稲船敬二氏によるセミナーが開催――クリエイティブへの思い、新会社設立の意図を語る

ゲーム
ふたつの新会社“コンセプト”と“インターセプト”を設立したゲームクリエイターの稲船敬二氏のセミナーが、京都にある立命館大学衣笠校舎にて開催された。

●稲船氏の目指す成功体験とは?

 2010年10月に約24年間務めたカプコンを退社し、年末から年始にかけてふたつの新会社“コンセプト”と“インターセプト”を設立したゲームクリエイターの稲船敬二氏。新会社の設立に合わせて各種メディアへも徐々に露出を始め、いよいよ本格始動となった感もある同氏が、2011年5月6日に京都にある立命館大学衣笠校舎にて講演を行った。これは、立命館大学の映像学部が主催する“クリエイティブリーダーシップセミナー”のひとつで、稲船氏はクリエイティブをするうえで必要な心掛けなどについて、カプコン時代の経験談を交えながら学生たちに提示。さらに、なぜカプコンを辞め、新会社を設立したのか? そしてこれからどういったモノ作りを行っていくのか? といった、今後に関する展望も自身の口から語った。

 なお、今回の講演は全2部構成となっていたが、本記事で紹介するのは前半部が中心となっている。後半ではファミ通.comの連載企画“ビジネスファミ通 BLOG”の執筆陣のひとりである、立命館大学映像学部の准教授・学術博士である中村彰憲氏とのパネルディスカッションが行われたのだが、そちらの模様は後日中村氏のブログにてお届けするので、ぜひ本記事と合わせてチェックしてほしい。


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 「クリエイターとして大切なこととは何だと思いますか?」。講演の冒頭、稲船氏が学生たちにそう問いかけると、会場からは“発想力”、“自分の作品を愛すること”、“閃き”といった答えが返ってくる。これに対して稲船氏は「全員正解です。クリエイティブをするうえでは、“何を大切にするのかを考えること”が大切。ボーッと、クリエイティブすることがダメです」と話し、それを踏まえたうえで自身が大切にしているものは“モチベーション”であると語った。「モチベーションがないとクリエイティブはできないと思っている。何に対してやる気を出すのか……それによってすべてが決まってくる」(稲船)。カプコンを辞めた理由も、このモチベーションに影響されてのものだという。その内容は、大きくふたつに分けられる。ひとつは「もっと違うモチベーションに向かってクリエイティブをやってみたい」という思い。もうひとつは、「地位、名誉、お金に走ってしまう」ことで、クリエイティブを忘れてしまうことへの危惧だ。後者の具体例として稲船氏は、テレビにも出るほどの著名なクリエイターが、お金を得たことで自分の手掛けた作品を見なくなってしまったという話を紹介。「お金がたくさん手に入ると、作品に労力をかけるのがめんどうになり、自分の作品が愛せなくなってしまう」と分析し、「もっとこういうものを作りたい、ああいうものを作りたいという気持ちの積み重ね」がクリエイティブであるとした。

 上記のようなクリエイティブへの強い欲求に突き動かされて、大手メーカーのカプコンを抜けて小さな新会社を立ち上げた稲船氏。ここで再び、会場へ質問を投げ掛ける。大きな会社のいいところとは? 小さな会社のいいところは? 質問に対しては複数の答えが出たが、その内容を要約するとつぎのようなものになった。大会社には予算があり優秀な人材が集まる、小さな会社は常識に縛られずやりたいことをやれる。学生たちからの答えを受けて稲船氏は満足気な表情で「大正解です」と返すとともに、カプコンで務めた約24年間で、自分が小さな会社と大きな会社両方の環境を体験した、と続けた。同氏が入社した当時のカプコンは社員100名程度で、いまと比べれば遥かに小さな会社だった。そして現在の同社は、数多くのビッグタイトルを抱える世界的なゲームメーカーである。小さな会社から大きな会社に成長する中で、稲船氏のクリエイティブにおいてもっとも重要な要素のモチベーションはどう変わっていったのか? 結論から言うと、モチベーションは“小さな会社のほうが高かった”。メーカー名がブランドになるといい気分にはなる――しかし、それによって「ルールに縛られる」という問題が生まれたからだ。

