広井王子氏が総合演出を務める“少女歌劇団ミモザーヌ”が、いよいよ2020年12月から本格始動する。

 “少女歌劇団ミモザーヌ”とは、「『和』の文化を背負い、“世界でも活躍できる”少女達の成長を見守り、応援していく新しい形のライブ・エンタテインメント」(公式サイトからの抜粋)。吉本興業による“少女歌劇団プロジェクト”から生まれたグループで、プロジェクトの発表から2年のあいだ研鑽を積み、この11月に初のお披露目ショウが世界に向けて配信されたばかり。現在、1期生14人、2期生8人、研究生1人の計23人が所属しており、この12月30日には、第一回公演となる“Begin~始まりの歌~”が控えている。

 この2年間、“少女歌劇団ミモザーヌ”に打ち込んできた広井王子氏はどのような思いで、第一回公演を迎えるのか。広井王子氏を直撃した。(聞き手:ファミ通グループ代表:林克彦)

少女歌劇団ミモザーヌ公式サイト
広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃

広井王子氏

アニメやゲームなどの原作を手掛けるマルチクリエイター。『サクラ大戦』シリーズや『天外魔境』シリーズなどでおなじみ。
少女歌劇団ミモザーヌでは総合演出を務める。

本当の意味でのプロフェッショナルの育成がミモザーヌ

――今回は広井さんが総合演出を務められている少女歌劇団ミモザーヌについてお話を伺っていきたいのですが、広井さんで歌劇団と言うと、やはり『サクラ大戦』が連想されますね。

広井そうですね。直接『サクラ大戦』と関係があるわけではないのですが、いまミモザーヌには16歳から19歳までの女の子たちがいて、その子たちが実際に舞台に立っているわけですから、言ってみれば“リアル『サクラ大戦』”ですよね。

 昔、僕が子どものころに、叔母が17歳でSKD(※)に入ったのですが、当時は15歳とか17歳の子が、ラインダンスを100人以上でやっていたんですよね……。いまでは、観たことがある人もすっかり少なくなってしまいましたが。

※SKD:1928年から1996年まで存在した、レビューやミュージカル公演を行う松竹歌劇団の通称。

――確かに、少女歌劇団が何なのかわからない人が大半だと思います。そもそも、少女歌劇団ミモザーヌとは何なのでしょうか?

広井端的に言えば、令和の世にお送りする“少女歌劇団”です。しかも、ミモザーヌでは、平成とは違うことをやるつもりでいます。平成は誰でも舞台に立てたりするように、敷居がすごく低くなりましたよね。その敷居を、逆に高くするようなことをやっていこうと思っています。

――敷居を上げていくのですか?

広井オリンピックなどを見ると、フィギュアや卓球、スケートでは10代前半の子が世界大会で優勝したりしますよね。そう考えたときに、「エンタメはそこに行かないのかな」と思ったんです。もちろん、スポーツにもアマチュアの世界はありますが、オリンピックみたいな舞台もあるわけです。でもエンタメにはそれがない。

――エンターテインメントのオリンピック、と言われて連想するようなものは確かにないですね。

広井そういう意味で、ミモザーヌのコンセプトは本当の意味でのプロフェッショナルの育成です。しっかりと基礎ができて、そのうえで歌って踊って演じることができる女の子を育てていこうというものです。

 僕にとって舞台はものすごく神聖なもので、僕が舞台で観たような方々も、基礎を叩き込んだうえで舞台に上がられています。そういう方々にお見せして恥ずかしくないものにしていきたいです。

――10代の少女を劇団員とすることにしたのはなぜですか?

広井スポーツでもそうですが、スター選手は若いころから毎日のように練習をして、基礎をしっかりと固めています。ミモザーヌでも最初の半年間は、基礎の勉強に費やしています。体幹トレーニングやストレッチをみっちりとやってから、振り付けを教えていくようにしました。この鍛えかたをしようとすると、小中学生しか考えられないんです。

――それはなぜですか?

