武宗しんきろう
プレ・ファミコン時代のビデオゲームにまみれて育ったWebデザイナー。退屈な日常を夢の世界へ変えてくれるビデオゲームの魅力にとりつかれ、おもわずブログを始めてしまいました。合言葉は不思議!? すげえ! カッコいい!!



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食べるの大好き食欲旺盛なインコ好きイラストレーターです! ツキイチの友人との寿司会が楽しみな日々です! よろしくお願いします!(´ω`)
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第2回:TVゲームグラフティー[〜1984年日本編]

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 こんにちは。財布の中身を一瞬で火ダルマにするSPECホルダー・武宗しんきろうです。
 ビジュアルでたどる日本の据え置き型ゲーム機のはじまり。後編は1980年中盤から、みなさんご存じのファミコン登場前後までを追っていきましょう。本ブログでの対象範囲はこの辺りまでなのですが、以降の時代に関してもどなたかやっていただきたいですね?。


 '80年代に入ると、半導体産業の大いなる躍進とともに、遊具の世界にも大きな変化が現れるようになります。その代表的なもののひとつが、任天堂が1980年4月に発売を開始した「ゲーム&ウオッチ」でしょう。その人気は絶大なもので、蛍光表示管などを使用した小型エレクトロニクスゲーム機とともに、子どもたちの欲しいおもちゃランキングの上位を数年間独占することになります。ゼンマイ、モーター駆動からIC、LSIへと、がん具素材にもアナログからデジタルへの波がおしよせはじめた頃でした。

 一方、我らがTVゲーム(家庭用据え置き型ビデオゲーム機)といえば、店頭人気こそ上位をキープし続けていたものの、サイズが大きかったり、価格が高かったりと、子どもにとって小型ゲーム機ほど手が出しやすいものではなかったようです。親に見つかるとゲームはやりにくい?


※本連載では、TVゲーム=家庭用据え置き型ビデオゲーム機と定義します。
※価格は新発売時のものです。
※メーカー名は当時のものです。

※文中のデータなどは当時の資料をもとに武宗しんきろうがまとめたものです。

 

 

1980年〜81年:電子ゲーム黄金期の中で



 テレビベーダー 
:::1980年7月/エポック社/16,500円

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 日本列島を巻き込んだインベーダーブームから約1年、ようやくお茶の間にやってきた1万円台のインベーダー専用機。インベーダーの表示数は8匹と控えめだが、本家のエッセンスをうまく抽出しつつ、熱い攻防が楽しめる内容に。50万台以上の強気な販売数がぶちあげられたが、より安価なゲーム&ウオッチと、インベーダーより先に行くギャラクシアン/平安京エイリアンといった電子ゲームがクリスマス商戦の上位をかっさらっていった。

 

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▲シンプルでコンパクトな本体。こだわりのジョイスティックには滑り止めのゴムキャップ付きで、熱中しすぎると指が黒く染まることも。


 カセットビジョン 
:::1981年7月/エポック社/13,500円

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 日本初のTVゲーム機「テレビテニス」からほぼ毎年コンスタントに新製品を投入してきたエポック社が、それらの資源を集約させることで実現した低価格カセット方式テレビゲーム機
 性能は'70年代のままだが、おかげで開発体制や製造工程が安定しており、「モンスターマンション」など流行のゲームをタイムリーにリリース。この価格帯にライバルも不在で、ファミコン登場前のカセット式としては、日本でいちばん売れたTVゲーム機となる。

 

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▲CPUは本体になくカセット側が持つ。パドルや光線銃端子など'70年代を印象づけるコントローラーが大きな面積をとっている、。

 

1982年:大リーグからやってきたすごいやつ

 

 一方、海の向こうのアメリカでは、空前のTVゲームブームにわいていました。専用ソフト「SPACE INVADERS」('80年)の大ヒットでATARI 2600(VIDEO COMPUTER SYSTEM)関連製品が怒濤のごとく売れ出し、やがて全米一千万世帯のユーザーをかかえる新市場を形成するようになるのです。ATARIに続けと大手玩具メーカーも新型TVゲーム機を続々と発売し、それらにソフトを供給するサードパーティー、小売り各社、雑誌など関連分野を含め、まさに黄金期の様相を呈していました。
 一旦はTVゲーム市場から離れた日本のメーカー&問屋筋でしたが、海外で実績のある製品ならばと、輸入機に活路を見いだそうとするのです。


