傑作「Limbo」から考えるインディゲーム

■中堅やベテランもインディ開発に
 ここ数年の欧米圏の家庭用ゲーム機市場の縮小は、大型スタジオのリストラを引き起こしている。この2年で世界全体で1万5000人以上出ていると見られている。ただ、そうした人たちは、自分たちが持っている技術を使って、インディペンデントゲーム会社を始めるケースは少なくない。

 欧米圏では、インディというのは、若手だけが作っているのではなく、ゲーム会社で経験を重ねた中堅やベテランが、自分たちの作りたいものを作るために、スタートしていることも少なくないのだ。

 少人数の開発チームでは、当然、大きな予算を掛けた大型タイトルの開発を行うことは難しい。しかし、だからといって優れたゲームが作れないということではない。むしろ、既存の大規模なゲーム開発では思いつかなかったような新しいゲーム表現の可能性が、苦労を重ねて、発見されるケースも続いている。

 

    アワード授賞式で挨拶するディレクターのArnt Jensen氏

 

■小さなチームでできることを求め開発に4年
 Limboは、まさにそういうタイプのゲームでもある。ディレクションを行ったArnt Jensen氏は、過去に大規模チームの経験を持つ開発者になっている。元々、デンマークに拠点を持つアイドスインタラクティブ傘下(現在は、スクウェア・エニックス)のIO Interactiveで03年に同社が成長する看板ゲームにもなった「Hitman 2」(PS2)のゲーム開発に携わっていた。

 Limboのアイデアは、企画としてスタジオ在籍時代に提出したものだが、結局、認められなかったようだ。それで、04年に同じ会社の友人と独立して開発を始めている。大きな開発スタジオの分業化の限界を感じ、小さなチームだからこそできることを追い求めた。

 しかし、06年に二人だけでは、ゲームを完成することができないと結論し、プログラマーの協力を得るために、映画風のトレイラーをYoutubeに公開していた。その時点では、完成するかどうかという見込みは明確ではなかった。

 プログラマーの参加を得た後、自分の貯金とデンマーク政府とノルディックゲームプログラム(北欧地域のゲーム開発支援プログラム)からの少額の援助金で開発を続けた。最終的には、マイクロソフトゲームスタジオがパブリッシャーとなり、資金を獲得、8人という小さなチームのまま完成にこぎ着けることになった。

 しかし、発売前にはそれほど高い期待を集めていたわけではなかった。ところが、リリースすると、欧米のゲームメディアが絶賛して、高い評価を獲得した。2010年内に、ダウンロード数は52万7000本、750万ドル売上げ、予想を裏切る形で、世界的に大成功をした。

■アートとしてのゲームの成功
 Limboはゲームを「アートとして表現した」と、特に欧州地域で絶賛された。
 ゲームを開始して、何の不要な説明を加えることなく、プレイヤーは不可思議な世界のなかに引き込まれていく。少し残虐で(でも流血が激しいわけではない)、不安をかき立てながら、だけど、ゲームには一貫した美術的な考え方が貫かれている。

 一方で、北欧地域らしい繊細さを感じさせられる。同じ北欧地域出身のIKEAの家具を連想させると言えばわかりやすいだろうか。それとも、ノルウェーの画家ムンクの「叫び」を連想させると言えばいいだろうか。ゲームというものが、その地域の文化に根ざして作られるということを感じさせる面がある。

 こうしたゲームは、アメリカからはあまり登場することはなく、日本からも、ここまで大胆にアーティスティックさを選んだゲームはなかなか登場しない。モノトーンをゲームの根幹に据えるというという時点で、普通は会社で企画書は通らないだろう。

 これが、インディゲームが新しいゲームの可能性を広げている例だ。新しいゲームの姿は、今の時代、世界のどこからでも登場する。

 日本からは、ここまで世界にアピールするインディゲームの登場例は少ない。インディゲームは、日本の「同人ゲーム」と比較されることがあるが、コミックマーケットでの販売を前提とした、文化背景を持つ日本の状況とはだいぶ異なっている。ゲームの未来を考えるときに、もう少し、この違いがどこから来ているのかを、考えてみてもよいタイミングだとと考えている。

 

 

 

                2006年のコンセプトムービー

 

2011年5月9日 14:11