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 「集団を統率するために決めなければいけない」という点でルールは絶対に必要なものだが、会社が大きくなると「ルールを守るためのルールが生まれてくる」と稲船氏。たとえば“会議をするかどうか会議する”といった行動。すると、物ごとはなかなか決定されなくなってしまう。この大きな会社のスピード感のなさが、稲船氏のモチベーション低下につながったのだという。また、ルールは「人間をダメにするところがある」とも語る。同氏が育った大阪の岸和田は「比較的ルールを守らない地域」だったらしく、たとえば道路の信号には「赤になってから3秒間は青(笑)。青信号で進むときも注意しながら行く」というローカルルールがあったそうだ。「国が決めたルールを破るところを持っている。これが僕の大好きなところ(笑)」と冗談交じりに語ったが、そういった環境は稲船氏のルールに対する考えかたの素地となっていることは間違いない。そして、その素地は自己判断の重視とも言い換えられる。ルールに従うことは、考える必要性がなくなるので楽チンだ。自分で判断しなくとも、ルールが是非を決めてくれるのだから。しかし、そういった環境の中で育ったクリエイターは「牙のないクリエイター」になってしまう。稲船氏はどうだったのか? 最終的にカプコンを去ることになったが、クリエイターの牙は最後まで抜かれることはなかった。

 カプコン時代の自身を振り返って、稲船氏は「どれだけルールを破るか、で有名なトップだった」と話す。そのため開発を止められたことが幾度もあったが、一方でルールを破ったことで会社を救うこともあったそうだ。代表的な例として挙げられたのが、『ロスト プラネット』、『デッドライジング』の開発である。両作が出る直前のカプコンの経営は危機的状況にあり、リスク回避のため基本的に続編以外作ってはいけないというルールが設けられていた。正確には全体の7〜8割を続編、残りの2割程度を新作というルールだったが、それは建前に近いもので実際には新作を提案したところで承認が下りないことがほとんどだったそうだ。稲船氏はここで牙を立てた。「死にそうなときに本命の馬券を買っても、倍率が1.1倍じゃけっきょく助からない。本命も確実に来るとは限らないのだから、万馬券で博打を打つべき。また、ゲーム開発は競馬と違って馬に祈るのではなく、自分を信じることができるんです」。稲船氏は却下されることを覚悟のうえで、完全新作の『ロスト プラネット』、『デッドライジング』を立ち上げる。ルール上は新作を2割作っていいことになっているが、先に述べた通りそれは建前に近い。案の定、両タイトルは試作段階のプレゼンで上層部から却下されてしまう。しかし、牙を出したままの稲船氏は却下を「完全に無視して作り続けた(笑)」のだ。

 ゲーム開発には部門ごとに予算が設けられており、その中には試作タイトル用の予算もある。会社からノーを出されたにも関わらず試作を続ければ、当然予算は大幅にオーバーしてしまう。事実、『ロスト プラネット』は試作(という名の本開発)を続けた結果、最終的に予算を400%オーバーしてしまった。が、これが稲船氏の狙いである。「400%にもなれば半分くらい作っちゃっているから、ノーとは言えないはず(笑)」という力技で、一度は却下されたタイトルを発売までこぎつけたのだ。その後の結果は、ゲームファンなら知っての通り。両タイトルとも全世界で数100万本以上を販売し、日本のメーカーが海外でも通用することを証明する。世界での実績は売上による収益に加えて株価も上昇させ、経営は安定を取り戻すことになった。もちろん、稲船氏は両タイトルが失敗した場合、戦犯としてクビになることを覚悟していた。しかし、「そこまでしなければ、カプコンは救えなかった」のだ。「ルールは破ればいいというわけではない。守らなければいけないという前提のうえで、例外も考えなければいけない」とルールに対する自身のルールをまとめた稲船氏。ちなみに、現在梶を取る“小さな会社”では「ルールなんて知ったこっちゃない」というルールを持ち、スピーディーな判断でモチベーションを高め続けているようだ。

