GDC文化を作り上げた開発者ウィル・ライト(後編)

 

前回は、「シムシティ」シリーズ、「シムズ(The Sims)」のゲーム開発で有名なウィル・ライト氏が過去のGDCで行った講演について振り返ってみた。
今回は、「シムズ(The Sims)」で導入した具体的な新しい試みについて触れてみたい。

■ユーザーに分散処理をさせようとした「シムズ・オンライン」
GDC2001で行われたウィル・ライト氏の講演は、当然プロモーションを想定してる部分もあった。
それは、当時、Maxisが「シムズ・オンライン」というシムズの世界を大規模オンラインマルチプレイヤーオンラインゲーム(MMOG)に拡張しようとしていたことだった。講演の後半は、どのようなアイデアでそのゲームが構成されているのかを説明した内容になっていた。そして、それは当時のコンピュータ技術の一つの挑戦の方向性をよく示していた。
自分のパソコン上にあるシムズの家が、オンラインを通じて他のユーザーの家とオンライン上で繋がり仮想世界を形成する。MMORPGは、「ウルティマ・オンライン」(EA)が大成功した後で、大きな盛り上がりが期待できる分野として注目を集めていた。しかし、サーバの性能は低く、頻繁に落ちて、トラブルを起こしていた。ユーザーが、100人に集まると、その場所が落ちてしまうという現象は当たり前だった。そのため、ゲームとして遊び続けるには、そういったトラブルを越えて遊び続けるほどの、それなりの覚悟が必要だった。つまり、コアにゲームを遊ぶユーザー以外には遊ぶことが難しい。
それに対して、「シムズ・オンライン」は大胆な考え方を押し出していた。ユーザーのパソコン同士を繋げることで、分散処理をさせようというものだ。オフラインで遊んでいるときと、オンラインで遊んでいるときとを別々の処理をするという仕組みだ。ユーザーの情報の交換を手伝うサーバと、個々のユーザーのパソコン上にあるデータは、必要に応じて他のユーザーと連絡を取る。常に存在し続ける仮想世界があるのではなくて、ユーザーが自分のパソコンに電源を入れて、ゲームを立ち上げている間だけ、他のシムズの世界と繋がる。
それによって、サーバに集中している処理を分散させようと考えたのだ。
そうしたことが実現できるならば、単にゲームだけにとどまらない先進的な技術になる。



■ユーザーへの分散処理は当時の考え方だった
こうした個別のパソコンに分散処理をさせようという考え方は、当時のコンピュータ技術の発展する方向として一般的に想定されていたものだった。
例えば、その考え方は、GDC2003のソニー・コンピュータエンタテインメントの「CELL」プロセッサについての岡本伸一常務兼CTO(当時)のプレゼンテーションで姿を現す。「プレイステーション3(PS3)」に搭載される予定の新型プロセッサCELLは、PS3に搭載されるだけではなく、パソコン、テレビなどありとあらゆるコンピュータチップを搭載するデバイスに使用して、処理の重さに応じて分散処理をするということが想定された極めて野心的な設計思想を持っていた。
仮に、何も使用されていないCELLチップ搭載のハードがあるとすると、他のところで3D処理の重い活動をしているCELLチップから、データを受け取って、その計算作業を手伝う。そうすることで、ネットワーク自体が強力なパワーを持ち、お互いをフォローしあうことで強力な計算パワーを持つようになるのだ。
エンドユーザーが使っているコンピュータ環境を、汎用的にすることができないかということは当時、真剣に考えられていた。

 

 


■大失敗に終わる「シムズ・オンライン」
ただ、結論から言うと、「シムズ・オンライン」は大失敗に終わった。02年12月にリリースされたが、MMORPGとしては最低の出来であると、厳しい評価を受けた。ユーザーはチャット程度しか「することがない」ゲームとして非難された。
なぜ、うまく行かなかったのか。これも、GDC 2004で後に明らかにされる。当時サーバプログラマーをやっていた、ラリー・メロン氏は、クライアントに分散させるという作り方は、ユーザーが抱えている環境が違いすぎるので、不可能に近いことがわかってきたという。
そのため、処理をユーザーに分散するのではなく、それまでのMMORPGと同じ、中心にサーバを設置して、ユーザーがそのサーバ上の仮想世界にアクセスをするという方式に切り替えざる得なかった。そのため、多くの部分が作り直しになるという結果になる。
しかし、開発コストは上昇し続けている。EAは少しでも速くに収益化を目指したために、早期のリリースを求めて、開発チームに圧力をかけた。そのため、全体の仕様の三分の一程度しか入っていない状態でサービスを開始せざる得なかった。その結果、ゲームとしては大失敗をするという結果に陥るのだ。サービスは、細々と続いていたが、2008年に結局、再評価の機会を得ることがないまま、中止へと追い込まれた。

