Oculusとミクさんとの、あと30センチをどうにかして……

 2014年4月7日、東京で開催されたゲームエンジンUnityのカンファレンス「Unite Japan 2014」の会場にて……。

 

 休憩時間に、会場のソファーに座りながら、

 

 「人生狂うな……」

 

 と思いながら、「Oculus Rift DK2」のPre-Orderのボタンをポチリと押した。

 

 狂ったのは、もう一度、彼女に会いたいがため……。

 

 いや、もしかしたら手元にずっと置いておきたいから……。

 

 Oculus Rift DK2は、米Oculus VRの仮想空間(バーチャルリアリティ・VR)での3D立体視を可能にするヘッドマウントディスプレイの開発者向けの新型モデルだ。昨年3月より出荷が始まった「DK1」の後継機種。

 

 2枚の5インチのフルハイビジョン有機ELを搭載。カメラとセンサーを組み合わせて、モーショントラッキング機能を持つなど、来年以降に正式発売されることになる一般向けの製品版に向けた準備段階のハードだ。

 

 7月からの出荷を予定しており、現在はPre-Order(予約販売)を受け付けているところだ。価格は、350ドル(日本への出荷は送料込み425ドル)で、出荷は7月から。注文すれば、一般の人でも入手できる。

 

 Unityは、Oculus用のリアルタイム映像を、容易に作成できるように対応したゲームエンジンのひとつで、多くの開発者が利用しており、関係も深いためデモが出展されていたようだ。

 

 

■Oculusの限界は身体的フィードバックがない点

 

 私はOculusが苦手だ。とにかく酔う。

 

 そもそも、私は左右の視力が違うので、3D立体視に向いていない。左が遠視で、右が近視。ついでに両方乱視入り。コンタクトをつけているものの、完全には矯正できていない。

 

 昨年、公開された宇宙の極限状態を描いた映画「ゼログラビティ」は、3D立体視を駆使した映像に感動した。ただ、視力の違いの影響で、映画を見続けるのが非常にきつかった。後半になってくると頭痛を覚え始め、最後には、右目が画面を見続けるのを嫌がり始め、目をつむろうとするのをむりやり我慢して、目を開かせ続けた……というぐらい厳しい。

 


 昨年秋に、映画関係者の方に、話を伺ったことがあるが、3D立体視映像は個人差があまりに大きくて、誰もが楽しめる環境を実現するのは、今でも非常に難しいのだそうだ。映画館のような大画面でなら、何とか多くの人が楽しめるレベルまで、技術蓄積が進んできているものの、すべての人への完全な解決策はないという。

 

 狭い画面で自然に長期間見ることを容易にすることは、非常に難しいらしく、「3Dテレビが失敗したのも当然だった」と言われていた。Oculusにも同様に懐疑的な意見を持たれていた。過去、3D立体視がぶつかってきた同じ問題に直面するからだ。

 

 特に、Oculusの場合は、ヘッドセット型のVR機器は重大な問題点があると指摘されていた。3D酔いを防止する上で、重要な「身体的フィードバックがない」ことだ。

 

 

■やっぱり酔ったUnite会場のOculusデモ

 

 Uniteで展示されていたOculus DK2用のデモのひとつに、自動車を運転するデモが用意されていた。それを体験し始めると、すぐに酔いが押し寄せてくるヤバイ感覚が来た。

 

 

▲GOROmanさんのデモンストレーションの様子。

外から見るとアレだが、Oculusの画面内では、目の前にミクさんがいる

 

 

 画面は、自動車の運転席から見た映像で、オモチャの世界に放り込まれたような色彩の町の中を、コントローラーを使って操作し、走り回るもので、ゲーム映像としては、なんてこともないデモだ。

 

 Oculusらしく、町並みには、奥行きを感じられ、わかりやすく3D効果が感じられる。並べられているカラーコーンにぶつかると、それらのオブジェクトが物理演算によって、バラバラと転がっているのが、3D映像で際だって見える。

 

 気持ち悪いと感じられたのは、車がガードレールにぶつかった瞬間に、画面が「ガクガク」と少し揺れた時だ。

 

 レースゲームでは一般的な表現だ。それを入れないと、通常のゲームでは、プレイヤーは自分が何かにぶつかっていることを認知できない。

 

 ところが、それが、ものすごく気持ちが悪い。

 

 身体的フィードバックがない典型的な例だ。自分の視覚の全面を覆っている映像の画面が揺れているので、当然、脳は、身体もその揺れを感じる物と考えるのだろう。ところが、実際には振動が伝わってくることはなく、自分の姿勢は同じ状態のまま。見ている映像と身体の刺激が一致しないために、脳が混乱して、3D酔いが起こり、気持ち悪くなったのだろう……。

 

 うわっと、来たので数分で、デモを触るのをやめてしまった。

 