広井理由は、夜遊びをしないからです(笑)。夜遊びをしなければ、自主練ができますよね。習ったことは絶対に自主練で反復しないと意味がなくて、そこが命なんです。ミモザーヌでは土日しかレッスンができないので、その反復を日々こなして、つぎに来たときに課題点を自覚して、自分でクリアーしていく。それをきちんとこなせる子たちだけが、上がっていけるんです。

――自主的な練習も大事なのですね。

広井人にやらされるのではなくて、自分でやりたいと思って舞台に向かっていけるようにしたいです。そういう意味では、すごく素直な子たちに参加してもらいましたし、親子面接もして、ご理解のあるご家庭のお子さんにきてもらっています。

――1期生の募集には700名以上の応募があったそうですね。

広井そこからいま残っているのが、14名です。やはり最初の半年が辛くて、そこで辞めてしまうんです。ひたすら基礎だけに取り組むので、何をやらされているかもわからないし、キツいんです。ずっとクランプ(※)をしながら歌うとか、アイソレーション(※)を1時間しっかり……。そんなことを半年継続するんです。

※クランプ:ロサンゼルスで生まれたとされるダンス。脚を踏み鳴らすストンプ、胸を突き出すチェストポップ、腕を振り下ろすアームスイングの3つが基本の動きとなっている。
※アイソレーション:“独立”、“分離”といった意味を持つ単語で、ダンスでは身体の各部位を独立させて別々に動かすトレーニングのこと。

――それはたいへんですね。

広井アイソレーションとかは、最初はみんなギクシャクしてしまって、「なに、これ!?」となるのですが、それができないとヒップホップは踊れないんです。全身の骨格を理解して動かせるようにならないといけないので。

 動けるようになるまで1年かかることもあるのですが、これも画一的にやる必要はなくて、2年かかる子は2年かけていいと思っています。できる子はできる子で、つぎのステップに進んでもらっています。

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少女歌劇団ミモザーヌ

さらに進化したレビューを提供したい

――ヒップホップという単語が出て驚いた読者もいると思うのですが、ミモザーヌのショウではさまざまなジャンルの音楽を扱っていますよね。ミモザーヌのショウである、“レビュー”について教えていただけますか?

広井レビューと言うと、「宝塚歌劇団みたい」と思われるかもしれませんが、レビュー自体をきちんと説明できる人はあんまりいないかもしれません。もともとは、フランスでその1年にあった出来事をショウ形式で見せるということで、revue(批評、調査の意)として始まったと言われています。宝塚は大正時代にヨーロッパで流行っていたグランドレビュー形式を持ってきて定着させたのですが、この形式はもうヨーロッパにはほとんどないんです。

――そうなのですね。

広井ラスベガスにもレビューがあるのですが、それは進化系のレビューになっていて、それこそヒップホップを取り入れたりもしています。ミモザーヌでも、そんな進化した形を取り入れつつ、さらにもうワンステップ新しくしたいと思っています。もっといまに合ったレビューがあるのではないかと、考えています。

――ミモザーヌでは新しいレビューを作っていくということですね。

広井僕が考えたレビューは、ひとつの緩いテーマがあって、それに沿って構成されているショウですね。12月30日に開催するレビューの第1回のテーマは“Begin”です。何かの始まりや新しい気持ちを並べています。まず基本形を作りたいと思っています。

――テーマによって披露する曲が変化していくのですね。先日のお披露目会ではオリジナル曲を13曲披露されていましたが、ミモザーヌは基本的にオリジナル楽曲で展開していくのでしょうか?

広井オリジナルだけでなく既成曲も取り入れています。昭和歌謡やジャズなどを2割くらい取り入れながら、あとは僕が書くオリジナル曲を用意して、それをショウにしていく予定です。

 ミモザーヌのレビューでひとつの特徴として言えるのは、いろいろな音楽が入っているということです。ミュージカルに近いイメージを持っている人もいるかと思うのですが、ミュージカルはひとつ物語の中で音楽が寄り添う形式です。レビューは幕の内弁当的かもしれません。ごちゃごちゃってしてます。

――レビューはストーリーに合わせていくのではないということですか?

広井レビューは、いろいろな音楽を入れる器だと思っています。いちばんわかりやすいレビューとしては、アラウンド・ザ・ワールドという形式があります。これはSKDがやっていたのですが、たとえば新婚夫婦が羽田から世界旅行に行くんです。香港に行けば香港の、インドに行けばインドの音楽を披露して、その過程で強盗が出てくるといったトラブルに見舞われたりしながら、パリでケンカ別れしたりする。その後ニューヨークでまた出会って、「やっぱり君しかいない」となって、日本に帰って大団円となるんです。

――それはおもしろそうですね。旅先の音楽やダンスがつぎつぎに披露されていくわけですね。確かにストーリーよりも歌や踊りが先にあるような印象です。

広井今回の第一回公演は、アラウンド・ザ・ワールドではないのですが、サンバやジャズ、ヒップホップを入れたり、曲によっては和風のアレンジにしたり、あるいはゴスペルっぽいものを作ったりしていて、世界中の音楽を入れていこうと思っています。いずれは、アラウンド・ザ・ワールド形式もやりたいですね。

