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第16回 ファミコン(その1)
ゲーム人生回顧録 - 乱舞吉田

 3回連続でゲーム&ウォッチについての話を書きましたが、ゲーム&ウォッチとくれば、流れ的につぎのお題は"ファミコン"しかない、ですよね? ということで、今回はファミコンについて書きたいと思います。

 

 ですが、"ゲーム"というものを、単なるブームで終わらせずに、娯楽のひとつとして世間に認知させるという、それも日本国内だけでなく世界レベルで。そんなとんでもない偉業をなしとげたファミコンです。1回きりでは語り尽くせるハズもなく、ハッキリ言って何回で終わるのかも想像つきません! かといって、一生ファミコンのことだけを語っていくわけにもいかない……。このコラムを読んでくれている人のなかにも、すでに「ファミコンで遊んだことなんてない!」という人も多いだろうし。ゲームを遊んだのは、スーパーファミコンからとか、プレイステーションからとかね。"RFスイッチ"って言っても、ピンとこない人も多いんじゃないかな? いまじゃ、ビデオ端子つきのテレビが当たりまえだからね……。なんてグダグダ言ってないで、とりあえず書いてみましょうか。何回続くかは、そのときの勢いしだい。ひと区切りついたら別の話題に飛んだりしつつ、ファミコンの話題に戻ったりするという感じになりそう……ってゆーか、それに決めた!(笑) じゃ、とりあえずスタート。

 

 ファミコンは、正式名称"ファミリーコンピュータ"として、'83年に任天堂から発売された家庭用ゲーム機です。価格は14800円でした。当時は他のメーカーからも、いくつかの家庭用ゲーム機が発売されていました。エポック社の"カセットビジョン"、バンダイの"インテレビジョン"、トミーの"ぴゅう太"、セガの"SG-1000"など、そのほかにもいくつかありましたね。しかしいずれのゲーム機も、価格、グラフィック、ソフトのラインナップなどに一長一短があり、微妙な勢力争いを展開していました。値段的にも親にねだってすぐに買ってもらえるものではなく、僕のまわりでもこれらのゲーム機を持っていた人はあまり多くはいませんでした。僕も、デパートのおもちゃ売り場に設置されている試遊機で、これらのゲームを遊ぶことが多かったなぁ。そんななか、ゲーム&ウォッチで一大ブームを巻き起こした任天堂が、家庭用ゲーム機のファミコンを発売したのです。

 

 ファミコンの登場で話題になったのが、グラフィックのきれいさ……というかドットの細かさですね。当時の家庭用ゲーム機は、大きな四角形をキャラクターや背景に見立てているものがほとんどでした。なので、キャラクターというよりは、シンボルやイメージ、といった表現が正しいでしょうか。たとえば、人間の頭は四角だけ。目も鼻も口も描かれていない。そんなものが多かったんですよ、そのころは。ま、ぴゅう太だけは例外でしたけれど。ぴゅう太はゲーム機というよりはゲームパソコン的な扱いで、グラフィックはまだきれいなほうだったけれども、そのぶん値段が高かった。当時で59800円もしたんですよ! 僕も欲しかったんですが、とてもとても手が出せる金額ではありませんでした……。まぁ、ぴゅう太の話はこれくらいで、話をファミコンに戻しますね。当時の家庭用ゲーム機はグラフィックが粗かったわけですが、ファミコンはなんと、(当時の)ゲームセンターのゲームに近いクオリティーのグラフィックで遊べたのです。ゲームセンターでヒットした『ドンキーコング』や『ドンキーコングJR.』、『マリオブラザース』が、自分の家で好きなだけ遊べるのです。これは、子供たちの注目を集めました。さらに、『五目並べ』、『麻雀』、『ベースボール』、『テニス』といった、いまでいう定番タイトルが早くから発売され、大人の興味もひきました。そしてなにより、ほかの家庭用ゲーム機と比べて、ゲームソフトの質が高かった。実際に遊んでおもしろいゲームが揃っていたんですね。かくしてファミコンは、家庭用ゲーム機の中でシェアをグングン広げていきました。

 

