ソシャゲへの反感はワインの方程式が生んだ反感と同じ ?ゲームと心理学(2)

 2008年に、プリンストン大学の経済学者オーリー・アッシェンフェルターが発表した論文「ボルドーワインの質と価格を予想する(Predicting the Quality and Prices of Bordeaux Wines)」という論文は、ビンテージワインの専門家に対して、とどめを刺すとでもいえるような論文だ。

 

 ビンテージワインは同じブドウ園で生産されたワインであっても、年によって出来不出来があるために、値段が変化する。品質によっては、10倍以上の差が生まれることがある。世界中にはワインコレクターがおり、将来にワインが成熟して評価が高まることで、値段が高くなることを見越して投機の対象として購入している人々もいる。

 

 実際に、1961年産ものは、1本4884ドルで取引されている超ビンテージだ。一方で1969年産ものは1本285ドルと同じボルドーワインなのに、ここまで価格に差が付いている。熟練したワイン専門家たちが吟味して、評価し、複雑な思惑が重なりながら価格は決定されていく……はずである。

 

■ワインの質の高さは、たった3つの変数で予測できる

 

 ところが、アッシェンフィルターは、1984年に、これをシンプルな数式によって表現できるのではないかと考えた。一般の人々であっても、手に入れやすい公開されている情報のうち、ビンテージワインのデータを統計的に処理することで、ワインの品質を予測可能にする数式を作り出すこと成功した。この数式を利用すれば、将来、ビンテージワインへと成熟が進むワインを簡単に予測できるようになるというものだ。

 

 その数式は以下のようなものだ。

 

ワインの質=12.145+0.00117×前年の冬の降雨量
       + 0.0614×夏の育成期平均気温
       ? 0.00386×収穫期降雨量

 

 ワインが、生産年によって品質が異なるのは、ブドウの育成期の気象条件が原因と考えられている。ワインの出来がよいのは、夏が暑くて乾燥している年だ。春に雨が多いと、質を落とすことなく収穫量が増える。

 

 それらの知識からたった3つの変数だけを取り出して式を作りだした??夏の育成期の平均気温、収穫期の降雨量、前年冬の降雨量のデータだ。

 

 08年の論文では、それを1952年?1980年のデータと一致できることを確認した上で、1981年?2003年のデータに当てはめてみると数年先どころか、数10年先の価格を正確に予測することができていることが確認された。実際、2000年と2003年が価格の高いビンテージワインになったが、これは、数式によって求められる予測データと一致しているという。

 

 この式の精度は極めて高く、予想価格と実際の価格との相関係数は、0.90を上回った。この数値は1に近ければ近いほど、この式が現実世界の事象と関係することを正確に表現している。0.90という数値はこの式に当てはまらないケースの方がはるかに少ないことを示している。

 

 この式の登場は、ワインについての可能な限りのありとあらゆる情報がなければ、未来を予測できないとする考えを否定した。多くのワイン専門家による予測よりも、この単純な式の方が正確なのだ。

 

■冷徹なアルゴリズムは予測が難しい不確実な状況ほど強い

 

 自分には首尾一貫した自己があると多くの人は考えるかもしれない。しかし、人間の主観はちょっとした条件の変化で簡単に揺らぐことが、様々な心理学の研究から明らかにされている。それでいて、揺らいでいることを知覚することは極めて難しい。

 

 そこには人間の持つ「認知バイアス」が存在している。

 

 一方で、数式といったアルゴリズムは人間と違って、揺らぎがなく首尾一貫して変化することがない。大量のデータが存在し、それらを的確に分析できるアルゴリズムを生みだされれば、人間の主観よりも正しい結果を導き出せる可能性が出てくる。

 

 ソーシャルゲームの時代が来るまで、ゲームのおもしろさを分析する能力は、職人的な勘に頼る部分が大きかった。ゲームクリエイターのアイデアをうまく組み立てていき、優れたアイデアを構築し、積み上げてきた経験は、ゲームをおもしろくし、大ヒットタイトルを生みだせると考えられてきた。しかし、それはユーザーがどのように遊んでいるのかというデータを取得する方法が、最近まで、存在しなかったから成り立っていたと考える事もできる。