――ジャンルがひとつに固定されていないぶん、演じる女の子たちはたいへんそうですね。

広井たいへんです(笑)。ですので、ミモザーヌは曲選抜です。曲ごとにセンターを決める形式にしています。というか、そうしないと成立しないんです。でも、オールマイティーな子もいるので、そういう子には切り札的に動いてもらうこともあります。

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃
2020年11月に行われたお披露目生配信より(以下、同)。

「王子に任せる」と言われ、燃えて総合演出を担当することに

――広井さんはそんなミモザーヌで総合演出を務めていますが、そもそもどのようなきっかけで広井さんが総合演出を担当することになったのですか?

広井吉本興業の大崎会長(崎は立つ崎)のクルマにたまたま乗ってしまったからです(笑)。2年くらい前に、偶然で大崎さんとお話しする機会があって、「どんなことをしてきたの?」と聞かれたので話をしていたら、急に腕をガッと掴まれて、「俺といっしょにやろうよ!」と言われたんです。

 「な、なにを?」と思ったのですが、大崎さんも過去に堺少女歌劇団を手掛けられていて、僕もついうっかり、『サクラ大戦』をやっていたので、「少女歌劇団をやりましょうか!」と言ってしまった。「よしそれやろ!」って。

――すごい勢いですね。

広井お話を聞いた瞬間は、大崎さんのオーラもあって引き込まれたので、いっしょにやれたらいいなと思ったんです。でも家に帰って冷静になって、長文でお断りのメールをお送りしました。大正時代にあった少女歌劇団が戦後になくなって、宝塚も宝塚少女歌劇団が宝塚歌劇団に変わったのですが、その理由は、20歳になったところからビジネスが成立するのに、少女歌劇団はそこを捨ててしまうからなんですね。

――少女歌劇団はビジネス的に成立しないという事情があったということですね。

広井そうなんです。これは無理があると。それに、教育機関もありません。入団していきなり舞台に出すわけにもいかないので、そうするとカリキュラムから何から作らないといけないのですが、そのメソッドもない。そういうことをメールに書いて送ったら、30分くらいで返事が来たんです。「おもしろいね、やろう!」って。「待て、待て」と(笑)。

――おもしろい、ときましたか(笑)。

広井教育にもすごくお金がかかって、舞台が2本作れるくらい費用をかけないと1年間回らないし、関東組は大阪に新幹線で通ってもらうわけだから、教育期間中はその交通費や宿泊費もこちらが負担しないといけないし、先生へのギャランティーもある。とにかくお金がかかるんです。そういう風に、「いろいろ必要ですよ」と言ったのですが、「王子に任せるわ」と(笑)。

――全面的な信頼ですね。

広井そのときに、「ああ、入交さん(※)といっしょだな」って思ったんです。

※入交昭一郎氏:当時セガの副社長として『サクラ大戦』の製作総指揮を務めた。のちにセガの社長に就任し、2006年に退社。

――『天外魔境』30周年のインタビューでお話しされていた入交さんのエピソードも強烈でしたが、今回もすごいですね。

広井それで、「思い切りをやってみるか!」と(笑)。「王子に任せる」というのが2回来たときに腹をくくったというか、燃えました。もう『サクラ大戦』スタート時点のときのように自由に任せてもらえるよなことは、ないだろうと思っていたので(笑)。

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃

――カリキュラム作りなどはかなりたいへんだったのではないでしょうか?

広井かなり勉強しました。イギリスの演劇大学に行っていた古賀さんという人がいて、まずは彼にカリキュラムについて教えてほしいと連絡したんです。そうしたら「俺がやろうかな」と言い出したので、顧問についてもらったんです。ダンス講師は友人のLiccaさんお願いしました。音楽監督は若い方がいいので、プロデューサーに探してもらい、クボナオキさんと出会えました。そこから、ボイストレーニングの先生やダンスの先生を探していって、最終的に9人の講師体制になりました。

――そこから基礎トレーニングなどがスタートしたわけですね。しかし、お披露目の準備を始めたところに新型コロナウイルス感染症の拡大が重なってしまい、その後のレッスンには苦労されたのではないですか?

広井そうですね。でも、4月からZoomを使ったオンラインレッスンを開始して、劇団員ごとに各レッスンをマンツーマンで、1日で9つのレッスンをグルグルと回していくことができたんです。先生はもうたいへんですけどね。朝10時か夕方5時まで、ずっとレッスンをくり返すので(笑)。

 それまでは集団でのレッスンでしたが、Zoomではひとりひとりを集中的に見てあげることができるので、できない子のフォローアップをしっかりとできたのはすごく大きかったです。

――やはり集団とマンツーマンでは勝手が違いますか?