SCEがぶち上げた構想も同様だった。その構想には様々な疑問が発表当初から付きまとった。
PS3は、必要とする電力が大きいことがわかっていた。そうすると、自分がゲームをやっていない間も、他の人のために電気を使い続けることをユーザーは良しとするだろうか。
そもそも、ユーザーは、電源を入れたり、切ったりと時々によってバラバラでもある。そういう不安定な使用状況に対して、その活動を監視して、効率よく、計算するデータを分散させる効率がよいプログラムは簡単に作れるのだろうか。
結局、それらの問題は解消できず、この構想も、今は聞かなくなってしまった。

■再挑戦した「スポア」
ウィル・ライト氏の講演は、ほぼ毎年行われて、人気が高くて立ち見もぎっしりと出るほど満員になる。彼からは、大量にアイデアの本流を聞かされる。
彼は、2008年にさらにUGCのコンセプトを推し進めた「スポア(Spore)」をリリースする。微生物から全宇宙へと進出するまでの生物の進化の歴史をたどるという飛んでもないスケールのゲームである。このゲームでも、ユーザーがお互いにクライアントレベルでデータを交換し合う。「シムズ・オンライン」で失敗したモデルを部分的に継承することが想定されていた。コンテンツのデータの交換だけに絞れば成功できるだろうという予測の元に、今度こそは成功させようと、様々な仕掛けが施されていた。
この開発には、5年近い歳月が使われており、ゲームとして新しい実験が大量に行われている。しかし、数十億円をかけた巨大プロジェクトは、100万本程度の販売にとどまり、またしても、大失敗に終わる(アメリカのゲームの利益率は低いため、100万本程度の販売では大型タイトルは回収が出来ないことが多い)。最大の問題は、そもそもゲームとしてバランスが取れておらず、ゲームとして、おもしろくなかったのが致命的だった。
それから、まもなく、彼はEAを離れた。

■未来を予測する難しさ
現在では、ユーザーが持っているコンピュータ環境を利用するのではなく、そのデータもすべてサーバセンターに持たせた方が、効率が良いと考えられるように変わってきた。サーバの性能が上がってきたことに大きな要因があり、会社で管理している同じ性能のものをつなぎ合わせた方がユーザーのバラバラな環境よりもずっと使いやすいというわけだ。
それが、「クラウド」と一般的に言われるものである。
彼の開発者が、発信を続けることで、アメリカのゲーム産業のゲームデザインの考え方を牽引してきたのだが、この0年を考えてみても、先進的な立場で成功を収め、技術に対して深い理解をしている人であっても、いかに未来を予測するのが難しいのかがわかる。

 



昨年、彼は、GDC2010の講演で自分の職種を「失業者」と紹介して、500人のすし詰めの聴衆の大爆笑を誘った。世界で、最も尊敬され、GDCの文化を創り上げてきた人物の一人は、今も世界の開発者に大きな影響を与えている。GDC2011では、彼がゲーム開発者として基礎を築く「バンゲリングベイ」(ファミコン用)について講演した。当時ハドソンから発売され大ヒットしたゲームだ。そのマップ作成ツールが、ゲームよりおもしろかったので、「シムシティ」を作っていったというのは有名な話だ。
筆者は、GDC2003の頃に短いインタビューをしたことがある。彼は日本のアニメが大好きだと語った。「何のアニメが好き?」と聞いた。即座に「レイン」と答えた。えっと、耳を疑ったが、サイバースペースをテーマにした日本のアニメとしては先駆的な「シリアルエクスペリメンツ・レイン」のことだった。彼らしいなと思ったのを覚えている。

2011年3月18日 20:00