今度こそ「モバマス」をやめるんだっ(1)?ゲームを支配する可能性空間

 いつまでやっているんだ、とまわりの友人にも言われ、読者の方からの苦笑の声が聞こえ、ついでに開発元のCygamesさんにもばれているそうなのだけど、昨年4月にプレイを始めた「アイドルマスターシンデレラガールズ(モバマス)」(バンダイナムコゲームズ・DeNA)をまだやっている。再度、モバマスの話を3回に分けて書く。今度こそ、「やめてやるっ」て思ったのだ。

 

 家族にもいい加減あきれられているのだが、ログインボーナスのほしさに、一日一度は必ず起動してしまう。やっていることは、ひたすらボタンを押しているだけなのに、なんと粘着力の高いゲームだ。こんなに同じゲームを長いあいだ遊び続けた経験は記憶にない。

 

 結論から書いておくと、相変わらず、まだやってる……けど。

 


■自分の好きなキャラ以外は気にならなくなってきた

 

 ただし、プレイヤーは300万人突破ということが発表されているが、実感値としては10?20万人程度がアクティブユーザーではないのかと思っている(まったく違うかもしれないので、あまり信用しないように)。私のようにほとんど無課金に近い遊び方をしていても、ちまちま10ヶ月も遊んでいると、さすがに中堅以上のランキングになってくる。

 

 イベントをやれば3万位台に入るし、毎週のランキング発表でも10万位あたりをうろうろしている。まわりには、課金している豪華なカードを持つプレイヤーだらけになってきた。

 

 私が参加している30人で構成されるプロダクションも比較的強い方だろう。Aクラス以上のトッププレイヤーが4人で引っ張っている、というか、それ以外の人はほとんど脱落してプレイを止めている。肌感覚で、一度課金の線を越えたとたんに、継続するか、どうかのラインが明快にあることがわかる。掲示板をみていると、振り切れた人は、ガチャで月8万円使ったとか、素晴らしい使い込みをやっている。

 

 4つぐらいのソーシャルゲームを並行して遊んでいるが、いくら手軽に遊べるソシャゲであっても遊べる時間は限られている。結局、必ず遊び続けているのは、「モバマス」という状態が続いている。それでも、今度こそ、やめると心に誓ったのには、理由がある。もう、やることがなくなってきたのだ。

 

 最大の理由は「自分の好きなキャラ以外、育てる気がなくなった」 ということだ。

 

 ちょっと前まで、満足感を感じていたのは、自分の好きなキャラの5種類のカードをデッキにずらりと並べて、育てきった満足感に浸っていたときだ。防御はどうせ強いカードの人たちと戦って勝ちようがないので、最初から捨てている。だから、並べるのは防御。

 

 ただ、困ったことに気がついた。他のキャラを育て始めても、惰性に近い感じになってきたのだ。14日前後に、バレンタインイベントが開催され限定Sレアカードが2枚プレイヤーにプレゼントされたものの、パッション、キュート系のキャラだったので、私はクール系なので、あまり意味がない。

 

 どうしても、仕方のないことだが、それぞれの系統で全面包囲的にしないといけないので、よく言えば、どの系統でも、総花的にならざる得なくなり、ニッチに弱くなってしまう。

 

  自分の好きなキャラ以外が、レアで出ることがあっても、だんだん継続したいというモチベーションが出ない……出ないんだよ、好きなキャラの新カードが。

 


■ゲームを構成する可能性空間

 

 最初の頃は、どんなキャラがいるのか見えなくて、「可能性空間」が分散していた。しかし、だんだんと好きなキャラが絞られるようになり、そのキャラの可能性空間が全部見えて来るようになってしまった。そうなると、そのキャラのカードが増えないことがストレスへと変わり始める。

 

 「可能性空間」とは、あるゲームの中で、ユーザーが取り得る選択肢のありとあらゆる可能性を表現するための空想的な空間のことを言う。もちろん、ユーザーは、ゲーム内で起きるすべてを体験することは極めて難しいため、可能性空間は幅広く、その空間をすべて体験できるユーザーは事実上存在しない。


 しかし、中心となる幹となる部分は存在する。それが「ゲームメカニクス」と言われることが多い。例えば、家庭用ゲーム機でのRPGでは絶対に決められたストーリーを追わないといけない。戦闘では、決められたスキルしか獲得できない。常に、決められたルールの中で遊ぶ必要があるといった形だ。

 

 多くの家庭用ゲーム機向けゲームは、一度クリアしてしまうと、大筋の可能性空間を知ってしまうので、もう一度遊ばれることはない。そのため、体験されないままの可能性空間がたくさん残る。それが、多くなればなるほど、そのゲームは生産性(収益性)が低下しているといえる。

 

 ソーシャルゲームのようなものの場合には、イベントやカードなどの流動性が高いからこそ面白いが、カードのデッキは枝葉と言ってもいいかもしれない。私が達してしまったのは、その枝葉は、自分自身にとっては、ここから先は、もうないんだなって、知ってしまったということだ。足されるにしても、待ち時間が長くなる。これまで、カードを次々に手に入れて育てていたときの楽しさが失われつつある。

 


■ 可能性空間の果てにたどり着いてしまった

 

 私が好きなキャラは恥ずかしいので、明らかにしないが、あまり人気のないマイノリティであることには自信がある。すでに同系のキャラは、「THE IDOLM@STER 2」のときに、ちょいキャラ扱いで、ひどい扱いだったからだ(そこの君、ピーンときたからって、笑わないように!)。人気がないのだろう。だから、同系のキャラだから、今後も出るのは後回しになることは間違いないし。キャラソンなんてものとは縁遠いのも間違いない。(出ても、買わない可能性は高いんだけど)

 

 という、理由で、挫折しつつあるのです。

2013年2月18日 19:54