広井集団だと、できない子に集中してしまうと、できる子が退屈してしまいますからね。そういう意味では、マンツーマンができてよかったです。全体の質を底上げできました。

 リズムの練習で、手拍子で裏の拍を打つというのがあるのですが、苦手な子は裏が打てなかったりするんです。あとたいへんなのは、脱力です。肩の力が入って首に力が入ると、声帯が締まってしまって、その状態で声を出すとポリープができてしまうんです。声帯を締めない、緩めるようにするのがすごくたいへんなんです。腹式呼吸を徹底的にやります。

――広井さんもレッスンの様子をチェックされているのですか?

広井もちろんチェックしています。曲ごとにメンバーを選ぶので、どの子がどの曲に合うか、そういう個性はレッスンを見ていないと確認できないですから。毎週土日のレッスンはすべて見るようにしています。大阪に行けないときはリモートで見ています。この2年間、土日は休んでいません(笑)

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃

劇団員のケアにはとにかく気を使って……

――劇団員のケアのようなこともされるのですか?

広井もちろんです。運営の女性スタッフがメンタルケアをしています。ぼくは、レッスン終わりに45分間、団員とミーティングをします。そこではみんなが自由に意見を口にしてよくて、質問があればすべて答えています。とにかく手を挙げて意見を出すようにと教えているので、発言力も養われています。あとは、劇団に入ったときにノートを配っていて、そこにレッスンの記録や反省点、自分の課題を書いてもらっています。課題まで見つかればしめたものですね。

――そのノートにも、広井さんが目を通しているのですね。

広井ノートは2ヵ月に1回預かって、ひと晩かけてホテルで全部読んで、つぎの日に返却しています。ノートには毎日の食事も書いてもらったりしているので、どんどん貯まっていくんですよ。多い子はもう4冊ぐらいになっています。ノートを見れば、その子の頭がどれくらい整理されているかがわかります。最初はグシャグシャだったノートが整ってくると、実際にいろいろなことができるようになってくるんです。

――頭の中の状態が、如実にノートに反映されるのですね。

広井それと、入団時には課題本としてミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を渡しています。感想文も書いてもらっているのですが、どんな文を書くかは重要ではなくて、長文を読むことに慣れることが大事なんです。長い本を読み切った達成感、それを味わわないとダメなんです。2年目はダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』です。

――10代で長い本を読む経験はあまりないかもしれないですね。

広井とくに、『はてしない物語』は主人公が現実と向こうの世界を行ったり来たりするので、日常と舞台を行き来するあの子たちにピッタリなんです。主人公がどんな風に向こうの世界に引っ張られるのか、つまらないと思っていた現実がおもしろく思えてくるのか、そういう部分も大事です。

――舞台の外にあるおもしろさを知らないといけないということですか?

広井おもしろさというのは、じつは日常の中にあって、その発見こそが舞台上の表現力につながるんです。日常がつまらないと思ったら、もうアウトです。だから、必ずお母さんやお父さんとご飯を食べて、そこでその日にあったことを話してくださいと伝えています。

 そういうコミュニケーションこそが舞台で必要なんです。そこを楽しくできない限り、舞台で楽しさなんて見つけられません。よく「お客さんを喜ばせたい」なんて言いますでしょ。それには、まず、自分の身近な人の笑顔を見ることです。

――確かにそうですね。

広井レッスンで「はい、笑って!」とやる先生もいますが、キツいレッスン中にいきなり笑えと言われても、笑う要素なんてないから笑えないですよね。ミモザーヌではまず鬼ごっこをしてます。「ワー」って走り回りながら、みんなでキャッキャ言っているところで「はい、歌おう!」って。キャッキャした感じのまま歌ってもらうんです。みんな笑顔ですよ。

――自然に楽しいという感情を出させてから歌に入るわけですね。

広井そうですね。「いま持っている、その気持ちが大切だよ!」と伝えています。

――『サクラ大戦』の舞台などをプロデュースされてきた広井さんですが、今回のように若い女の子たちをイチからプロデュースするというのは初めてのことだと思います。いま話していただいたような教育メソッドは、どのように生まれてきたのですか?

広井本当にいろいろ勉強しました。その道のプロの方々に話を聞いて、ノートを書いて考えて、それで去年1期生に入ってもらったのですが、実際のところ最初は全部ダメでした。夏合宿で打ちのめされました。逆に自分が子どもたちに教えもらおうと……と思って、また勉強の直しです(笑)。

――それまでの勉強とは、どのようなところを変えたのですか?

