酒缶さん
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【和田俊輔氏】5.アーケード至上主義

 

 今回のゲスト:和田俊輔氏 

アスミック・エース エンタテインメント 新機能開発本部GM。「裏ワザ」を通して過去の名作ゲームを紹介するDVD『ザ・裏ワザ』シリーズのプロデューサー。

 

 

酒缶 1986年には『ファンタジーゾーン』(※1)が出ていますね。

 

(※1) 『ファンタジーゾーン』 1986年にセガ・エンタープライゼス(現セガ)がアーケード向けに発売したシューティングゲーム。ショップで買い物をしてパワーアップする要素が当時新しかった。

 

和田 マークIII(※2) 版やサン電子のファミコン版が出ても家庭用には手を出さず、ずっとアーケードでやってましたね。当時はアーケード至上主義的な時期だったんでしょうね。『ファンタジーゾーン』はゲームの内容もパステル調のデザインも、敵を倒してお金を貯めてのショッピングのシステムも……あと曲もよかったんですよね。全部よかった! メチャクチャはまって、4周目くらい行けるほどにやり込みましたね。最後のボスと戦う時も、敵をすり抜ける裏ワザを使って無傷でのクリアを覚えて。当時って裏ワザもテクニックの一つみたいな感じでしたよね。

 

(※2) マークIII 正式名称はセガ・マークIII。1985年にセガ・エンタープライゼス(現セガ)が発売したゲーム機。

 

 

酒缶 『源平討魔伝』(※3)は?

 

(※3) 『源平討魔伝』 1986年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がアーケード向けに発売したアクションゲーム。バーチャルコンソールアーケード http://www.bandainamcogames.co.jp/cs/download/virtual_consolearcade/detail/detail15/15.html

 

和田 『源平』もやりましたよね。これもほぼアーケードばかりでした。ファミコン版のジャンル変更(※4)に驚かされたというのもありましたけど。『源平討魔伝』は好き過ぎて山口の秋吉台にある景清洞まで行きましたもん。

 

(※4) ファミコン版のジャンル変更 ファミコン版は、1人プレイがRPGで、複数人プレイではボードゲームが楽しめるゲームに変更された。実物のゲームボードやコマが同梱されている。

 

酒缶 『源平』って序盤はおどろおどろしいキャラで統一されているけど、ゲームを進めるとデザインが混とんとしてますよね。

 

和田 そうですね。だじゃれの国があったり。黄泉の世界からの話というのもあってか、和風の中にカオスを感じますね。ゲームとしては当時デカキャラの登場に驚きました。この作品があったからPCエンジンのデカキャラブームもあったんじゃないかなと。

 

酒缶 PCエンジンは、ファミコンでできないことをやろうという流れがあるだろうし、ファミコンで出せないものを出そうという流れがありましたよね。

 

和田 そうですね。PCエンジンでは『源平』はコンシューマオリジナルの『2』も出ましたし、同じ開発チームでの名作『ベラボーマン』(※5) まで出ましたからね。

 

(※5) 『ベラボーマン』 正式名称は『超絶倫人ベラボーマン』。1988年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がアーケード向けに発売したアクションゲーム。バーチャルコンソールアーケード http://www.bandainamcogames.co.jp/cs/download/virtual_consolearcade/detail/detail43/43.html

 

酒缶 『ベラボーマン』の方が世界観は統一されていますよね。

 

和田 ちょっと狂った世界ですよね。福引き男も普通じゃないですが、何度もしばいてると「このくされげどう!」って言われますからね(笑)。この味は源平プロ(※6)ゆえですね。

 

(※6) 源平プロ 『源平討魔伝』や『超絶隣人ベラボーマン』を開発したチームのこと

 

酒缶 この辺りのタイトルから和田さんは高校時代に入ってますけど……。

 

和田 高校になったらなったで、ゲーセンに入り浸るようになったんですよ。中学の頃は部活が厳しいじゃないですか。中学の頃はバスケをやっていて、高校は陸上でした。

 

酒缶 陸上競技なんですか? ここでつながらないんですか、『情熱熱血アスリーツ』と。

 

和田 それ、関係ないです(笑)。で、陸上の方がなぜか融通がきいてたんですよね。毎日のように練習がなかったのかなぁ? サボってた?(笑)ともかく陸上部や帰宅部の友達とつるんでよくゲームセンターに行ってましたね。

 

酒缶 学校の近くにゲーセンがあって?

