E3の戦争ゲームのデモから感じること(上)

■今年も残虐ゲーム満載のE3
 

 米E3で発表された年末新作タイトルの新しい予告動画を次々に見ながら、年々思うようになっていることだが、今年もあらためて思ったこともある。
 どうして、とにかく欧米圏で主流のゲームは「人殺し」をするものばかりなんだろう。そんなに「人を殺したくて」仕方がないものなのだろうか。

 いや、間違って頂きたくないのは、そういうゲームを私自身もとても好きだし、実際、よく遊んでいる。今年も、いくつも年末に買って楽しむことだろう。
 特に楽しみになったのは、「Battlefield 3」(エレクトロニック・アーツ)で戦車によるシングルプレイのプレイ映像は、その迫力は実写さながらで感動さえ覚えた。遠距離に見える基地から発射されるミサイル攻撃や、戦車との射撃戦。
 

 

 さらには、上空の無人機からと思われる上空の映像から、攻撃地点をレーザー誘導する姿。軍事系の知識をちょっとでも持っている人間であれば、魅了されざる得ない。
 

 特に空爆のシーンは、ウィキリークスがYoutubeに暴露した2007年に起きた「イラク戦争の民間人殺傷動画(Collateral Murder)」を連想させるような映像ではないかと思った。もちろん、そのままでもないし、ゲームの中では民間人ではなく、明確な敵兵士ということが、はっきりと区分けされている。しかし、どこか割り切れないような気分が残る。ゲームの中なのに人が死んでいるような実感が伝わっている。
 

 ところが、その映像を見ながら、どこかドキドキ、ワクワクしてしまい、実際に早くプレイしたいという気分を押さえる事ができない。

■ハリウッド映画をゲームで実現するトレンド
 

 マイクロソフトのプレスカンファレンスの冒頭で、デモプレイ映像を飾った「Call of Duty Modden Warfare 3」(アクティビジョン)も、ニューヨークと思われる海中から、潜水艦に侵入し、戦闘の後に外に脱出して、沈みかけた潜水艦から大量に発射される対艦ミサイルに、爆発をくり返している艦隊の合間を抜き去るように脱出するという一連のシークエンスの迫力はすごかった。
 

 こんなに密度が近く軍艦が集まっていたり、次々に、爆発するようなことは、現実にはあり得ない映像だよなあと思いながらも、アクション映画そのもののドラマ仕立てと、それをゲームに織り込む姿は、一つのスタイルとして完成形を見せているなあと思った。
 

 アメリカのゲームは、この10年あまり、ずっとハリウッド映画のようなシーンをゲームの中で実際に感じられるような映像とインタラクティビティを作り上げ、没頭感を生み出すことに力を注いできた。
 

 すでに演出過剰な印象もするので、分野としては成熟の気配は感じているが、昨年発売された、「Call of Duty Black Opps」は、1200万本も売り上げ、こうしたゲームへの人気の高さをあらためて証明した。看板シリーズでもある、「Modden Warfare」シリーズの最新作でもあり、今年の欧米の年末商戦を引っ張るだろうと思う。

■冒険譚のくせにシューティング要素がついてくる

 「アンチャーテッド3」(SCE)も無条件で楽しみだ。ここのチームが開発するゲームのクオリティが折り紙付きなのは、「1」「2」と遊んできた人間であればよくわかっている。

 

 

 過去の作品では、毎回、数々の技術的な挑戦に取り組みながら、ハリウッドのB級映画のような雰囲気を持ちながらも、ゲームの完成度は極端なまでに高く、はらはらドキドキとするようなシーンを何度も体験させられながら、楽しませてもらった。PS3を持っているのに、遊んでいない人には、今からでも、無条件に勧められる。
 

 基本的に、「インディー・ジョーンズ」のような冒険譚がベースのストーリーラインで、宝探しがテーマだ。だけど、結局、対立する勢力が現れ、延々と人殺しをしないと話が進まない。こんな秘境と呼ばれるような奥地に、何百人という単位で人を送りこむことができる敵勢力はいったいどうやって人を集めているんだと、苦笑する部分があるが、お約束的なところはある。

■戦争反対なのに、戦争ゲームは好きという矛盾
 

 これらのゲームを、「いい加減、人を殺すゲームにも 飽きたよ」と内心は感じながらも、結局は、私は遊び続けるのだろうと思う。
 

 死体が飛び散ることもなく、透明になって消えるだけの不安な要素をきれいに消してある戦場。安心して、人殺しを楽しむことができる戦場。画面の向こう側で人が死んでいないことなんて、ゲームを遊んでいる人間であれば誰でも知ってる。だけど、ほんの少しだけ良心の呵責がわいてくる。

 映画監督の宮崎駿氏が『宮崎駿の雑想ノート』(大日本絵画)で、自分自身が「戦争反対」を掲げながら、戦争に使われる道具である、戦車などの兵器が大好きで仕方ないという自己矛盾に対して、どうにも折り合いが付かず、自分の頭をポカポカと殴る一コマがある。
 

 このコマを見た時、まさに私自身も同じような気分なのだと感じたことがある。戦争には絶対に反対だが、じゃあ、ゲームの中の戦争は好きではないかと。実際の戦場で使われているような戦車が登場したら、興奮している自分とどう折り合いをつけるのか。
 

 多分、折り合いなど付かないのだ。
 だけど、その矛盾を感じながら、ゲームを遊んでいる。
 それらのゲームは自分の意識を変えたりしているのだろうか。

2011年6月20日 19:23