インディゲームの創造性とは「実験性」を突き詰めること

 インディペンデントゲーム(独立系開発ゲーム)と、同人ゲームの違いは、どこにあるのだろう。1月17日に、国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)が行ったUSTオンラインセミナー「GDC2014プレトーク&同人・インディゲームの未来」で、ディスカッションを行った。こうした議論では、必ずと言っていいほど、この定義の違いがなんであるのかが、論点になる。

 

 欧米を中心に広がっている「インディゲーム」と、年2回のコミックマーケットの発展と大きな関係がある「同人ゲーム」との間には、どうにもニュアンスの違いがあるように思えるのだが、私自身にも曖昧でわかりにくい。最終的には不毛な議論なのだが、ちょっと考えてみたい。

 

■欧米でも曖昧なインディゲームの定義

 

 インディは、明確な定義らしいものは存在しない。なんとなく、もやっとしている。インディゲームのムーブメントを作る一翼を担ったのは、毎年3月に米サンフランシスコで開催されるGame Developers Conference(GDC)だ。そこで発表されるIGF(インディペンデント・ゲームズ・フェスティバル)は権威のある賞だ。

 

 毎年、IGFには数百タイトルの応募があり、また150名を超える審査員により、得点審査されるために、非常にハードルが高く、質の高いゲームが選ばれる。部門賞が存在するが、どこかの賞を受けると、Xbox Live Arcadeなどで販売され、商業的な成功を得られる可能性が高い。

 

 しかし、どこまでがインディとされるのか、という境界線は見えない。IGFの募集要項を読んでも、どこにも「インディゲームとは何か?」といった定義が書かれていないのだ。

 

 これは、欧米圏で開催される米IndieCadeなどのインディゲームに関する他のイベントも同様だ。

 

 ただ、長年のGDCへの参加経験から、私自身の理解では、大体こういうことだろうと思っている。

 

1・少人数の開発で行うこと(数人から10人程度。新人かベテランかは問わない)

 

2・小資本での開発(自分の資金で開発していることが一般的)

 

3・実験的で、過去になかったような、尖っているゲームであること

 

4・商業的な成功を意識していること(しかし、必ずしもそうとは限らない)

 

5・ソーシャルゲームといったサービス型のものでなく完結したゲームであること

 

 そして、特に「3」が重要視されているように思える。

 

■実験的なゲームを突き詰めることこそ創造性

 

 1月24日~26日まで、国際ゲーム開発者協会(IGDA)主催の「グローバルゲームジャム(GGJ)」が開催された。

 

 毎年1月末に開催される国際イベントで、48時間でゲームを数人のチームで1本作りあげるという内容で、今年は、世界74カ所、2万3000人もの参加者を集めた。毎年規模が大きくなっているが、日本でも20カ所以上の場所で開催された。世界的なムーブメントに発展したイベントだ。

 

 このイベントの開始に合わせて、「キーノートビデオ」が、毎年YouTubeで公開される。(※)

 

 ベテランのゲーム開発者が、短くGGJの意義や作り方を簡単に紹介する。今年は3人がスピーチしたが、なるほど、これが欧米圏(特にアメリカ)の評価されるインディの考え方かなと思うような内容があった。

 特に、過去8年間「アンチャーテッド」シリーズの開発に関わった経験を持つリチャード・レマーチャンド氏(南カリフォルニア大学准教授)のスピーチには、インディゲームに通じる考え方を感じることができる。


「毎年GGJは、素晴らしいゲームが生み出されていますが、多くのものが既存のゲームの変種や似たようなタイプであるのも事実です。もちろんそれが悪いわけではありません。

 

 そこで私からの挑戦です。この週末を丸ごと賭して『実験的ゲーム』を作ってみませんか? まったく新しいコトをするゲーム。見たことのないスタイルを持つゲーム。目を見張る独自性を持つゲーム。そういうものです。

 

 私は自らの経験から、実験的ゲームデザインを突き詰めたモノが、ゲームの素晴らしさを生み出していると考えています。私の知る優れたゲームデザイナーは皆、IGFなどの実験的ゲームの動向をよくチェックしています。そこには現代のゲームデザインに新たな風を吹き込み、再生させるアイデアがあるからです」

 

 どうも、この「実験的なゲーム」こそが、インディゲームとして評価される傾向があるように感じられている。さらに興味深かったのは、レマーチャン氏は、GGJは「ゲームクリエイターのコミュニティ」を発展させると述べているくだりがあることだ。

 

■ゲームクリエイターとは尖った実験的ゲームを作れる人

 

 日本ではゲーム開発者のことを「ゲームクリエイター」と呼ぶことが多いが、欧米圏では、「ゲーム開発者(ゲームデベロッパー)」と呼ぶことが多く、「ゲームクリエイター」という呼び方はあまり使われない。試しに「game creator」で検索してみてほしい。

 

 「クリエイター」のニュアンスの中には、「無から有を生み出す」というニュアンスが含まれ、「ザ・クリエイター(The creator)」とすると、「キリスト教の神」という意味になる。「デベロッパー」の過去に存在するものを組み上げていくという意味があるため、クリエイターのニュアンスとかなり違う。

 

 そのため、マーチャン氏が「ゲームクリエイター」という言葉を使っているのは意図的だと思われる。ゲームクリエイターとは、「今までまったく存在しなかったゲームを生み出せる人」という意味だろう。インディゲームには、クリエイター的なニュアンスがあるように思える。

 

 そのため、実験的なゲームを作りながら、それを商業的に成功できるゲームを生み出せる人がインディゲーム開発者としても、高い評判を得ていると考えられている。そして、インディゲームで成功できるならば、より広い舞台のメジャーでも成功できるという、暗黙の了解事項が存在しているのだろう。

 

 インディからメジャーへと成功を広げていった具体例としては、米thatgamecompanyが上げられ、3作目となるのが、日本での評価も高い「風ノ旅ビト」(PS3用)だ。

 

 IGFは、手堅くまとまっているようなゲームよりも、変わったゲームが受賞することが少なくない。2011年のIGFで一部門のスチューデントショウケース(学生が開発したゲームの応募作で選出された8タイトル)を受賞したゲームに、米デポール大学の18人の学生が作った「Octodad」というゲームがある。家の中の物を散らかすタコの父親を何とか操作してゴールに連れて行く妙なゲームだ。

 

 この続編として「Octodad: Dadliest Catch」が開発されており、今年、「プレイステーション4」向けにもリリースされる。昨年の東京ゲームショウのSCEブースでも展示されていたので見た方もいると思う。物理エンジンを使っているが、過去に見たことのないアイデアのゲームであるのは確かで、その創造性が高く評価されたと言える。

 

 要するにおもしろいゲームがベストな訳で、最終的には定義論争は意味がなく、時代によって変遷していく物だが、それでも、欧米圏で考えられるインディの評価軸は、日本人の考える「創造性」と少し違っているように、個人的には思っている。

 


(※)http://www.youtube.com/watch?v=uLz4cAOZB8w

2014年1月27日 16:21