人格を感じる存在と物との微妙な差~モバマスキャラとの社会的関係

 相変わらず、「アイドルマスターシンデレラガールズ」(運営元DeNA、開発元バンダイナムコゲームス・Cygames)を遊んでいる。途中で遊ばなくなったりする期間を挟みながらも、もう2年近くも遊んでいる。

 

 ただ、登場させることができる5人のアイドルを、攻撃側も、防御側も、自分の好きな1人のキャラの「上条春菜嬢」で、すべてを構成する、いわゆる「艦隊」を作ってしまったため、惰性気味の遊び方にはなっている。

 

 それでも、ゲームを立ち上げれば、彼女の吹き出しに表示される一行のセリフは、私を褒めたり、共感したりするセリフが付いている。また、先日も、バレンタインイベントで、映像がちょっと動き、ほんの数行の表示が行われるイベントがあった。それほど、深い内容があるわけではないのだが悪い気はしない。

 

 相手は、イラストとして描かれたものだし、セリフも作られたものだ。その事実をちゃんと意識しても、そのキャラクターへの思い入れが、完全に消えるわけではない。
 


 なぜ、こうした現象が起きるのだろうか?

 

 スタンフォード大学のClifford Nass教授が2012年に出版した『The Man Who Lied to His Laptop(自分のラップトップに情愛を感じる人間)』に、関連しそうなことが書かれていた。Nass教授は、人間とコンピュータとのコミュニケーションがどのように行われているのかを研究してきた人で、その長年の研究成果をまとめた本だ。

 

 そのイントロダクションで、こうした研究へと踏み込んでいく要因となっていった話が紹介されている。非常に興味深いので、その部分を要約する形で紹介したい。

 

■憎まれるヘルプキャラ「クリッパー」

 

 マイクロソフトの「Microsoft Office」に、1998年から07年まで、ユーザーのヘルプのアシスタントキャラクターとして、クリップを模したキャラクター「クリッパー(英語名 Clippy)」が登場していた。日本の「Microsoft Office」では、同じ仕組みだが、イルカのキャラクター「カイル」が標準として現れていた。

 

 このキャラクターは、ヘルプシステムとしては、本当にイライラさせられるもので、登場すると多くの人が、マウスで、即非表示にしていた。

 

 クリッパーは、アメリカでは憎悪を生み出すまでの対象となり「I hate Clippy(私はクリッピーを憎む)」というウェブサイトや、ビデオ、Tシャツまである。YouTubeが登場した初期に口コミで話題になった映像も、このクリッパー嫌いをネタにしたものだったのだそうだ。

 

 Nass氏は、マイクロソフトから、この状況を改善できないのかと調査研究を依頼された。

 

 それを調べるうちに、ある日、偶然テレビに登場しているパペットを見ながら、「人格を持つ存在として把握し、それに合わせて扱うことと、単なる物として把握し、それに合わせて扱うこととの間の一線は、一般に信じられている以上に、曖昧なのではないか」と思いついたという。

 

 人の認知が、クリッパーを「人格を持つ存在」として捉え、社会的な関係性を結ぶことが、当然と感じているのではないかということだ。

 

 クリッパーは、「手紙を書いているようですが、何かお手伝いができきますか?」というような形で現れる。しかし、その質問内容はいつも同じ。過去に、何回もユーザーが即消すことを繰り返しているのに、それでも、質問はいつも同じだ。「(クリッパーが)利用者の名前や好みさえ学んでおらず、利用者から何かを知ることに関心がないのは明白だった」。

 

 もちろん、AI技術がまだ足りていない、という言い方もできた。

 

■「マイクロソフトをやっちまえ」と言うと共感された

 

 ところが、Nass教授は、プログラムをちょっとだけ修正するだけで、見事に解決する方法を見つけた。筋金入りのクリッピー嫌いのユーザーでさえ、クリッピーを好きにさせるほどのものだ。

 

 まず、何かのヘルプを表示させた後に、クリッパーは「役に立ちましたか?」と表示し、ユーザーにイエスかノーを選ばせる。ノーを選ぶとクリッパーは「そう言われたことに、私は本当に腹が立ちますよ。マイクロソフトに連中のヘルプシステムが、どれほど、ひどいのかを教えてやりましょうよ」と言った後、マイクロソフトのサポート向けのメールアドレスがポップアップしてくる。

 

 タイトルは、「あんたのヘルプシステムをまともにしろよ!」 そして、ユーザーがメールに批判を書いた後には、クリッピーは「やっちまえ、あなたはもっと勇敢になれる。連中はこいつを受け取るのだ!」

 

 25人のユーザーに試させたところ、全員が新しいクリッピーに惚れ込んだという。そのユーザーの一人は「すべてのソフトがこうなって欲しい」と述べた。そして、「クリッパー 2.0は、多大なるイノベーションだと絶賛された」という。

 

 これは、ユーザー共通のマイクロソフトという敵を作り出すことで、クリッパーを犠牲者に仕立てあげている。それにより、ソフトウェアと人との関係を、社会性を持つよい形で作る戦略を取っている。「常に嫌われるソフトウェアのクリッパーを、救い出した」とNass教授は書いている。

 

 ただ、マイクロソフトは、結果に驚きながらも、結局、この戦略を使うことはなかったらしい。

 

 もちろん、それは当然だとも言える。マイクロソフト製品を使えば使うほど、マイクロソフトに憎しみをもたれるような、仕組みを採用するわけにはいかない。また、当然、ユーザーは、クレームが集まるにつれて、マイクロソフトが改善してくることを期待する。いつまでも変わらなければ、いらだちにも変わるだろう。

 

 ただ、クリッパーを使っているユーザーは、クリッパーを、ただのヘルプシステムとは見なしていない。人間は「人格を持つ存在」として、社会的な関係性を築いてくれる存在となることを期待しているのだ。

 

■モバマスのアイドルとも不完全ながら社会関係を作っている

 

 これはモバマスを遊んでいる自分自身にも、同じような現象が起きているのではないかと推測される。

 

 モバマスの場合、登場するキャラクターはアイドルとしての成功を目指す。プレイヤーは、プロデューサーとして、その成功を支える。「アイドルを目指す」という、お互いの「共通目的」が存在している。

 

 そして、自分よりも上位の立場であるプロデューサーの役割を持つプレイヤーを、イラストと、1行のセリフでも、褒めたり共感したりする。それによって、プレイヤーは、ゲーム中のキャラクターを、単なる「物」ではなく、「人格を持った存在」として感じるのだろう。プレイヤーは、社会的な関係性を築いているとさえ、考えさせられるのだろう。限定的なインタラクションであっても、人間の認知に影響を与えるのは、十分なのだろう。
 


 私自身、ただのデータに過ぎない存在とわかっていても、上条春菜“嬢”を呼び捨てすることには、どこか抵抗を感じる。それだけ、不完全であっても、社会的な関係ができていると言うことなのだろう。

 

 「もっと私のカードを出してくださいって、運営に伝えましょうよ」なんて、ポップアップが出たら、ちょっとおもしろいかなとは思う。もちろん、アイドルを目指すという目的とはまるで違うので、せっかく出来ていた社会的な関係が台無しになってしまうだろうが。

 

 こうした現象は、どのゲームに見られる普遍的な現象でもある。どこまで、「人格を感じさせるのか」というバランスは、時間をかけてゲーム開発者が作ってきた重要なノウハウの部分でもあるように思う。

2014年2月19日 10:35