「PlayStation Vita」から見えるソニーグループの混乱(中)
「PlayStation Vita」から見えるソニーグループの混乱(中)
ソニーグループが抱えている課題
先週に引き続いて、まず、ソニーグループの問題を理解するために、日本の企業組織が生み出しやすい傾向を見ていく。
日本軍の特性が、日本企業に引き継がれているポイントを野中氏は以下のように整理している。説明は、私なりにわかりやすく言い換えている。
?下位の組織単位の自立的な環境適応が可能
現場が、何か指示を受けなくても、どんどんと適応するように努力をする
?定型化されないあいまいな情報をうまく伝達・処理できる
契約書やその作成の手続きといった面倒なことをなしに、情報を処理できるために、時間を短く処理できるために、組織の速度が速い
?組織の末端の学習を活性化させ、現場における知識や経験の蓄積を促進し、情報感度を高める
組織の現場が自ら考え、自らの状況を改善しようと努力するので、市場の変化に敏感に反応することができる。
?集団あるいは組織の価値観によって、人々を内発的に動機づけ大きな心理的エネルギーを引き出すことができる
組織全体が、共通のコンセンサスを持つことができている場合は、リーダーがいなくても、組織はその目的の実現に向かって自発的に行動する。むしろ、強いリーダーは必要ない。
これは特に80年代までのバブル期までは「日本式経営」としてもてはやされたものだった。トヨタといった自動車会社や、ソニーも含めた家電企業の経営は世界的に高く評価されていた。これは部品点数の多く、製造には高い精度を要求する自動車といった製品にはピタリとはまり、家電製品では「より小さく、価格を安く、壊れないように」という明快な目標があったために、組織全体がそこに集中することが容易だった。
市場の拡大期といったときには、日本型の組織は、現場がどんどん新しく製品を磨き上げていくので、きわめてうまくいく。しかし、一度縮小が始まると、抱えていた矛盾が吹き出し、一気に混乱にぶつかることになる。
2000年代になって、IT産業の登場が経営環境の変化を劇的なものにした。ITでは、開発チームは相対的に小さく、意思決定を速く、製品投入サイクルを短く、市場からのフィードバックを迅速に得て、より製品の質を引き上げていくという企業が有利になった。アップル、グーグル、フェイスブックといった新興企業だ。
野中氏は、日本型組織の不利な点として、明確な戦略概念に乏しく、急激な構造的変化への適応がむずかしく、大きなブレイクスルーを生み出しにくい、という弱点をあげている。さらに、組織内に個別に存在する集団の統合が難しく、集団の意思決定に時間が掛かり、異端の排除が行われやすい、といったデメリットをあげている。
日本軍が、大軍として成功できたのは、太平洋戦争初期の段階だけで、一度、後退戦に入ってしまうと、どこの戦線でも敗者復活ができなかったという指摘をしている。
日本の会社は見事に、この問題にはまり込んでいる。大企業病と呼ばれることもあるが、日本的な組織が抱えている特有の性質とも言い換えることが可能だ。
PS Vitaは、ソニーグループの抱える矛盾が垣間見えるハードウェアで、個別の現場や、個別の技術には優れた点がありながら、全体に統合して、ソニーグループ全体のなかに位置づけてみると、ちぐはぐな部分を多数抱えている。
ソニーの抱えている問題は、2000年代に入った頃には明確に出ており、辻野晃一郎の自伝『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』(新潮社)など、複数の元ソニーの人たちが指摘していることでもある。
辻野氏の自伝を簡単に紹介すると、ソニーは2005年には企業として「ガバナンス(企業統治)が崩壊していた。そしてその状態は既に何年も続いていて、私もさんざん辛酸を嘗めていた」という非常に厳しい指摘をしている。
2003年にDVD録画機の「スゴ録」と、当時のPS2で成功した久多良木氏の「PSX」の投入の際、製品としては機能が被っているにもかかわらず、結局どちらも作れ、という話になる。それで、ビジネスとして失敗した「PSX」ではなく、成功した「スゴ録」の方がプロジェクトを終わらせられることになり、さらに辻野氏のチームは久多良木氏のチームに統合されるという不条理な結果になってしまったという話。そのため、辻野氏はソニーを去るという決断をするところから話が始まる。
経営トップは、現場の突き上げによって、コスト的には無駄でも、お互いに機能が被るプロジェクトを切ることができず、結果的に会社に貢献してきた有意な人材を失う、という例だ。
日本の組織はガバナンスが混乱してくると、現場からのボトムアップの知識が上がりにくい構造を形成しやすくなる。そのため、現場がいくら新しいイノベーションを生み出しても、それを会社としてチャンスを潰してしまうという現象が起きるようになってしまう。
これと同じことが、PS Vitaで起きているように思えてならない。プロダクトからは、様々なところに妥協の産物が感じられるのだ。来週は、PS Vitaの何処に矛盾があるかを見ていく。
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2012年2月27日 12:48