないじゃないですか。5年後、10年後のことは、5年前や10年前にはわからなかった。その発展途上の雰囲気が、僕はすごく好きなんです。だから未来は、予測がつかないことになっているとうれしいですね。「スマホがすごい」、「VRがすごい」というふうに、型にはまっていてほしくないです。いっそ、「形としてなくなっちゃった」とか。「ファミ通がなくなっちゃった」というような。
──それは困ります(笑)。
小高 「もう体にチップ埋め込んでいるよね?」ってみんなが話題にしていたりね(笑)。かと思うと、「突き詰めて考えたら、ジャンケンがいちばんおもしろいよね」みたいな世界に……。
吉田 それ、先祖返りしてますよね(笑)。
小高 とにかく、まったく想像がつかないものになっていてほしいです。そしてそこに、僕も参加していたいですね。
吉田 僕は、変わるときは派手に変わるだろうから、あまり未来のことを考えてもしょうがないと思っています。そのうえで、スクエニに所属している以上、僕がというよりスクエニとして3~5年以内には、HDのAAA級タイトルを作らないといけないと思っています。そうしないと、後に続く人が増えてこないという危機感があって。6月のE3で、『ゴッド・オブ・ウォー』の新作や『Horizon Zero Dawn』を見て、尋常じゃないほど悔しくて。そういう作品を期待されているスクエニという会社に、僕は在籍しています。若いころの僕なら、いまの自分と同じ立場にいる上司に対して、「なぜこれを“ウチの会社”でやろうとしないんです!?」と、食ってかかっているだろうな、と。だから、まずはそこですね。ここまで海外メーカーに差をつけられたら、とにかく悔しい!
小高 特攻服を着てカチ込むわけですね!?
吉田 「いくぞオラ!」みたいな(笑)。
桜井 背中に漢字で“須苦得仁”、みたいな。
吉田 やばい、おもしろすぎる(笑)。
桜井 吉田さんのお話はここ数年の目標でしたので、自分からはもう少し長いスパンのお話を。ゲームの未来は、これからも多方面に広がっていくのは間違いないと思います。いま自分たちがやっていることの延長線上に答えがあるだけではなく、カジュアル系のスマホゲームもあるし、VRもある。体感型の施設なり、逆にハンドへルドなり、『Pokemon GO』のようにGPSを用いたゲームもある。だんだん拡散していくのは間違いないですが、問題は拡散される中で何が突破力を持ち得るか、ということなんです。拡散するということはつまり、それぞれが弱くなるということでもありますから。突き抜ける力を持たないと、ゲームの未来が弱いものになってしまうかもしれないと思うんです。ちゃんとファンがついてお金を落としてくれるうえで、いろいろな未来が広がっていくのなら、それは素敵なことだと思います。けれど、たぶん全部が生き残れるものではないから、広がることに対する刺激的な未来があればいいなと思います。
──ちなみに、年を取ったらゲーム作りをやめようと思うことはありますか?
桜井 ありますよ。必要がなくなったらすぐにでもやめようかなと思っています。というか、フリーランスになったときから、自分がディレクターでなくてもいいと思っています。
小高 僕はわかりません。未来のゲームにはどう携わっているのか? またショップ店員に戻るのかな? いまは、いまを生きています。
吉田 ゲーム作りが楽しいと感じている限りは、ずっとやっていると思います。それがつまらなくなったら、すぐにやめると思います。会社も同じです。
小高 スクエニの窓ガラスを割ってから?
一同 (爆笑)。
吉田 中学の卒業式で、先生のクルマのタイヤが4本ともなくなっていたのを思い出しますね。地面に車体だけ置かれていました……。
──悪い学校ですね……。
吉田 中学校は住んでいる地域で決まるので、僕が選んだわけではなく、たまたま行った学校がそうだったと。事故です。環境適応ですよ!
桜井 でも、7枚目の鏡は割れなかった。
小高 哀しい……。
ゲームのここがスゴイ!