 心理学者ポール・ミールが1954年に出版した今なお論争を呼んでいるといわれる書籍で、20種類の調査結果に基づいて、訓練を積んだ専門家の主観的な印象に基づく「臨床的予測」と、ルールに基づく数項目の評価・数値化による「統計的予測」とを比較し、どちらがすぐれているのかを分析している。

 

 以下は、ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」(早川書房)で触れられているケースの一つを紹介する。

 

 専門の職業カウンセラーが大学の新入生と面談した上で、一年次終了時の成績を予測するという課題が調査対象の一つとされた。カウンセラーは一人ひとりと45分間面談し、高校時代の成績、いくつかの適性テストの結果、さらに4ページにわたる自己申告書もチェックする。それによって、「臨床的予測」を行う。

 

 それに対抗する「統計的予測」のアルゴリズムは、高校時代の成績と適性テスト1種類の結果だけだ。

 

 ところが、カウンセラー14名のうち11名の予測は、「統計的予測」の結果を下回った。

 

 この書籍の出版後、200件以上の分野で研究が続けられているが、アルゴリズムは60%が人間の予測を大幅に上回る結果を出しているという。残りの40%は引き分けだ。

 

 調査された予測は、ガン患者の生存年数、入院期間、心臓疾患の診断、赤ちゃんの突然死の可能性、新規事業の成否、銀行のリスク評価、労働者の将来の職業満足度、学術発表の評価、サッカーの勝者などなど………。

 

「いずれの分野も不確実性が高く予測がほぼ不可能であることが特徴で、『予測妥当性が低い環境』と言うことができる。これらのどのケースでも、専門家の予測精度は簡単なアルゴリズムを下回り、よくて同等だった」

 

 しかし、多くの人がこうした統計データを駆使するものに対して、反感を抱く。アッシェンフェルターのワインにおける式の発表は、フランスのワイン業界に「激怒とヒステリーの中間」を生み、ワイン愛好家からも嫌われ、「映画を観ないで批評するようなもの」と酷評された。同様に、職業カウンセラーの間でも大論争に発展し、現在でも続いているという。なぜなら、職業カウンセラーの存在意義そのものを疑わせる問題でもあるからだ。

 


■なぜ、ソシャゲに対して大きな反感が生まれるのか

 

 ゲームはソーシャルゲーム時代になり、ゲーム会社が大量のユーザーのログデータを収集できるようになった。それらを利用してARPU、DAU、KPIなど、シンプルなアルゴリズムで統計処理を可能にした。それはパラダイムシフトが起きたとさえ言える変化だ。ゲームは、ユーザーがゲームをいつやめるのか、いつおもしろいと感じるのか、そして、いつお金を払うのかなど、事前予測を付けることが難しい「予測妥当性が低い環境」であり、逆に言えば、統計的に扱いやすい分野だからだ。

 

 KPIといった各種のアルゴリズムを無視して開発されるゲームよりも、長期的に見れば、的確な「統計的予測」によるゲームの方が、ユーザーにとっての満足度という意味でも、優れている可能性が高い。

 

 ソシャゲが登場した頃(今でも)既存のゲームが好きな開発者やユーザーの間には嫌悪感が広く喚起された。この反応は、過去に起きた反応と同じだと言ってもいいだろう。我々はワイン愛好家と変わらない。我々は自分たちが、統計的な存在にされたときに、「機械的」に感じて、ゲームをつまらなくしているように直感的に感じてしまう。それは、人間自身がそう感じるように作られているからである。

 

 「宇宙戦艦ヤマト」で自動化が進んだアンドロメダが否定されるように、「銀河鉄道999」で最後に機械の身体が否定されるように。その方が、人間味を感じるのだ。

 


(注)今回の内容は、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)』(早川書房)の「第21章 直感対アルゴリズム-専門家の判断は統計より劣る」に多くの内容を参照している。

2012年12月25日 20:41