GDC文化を作り上げた開発者ウィル・ライト(前編)

 

■衝撃を受けたウィル・ライトの講演

2011年2月28日?3月4日、サンフランシスコのモスコーニセンターで開催されたGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2011は、毎年春に開催される世界最大規模のゲームクリエーター及び関連企業向け技術交流カンファレンスだ。
筆者が、Game Developers Conference(GDC)に初めて参加したのは、2001年のことだった。当時は、現在のサンフランシスコ中心部のモスコーニセンターではなく、サンフランシスコから南に一時間あまり行ったところにある、シリコンバレー地域のサンノゼコンベンションセンターという場所で行われていた。
日本人は、ほとんどいない。両手で数えることができた。9人ぐらいだったと思う。全体の参加者数も、5000人ぐらいでまだまだ規模は小さかった。
しかし、何より驚かされたのは、当時でさえGDCは大量の情報が行き交う場所だった。英語の聞き取りも話す訓練もろくにやっていない私は、片言の英語でなんとか聞いて回っているのが実情だった。
それでも、ショックを受けたのが、ウィル・ライト氏が「シムズ(The Sims)」のゲームデザインについて行った講演だった。ものすごい早口でまくし立てるウィル・ライトの英語はほとんど聞き取れていたとは思えないが、この講演に含まれている情報量がすごいということは、流れているスライドを見ているだけで十分に伝わってきた。

■「シムシティ」の続編を拒んで開発された「シムズ」


日本では、ウィル・ライト氏は「シムシティ」シリーズの開発者として、その名前がよく知られている。彼が開発して、2000年に発売した「シムズ」は大成功を収めていた。現在でも、エレクトロニック・アーツ(EA)の看板タイトルの一つになっている。
シムと呼ばれるキャラクターの生活を世話をしていくというゲームシステムで、どんなゲームなのかを説明することが難しいゲームだった。各キャラクターは家族を作るのだが、基本的に乗っている人工知能の頭が悪いので、細かくプレイヤーが世話をしてやらなければならない。そうして、その家族を自分が望むように成長させていく。アメリカのホームコメディのような生活のシミュレーターとでもいった感じのゲームだ。日本では、「シムズ」は「シムピープル」という名前でリリースされていたが、ほとんどヒットしていなかった。
このゲームは、ウィル・ライト氏が、「シムシティ3000」をリリースした後に開発を始めたゲームだ。彼が所属していたゲーム会社Maxisは、EAに買収されたばかりで、確実に利益が望めるシムシティの続編の開発が求められた。それを断って、シムズの開発に着手したのだ。そのため、予算はほとんどなく、10人以下の小さなチームで開発をスタートしなければならなかった。
発売後は、空前の大成功。シムズはアメリカで社会現象になるまでの大ヒットになっていた。

 


■ユーザーをコンテンツ制作に巻き込む考え方
ウィル・ライト氏は、「シムズ」の開発チームが小さかったために、それを逆手に取って新しい方法論を採った。ユーザーに、ゲーム内のツールを解放して、積極的にコンテンツ作りに参加してもらおうという方法論だ。現在では、ユーザー生成コンテンツ(UGC)や、Web2.0といった考え方で示されている方法論をいち早くゲームに取り入れたのだ。
登場するキャラクターモデルのデータを公開し、そのデータに会わせてキャラクターデータを作成すれば、どんなキャラクターでもゲーム内に登場させることができた。ゲームの中の家や、家具などデータも同様だ。また、プログラム情報の一部も公開し、技術力を持つユーザーが自由にツールを作成できるようにもした。
当時は、ブログなどの概念もまだまだ広がる前で、ホームページを作るというのは大変な作業だったが、ユーザーはそうしたカスタマイズデータを作ることに熱中した。プレゼンのなかで、ウィル・ライト氏は、そうした行為に熱中してくれているユーザーの様子を次々に紹介してくれる。ローマ帝国時代の服装を再現するサイト、英国ビクトリア調時代の服装を作ろうとする人、映画「シザーハンズ」や、スーパーマン、スターウォーズといった映画のキャラクターの服装を再現する人たち。
マーベルのキャラクターたちが、一堂に会して、日常生活や雑談をやっている姿はあまりにも奇妙で、講演内容は、爆笑ものだった。もちろん、権利的なものはどうなのかというグレーゾーンを多数に抱えているものの、まったく新しい現象を引き起こした。

■ユーザー行動の分析モデルまで紹介


そして、ウィル・ライト氏は、当時はまだ珍しかったユーザー行動の分析を披露した。彼が「食物連鎖モデル」と呼んだ、UGCの考え方に対して大きな影響を与え続ける考え方だ。スキンといったものであれ、ユーザーがそのデータを作成することは、それなりにハードルが高い。そのため、誰もがデータを作る側になるわけではない。しかし、それをニュース情報として配信する人が現れ、そして、その情報を見て回る人たちが現れる。作る人が増えれば増えるほど、そのデータを閲覧し、遊ぶ人の数が増えていく好循環に入る。口コミを生み出し、それはマスメディアでも取り上げられるようになり、さらに大きな評判を得てゲームの長期的なヒットに繋がっていくようになる。
推計値としながらも、それらを行っているユーザーの数を概算し、プレゼンテーションの中で示していたのも驚かされた。当時のゲーム会社にとっては、このビジネスモデルを採っていることと、実際にどのようにユーザーが行動しているのかは、企業秘密の根幹に関わることだと思えたからだ。この講演スライドは、後にGDC2003の終了後に、ユーザー数を新しいものに更新したものが、Maxisのサイトから一般公開された。

 

 

もちろん、こうした講演を行うのは、一つには自社のブランドイメージを作るという目的があったのは間違いない。しかし、それにしては、ビジネスの根幹を多くの人に伝えすぎているのではないかということは、当時の日本のゲーム業界の常識から考えると途方もないことのように思えた。
情報の頻繁な交流がなければ、北米地域のゲームに押されるようになるだろう。当時、私は、GDCという場にいながら強くそう感じたのを覚えている。そして、そうした情報を出し合い、お互いを高めるところにシリコンバレーを中心とした西海岸文化があることを知った。

次回は、ユーザー型分散処理を実現した「シムズ・オンライン」について紹介したい。

2011年3月7日 16:03