 ファミコンがスゴかったのは、ゲーム専用機として、余計なものをすべて削ぎ落としたところにあるでしょう。ほかの家庭用ゲーム機が、キーボードを始めいろいろなものをつないで拡張ができることをウリにし、"パソコン色"を強めに打ち出していたのとは、まったく逆の発想です。しかし余計なものをすべて削ぎ落としたといっても、ファミコンには最初からコントローラーがふたつあったんですよ。これがまた、ポイントが高かった。ほかのゲーム機がコントローラーが1個しか付属していないにもかかわらず、ファミコンはコントローラーを買い足す必要なく、そのままふたりで遊べるわけです。友だちや家族といっしょに! ゲームというものは、ふたりで遊べば余計におもしろく感じるものなんですよね。ましてや子供は、友だちの家で遊ばせてもらったら自分も欲しくなるのは当然のなりゆきで。親も、我が子とコミュニケーション……というとちょっと大げさだけれども、いっしょになって楽しめる。まさに、ファミリーな家庭用ゲーム機だったわけです、ファミリーコンピュータことファミコンは。当時のゲームは、アーケードも家庭用も含めて、ひとりで楽しむものばかりだったので、その時期によくもまぁコントローラーをふたつ同梱したのは(というかファミコンのコントローラーは本体にくっついていましたが)、いま考えてもスゴイことだと思いますね〜。そうそう、操作性のよさもファミコンはズバ抜けていました。あの+ボタンです。ゲーム&ウォッチで培われた技術とノウハウが活かされていたんですね。

 

 そんなファミコンですが、僕はすぐにファミコンを欲しいとは思いませんでした。いきなり、いままで書いてきたことを否定するようですが……。理由は、ふたつあります。ひとつ目は、ファミコンが発売された当時中学生だった僕は、ゲームセンターでバリバリとアーケードゲームを楽しんでいました。ファミコンのグラフィックがきれいだとはいっても、アーケードゲームのほうが僕には魅力的に感じたんですね。『ドンキーコング』や『ドンキーコングJR.』は、そのときにはゲームセンターで飽きるほど遊んでいたし。ファミコン版の『ドンキーコング』には、全4面のうち、3面しか収録されていなかった(25メートルの面がなかった)というのもありました。そして、ふたつ目の理由ですが、仲のいい友だちがファミコンが発売されるとすぐに買っちゃったんですよ!

 

 その友だちは家が料亭をやっていて、大金持ちってほどではなかったけれども、小金持ちというか。そんな家庭の三男坊で、かなり多くのおこずかいをもらっていたみたい。さらにおこずかいとは別に、親にねだればたいていのものは買ってもらえたという……。なんともうらやましい環境のヤツだったんですよ。でも性格のいいヤツだったし、趣味も僕と同じだったので、よくいっしょに遊んでいました。ちなみに当時の僕の趣味は、ゲームのほかは、マンガ、アニメ、プラモデルなど……。いま思うとオタクの典型的なパターンですな。ま、いいや(笑)。というわけで、ファミコンはその友だちの家で遊びまくっていたんですよ、好きなだけ。交代交代で順番にプレイしたり、対戦プレイで熱くなったりしながら。もう、我が家同然なくらいに入り浸ってました。その友だちの家族の人たちが、またイイ人揃いだったし……。余談になりますが、そのファミコンこそ、いまでいう初期発売バージョン。知る人ぞ知る、コントローラーのABボタンが、丸ではなく四角いタイプで。感触もゴムみたいなヤツでしたね……。また、その友だちは、初期に発売されたほとんどのファミコンソフトを持っていたんです。もう、なんでもかんでも、手当たりしだいに! 『ポパイの英語遊び』や『ドンキーコングJR.の算数遊び』といった、ゲームとしてはあまりおもしろくなかった、学習系のソフトまで……。まぁ、自分でお金を出していないで遊ばせてもらって文句を言うのはお門違いなのですが。「ちったぁ〜(チョットは)選んで買えよ!」ってよく言ってました(笑)。てなわけで、僕はその友だちの家しばらくのあいだ、ファミコンのゲームを堪能させてもらっていたんです。

 

 かといって、僕がファミコンを買わずに今日まで過ごしてきたかというと、そんなことはなくって。あるとき、「僕もファミコン欲しい! 絶対買うぞ!!」と決断させるできごとが起こったんですね。この続きは、次回にて。

 


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