広井それまでは、大人が大人向けに教えるものを読んでいたんです。そこで、打ちのめされて以降は、小学校の先生の本を読んだり、絵本を読んだりしました。自分の中を整理して、もっと無邪気に、もっと楽しく、この子たちと遊ぶ気分で、メニューを考えています。まだまだ思案中です。

――教える相手が大人か子どもかで、方法論も大きく変わってきそうですね。

広井まったくその通り。これがゲーム制作だったら、「こういう少女をこんなキャラクターにしよう」と言えば、スタッフがガーっと作ってくれて、そこで「あかほりさん!(※)セリフ書いて!」って言えばいいんですけどね(笑)。でも、今回はそうはいかない。相手が生きているし、それぞれに個性がありますから。

※あかほりさとる氏:『サクラ大戦』シリーズなどで脚本を手掛けた脚本家、作家。代表作は『NG騎士ラムネ&40』や『セイバーマリオネット』、『爆れつハンター』など。

――こうすればいい、という正解がないのはたいへんそうですね。

広井子どもたちというのは、本当にあり得ないことだらけなんです。去年のことですが、レッスン中に、突然泣きだして慌てたのですが、よく聞いたらお腹が空いたから泣いていたっていう(笑)。そんな思ってもいないことだらけなのです。でも、みんなまっすぐで、眩しいです。ふと、自分自身の若いころのことが思い出されたりもします。

――一心に打ち込んでいた時期を思い出すということですか?

広井僕も高校生のときは寝ないで8ミリ映画の編集やってました。あのときはただ夢中でした。いま自分の作っているものがどうなるか、なんていうことも考えないで、まっすぐ向かっていたんです。同じような感じで、そういうまっすぐな思いを持った子たちが、20数人一斉にぶつかってくるんです。これは本当に、キツイ。レッスンを終えてホテルに帰ったら、もう夜8時くらいにバタンとなって、寝落ちしています(笑)。

――それほど消耗しているのですね(笑)。

広井この歳になっていろいろなことがわかってきたし、できるようにもなってきましたが、真ん中にある部分がさび付いてきた気がしました。本当に、泣きたいほどキツいのですが、すごく刺激的ですね。

 だから、彼女たちのレッスンを動画を、自宅で2、30回は見ます。それで、「この子は進歩した」、「指先の動きがよくなった」といった気づいたことを全部書いて、つぎのレッスンで伝えるんです。すると本人たちも自覚しているから、「でしょ?」みたいにドヤ顔をするんです。それがかわいいです(笑)、やはり若い子は成長スピードが速いですね。スポンジみたいに吸収していきます。

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃

――なるほど。劇団員どうしのコミュニケーションに関するサポートなどはされていますか?

広井去年までは、お互いに抱きつくレッスンをしていました。コロナでできないので、いまは、お互いのいいところを見つけて言い合うレッスンとか、女王様ゲームとか、いろいろ実験しながら、チームの結束力を強くしていこうと思っています。舞台では、何が起こるかわかりません。怪我をしたり事故が起きることもあるでしょうから、そういうときにお互いをカバーし合わないといけないんです。舞台上にいる全員がコミュニケーションをしているということが大事です。競い合わせながら共感してる状態ができたらすごくいいです。

――大阪でのお披露目を拝見したときに、みんながちゃんと笑顔で踊ったり、悲しい曲では本当に悲しそうにしたりしていて、表情の喜怒哀楽がすごいと思ったのですが、そのあたりの表現力はどのように高めているのでしょうか?

広井僕が詞を書くのですが、メンバーのみんなで歌詞解釈をしています。小さい子も大きい子も含めて話し合って、歌詞の意味を発表しているんです。自発的に始まったことで、素晴らしいと思って見ています。ときどき、ぼくも意見を言ったりしています。小学生はチンプンカンプンだったりするんですけどね(笑)。そういう風に、みんなで詞を一生懸命に解釈して、自分はそこに何を感じ取ってどう伝えるかを考えることは大事です。正解はなくていいんです。

――それを聞くと、あの表現力にも納得できる気がします。

広井まだまだ改良点はあるのでしょうが、レッスンをやってきた甲斐があったと思います。僕の役目は、彼女たちの個性をいかに引っ張り出して、磨いていくかという部分ですから。ですので、「ショウは僕らが作っているのではなくて、君たちが作っているんだよ」という風に教えています。「僕らは君たちのよさを引き出す存在で、敵ではないんだ」というのは、とくによく伝えていることです。

――ほかにも、変わったレッスンのようなものはありますか?