 インテレビジョン 
:::1982年7月/バンダイ/49,800円

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 アメリカでATARIとためをはっていたMATTEL(マテル)の製品をバンダイが招聘(しょうへい)。ワンクラス上のグラフィックス能力とシミュレーション系に明るい設計思想が特徴で、野球やフットボールなどスポーツゲームにおけるキャラクターの動きのなめらかさが際立っている。イメージタレントにビートたけしを起用。大人をターゲットにした高級機。

 

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▲スペルはINTELLIVISION(本来の発音はインテビジョン)。ゲームカートリッジには操作ガイドが印刷された「ゲームシート」が2枚付属しており、コントローラーに挟んでプレイする。




 オデッセイ2 
:::1982年9月/コートン・トレーディング・コーポレーション/49,800円

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 アメリカやヨーロッパを中心に発売されていたフルキーボード搭載TVゲームマシン。その名が示す通り、世界初のTVゲーム機「ODYSSEY」の血統を受けつぐサラブレッドなのだが、ルールがしっくりこない不思議ちゃんゲーム多数で(筆者は大好物です)、日本のマスコミはそのあたりの不可解さは避け、「ソフトは50種類以上」とか「キーボード付きでコンピューターの勉強を」など器の大きさばかりを強調していた。

 ただし、ラインアップの中にはボードゲーム+キーボードを組み合わせた株式ゲームやRPGといった良作&大作もあり、TVモニタをつき抜けた立体的な遊び方の提案は初代ODYSSEYの正統進化を思わせる。

 

04-

▲翌年には周辺機器・ボイスシンセサイザユニットが発売、キーボード付きコンピューターの本領を発揮することになる。


 クリエイトビジョン 
:::1982年10月/チェリコ/54,800円

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 米沢玩具の子会社であるチェリコが、香港のVTECH(ヴイテック)社より招いたセレブな空気を持つマシン。ホームビデオゲーム&パーソナルコンピューターシステムと名が打たれ、BASICカートリッジをセットするとパソコンになることが強くアピールされている。高級感あふれる木目調ボディ、ふたつのコントローラーに分割格納されたキーボード、メモリをふんだんに使った華やかな画面構成など、デザイン的センスに溢れるビジュアル系マシン

 

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▲スペルはCREATEVISION(本来の発音はクリエイティビジョンとなる)。この当時の香港は、世界の玩具工場として日本に負けず劣らずの賑わいをみせていた。

 

1982年:ホビーパソコンの新潮流

 

 ラジオやオーディオ、アマチュア無線など、部品を買ってきては自分で設計したり、改良を加えたりして楽しむ、通称「趣味のエレクトロニクス」と呼ばれる分野があります。’70年代にはそこにマイコンキットによる製作や実験が加わり、’80年代には、完成品パソコンを使用したソフトウエアの創作へと対象が広がっていきました。

 日本における本格的なパソコンブームの到来もおよそこのあたりかた。NEC、富士通、シャープなど10?20万円台クラスの人気製品を持つメーカーに対し、新規参入をはかった玩具業界が目を付けたのは、小・中学生をターゲットにした低価格な入門パソコンというカテゴリでした。



 ぴゅう太 
:::1982年9月/トミー/59,800円

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 玩具メーカーが開発した、パソコンとTVゲームの融合機。”モノクロ画面に難しい英単語”という当時のパソコンのイメージを払拭し、キャンバスに絵を描き、ジョイパッドで動かし、ゲームも遊べるという、かんたんで楽しいパソコンのイメージを打ち出した。ゲーム小僧たちにとっては、コナミ正式ライセンスによるアーケードタイトル「スクランブル」「フロッガー」の登場が大きなサプライズだった。

 

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▲友だちみたいなパソコン。その名も16bitグラフィックコンピュータ・ぴゅう太。積極的な広告展開と絶妙なネーミングでいまなお高い知名度を誇る。



 ゲームパソコンm5 
:::1982年11月/タカラ/59,800円

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 日本のオフィスコンピュータ分野で高い実績を誇っていたソード電算機システムが手がけた初のコンシューマー機。これを玩具メーカーのタカラが玩具市場向きにプロデュースしたのが「ゲームパソコン」で、高級機でも難しかったなめらかな動きのゲームが簡単につくれる「BASIC-G」、実績の表計算ソフト「FALC」、さらにゲームセンターをわかせていたナムコの人気6タイトルがローンチソフトとして登場。パソコンとゲーム機の両面で話題をさらった。

 