桜井 吉田さんが話題にされましたが、ゲームは画面の中のものを動かせることが大きいですね。自分のゲーム作りにおいても、それが原点になっています。子どものころパソコンが買えなかったので、お小遣いを貯めてファミリーベーシックを買ったんです。これの容量が2キロビットぐらいしかなくて、文字もツメツメで打ち込まなければならなかったのだけど、何と言ってもファミコンのスプライトを動かせるという強みがあったんですね。ファミリーベーシックのおかげで、ファミコンのコントローラを操作して、「こういうふうに変数を入力すると、こう慣性が働くし、手触りが変わるんだな」ということを勉強できたため、ゲームがすんなりと作れるようになっていたんです。
──“ものを動かせる感動”が原点なんですね。
桜井 と言うより、体感ですね。たとえば、コントローラに内蔵されたゴムの反動は変わらないはずなのに、ゲームの場面に応じてものすごく重たく感じて、実際のデバイス以上の感触を得られたりするじゃないですか。そういう“物の操りかた”や、“どんな場合にそう感じるのか”については、昔からずっと興味があります。そこについては今後も追求していきたいと思っています。
──なるほど。吉田さんはいかがですか?
吉田 “自分が操る”ということがいちばんな気がします。子どもって、自分が働きかけた通りに何かが動くことに対して夢中になれるじゃないですか。ゲームの“鋭さ”って、そういうところなのだろうと思います。
桜井 RPG的な観点では何かありませんか?
吉田 僕がゲームのシナリオを書きたいと思ったのは、『DQIII』のエンディングで衝撃を受けたからです。自分の体験……まさにロールプレイングなんですけど、あたかも自分がそこにいるかのように、本を読む以上に夢中で戦い、倒れ、それについて友だちと語り合ったりもして。映画や本も大好きでしたが、ここまで自分の心をわしづかみにされたのは、ゲームだからこその体験だったのかなと。
──小高さんはいかがですか?
小高 遊び手としては“没入感”でしょうか。これほど入り込めるメディアって、なかなかないんじゃないかな。たとえばホラーゲームなら、怖すぎて死ぬかと思うような体験ができたり、「もしかしてVRホラーで人が死ぬんじゃないか?」とか思ったり。作り手としては、“インタラクティブ性”ですね。僕はシナリオ演出の一環としてゲームを考えるので、そういう意味ではシナリオを伝えるためのゲームのインタラクティブ性はかなり有効だと思っています。『ダンガンロンパ』も、ゲームのインタラクティブ性があってこそ入り込めますし、感動するポイントが多くありますから。
桜井 あの、ひとつつけ加えていいですか? 自分は、“駆け引き”という言葉になぞらえてゲームのおもしろさを調べているんです。『マリオ』がなぜおもしろいのかとか、落ちものパズルはなぜ積もったピースを消すとスッキリするのかということに対して、とりあえずの解答を考え続けているんですね。たとえば、“マリオがカメに近づく”ということは、“リスクが増す行動”ですよね。遠くにいるときはやられる可能性はありませんから。危険が最大になり、ジャンプして踏んで状況を覆すことができたとき、快感が生まれるという。さらに“甲羅を蹴る”ことで“リターン”が重なり、“壁にぶつかって跳ね返ってくるリスク”がある。そういうものがつながっておもしろさが増すという考えかたがあるんです。でも最近確信として思うのは、そういう“ゲーム性”を強めるほどカジュアル層のウケがなくなるということです。
吉田 しんどいですよね。ゲームって、なかなかそこまで真剣に楽しんでもらえるものではなくなってしまったと感じています。いまは消費文化の時代で、「気楽に遊べればいい」という空気がありますよね。
桜井 ゲーム性を突き詰めることはおもしろいのだけど、しんどいと感じる人もいますね。
小高 ライトノベルなどでも、最近は地の文章を読まない人が多いですよ。読むのはセリフだけ。だから、一冊読み終えるのが早い。
桜井 台本みたいな感覚なんですね。
小高 そうです。遊び手の楽しみかたがそうなっている。でも、これが本来のゲーム性だからと、作り手に合わせさせるのも嫌だなと。「そういう楽しみかたが好きな人も楽しめますよ」と、うまく誘導する必要があります。
桜井 そうですね。遊び手の皆さんに目線を合わせて考えることは大事だと思います。