広井レッスン自体ではないですが、いまは各楽曲のチームでリーダーを決めて、最初に先生が教えた後はリーダーにチームを見てもらうようにしています。生徒が生徒を教えているんです。

――すごいステップアップですね。

広井去年の夏は誰もちゃんと踊れていなかったので、本当にすごいステップアップですね。去年は4日間で1曲踊れるかどうかだったのに、いまは2時間で振り入れ(曲に合わせた振り付け作り)をして、1日でなんとか形にしてしまいます。

――お披露目会の最後、広井さんが挨拶をされたときに少し感極まっていましたが、そういった成長を見てきたと考えると、気持ちが理解できる気がします。

広井あのときはそれだけではなくて、劇団員の中でいじめを受けていた子たちのことも思っていました。私生活でまわりに無視されたりしている子がいて、僕はそういうのがとにかく嫌いで。震えるくらい嫌いなんですよ。どうしてそうなるのって憤りを感じて。

――そういったことの相談も受けていたのですね。

広井そんなに時間は取れないのですが、20分くらい、運営やマネージメントの女性も入ってもらい、メンバーの話を聞きます、それをたまたま詞に書いたんです。辛いことや嫌なことは全部箱に詰めて、しまっておきなさい、忘れてしまいなさい、って。

 「嫌なことを思い出して嫌な気持ちになるよりも、前を見たほうがいい、君たちが舞台に立ってステージで光を浴びるんだ」と伝えるんです。「君たちがスターになったときに、きっといじめっ子たちもごめんねって言ってくる」と教えたんです。そうしたら、「わたしの居場所を作ってくれてありがとうございます」ってメールが来ました。そういうことを思い出してしまったんです。

――それはきますね。

広井そうですね。少女歌劇団ミモザーヌは、ある意味、子どもたちや、またはお子さんも持った大人の方が観るショウかもしれないです。「うちの子もああなってほしい」、「ああいう子にしたい」と思えるようなチームにできたらなと思います。

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃

多種多様な小さな花が寄り添って……

――ちなみに、劇団員は面談を通して選出されると思うのですが、どういった部分を重視しているのですか?

広井審査員は8人です。それぞれは点数を付けて、合計点数で合否を決めています。でも、1期生でも2期生でも、ひとりは僕が「どうしても!」と言って、入れた子もいます。

 技術や喋りは拙いかもしれないですが、オーラはある、もしかしたら化けるかもしれない、と思わせるものがあると、それで採用を決めることもあるんです。ただ、そういう子はやはりすごく手はかかりますね(笑)。ゆっくり育てるようにしています。ですから、そういうタイプの子は小学生からしか取れないんですね。

――ある程度基礎ができている状態で入ってくる人も多いのでしょうか?

広井ダンススクールに通っていたり、ボイスレッスンをやっていたりする子もいます。いまは学校の授業でダンスをやっているので、そういう学びの場も増えていますし、むしろ、まったくダンスをやったことがないという子はほとんどいません。この前のステージで飛んでいた(みやはら)にこは、シルク・ドゥ・ソレイユに入りたくて、4歳からアクロバットを習っていたっていうんですよ。

――それはすごいなあ。

広井待て、待て、ってなりますよね(笑)。ですから、本当にオリンピックと同じかもって考えたんです。でもね、エンタメに小中学生が立つオリンピックがないから、出る場所がほとんどないんです。女子だと『アニー』、男子だと『ビリーエリオット』くらいですか。残念ながら。

――ミモザーヌは20歳を超えると退団、となっていますが、こちらは少女歌劇団とはそういうものだから、というので設けられたルールなのでしょうか?

広井そうです。少女であることを名乗る以上、10代だなと思うんです。18歳でも19歳でもよかったのですが、20歳というのは区切りとしてわかりやすいし、教育期間を設けるとなると、20歳までいてくれないときびしいかなと思ったんです。

 あとは、20歳になるとお酒を飲めるようになるというのもあります。小学生といっしょにいるわけですから、そこに夜遊びをしている子がいるのはよくない。就寝時間も夜10時半を推奨しています。

――かなり早いですね。

広井午後10時半から午前2時くらいが肌の再生ポイントなので、そこで寝ないと絶対に肌が荒れます。その時間は絶対に眠たほうがいい。その代わり、6時半には起きてストレッチをやるように言っています。