R

▲タカラはパソコンソフト分野にも積極的に進出。当時、パソコンマンガにも活躍のフィールドを広げ始めたモンキーパンチ氏を制作に迎えたカートリッジも発売された。


 マックスマシーン 
:::1982年11月/コモドールジャパン/34,800円

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 PETシリーズやVICシリーズなど、低価格PCの分野で世界中にファンを持つコモドール社も、年少組をターゲットにしたゲームパソコンの開発に着手。おもに玩具ルートで販売されたマシンで、320×200の高精細なグラフィックスに、ゲームマニアならニヤリとするアーケードゲームが走るHAL研究所(現:ハル研究所)もソフト開発に参加。ゲームカートリッジは2800円と驚くほどリーズナブル。

 

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▲パーソナルコンピューターのさらに入門編「フレンドリーコンピューター」との愛称を持つ。後に海外で大ヒットするcommodore 64の下位互換機。

 

麻雀放浪機

 日本人はとにかく麻雀が大好き。そこにエレクトロニクスの波到来と来れば、これはもう頼まれなくても誰かがつくる状況だったといえましょう。コンピューターと対戦できる麻雀ゲームは、パソコンやアーケードゲームのカテゴリでは比較的早くから走っていましたが、性能の低い'70年代のTVゲーム機にはまだ荷が重いソフトでした。しかし、'80年代に突入すると、まず専用ハードを用いた高級機上で登場し、ホビーパソコン並みの性能を発揮できるようになった'82年以降は、ほとんどのゲーム機で発売されていきます。麻雀こそ日本の定番ソフトといえますね。


 マイコン麻雀 
:::1982年頃/不明/49,800円

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 大衆紙の広告にふらりと現れた、おそらく日本初の家庭用麻雀ゲーム(専用)機。詳細不明。各牌の専用キーや時間制など、かなりアーケードライクな作りになっている。通信販売業の日本メールサービスが、雑誌広告を通じて販売していた。

 

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▲いつ誰がどのような経緯で開発したのか? 詳細をご存じの方がおられましたらぜひご連絡を!


 マイビジョン 
:::1983年春頃/関東電子/39,800円

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 麻雀、花札といったお父さんが大好物なテーブルゲーム専用機。こういった分野の初物マシンで、2台のマイビジョンと通信ケーブルをそろえれば対戦プレイができる(もちろんテレビも2台必要)。アーケードで麻雀ゲームを多数排出する日本物産が製造を担当。デパートやパソコン系列の小売り店で販売される。

 

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▲アクション系ソフトは一切なし。アダルトに徹した設計思想に注目。マスターマインド、リバーシ、詰将棋といった思考型ゲームもラインアップに。

 

1983年:黒船騒動とデフレ化の波

 

 '82年の年末商戦をむかえるも、いまひとつ爆発力に欠けるTVゲーム市場。それまで売れ筋のトップをになってきたた携帯電子ゲーム機が、年始年末商戦で予想外の売行き不振におちいったことで、エレクトロニクスゲーム市場全体がいよいよどげんとせんといかん状況へと 追い込まれていきました。
また、かねてより噂になっていた世界最大手のビデオゲームメーカー・ATARI社の日本上陸がこの年ついに現実に。幾重にも重なる大波に、玩具各社は低価格路線へと舵を切りはじめるのでした。


 アルカディア 
:::1983年3月/バンダイ/19,800円

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 高価すぎたインテレビジョンの反省から、小学生をメインターゲットに見すえた低価格機マシン(この直後、さらに9,800円に値下げされる)。香港からの輸入機だが、オリジナルソフトの開発も行われ、ガンダム、マクロス、ドラえもん、Drスランプ・アラレちゃんという人気作品が登場。子どもやアニメファンへと訴求した。

 

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▲先行機のよいところ取りをしたようなデザイン。コントロールパッドにネジ式スティックを立てるとジョイスティックに早変わり。


 アタリ2800 
:::1983年5月/アタリ・インターナショナル・ニッポン/24,800円

12-atari2800

 

 世界47ヵ国、1,200万世帯のシェアを自負する世界最大のビデオゲームメーカー・ATARI社の手による、ATARI 2600の日本版。教育、スポーツから「E.T」「レイダース」といった超メジャー映画ゲーム化作まで、6ジャンル・25本の厳選タイトルで日本上陸。秋にはアーケードの超人気作「ポールポジション」も登場。サードパーティー製ソフトも流通するなど、ラインアップの厚さで群を抜く。

 

12-

▲コントローラーはパドルとジョイスティックが一体化したユニークなもので、本体に4つ接続できる。性能自体は過去日本で発売された「カセットTVゲーム」などとまったく同じで、昔のカセットもそのまま動いてしまう。


 TVボーイ 

:::1983年10月/学習研究社/8,800円

13-TV

 