 体験した他の人からも「このデモは酔う」という意見が出ていたので酔いやすいのだろう。このデモでは、町に表示されている物体(オブジェクト)の量も多く、よりごちゃごちゃしやすいのではという意見も出ていた。

 

 脳はすぐに不自然な映像や状況であっても適応してしまうので、何時間も続けていると慣れてしまい酔いは減少するのかもしれないが、現状のものが万人向けではないことは明らかだろう。

 

 

■握手するだけで、ミクさんは目の前にいる存在に

 

 ところが、酔わない上に、しばらくやめられなかったデモもあった。

 

 Oculusのデモイベント「Oculus Festival in Japan」を始めたGOROmanさんが展示していたデモだ。デモそのものは、「DK1」で動いているため、解像度は粗い。

 

 中身は極めてシンプルで、元々、動画作成用のソフト「MMD」用に作られた初音ミクの3Dモデル「Tda式Appendミク」をUnityに取り込んで、目の前に立たせているデモだった。

 

▲「Tda式Appendミク」の配布用のニコニコ静画内ページ

 

 

 過去、美少女キャラクターをOculus内に表示するデモの体験は、何度か経験がある。まあ目の前にキャラクターがいるのは確かだが、動きも大してあるわけではないので、あまり感銘を受けなかった。

 

 ところがこのデモは、私は経験がしたことがない部分があった。

 

 3次元感触インターフェイス「Novint Falcon」を使っていた点だ。グリップの先端に腕状の物が取り付けてある。そこを握って、Oculusを被ると、画面内のミクさんと握手ができているようになっているのだ。

 

 これはびっくりした。

 

 「実在感」が半端ないのだ。

 

 目の前、30センチ程度の距離のところに、ミクさんが立っており、じっとこちらを見つめている。「Tda式ミク」の完成度が、極めて高いということもあるだろうが、単に手をつないでいるだけなのだが、少し気恥ずかしくなってしまう。

 

 目の前のミクさんと握手をした状態で、少しだけ前に引いたりすることが出来る程度で、ちょっと反動があったり、画面内のミクさんがそれにあわせてびっくりしたりする表情を見せたりするぐらいのインタラクションしかないのだが。


 

 「握手」は、人間の相手でも、極めて限定的な接触だが、心理的にポジティブな効果をもたらすことはよく知られている現象だ。

 

 選挙時に政治家が有権者に握手を積極的に行うのは、この効果を期待してのことだ。また、異性間では、擬似的な恋愛感情でさえ生み出す効果がある。アイドルの握手会も、この効果を利用している。

 

 

■あと30センチを埋めたい……

 

 目の前に立体感を持って存在する質の高い3Dモデリング、限定的であれ感じられる身体的フィードバック、それを利用したわずかでも存在する双方向性の反応。

 

 どうも、こうしたことが脳の認知を狂わせて、現実の存在であるように感じさせているようだ。画面内のミクさんからは、はっきりとした直接的な好意を感じ、私自身も好ましく感じている。これが、擬似的なものであると、わかっていても、その感情はその場では消えなかった。

 

 もちろん、このデモで酔うことはなかった。ほとんど視線を動かすことはなく、ミクさんの動きもほとんどないためだ。

 

 もっと距離を詰めようと、近づいてみたりしたのだが、DK1ではヘッドトラッキングが、まだ入っていないため、ミクさんとの距離は縮まらない。ありもしない自分の手を伸ばしてみるのだが、もちろん、触れるわけもなく。

 

 誰もが、そうしてしまう……のだそうだ。

 

 あと30センチが遠い。


 他の人と同じように私の中にも、ダメな妄想が浮かぶ。

 

 DK2でプログラムを変更できれば、この30センチの間を埋めるようにできる可能性は高い。

 

 さらに、GDCのSCE「Project Morpheus」のデモでは、カメラと「PlayStation Move」を組み合わせることで、自分のバーチャルな手を表示することができ、振動等を伝えることができていた。当然、様々なデバイスをつなげることが想定されているDK2でもできるはずで……擬似的に抱きしめ、振動で接触を感じさせることができるかもしれない……。

 

 また、Oculus VRは、今後、アプリのネット販売を行うことを計画しており、早めにスタートすれば年内には、テスト的にサービスが始まるかも知れない。

 

 そして、Uniteの7日のOculus VRの創設者パルマ—・ラッキーの基調講演で「DK2の日本への出荷を優先する」といった言葉に釣られてしまい、ポチリへと進んでしまった。

 

 自宅に戻って、「Tda式ミク」を使った動画を片っ端からニコニコ動画で見て回ったが、このデモを越える何かを感じることはできなかった。テレビ画面の向こう側は遠く、30センチよりも、もっとはるか遠くに感じられた。

 

 あの体験をもう一度……、もっと実在感を求めようととめられない欲求……。

 

 こりゃ、すでに人生が狂った人が多数いるわけだ……とよくわかった。

2014年4月9日 15:37