NHKスペシャル「世界ゲーム革命」から考えさせられること(上)
■日本のゲームは世界一というイメージ
昨年11月にNHKで放送されたNHKスペシャル「世界ゲーム革命」(50分番組)と、3月末にBSでハイビジョン特集として放送された「ゲームレボリューション 王国ジパングの逆襲」と「ゲームレボリューション 賢者の予言」(各90分)の内容がまとめられて、今月末に、書籍版『世界ゲーム革命』(NHK出版)として発売される。
この番組の反響は大きかったと聞いている。普段、NHKスペシャルを見ない30ー40代の人たちが見たという。私も、Twitterでタイムラインを追ったが、この番組で埋め尽くされるような感じだったために、視聴者の層と、今のデジタル世代とは深く重なっているのだろうと感じた。
私自身もずっとゲームについての取材を行ってきているが、この番組の反響でもっとも驚いたのは、普段私も触れることがないゲームをまったく遊ばない人たちがゲームに抱いていたイメージである。この10年、日本のゲームは世界市場が3倍以上に拡大する中で、相対的にシェアを上げることができず、全体的には海外市場で苦戦している。
ところが、普段ゲームを遊ばない人のイメージは、「日本のゲームは未だに世界一の状態」という10年前のイメージだったからだ。これには驚かされた。実は、事前取材を受けたときにも、番組ディレクターの方の常識もそうだった。それだけ、日本のゲーム業界のことは伝説化しており、置かれている実情と、社会的なイメージとが乖離している。
輸出金額は、任天堂製品の大ヒットにより一時的に伸びたものの、ソフトウェアだけを見るならば輸出金額ではこの10年、横ばい傾向が続いており、任天堂以外の企業のゲームは、海外市場での苦戦が起きているのが実際のところだ。任天堂でさえ、先進国が中心で、急激な拡大が続いている韓国、中国などの新興国には食い込むことができていない。また、技術的な先進性という意味では、任天堂もまた激しい競争の最中にある。
■番組をまとめつつ増補された内容
この番組の取材は企画の初期段階から、一年近くに及び、私自身も影ながらお手伝いをさせて頂いた。番組を開始する前の事前取材インタビューから始まり、実際に、アメリカ、カナダに半年近く滞在して取材を続けたクルーの方とは、取材先の相談など、連絡を適宜取り続けていた。スタッフの方は、大量の取材を行われたが、その多くは時間的な制約から、入り切れていない情報も多い。
「世界ゲーム革命」の内容に入り切らなっかったものを捕捉したものに、今年の2月末の『Game Developers Conference』 のタイミングで、さらに放送後に追加取材を行って、ソーシャルゲームなど最新の内容が盛り込まれたのが、「ゲームレボリューション」と「ゲームレボリューション?」だ。BSでもあり、東日本大震災の影響で、放送日が変更になるなど、ご覧になっていない方も多いに違いない。
書籍版の方は、それらの番組に加えて、さらに放送できなかった内容を増補している。カナダケベック州のゲーム産業の強力な誘致政策の戦略や、「レベルファイブ、日野晃博氏」のこだわってきた考え方、「キューエンタテイメント、水口哲也氏」の「Child of Eden」の企画書など、番組で詳しく触れられなかった部分も入っている。
話題になりつつある、ゲームの考え方を現実世界に応用する「ゲーミフィケーション」の提唱者の一人「ジェーン・マクゴニカル氏」のインタビューも登場する。彼女は、「近い将来、ゲーマーのなかからノーベル賞受賞者が出ると思います」なんて、楽しい発言をしてくれている。
■番組のテーマは日本の苦戦と急激な変化のわくわく
番組のチーフ・プロデューサーの小川徹氏は、「あとがき“憧れが残るうちに”」に、今回の番組取材を行った動機を書かれている。「今回の取材を始めた2009年の終わりごろ、『クールジャパン』の稼ぎ頭だったゲームが、世界市場で苦戦しているらしいと聞いた。その一方で、プロローグで紹介した「週刊ファミ通」主筆の加藤克明さんから、『ゲームの進化が著しく、久しぶりにわくわくする時期が来ている』と聞いた。急速な進化の一方で、凋落する日本、いったい何が起きているのか。それを知りたいと思って取材を始めた」(P.261)
この番組は、日本の職人的な開発方法の苦戦を、ゲームエンジンやユーザーテスティングに頼るような北米的な合理主義的な開発手法との対立軸を焦点に描いているために、かなり日本の開発者の中でも、議論は賛否を分けた。意図的な演出によってそのような描かれ方がされていると、不満がブログにも多く散見された。一方で、海外事情に通じている開発者には、そのとおりだという意見もあった。
また、ゲームエンジン自体は、日本の企業もそれぞれの企業が内部で持っている。そのため、中心的な存在として描かれた、米エピックゲームズの「Unreal Engine」だけが、ゲームエンジンではないという批判もあった。
私自身も、その批判は、もっともだと思う部分があったが、同時に、テレビ番組という制約のなかで、そうした割り切りは必要なものだと考えていた。なぜなら、ゲームをまったく遊んでいない人も見ており、実際に「Unreal Engine」について語られた「基幹技術」というのは欧米企業の状況としては、外れていないからだ。
■最先端の技術が家庭で容易に使える時代の驚き
ただ、小川氏は以下のように、別の側面についても書いている。
「ゲーム開発の最前線の取材を通して浮かび上がってきたのは、その進化の驚くべき姿だった。これまで好きで読んできたSFの世界が、大学の実験室や軍事技術の最先端ではなく、誰でも簡単に手に入れられる家庭用ゲーム機のなかに実現しようとしていた。私たちが思い描く『ゲーム』の姿を超え、水口哲也氏もお書きになっているように、ゲームがもはやゲームと呼ばれなくなり、何か別の存在になる日も近いと感じられた」(P.261)
これらのことを小川氏は、テレビの分野で注目を浴びている「ひとつの物語がメディアを超えてつながっていく」という「トランスメディア」という考え方を上げながら、すでにひとつのゲームが続編化し、スピンアウトして携帯コンテンツになり、といった形に見られるように、ゲーム業界の方が先んじていると指摘する。
こうした動きは、「テレビをはじめとしたあらゆるメディアにやってきて、つながっていくのではないか」と感じながら制作を行っていったと書かれていたのが印象的だった。
残念ながら今日現在番組は「NHKアーカイブス」に登録されておらず視聴できない。再放送があると期待したい。
2011年5月23日 19:19