 ボイトレについても、いきなり声を出すのではなくて、最初は母音を言わずに「スー」と、声帯を震わせないで音を出すというのを3分間やって、喉を温めてからボイトレを始めてもらうようにしています。そういうことが細かく決められていて、そのレッスンメニューをみんなが自主練でやっています。やらないとすぐにわかります。

――劇団員の皆さんは学校にも通っているんですよね。

広井もちろんです。朝起きて身体のエイジングをして、学校の勉強は学校にいるうちに全部覚えてしまおうという方針です。勉強に取り組むのもレッスンに取り組むのもいっしょで、ひとつに真剣に打ち込めれば、ほかのこともしっかりできるんです。学業は学業としてきちんと学んでほしい。ちなみに、今年で19歳になった(きくた)まことは、大学受験をしたいということで悩んでいたんですよ。

――大学受験となると、劇団での活動との両立はかなりたいへんそうですね。

広井そのときに「人はふたつのことはできるけど、3つはできない。だから、大学に行きたいのだったら、1年間、受験勉強とレッスン以外、すべて捨てなさい」と言ったんです。その結果、彼女はうちにもフルで通いながら猛勉強をして、大学に受かったんです。本当によかったなと思いました。

――すごいですね!

広井うれしかったのは、面接のときに「何か質問はありますか?」と言われて、ほかの誰も手が挙がらない中で、彼女だけはパッと手を挙げられたという話ですね。日頃ずっと「“手を挙げろ”、“どんなことでもいいから必ず意見を言うように”と教えてくれていたのが活きました」と言われ、嬉しかったですね。

 レッスンとしてやっているときは辛いかもしれませんが、結果が出たときに「こういうことか」とわかるんですよね。彼女だけではなくて、最近になってみんな、なにか結果を出せたときに、うれしそうな顔をするようになりました。きつい体幹レッスンをやったから、ピタっと止まることが出来る。それを自分で理解出来るようになれば、その先に進めます。

――ちなみに、ミモザーヌという名前は、そもそもどのように決まったのですか?

広井歌劇団というとやはり『サクラ大戦』が念頭に浮かんだのですが、そもそもさくらとすみれのネーミングにしても歌劇団由来なんですね。SKDが最後に歌う曲が“桜咲く国”で、さくら。宝塚歌劇団は“すみれの花咲く頃”で、すみれという。だったら、今度は帝国華撃団つながりでアイリスはどうだろう……と思ったのですが、さすがにそれは露骨すぎるなと(笑)。

――「セガさんがバックにいるのか?」となりますね(笑)。

広井それで、どうしようかと考えていたときに、たまたま見たイタリアのドキュメンタリー番組で、ミモザの花が映っていたんです。「これだ!」と思って。ミモザって、小さな花が寄り添っているじゃないですか。これはピッタリだなと。それで少女歌劇団ミモザにしようと思ったら、商標が取れなくて(笑)。そこでもう一度考えて、ミモザーヌはどうだろう、と。

――ミモザの花言葉が“友情”や“優雅”となっていて、そういう意味でもピッタリですよね。

広井そういった部分も調べました。それと、もうひとつの花言葉に“秘密の恋”とあるんです。少女たちの秘密の恋なんて、ドキドキするじゃないですか。そういうのもいつか歌に書いてあげたいですね。

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃

これから少しずつミモザーヌを広げていきたい

――12月30日に第1回公演が行われるということで、いよいよ本格的な活動が始まっていくかと思いますが、ミモザーヌの今後はどのように展開していくのでしょうか?

広井1期生はちょっと無理して20人くらい入れたのですが、基本的に毎年10人前後が入ってくるとなると、いまから5年、6年後が完成品になると思います。そのあたりから、入団と退団がいっしょになってきて回転していくので、だいたい5、60人の団体になるでしょうね。そうなったときに、初めて雪月花みたいなチーム分けをするかどうか、という話になってくると思います。

――そうなると、専用劇場でのショウなども視野に入ってくる感じですか?

広井そうですね。レビューショウについても、チームごとにやるときは小さいレビューで、全員が集まるとドッと大きなグランドレビューができるようになるので、そうすれば大きな舞台にも行けると思います。とはいえ、それはそのときどきで方針を変えていきます。方針についても、女の子たちとつねに相談をするようにしています。「こういう風に考えているけど、どう?」という感じで。

――なるほど。しばらくはオンラインを中心にしつつ、ステージにも立っていくことになると思いますが、テレビでの露出などは考えられていますか?

