任天堂が「Wii U」で挑戦する孤独に向かう世界

 任天堂が6月のE3で「Wii U」のコンセプトとして「Better Together(一緒だとよりよい)」というコンセプトを出してきた。E3直前に岩田聡社長は、「Wii U」を紹介する動画の中で、「Alone Together(一緒でも孤独)」という言葉がアメリカで出てきているという話をしていた。この問題への取り組みが、任天堂の「Wii U」であるということだろう。ただ、これは大変なテーマを掲げてきたなと思っている。

 

 この「Alone Together」の原著「Alone Together: Why We Expect More from Technology and Less from Each Other(一緒でも孤独:なぜ、テクノロジーがより進むと、お互いの関係が失われると予想できるのか)」は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の心理学者シェリー・タークル教授によって書かれている(未訳)。タークル氏の著作は、メール、フェイスブック、ツイッターといったインターネットメディアが、携帯電話を通じて入り込んできたことで、リビングに断絶が生まれていることを様々なインタビューで示している。

 

 

Alone Together: Why We Expect More from Technology and Less from Each Other

Basic Books/Sherry Turkle

 

 

■携帯電話とソーシャルメディアが生みだしたリビングの孤独

 

 ある家庭の子どもは、リビングで父親が小説を読んでいるときには、子どもが声を掛けたても気軽に反応をしてくれていたのが、メールを書いている今の時代になると「書き終わるまで待って」と言われるようになってしまい、自分が後回しにされている気分になったと述べている。

 

 これは家族がリビングに集まっている状態であっても、スマートフォンを通じてソーシャルメディアを利用するようになり、最後には食事中にまで触るようになってしまった。そのため、一緒にいても、お互いの間に断絶が生まれており、一緒にいるという生身の実感が失われているという様子だ。これが多くのインタビューを通じて説明が行われて、果たしてこの状態が望ましいのだろうかと疑問がぶつけられている。

 

 携帯電話などを通じて利用できるソーシャルメディアのツールは、移動時間などの隙間時間に使えるツールとして登場して来た。一方で、それが一般化するにつれて、人間の生活のすべての時間にデジタル情報に触れ続けているということが日常化してしまった。大人であっても、つまらないプレゼンテーションを聞いていたり、会議のちょっとした間にも、携帯電話を開きソーシャルメディアを見ている。

 

 メールが送られてくれば、それに対してすぐに反応することが求められるようになり、それは子どもたち(いや大人であっても)のストレスになっている。ソーシャルメディアという存在は、便利な側面を持つようで、むしろ心を疲れさせてしまう。24時間それに追い立てられるようになる生活へと急激に変化してきているのだ。

 

 

 その状況を、任天堂は「Wii U」は、お茶の間で家族が交流し合うきっかけを作り、さらに、それぞれのお茶の間をつないでいくという考え方が中心になっている。「Alone Together」の状況を解決する一つの手段として、「Better Together」というキャッチフレーズを掲げてきたのだろう。

 

 もちろん、「Better Together」は単なるキャッチフレーズに過ぎないだろう。それでも、ゲーム機を通じて、IT技術によって急激に進む、個々人のコンピュータ環境によって進む、これほどまでのコミュニケーションの断絶を乗り越える手段を生みだすことができるのか……というかなり大変なテーマではあるように思う。携帯電話やソーシャルメディアなどすでに普及している「Alone Together」との存在との争いになるからだ。

 

 任天堂が「Wii」の展開時に、「ゲーム人口の拡大」ということを目指して、「お茶の間」で、家族の誰もがゲーム機を通じてのコミュニケーションを行うきっかけを作り出すという考え方が、大きく成功したコンセプトであるということは周知の通りだ。

 

 子どもの世代から、年齢の高い世代まで、一時は受け入れられ、新しいゲームユーザーを開拓したのは事実だろう。「Wii U」は、そのコンセプトを明らかに引き継いでいる。さらに、「お茶の間をつなぐ」という考えは、任天堂に期待されていた、独自のソーシャル機能をどのように組み込むのかという解決策の提案とも考えられる。

 

■生身の人間とロボット、どちらと生きることが望ましいのか?

 

 ただ、タークル氏の著作には、さらに大きなテーマがぶつけられている。より人間にとっての根本的な問題だ。今のソーシャルメディアによって生まれているリビングの断絶は、今後起きてくる一つのプロセスに過ぎない。

 

 著作では、冒頭から刺激的なテーマをぶつけられている。

 

 「人間の気持ちを完全に察してくれるロボットが登場したときに、生身の人間とのコミュニケーションは持続できるのか?」というのが、「Alone Together」の最大のテーマだ。

 

 今のコンピュータ技術がさらに発達していくと、人間は自分のことを完全に理解してくれるかのように見えるロボットに依存するようになってしまい、生活上は孤独なロボットとの付き合いしか行わないような世界が登場するのではないかと、コンピュータテクノロジーの進歩への警鐘を鳴らしている。

 

 冒頭部分では、彼女がショックを受けたという本を紹介していた。デビッド・レヴィ「Love and Sex with Robot:The Evolution of Human-Robot Relationships (ロボットとの恋愛とセックス〜人間とロボットの関係の革命)」という本だ。調べるとイギリスのゲーム業界団体の会長をしている人の本であり、ゲーム業界に近い人の著作だった。

 

 レヴィ氏の主張では、人と恋愛を行えるような水準のロボットが、2025年前後には登場するようになると予測している。最後には、人と結婚するようなロボットまで登場するという内容が書かれている。アメリカでゲイ同士の結婚が認められるように、ロボット同士の結婚が認められても問題がない。もしくは、そうしたことが大きな社会的な問題になってくる時代が来るだろうとしている。

 

 タークル氏は、それに疑問を呈する立場を取っている。ソーシャルメディアやそれが発展していくことで生まれる“ロボット”を介さないで、生身で人間同士が触れあうことの方が望ましいとしている。「Wii U」の仮に5〜6年程度の間隔で新型ゲーム機が登場するペースが守られるとするならば、後継機種が登場するころは、もうロボットとの恋愛が具体的に見えている時代になっているだろう。

 

 任天堂にとっての課題は、こうした巨大とも言えるテーマを掲げているタークル氏に対する回答を見つけられるのかということだろう。一般的には、ロボットを作る側をゲーム開発者は目指そうとしてしまうだろうからだ。だから、任天堂の掲げる理想は、現在の時代では、最高のものであり、この挑戦は非常に興味深いものになるだろう。 

 

©2012 Nintendo

2012年7月17日 18:10