 

和田 学校というか最寄駅の近くにあったんですけど、学校ってゲームセンターへの出入り禁止だったりするじゃないですか。生活指導の先生が学校近くのゲームセンターに見回りに来て、うちらが壁やトイレの窓から蜘蛛の子を散らすように逃げた事件とかあったんですよね。その恐怖もありつつ、自転車通学だったこともあって、学校の最寄駅でない2、3軒ゲームセンターがある駅前まで行って遊んでいました。

 

酒缶 3軒くらいあるといろんなゲームがあったでしょうね。

 

和田 ほとんど網羅してましたね。『ガントレット』(※7)の4人プレイ筺体やグルングルン回る『ギャラクシーフォース』(※8)のスーパーデラックス筺体なんかもありました。また当時の私は結構なナムコファンでそんな中でもとにかくナムコタイトルは確実に押さえてましたね。

 

(※7) 『ガントレット』 1985年にアタリがアーケード向けに発売したアクションシューティング。4人までの同時プレイが可能で、協力プレイが楽しめた。日本ではナムコ(現バンダイナムコゲームス)が販売を行い、テンゲンからメガドライブ版が発売されている。

(※8) 『ギャラクシーフォース』 1988年にセガ・エンタープライゼス(現セガ)がアーケード向けに発売した大型筺体の疑似3Dシューティングゲーム。

 

酒缶 当時のナムコはすごかったですからね。

 

和田 時期的には丁度高校生になったばっかりの頃だと思うんですけど、新しく友達になった連中と『妖怪道中記』(※9)をやりながら、「家どこ?」みたいな話をしていた記憶がありますね。ただあの頃は本当にゲーム漬けでナムコ製に限らずほとんどやってたんじゃないかな? カプコンのCPシステム(※10)が出てきた時にはその出来に感動し、友達と「CPシステムのゲームは全て1コインクリアしようぜ!」みたいなこと言って、『ファイナルファイト』(※11)くらいまで頑張った覚えがありますね。

 

(※9) 『妖怪道中記』 1987年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がアーケード向けに発売したアクションゲーム。バーチャルコンソールアーケード http://www.bandainamcogames.co.jp/cs/download/virtual_consolearcade/detail/detail48/48.html

(※10) カプコンのCPシステム 1988年以降、カプコンがアーケードゲーム機に使用していたシステム基板。

(※11) 『ファイナルファイト』 1989年にカプコンがアーケード向けに発売したベルトスクロール格闘アクションゲーム。

 

 

酒缶 アーケードでよく基板のタイプで語ることがありますけど、そういうのって「この基板だからこうなんだぜ」ってわかるんですか?

 

和田 本当に詳しい方は細かい仕様まで理解されていると思いますよ。私の場合、基板の名前やシステムなどの情報は当時のゲーメストなどで仕入れてたと思うので、そのせいもあってか、『グラディウス』を見ては「これがバブルシステム(※12)かー!」とか『ファンタジーゾーン』を見て「システム16(※13)偉大!」みたいに名作に合わせて刷り込まれている程度ですかね(笑)。ただ当時CPシステムは色味というか動きのまろやかさというか、それが全然違った気がします。

 

(※12) バブルシステム コナミが開発したアーケードゲーム用基板。

(※13) システム16 セガが開発したアーケードゲーム用基板。

 

酒缶 全部遊びつくしていたんですね。

 

和田 その当時、少なくともその3つのゲームセンターにあるものは、食わず嫌いせず全部遊んでいました。ゲーメストや「ザ・ベストゲーム」なども読んで確認してたので80年代後半あたりのタイトルはほとんど漏れなく遊んでたんじゃないでしょうか。ただ、うまく進めない相性の悪いものは4〜5回遊んで見切り、長く遊べそうなものに資金を集中投下してましたね。そのせいで先ほどの『ファンタジーゾーン』や『源平討魔伝』のほか、『ストライダー飛竜』(※14)や『ワードナの森』(※15)『ワルキューレの伝説』(※16)『サンダークロス』(※17)『ミッドナイトレジスタンス』(※18)など比較的ワンコインクリアが楽なゲームばかりやっていたような……。

 

