【ファミキャリ!会社探訪(44)】 デザイン専門スタジオからいずれはコンテンツホルダーへ……デジタルポケットを訪問

ゲーム業界専門求人サイト“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。今回は、デジタルポケットを訪問した。

●“ファミキャリ!会社探訪”第44回はデジタルポケット

 ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。今回は、デジタルポケットを訪問した。
 2012年に設立されたデジタルポケットは、もともとは、ソフトギアグループでのデザイン専門スタジオとして発足。デザインやグラフィックスに特化した専門スタジオとして、2D、3D問わず、グラフィックデザイン制作を行っている。今回は、代表取締役の北尾剛三氏に話を聞いた。


●老舗ゲームメーカーから新興のデザイン会社へ転職

デジタルポケット 代表取締役
北尾剛三氏

――最初に経歴を簡単に教えてください。
北尾剛三氏(以下、北尾) 1985年に当時のコナミに入社しました。入社後は、最初は営業職でしたが、その後はいろいろな仕事をやりましたね。

――ゲーム業界を志望した理由は何ですか?
北尾 当時の世間では、まだ“ゲームなんて……”という風潮がありました。それに、ハードウェアやソフトウェアという単語ですら、一般的ではありませんでした。一方では、「今後、ソフトウェアが欠乏するのではないか」という意見もあったので、ソフトウェア業界に行きたいと思っていました。“インベーダーゲーム世代”でしたからゲームは身近でしたし、ソフトウェア産業の中でも“ゲーム”には関心がありました。

――入社後はどういった業務を担当したのですか?
北尾 入社した当時のコナミは、全体でも150人程度の規模の会社でした。アーケードゲームやMSX用ソフトを作っていたころです。20代はいろいろな仕事を経験しました。営業ではアーケード向けの大型筐体、MSXやファミコン用ソフト、ジグソーパズルなどを売ったこともありましたし、経営計画、貿易、開発管理などにも携わりました。
 その後、30歳くらいですが、札幌で営業所長をやっていたとき、ある日急に開発に異動という話があり、しかも「明後日から」と(笑)。そのときは、まさか自分が開発の仕事をやることになるとは思っていませんでした。プログラムもグラフィックの知識もありませんでしたから。ただ、営業目線からのプロデュースが必要なんだ、という話でした。ほかはディレクターを経てプロデューサーになった人たちばかりだったので、「いいのかなぁ」と思いつつも、結局その後20年近く、開発部門の仕事に携わることになりました。

――ちょうどそのころは初代プレイステーション絶頂期ですよね?
北尾 そうです。その後開発スタジオの分社化により、コナミコンピュータエンタテインメント東京へ配属となりました。『ウイニングイレブン』シリーズはまだ初期のころでしたが、『ときめきメモリアル』、『幻想水滸伝』など、有名タイトルを持っている会社でした。立ち上げから携わったのは『みつめてナイト』ですね。それから、『サイレントヒル』の企画が立ち上がり、とくに海外に向けて作ろうということになりました。ほかには、『ときめきメモリアル ONLINE』ではオンラインゲームに進出しましたが、かなりチャレンジングなタイトルで、コミュニティーとしてプレイヤーの方々から喜ばれました。
 コナミ時代の最後のほうは、アジア圏の開発全体の統括をしていました。その後ソフトギア(※デジタルポケットのグループ会社)と縁があって、2年ほど前に転職するに至りました。

――転職することにした決め手は何ですか?
北尾 仕事で付き合いのあった会社に、ソフトギア創業者の青木(健悟氏。ソフトギア 代表取締役社長)がいたのです。そのとき以来、仕事以外で年に1回くらいは飲みに行ったり、遊びに行ったりしていました。
 ソフトギアグループは、オンラインに主軸に置き、まずはゲーム業界において、自分たちのエンジニアリングを活用した貢献をしていこうという、時代の流れに沿った考えかたの会社だったので、そういったところに可能性を感じました。デジタルポケットは、すでにソフトギアグループの一部でした。

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