 ジョイスティックがそのままゲーム機になってしまったようなコンパクト&低価格マシン。当初はホビーパソコンとゲーム専用機の両面で開発されていた製品で、低価格市場に対応するためTVゲーム機のみがリリースされた。8,800円というLSIゲーム機並みの価格が最大の売りで、絵も動きも驚くほど粗いが、コナミのタイトルや、海外の人気ゲームをベースに作られたであろうアクションゲームは小粒ながら芯がある。

 

13-TV

▲愛称は「コンパクトビジョン」。学研は当時アメリカでATARI 2600向けにコナミゲームのカートリッジを製品化していた。


 PV-1000(左)/楽がき・PV-2000(右) 
:::1983年10月/カシオ計算機/14,800円(PV-1000)29,800円(PV-2000)

PV-1000 PV-2000

 

 電卓や液晶テレビなど、半導体応用製品市場にローコストで切り込んでくることからライバルに恐れらていたカシオ計算機が、最後発でTVゲーム&パソコン市場に参入。子どもが遊びたいゲームナンバーワンとする「パチンコUFO」をキラータイトルに、アーケードの人気作でラインアップを固めている。PV-1000(左)は純粋なTVゲーム専用機で、PV-2000はぴゅう太のようなお絵かき機能も併せ持つホビーパソコン。

 

14-PV-1000

▲カシオらしい機能を絞った低価格製品。最初から玩具ルートだけでなくパソコンショップや家電量販店での販売が想定されていた。両機にカートリッジの互換性はない。

 

互換機艦隊波高し

 

 '83年も初夏を迎える頃、どのメーカー製のソフトでも使えるというパソコン統一仕様「MSX」が発表されました。同じソフトが使えれば、ユーザーどうしでカートリッジの貸し借りもできますし、情報も共有できるというメリットが生まれるわけです。
 同じ頃、TVゲーム専用機方面にも似た動きがおこります。アーケードの有力タイトルが期待されるセガの新製品「SG-1000」の登場に、玩具問屋最大手のツクダグループがソフト互換機の発売を発表し、翌年には、家電メーカーのパイオニアも続くのです。セガ自身も同社のパソコン「SC-3000」に共通のカートリッジが使える互換性を持たせることで、プラットホームの普及とユーザーへの安心感をうながしました。


 SG-1000 
:::1983年7月/セガ・エンタープライゼス/15,000円

15-SG-1000

 

 アーケードゲームの雄・セガ・エンタープライゼスが、そのゲーム資産を家庭用部門でも生かすべくコンシューマー業界に参入、以後、1998年の「ドリームキャスト」まで、十数年にわたるセガハードの挑戦が始まる。
 当初は魅力的なタイトルがなかなか揃わず、ファミコン人気にあおられ続けたが、むしろそれを糧にレベルアップを重ねたことが、ユーザーの支持を得た。'84年7月より、操作性を向上した二代目「SG-1000 II」にバトンタッチ。

 

15-SG-1000

▲ジョイスティックは1本を標準装備。発売初期は5色シール版(右)と、ブルー主体の3色刷りバージョン(左)が混在していた。別売りのキーボードとBASICカートリッジによりパソコンにシステムアップする。


 オセロマルチビジョン(左) 

 パイオニアゲームパックSD-G5(右) 
:::1983年11月/ツクダオリジナル/19,800円
:::1983年10月/パイオニア/19,800円

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 オセロマルチビジョンは、SG-1000互換のオセロ内蔵TVゲーム機。カートリッジを入れないで電源を入れると、オセロゲームが立ち上がる仕組み。このソフトはオセロ世界チャンピオンだった井上博八段の思考パターンと定石を持ち、二段くらいの実力を持つという強力作。
SD-G5は家電メーカーのパイオニアが発売した新型マルチモニタ「SEED」シリーズの拡張パックとして登場。SEEDは映像と音の新しい楽しみかたを提案する高品質モニターで、カラオケパックなどと並列にTVゲームというソースが加えられたかたちとなっている。

 

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▲オセロマルチビジョン(左)はジョイスティック機能も本体に内蔵する。一方、SD-G5はジョイスティックが1本しか装備できないひとりプレイ専用機。

 

TVゲーム新世紀


 ビデオゲーム遊びは、理屈ではなく感覚的なものです。おもしろそうだから遊ぶ。おもしろいから買う。低価格はもはや当然。さらに、電子ゲームや高級パソコン、最新のアーケードゲームが集う時代の中で、消費者の目は確実に肥えていました。1983年の熱い夏休み商戦はそうした状況の中で始まりました。各社が、そしてデジタル世代が出したファイナルアンサーとは。