 稲船氏のクリエイティブにおいて、ルールを破ることが重要だったのはここまでに述べた通りだが、それに加えてもうひとつ重要なものとして海外展開がある。話は少し前後するが、近年カプコンが海外で実績を残したタイトルと言えば、すでに紹介した『ロスト プラネット』、『デッドライジング』のほかに『ストリートファイターIV』シリーズも挙げられるだろう。この3作品に共通するのは、「海外で200万本、日本では20万本程度」売れたという点。この比率は、そのまま世界におけるゲーム市場のシェア割合にもなっている。つまり、日本は売れていないように見えるが、市場のシェアと照らし合わせれば正常な売れ行きなのだ。稲船氏は、日本はこのことを自覚すべきであるとし、国内でのみ大ヒットしたタイトルを見て「日本の市場はまだ行けると勘違いしてはいけない」と警告する。また、「海外と聞くとアメリカやヨーロッパを考える」のも日本人の悪い癖であると語り、いま意識すべきは中国を中心としたアジア圏の市場であるとした。

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 稲船氏は三度会場へ質問を投げかけ、学生たちに中国に対する印象を聞く。回答は“勢いがある”、“国を愛している”、“自己中心的”などで、プラスとマイナスの感情が入り交じった内容に。稲船氏はこの清濁併せ呑んだとも言える現在の中国の印象が、かつての高度成長期時代の日本の姿に重なると語り、一方でその規模は人口の差という点で大きく日本を上回っていると持論を展開。また、稲船氏は中国の杭州にある大学で講演を行った際、学生たちの「学んで、吸収しようという意欲 」の高さに驚かされたというエピソードを紹介。「悪いところではなく、驚異になるところ、イイところを見ていけば、中国はゲーム分野においても大きくなることがわかる」。世界で戦うためには、爆発的成長の可能性を持つアジア圏のゲーム市場も意識しなければいけない。そしてそのためには、新たなゲームビジネスを考えなければいけない、と稲船氏は語る。ここで具体例として挙がったのがソーシャルゲームだ。まず同氏は、大手ソーシャルゲームの売上が毎月10億円以上であるというデータを示す。これだけなら既存のPCおよびコンシューマー向けのオンラインゲームでも決して不可能ではないが、注目すべきはそこではないようだ。見るのは、開発および運営コストの低さである。これらを踏まえて「僕らがやっていた時代のゲームと、いまのゲームは違ってきている」とした稲船氏は、会場の学生たちに向けて「君たちが関わる可能性が高いのは、この新しいゲームビジネスのほうだと思う」と断言した。また、新たな市場で成功するためには“マルチコンテンツ”を意識したクリエイティブを行うべきである、と稲船氏。たとえば『ロスト プラネット』は現在ハリウッドで映画化が進められているが、これはゲームがヒットしたからそういった話が出てきたわけではない。「作る段階からマルチコンテンツの可能性を考えて」いたからこそ、実現したというのだ。「単純に“こんなゲームを作りたい”とやっても、薄いコンテンツにしかならない。何をやりたいのか、何を目指すのかを企画書の段階から仕込むんです」(稲船)。

 ルールを破る、世界を、アジアを見る――ここまでで述べられた稲船氏の行動から浮かび上がってくるひとつのキーワードが“モノ作りに対する欲深さ”だ。クリエイターはこの欲深さがあるからこそ新たな作品を世に提供できるのだ、と同氏は語る。しかし、欲深さを維持するのは容易ではない。いわく、ヒット作という“成功体験”が人間の弱さを助長し、「成功体験に縛られてしまい、新しいことに手が出せなく」してしまうのだ。より多くの人に自身の作品を楽しんでもらう――という欲求を満たすことは、ゲーム分野で言えばヒット作を出すことになる。だが成功体験を得たことでクリエイターは守りに入ってしまう。もしつぎの新作で失敗したら、世間から“一発屋”などと言われてしまうかもしれないからだ。ここでカプコンでの稲船氏の代表作の実績を見てみよう。全世界で『ロックマン』シリーズが2800万本以上、『鬼武者』シリーズが800万本以上、 『デッドライジング』シリーズが450万本以上……と、華々しい成功体験が並んでいる。さきほどまでの話ならば、最初の『ロックマン』での成功体験によって守りに入っているはずだが、そんな様子は微塵も感じられない。これはどういうことか? 同氏の答えはシンプルだった。「成功体験は自分がそこで満足してしまうことだが、僕は満足していない」(稲船)。それは社会での地位においてでもある。カプコンで開発のトップにまで上り詰めたが、それすらも満足できるものではなかった。だから稲船氏はさらなる高見を目指し、新会社を立ち上げたのだ。

