スクウェア・エニックス・グループとして“人生の応援歌となる物語を作り続ける”ことを目標に発足したスタジオイストリアを訪問!【ファミキャリ!会社探訪(51)】

ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。第51回となる今回はスタジオイストリアを訪問した。

●“ファミキャリ!会社探訪”第51回は、スタジオイストリア!

 ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。第51回となる今回はスタジオイストリアを訪問した。
 スタジオイストリアは、スクウェア・エニックス・ホールディングスが、新規プロジェクト“Project Prelude Rune”を立ち上げ、その開発のために発足させた新スタジオ。代表取締役には馬場英雄氏が就任し、新規IP(知的財産)の創出に向け、“Project Prelude Rune”の開発を推し進めるとともに、幅広い人材募集を行っている。そこで今回は、この新スタジオの代表取締役の馬場英雄氏に話を聞いた。

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●新しい選択としての新スタジオ発足

▲スタジオイストリア
代表取締役
馬場 英雄氏

――まず、馬場さんの経歴から教えてください。ゲーム業界に入るきっかけや志望動機、そして現在に至るまで、簡単にお答えください。
馬場英雄氏(以下、馬場) 私が小学生のころにファミコンが発売されました。当時、ゲームを遊ぶことのできる環境はゲームセンターが中心でしたので、家で簡単にゲームが遊べるということで、とても夢中になりました。それまでの外で遊ぶことから、家の中で遊ぶ新たなエンターテインメントを見出したというか、衝撃でした。
 その後、中学生になり、ファミリーベーシックを買って、見よう見まねで簡単なシューティングゲームを作ったりしていました。当時見よう見まねで覚えた無機質に感じたプログラムが、実際に操作して遊べるようになるのがおもしろくて、ゲームを遊ぶだけではなく、作ることのおもしろさを見出しました。

――ゲームを作り始めたのも、かなり早かったのですね。
馬場 そうですね。当時はプログラムをカセットテープに記録する時代でした。途中まで作成したプログラムを、時間をかけてテープに記録し、またつぎの日に読み込むという、いまでは考えられない手間をかけてゲームを作っていました。「ゲームは楽しいな」と感じていた中で、『スーパーマリオブラザーズ』が発売されました。もちろん夢中になって遊んだのですが、じつは僕はキノコがあまり好きじゃないんですよ(笑)。だから、マリオがキノコを食べて大きくなるという発想自体がおもしろいと感じたし、そのルールを当たり前として楽しんでいることに、ゲームにのめり込めるおもしろさと、作り手の遊びの提案の思惑にハマっているのを感じていました。

――なるほど。そのころから、着眼点がすでにゲームクリエイターだったような感じがします。
馬場 分析することが好きな子どもだったのかもしれません。『スーパーマリオブラザーズ』が出たことによって、遊びがさらに広がっていったような感覚がありました。そういう意味でも、僕がゲームクリエイターになるきっかけの大きなポイントでした。そして、大学1年生くらいかな……スーパーファミコンで『スーパーマリオワールド』が発売されましたが、ゲームをプレイしたとき、このゲームの完成度の異常な高さにものすごい衝撃を受けました。秀逸なバランス調整が生み出したおもしろさに夢中になったのは言うまでもありませんよね。もちろん、スペシャルエリアも含め、全ステージ解放しましたよ。2周目は、フィールドの色が茶色に変わったのを覚えています。

――将来の職業として、ゲームクリエイターを目指したのはいつごろからですか?
馬場 簡単なゲームを自作していましたが、じつはそこまで明確にゲームクリエイターになろうと思っていたわけではありません。大学卒業後、改めて何をやりたいのかを考えたとき、その時点でもゲームを作って楽しんでいましたから、遊ぶ側だけではなく、ゲームを製品として作ってみたいと思うようになりました。それでゲームメーカーを受け、入社することになりました。前職では当初RPG志望でしたが、最初はアクションゲームのチームに配属になりました。

――外から見ていたゲーム業界の印象は、実際に入ることで変わりましたか?
馬場 “地味で地道”な職場だと思いました(笑)。ゲームを遊んでいる側は、やはり華やかなイメージを持っていると思いますが、当時は裏方的と言いますか、地道にアイデアを練ったり、黙々とドット絵を作っていたりと、コツコツと地道な作業をやっていました。現在では、プロデューサーやディレクターが表に出るようになってきましたが、当時はそういったこともあまりありませんでした。その後、段々と作り手の顔が見えるようになってきたので、ゲーム業界の仕事もわかりやすくなってきたと思いますが、当時は地味な環境でしたね。別に全然イヤではなかったですけどね。

――そうして、現在のハイエンドゲーム機の時代まで、活躍してこられた馬場さんですが、新たにスタジオを立ち上げることになった経緯を教えてください。
馬場 自分も40歳代半ばになり、これからあと何本ゲームを作ることができるのかと考えたとき、前職で任されていたIP(知的財産)を、引き続き多くのお客様に楽しんでいただくべくまい進する選択肢もありました。ですが、ゼロから荒野の道を歩き始める、新しいチャレンジを選択することで、大きな分岐点になるかもしれないと思いました。以前、“選択”をテーマに物語を作らせていただいたことがあるのですが、私からは、“人生はつねに選択のくり返し”であることをプレイヤーの皆さんに伝えたかったのです。

――なるほど。
馬場 続けるか、新しいチャレンジをするか、かなり長い期間悩みましたが、最終的にはそれまでのシリーズは後輩たちに託し、自分はゼロから作っていくほうを選ぶことにしました。ありがたいことに、いろいろな会社からお誘いもいただいたのですが、やはり自分のルーツでもあるコンシューマー(家庭用ゲーム機)にこだわりたい。そして、RPGにもこだわりたかったので、自然とスクウェア・エニックスという会社が浮かんできたわけです(笑)。
 松田(※松田洋祐氏。スクウェア・エニックス・ホールディングス 代表取締役社長)からは、「君がうちに来るのであれば、『ドラゴンクエスト』でもない、『ファイナルファンタジー』でもない、まったく新しいIPをぜひ立ち上げてほしい」と言われました。グループ全体としても取り組んでいきたいことであるため、ぜひやってほしいと。

――それで、新しくスタジオを立ち上げたわけですか?
馬場 始めは1プロジェクトとしてスタートしていたのですが、社内の1プロジェクトとしてやるよりも、グループのなかでしっかりと新規IPを立ち上げ、事業体として進めるためには、独立した会社としてやったほうがいいだろうということになり、新しいスタジオを発足させることになりました。

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