(※14) 『ストライダー飛竜』 1989年にカプコンがアーケード向けに発売したアクションゲーム。

(※15) 『ワードナの森』 1987年にタイトーがアーケード向けに発売したアクションゲーム。

(※16) 『ワルキューレの伝説』 1986年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がアーケード向けに発売したアクションゲーム。バーチャルコンソールアーケード http://www.bandainamcogames.co.jp/cs/download/virtual_consolearcade/detail/detail10/10.html

(※17) 『サンダークロス』 1988年にコナミ(現KONAMI)がアーケード向けに発売した横スクロールシューティングゲーム。

(※18) 『ミッドナイトレジスタンス』 1990年にデータイーストがアーケード向けに発売したアクションゲーム。

 

酒缶 あと……『テトリス』(※19)は? 以前、『テトリスDS』(※20)でカンストまで行ったとか言ってましたね。

 

(※19) 『テトリス』 1988年にセガ・エンタープライゼス(現セガ)がアーケード向けに発売した落ちモノパズルゲーム。

(※20) 『テトリスDS』 2006年に任天堂がニンテンドーDS向けに発売した落ちモノパズルゲーム。公式サイト http://www.nintendo.co.jp/ds/atrj/

 

和田 一億点ですね。正確には99,999,999点か。でも、『テトリス』ってメーカーによって操作感の違いの大きいゲームで、落ちてきたテトリミノの固まる早さが微妙に違うんですよ。テクニックとして置いてずらしたり回転させたりするじゃないですか。もちろんほとんどの『テトリス』でそういった操作はできるんですけど、その時に回転がどこまで可能かはゲームによって全然違うんです。任天堂さんの『テトリスDS』のマラソンモードに関しては、非常にその辺のレギュレーションが緩やかというか、ボタンを押して回転させていると固まらないので、回しながら考えられるんです。だから、ある程度出来る人なら時間さえかければ、たぶん1億点まで行けるんじゃないですかね? ……といっても毎日2〜3時間コツコツやって1週間くらいかかりますが(笑)。

 

酒缶 すごいですね。でも、アーケード版をプレイしているときはそんなレベルじゃないですよね?

 

和田 全然ないですね。最初にスピードが速くなるレベルであっという間に終わってましたよね。でも普通だったら「なんだこれ?」みたいな感じで終わるはずなんですけど、魔力と言うか……その後もやってましたね。

 

酒缶 でも、『テトリス』はうまいけど、『ぷよぷよ』(※21)はそうでもないんですよね。

 

(※21) 『ぷよぷよ』 1991年にコンパイルがMSXとファミリーコンピュータディスクシステム向けに開発した落ちものパズルゲーム。ディスクシステム版は徳間書店から発売された。その後、シリーズが続き、2003年以降はセガから新作が発売されている。公式サイト http://puyo.sega.jp/

 

 

和田 『ぷよぷよ』はトラウマがあったんです。大学の3年の時にその頃入ってきたサークルの新入生が、「和田さん『ぷよぷよ』をやりましょう。『ぷよぷよ』得意なんですよ」と言ってきたので「おいおい、オレがどれだけゲームやってきたかわかってんの?」みたいな軽い気持ちで対戦をしたら、そいつがすごいヤツで、ぷよをバンバンと落として、最後の一列くらいで全消しをしたんですよ。15、6連鎖して、こっちが1つも消せないうちに一気にやられて。

 

酒缶 でも、中学時代の話からいくとそのプレイを見て俺にもできるって……。

 

和田 いやー(笑)、そこまで一方的にやられてしまうと、どんなに頑張ってもこいつ以上にはならないなと悟ってしまって、『ぷよぷよ』は封印して、それ以降やってなかったんですよ。

 

酒缶 2007年に放送された「TVチャンピオン2」(※22)の次世代ゲーム王選手権の3回戦が扇風機を浴びながらの『ぷよぷよ』でしたよね。

 

(※22) 「TVチャンピオン2」 2006年から2008年までテレビ東京系列で放送されたテレビ番組。特定のカテゴリーの達人たちが様々な競技で競い合ってチャンピオンを目指した。

 

和田 背中に『ぷよぷよ』を模した風船を背負いながらのプレイで負けました。10年近く経ての再会があの場面とは……。なんという残念な巡り合わせでしょう(笑)。

 

次回の更新は、6月17日(金)の予定です。

2011年6月14日 11:27