ゲーム作りのポリシー
桜井 自分にくり返し言い聞かせ、スタッフにも言うことでもありますが、“作り手の都合は、遊び手には関係ない”です。コンピューターはすごく頭が堅くて理屈っぽいものですから、何をやってもダメなことがあるんですよ。プログラマーだって、全部を実現できるわけではないですし。毎日いろいろな判断をしている中で、“遊び手に利益やおもしろさがあることなのか?”という評価軸はつねに持っていないといけません。……ゲーム作りのポリシーは、それこそ何十何百とありますが、いまパッと思いつくのはこれですね。
吉田 僕は、“自分が遊んでおもしろいと思えるものを作る”です。なぜなら、自分がひとり目の遊び手だからです。世界にもし自分と同じ感覚の人がいてくれれば、きっとその人もおもしろいと思ってくれるはずです。でも、自分すらつまらなければ、下手すれば世界中の誰ひとりとして、このゲームをおもしろいと思う人がいない……なんてことになりかねないと考えています。
小高 吉田さんと同じで、“自分がピンと来るか、来ないか”です。最初の『ダンガンロンパ』を作っていたとき、「なんてカルトなゲームを作っているんだ」、「誰も遊ばないかもよ?」なんてことをスタッフと話していたんです。「でも、僕たちの中では最高におもしろいよね!」って。それで発売してみたら、意外と仲間がいた!(笑) それがスタートでしたので。
桜井 逆に、ピンとこないものを作り続ける人はいるんでしょうかね? 会社の命令でやらなきゃいけないこともあるでしょうけれども。
吉田 桜井さん、それは桜井さんが恵まれた環境だったからです!(笑) ひと昔前のゲーム業界では、そういうことは多かったですよ。「いまこの瞬間から新規プロジェクトを立ち上げて、来年の3月までに30万本の穴埋めをしなさい」と会社に言い渡されるような。実際、僕は過去に目の当たりにしてきましたし、“ビジネスである”ということは、そういう経験をした人もかなり多いと思うのです。
桜井 それはたいへん失礼しました!
吉田 会社に命令されたら作って売る。そうしないと、会社が儲からないのでつぎのゲームが作れません。だからそういった状況になったとしても、少なくとも、「自分だけでも“おもしろい”と思えるものを作ろう」という気概を持ち続けたいんです。
小高 僕はスタッフを説得するときに、桜井さんがおっしゃったポリシーに似たようなことを言い出すときはありますよ。「……うん。でもそれ、遊び手には関係ないからね」みたいな。そう言っておいて、ちゃっかり、自分の希望をねじ込んじゃう(笑)。
私のお悩み相談
■小高氏の悩み 「僕、ゲーム業界で生きていけますかね? 先々のこと、何も考えていないんですよ」
桜井 みんなそうですよ。とくにゲーム業界なんて、五里霧中に決まっているじゃないですか。だから、その時々の役割を考えてやっていくしかないですよね。
吉田 いまが楽しければいいんじゃないですか? もしつまらなくなったら、やめるか、変えるかすれば。
小高 僕はあまり出世欲もないですし、ゲームってやっぱり“会社のもの”じゃないですか。そんなことで生きていけるのかなって(笑)。
吉田 小高さんは大丈夫だと思いますよ(笑)。
──もう38年も生きてこられていますし。
小高 そうか。じゃ、あと2年ぐらいでいいか。
桜井 若い人はそういうことを言うものですよ。60歳の自分の姿なんて想像できないですし、そのころには死ぬと思っているものです。
吉田 ああ、そうですね。
小高 じゃあ、何とかなるってことですね! 最悪、ファミ通で雇ってもらえれば!
桜井・吉田 “最悪”って……(笑)。
■吉田氏の悩み 「まったく仕事をしたくない日があります。どうしたらいいでしょうか?」
──いままでどう対処されていたんですか?
吉田 半年に1回あるかどうかなんですが、心底やりたくないときはしません。会社も休みます。そのぶん、ふだんは人の3倍は仕事をしているので、「1日ぐらいいいじゃないか」と。休んでずっと映画を観たり、本を読んだりしますね。何度も自分で分析しましたが、なぜそんなに仕事がしたくなくなる日があるのか、さっぱりわからないんです。
──1日休めば復活できるんですか?
吉田 「しかたない」と思えますし、夜になると罪悪感でいたたまれなくなります。休んでいても、メールは容赦なくどっさり届きますので……。おふたりはどうしていますか?