広井音楽番組なら嬉しいです。でも、6分ぐらいの曲もあるので、なかなか難しいでしょうね。やはり基本的には劇場専用チームです。

――この時代にそういうプロデュースというのがまたおもしろいですよね。

広井こういう情勢で、皆さんが配信を観てくださるようになって、そこにお金を払うことにもあまり抵抗がなくなっていますよね。ある意味、舞台がプラチナで、そこに配信が付いてくるという形になるのかなと思います。地方の人は無理しなくても配信で観ようという人もいるでしょうし、「俺は絶対生で観るぞ」という人も出てくるのではないかと。

――とはいえ、基本はあくまでも舞台というものを大事にしていくというスタンスですか?

広井いつになるかはわかりませんが、きちんとお客さまが劇場に入って、お客さまと呼吸しながらやるショウを団員には体感させたいです。舞台での公演は絶対に必要ですね。全部配信というわけにはいきませんが、配信というものを横に持ったことで、舞台の価値を広げられるとは思います。配信だと何万人でも観られますし、海外の方でも観られるという意味ではすごくいいですよね。

――配信をきっかけにして舞台に足を運ぶ、という流れができるといいですね。

広井いいですよね。そうなってくると、今度は配信と生のステージをどう変化させるか、という話も出てくると思います。配信は配信で別の演出が必要だとなったときには、デジタルの人たちの力が必要で、その研究はこれからですね。それは、ずっと『サクラ大戦』のころから言っていた、ライブとデジタルの融合が、やっとそんな時代が来たような気がします。

――確かにそうですね。あのころは時代的に、デジタルのゲームと舞台とが分かれていましたが、いまならそこがちゃんと融合できるかもしれません。

広井ですよね。そのつぎには紙の本とデジタルがどう融合するかですね。『ハリー・ポッター』みたいに本のなかから立体で映像が浮かび上がるようなことが、できるかもしれない。そこに映し出すコンテンツはうちの歌劇団が作れそうな気がします。あとはまわりのメディアの方々がうまく使ってくれれば、ということで、いろいろな可能性が広がってくると思います。

――何度か触れてきましたが、直近では12月30日にはいよいよ第1回公演である“Begin~始まりの歌~”が開催されますね。

広井今度は75分のショウということで、ここまでの長丁場はやったことがなくて、ドキドキしています。きっと途中でお腹が空くだろうから、楽屋にパンとかを用意しておいたほうがいいんじゃないか、とか(笑)。

――いまは12月30日の公演に向けて、準備中も佳境かと思います。

広井お披露目会で披露した13曲に関してはすでにレッスンを積んできているので、これから仕上げに入ります。1曲1曲独立していたものをつなげて、衣装替えの時間も含めてのチェックをしないといけないんです。75分間通しでやって、実際にどこが滞るのか、というチェックですね。スタッフも含めて、そういった微調整を重ねています。

――冬の公演を終えた後の予定などは決まっていますか?

広井夏のレビューでは新曲13曲を予定しています。年明けからすぐに1曲ずつスタートですね。1月から夏までと言うと余裕があるように見えるかもしれませんが、曲ができないと振り付けができないし、振り付けができないと衣装も用意できません。しかもそれぞれ2ヵ月ずつくらいかかるので、1月からスタートしてもギリギリです。

――たいへんですね。

広井それで、5月の連休のタイミングで、“Begin~始まりの歌~”をちょっと改良したパート2をやって、そこで1回クッションを置いて新しいほうに……となる予定です。これが毎年続くんですよ。「毎年続くの? ちょっと待て、待て」みたいな感じです(笑)。『サクラ大戦』の歌謡ショウもたいへんでしたが、今回は教育システムといっしょに回しているので、もうとんでもなくたいへんです(笑)。でも、いいスタッフがそろっているので、この大変さを楽しめてます。

――最後に、このインタビューを読んで、ミモザーヌのことが気になったという方にメッセージをお願いします。

広井『サクラ大戦』ファンの方で、歌謡ショウをご覧になった方には、「本物のリアル少女歌劇団が目の前で観られます」と言うとイメージしやすいかもしれません。でも、『サクラ大戦』との関連はありません。ただ、ぼくの中では、あの少女歌劇団をリアルに作り上げているつもりです。なかなか面白いショウになっていますので、ぜひご覧になっていただければと思います。12月30日の公演はオンライン配信なので、気にいっていただけたら、いつかは劇場に足を運んでいただければと思います。

広井王子氏がリアルな歌劇団に取り組むワケ。“少女歌劇団ミモザーヌ”に懸ける思いを直撃
少女歌劇団ミモザーヌ 第一回公演『Begin~始まりの歌~』チケット販売ページ