 「カプコンを辞める直前、頭の中は売り上げばかりでした。そしてクリエイティブへのモチベーションが薄れていったとき、何かがおかしいと気づいた。給料のためではなく、モチベーション高くいられるところへ行こうと思った。モチベーションがあれば発想力も出てくるし、作品への愛も生まれてくる。モチベーションはクリエイターにとってのエネルギーで、車にとってのガソリンと同じです」(稲船)。

 稲船氏の目指している成功体験が何なのかは具体的に語られなかったが、講演の中で語られた新会社コンセプトの理念を聞く限り、それは“モチベーションを高く維持し続けられる場所”だと思われる。コンセプトは仕事を依頼されるのではなく、新しいコンセプトをみずから提案し、提案をした会社のルールを外から破っていくことを目的としている。従業員数は現在約20名で、カプコンとは比べものならないほど小規模だが、稲船氏は「いますごく楽しいです」と話す。この言葉こそが、成功体験に近づきつつある何よりもの証拠ではないだろうか。なお、コンセプトが手掛けるのは文字通りコンテンツのコンセプトの部分で、「ゼロからイチを創りだす」ことを意味する。注目すべきは、コンセプトはゲーム会社ではないという点だ。稲船氏は「コンテンツを創り出す会社なので、じつはゲーム以外の物も作っている」とし、「稲船敬二という名前が意外なところに出てくるかもしれない」と明言。稲船氏と言えば過去に『デッドライジング2』のプロモーションとして、映画『屍病汚染 DEAD RISING』を監督しているが、コンセプトでも映画を撮ってみたい考えはあるそうだ。いずれにせよ、同氏のモチベーションが向かう先はゲームに限らないのである。

 とは言え、多くの人がまず期待するのはやはり“稲船敬二のゲーム”だろう。じつは、そちらの展開についても期待ができそうなのである。しかも、かなり早い時期に。「大物クリエイターは大手ゲーム会社を辞めたあと、うまくいかないことが多い」と稲船氏。その原因は、大物クリエイターは大作を手掛けることに慣れてしまい、新会社でもその感覚で作品を手掛けてしまうことにあるという。大作となれば、当然開発には時間がかかり、そのあいだに新会社の存在は世間から忘れられてしまうのだ。それは絶対にやってはいけないことであるとし、「いかに早い段階で何をするのか示すのが大切」と断言。続けて「うまくいけば近日中に、あるところから稲船のゲームが出ます」と発表した。

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 今回の稲船氏による講演には約200名の学生が参加したのだが、彼らにはレポートを提出するという課題が学部より設けられていた。そのテーマを説明する際に稲船氏の語った言葉が非常に心に響くものだったので、最後にそれを紹介して本記事の締めとしたい。

 「僕が世界に向けての発言をしたり、日本のクリエイターはダメな部分があるといった話をすると、誤解されて“日本を見捨てているんじゃないか”とか“外人かぶれじゃないか”とかよく言われるんですけど、僕は日本が大好きなんですよ。大好きな日本がダメになるのが我慢できないんですよ。幕末にいた吉田松陰は、日本を愛していたからこそ海外を見て“日本を変えなきゃいけない”と思いルールを破って、投獄されました。これと同じなんです。日本がダメになってほしくないからこそ、世界を見なきゃいけないし、世界を認めなければいけない。中国人はコピーばかりする、ではなくて、中国人はどこがスゴイのかを知るんです。アメリカ人はどこがスゴイのかを知るんですよ。アメリカのゲームがどんなにおもしろいのかを知るんです。そういったことがすごく大切なんです。だから、君たちに考えてもらいたいことは、これから日本が強くなるために、もっと世界で活躍できるために、どうやれば日本が世界に勝てるのか? ということ。稲船が言っていること以外にもいっぱいあると思います。自分たちなりの考えかたを、クリエイティブな部分だけじゃなくて学生だという部分での考えかたを含めて、いかに日本人が強くなれるのか? という部分をまとめてほしいと思います」(稲船)

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