桜井 自分はガマンして仕事します。
小高 僕は仕事がシナリオ執筆なので、気持ちが入り込まないと始まらないんですよね。だいたいいつもそんなにやりたくないですし。でも、やり始めるとノッてきますので。
吉田 僕だけダメ人間というオチですね(笑)。
小高 僕、大学受験のときにめちゃくちゃ勉強したんですよ。なのに、試験の1ヵ月前にまったくやる気がなくなってしまって……。
桜井・吉田 あとちょっとなのに惜しい(笑)。
小高 なんか、そういうことってあるんでしょうね。疲れきってしまったらダメなやつ、と言いますか。1日ぐらいサボるのがちょうどいいんじゃないですか? それが1ヵ月続いてしまうと、もう戻ってこれませんけど。
吉田 頻度はしょっちゅうじゃないですよ。半年に1日程度です。それが土日に当たればいいんですけどね。……でも、基本的に仕事が好きなので、土日もしてるんですが。
桜井 それは! きちんと休まれたほうがいいですね。温泉にでも行って(笑)。
小高 体が悲鳴を上げてNGサインを出しているんじゃないですか? 原始的なことをしないと、人間はやっぱりダメになりますよ。
吉田 確かにそうですね。じゃあ、めちゃくちゃな生活を少しずつ改めていきます……。
桜井 メールチェックしたらダメですよ。
吉田 でも、やっちゃうんですよねぇ……。
小高 できるだけ裸に近い格好で、文明から離れるというか、野生に返りましょう。
吉田 じゃあ、特攻服で。下は何もつけずに。
小高 まさに“特攻”という感じで(笑)。
■桜井氏の悩み 「悩みを抱えていても、絶対に相談しません。そうして苦しんでいるとき、わたしはどうしたらいいのでしょう?」
吉田 相談すればいいじゃないですか。僕に休めと言うのと同じことですよ(笑)。
小高 でも、僕も同じで相談できないんですよ。相談しているうちに、なおさら嫌になるんです。だから僕の場合は、寝ますね。悩んでいると寝つけないものですが、「自分は寝れば忘れる明るいタイプだぜ」と思い込んで(笑)。
桜井 つまりそれは自己暗示ですか?
小高 そうです。ウイスキーとか飲みながら、「この酒で忘れちゃうから!」と。
桜井 残念ながらお酒が飲めなくて……。
小高 そこはコーラでがんばりましょう!
──相談したくならないものですか?
桜井 したくないし、相談しても解決しないものです。企画書を書くときも相談しません。
小高 まったくもってその通りですね。僕も書き途中のシナリオは、自分でおもしろいと思えるまでは誰にも見せません。
桜井 見せてしまうと、自分の内圧が下がるんですよね。そこで満足してしまいそうで。
小高 圧が下がるのもそうですが、中途半端なものを見せて「つまらないやつだ」と思われたくないということもあります。悩みについても、人に話して発散したくても、打ち明けた相手のリアクションを想像して面倒臭くなると言いますか。同情されることを考えると、「やっぱいいや」と思ってしまうんです。
──吉田さんは、いかがですか?
吉田 僕は言うほうです。仕様書を書き上げたとき、ゲームって明確に答えがあるわけじゃないですから、A案とB案で悩むことがあります。自分では理由があってA案を選んだけれど、B案にしなかったリスクもあるわけで。それを声に出して人に相談していくと、自分の中でどんどん整理がついて解決できたりすることが多くて。相談された側は、「何で相談したの?」と思っているかもしれませんが。
桜井 ディレクターの中には、うまくキャッチボールできる人が近くにいることで、力を発揮する人もいますね。そういう相手がプロデューサーだとベストなのでしょうが、自分は毎回制作現場を変えていることもあって、なかなかそうはならないです。任天堂などからも、わりと一任されていますし。
吉田 なるほど。でも、一度話してみたらどうですか? けっきょく悩みは自分でなんとかしないと解決しないものですが、少なくとも声に出すことで突破口にはなると思うんです。意外と発見もあるものですよ。
これからもお楽しみに!
──たくさんお話をしていただきましたが、そろそろお時間のようです。締めくくりに、読者の皆さんにひと言お願いします。
小高 桜井さんや吉田さんのコラムと違って、僕のコラムは本当に息抜きに読んでもらえればいいなと思っています。ファミ通の中でいちばんつまらなくて、ためにならないページを目指しています! 読んでも何の情報もないページを。あと5~6回がんばります!(笑)
桜井 わたしのコラムは連載期間が長くて、ファミ通の歴史全体の3分の1くらいになったようなんですが。求められる方がいる限りは続けていきたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。
吉田 隔週連載でコラムを書く限り、ファミ通に『FFXIV』の情報を載せてくださるという交換条件で書いております(笑)。「もうそろそろお前はいいや」と言われるまで、打ち切りにならない程度にこのままがんばります!
2016年7月某日収録
撮影場所:StudioGovie(スタジオ・グービー)