 RX-78 GUNDAM 
:::1983年7月/バンダイ/59,800円

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 時代の本命はパソコンであると、バンダイが総力を挙げて開発した戦略商品。ガンダム、ウルトラマンといったおなじみのタイトルから、ゴルフや戦国を舞台としたシミュレーション、アニメーションツール、Z80アセンブラ、さらには無線コントロールロボット「ロボパル」、さらに当時は高価だったワープロまで、じつに幅広いジャンルをカバー。子どもから大人まで、エレクトロニクスを趣味にしたい人々の遊びに応えるマシン

 

17-RX-78

▲本機は(TVゲーム機ではなく)パソコンのカテゴリに分類される製品なのだが、当時のTVゲーム書籍には必ずといっていいほど顔を出していた常連マシンなので、この項でも特別に紹介。設計・開発はシャープが担当。ジョイスティックはオプション。

 

 光速船 
:::1983年7月/バンダイ/54,800円

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 いまなお伝説を生み続けている海外製ベクタースキャンゲームマシン。専用ディスプレイを搭載し、線画で表現されたキャラクターがビュンビュン動く。日本では新しいビジネスを模索していたバンダイSD事業部が販売を担当し、レンタル式販売や、光速船ゲーム大会を中継するTV番組の放送、店頭での有料プレイといった、従来のTVゲームでは考えられなかった市場の掘り起こしにも力がそそがれていた。

 

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▲GCE社のVECTREX(ベクトレックス)の日本版。海外では発売されたライトペンや3Dゴーグルなど、周辺機器も多数予定されていた。

 ファミリーコンピュータ 
:::1983年7月/任天堂/14,800円

 

 世界の歴史を塗り替えたご存じファミコン。アーケードゲームで慣らした任天堂が、そのおもしろさを家庭で再現するために、逆算する形で性能や価格を算出、まさにソフトから生まれたTVゲーム機と言える。
 「ドンキーコング」「マリオブラザーズ」などのアーケードのヒット作、逆に家でじっくり遊びたい教育系やシンキング系、そして家庭用ゲームの王道をゆく「ベースボール」という、こだわりぬかれた最初期のラインアップには要注目。また、画面のガンマンと撃ちあう「光線銃」シリーズやロボット遊びなど、TV画面だけにとどまらない遊びかたの提案も初期ラインアップの特徴。

 


 スーパーカセットビジョン 
:::1984年7月/エポック社/15,000円

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 ロングセラーとなったカセットビジョンの後継機。同じくNEC開発によるハードウエアで、強力なスプライト機能を有する。ファミコン品切れ時によく売れたというエピソードは皮肉だが、家族で楽しめるオリジナルソフトを中心に、 テンキーボードを使ったゲームBASIC、大作RPG「ドラゴンスレイヤー」、ナムコの人気アーケードタイトルなど、スパカセユーザーのために'87年末まで新作をコンスタントにリリース。ファミコン、セガ機とともに時代をつくる。

 

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▲手のひらサイズのジョイスティックは、中央の黒いプラスチックケースの中に収納できる。後半には音声合成やバッテリーバックアップカセットなども登場。


 2回に分けてTVゲーム創世記をざっと巡ってきたわけですがいかがだったでしょうか? え? 知らないゲームばかりだった? いやはや申し訳ありません。でも、お楽しみはこれからです!
 ファースト世代のTVゲーム機は、ファミコンに比べておもしろくないとか売れなかったといった切り口のみで語られがちです。でも、それぞれのTVゲーム機にはそれぞれの時代背景や物語があるということを、さわりだけでも感じていただけたのではないでしょうか。今後は、当時の関係者の方々へのインタビューも掲載していく予定ですが、黎明期ならではのダイナミックなエピソードは、ぜったいに、売れた売れない話よりももっとエキサイティングでスリリングな話題に満ちあふれていることと思います。TFG(テレビゲームファーストジェネレーション)では、今後とも新しいゲームを紹介するようなわくわく感を大切にしながら、読者のみなさんとともにズンズン進んでいきたいと考えています。これからもどうぞお付き合いくださいませ!
 では、こちらもファースト世代ならではのエキサイティング&ダイナミズム、「すえおきレゲ娘!」でお楽しみいただきましょう。



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参考文献
・週刊現代:1984年9月22日号
・トイズマガジン、トイジャーナル:1982年〜1984年

 


次回更新は、12月18日(火)の予定です。

2012年12月14日 17:11