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ニュース 『∀ガンダム』公開記念 富野由悠季監督インタビュー
2002年2月8日


 アニメ界の巨匠・富野由悠季が10年ぶりに放つ劇場作品『∀ガンダム』。テレビアニメ全50話を『I 地球光』&『II 月光蝶』の前後編に再構成した超大作だ。この合計4時間超の一大SF叙事詩は、いったいどのような過程を経て編集されたのか、そして富野監督が考える映画の本質とは? アニメファンならずとも気になるあんな話やこんな話を、富野監督から直接聞きだしてきちゃいました。読んでから観るもよし、観てから読むもよし。このインタビューで、劇場版『∀ガンダム』がさらにおもしろくなること間違いナシ!
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■映画が持つ"ダイジェスト機能"

−−いよいよ劇場版『∀ガンダム』の公開が近づいてきましたが、2000年の東京国際ファンタスティック映画祭で『∀ガンダム』の映画をやるぞ、という話をされてから現在まで、だいぶ時間が経ってますが、その間には何があったんでしょう?

富野監督(以下 富野): まぁ実際の作業に時間がかかっていただけですよ。どのフィルムからどういう風に使うか、っていうのをフィルムと相談しながら、さらに話を再構成していく作業ですね。それは実質的に新しい話を1本作る作業に等しいことだったから。その作業においてもただ単に原稿やコンテを書いていくんじゃなくて、現物のフィルムを見ながら構成や編集をしてかなきゃならない。それと同時に構成や編集を同時にはじめてたから、やっぱり1年以上はかかりますね。

−−監督は『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』など、これまでもテレビシリーズの映画化を数多く手がけてこられたわけです。映画化にあたってのこだわりですとか、「映画だからこうしたい」というような考えはあるんですか?

富野: 特別な試みをしてやろうとか、そういうものはありません。取りかかるにあたっては、目の前にあるテレビ版をどう編集して映画にするかっていう興味しかないんです。今回も『∀ガンダム』をやるにあたっては、とりあえず「ちゃんとした映画にするぞ」っていう意気込みくらいしかありませんでした。でも、作業も終盤にかかったころになって、映画の機能、というか映画のクセが理解できたような気がします。それが大きいですね。

−−それはどういう?

富野: いや、簡単な話ですよ。映画にはいわば"ダイジェスト機能"というものがある。それは物語を圧縮する機能。まぁ簡単に言えば、映画の枠に収めるために色々なものを外していたのに全体として話はわかるっていうのがダイジェスト機能。これを意識するのとしないのでは全然違ってくると思う。たとえば『地獄の黙示録・特別完全版』がいい例ですよ。あの映画も21年前のオリジナルではある程度短く作ってたわけですね。その結果徹底的に駄作になった。でもそれが今回の編集で50分以上延びている。延びているけども、オリジナルよりよほど短く見えますよね。圧縮感っていうのがあるわけね。それは物語の積み重ね方、意味性っていうのがある。つまり長い尺でもそのなかで面白くつながってれば全然問題ないわけ。『地獄の黙示録・特別完全版』と『∀ガンダム』を観てくれたら、映画というものの本質がかなり理解できるはずです。自信ありますよ。

−−それを意識しながらの編集作業はどんな感じだったんでしょうか。単純に言って、あるものから切って落としていく作業なんでしょうか。それともいいところを拾ってつなげる作業なんでしょうか。

富野: うん、後者のほうですね。もちろん初期の段階では切り捨てる精神構造が作用します。そのあとでチョイスしていくんですが、そのとき重要なのが、切り捨てた部分が残していったエッセンスをどういうふうに取り込むか、っていうこと。それがシナリオやコンテを書く段階でいちばん面倒なんです。たとえば「愛してる」っていうセリフがあったとしても、それはそのシーンだけのセリフってわけじゃない。前々からの展開があっての帰結としての「愛してる」なのかもしれないし、このセリフで後の展開が決まるのかもしれない。

−−とくに『∀ガンダム』は主人公以外のキャラクターの数が非常に多いですよね。だからそれぞれのキャラクターのセリフが持つ意味が余計に重要になるんでしょうか。

富野: そうですね。単純に数が多ければ大変だし。でも実は、その点はさほど苦にはならないんですよ。要は劇そのものの運びがどれだけ緻密かにかかってる。劇構成っていうのは、いわば地面に書いた一本の線に何本もくさびが食い込んでる状態。そうしないと密着感が出ずに単につないでいるだけに見える。その食い込みかたにしても地面に2センチ入ってるのもあれば10センチのもあったり。深ければ深いほど多くの要素と絡んでる。

−−私も『∀ガンダム』の『I 地球光』を拝見したんですけど、あれってテレビ版と同じ始まり方じゃないですか。それで「え、これで最後までいけるの?」って心配したんです。でも途中の展開もスピーディーですし、そのままあっけにとられたまま終わってみると「ああ、観た!」っていう感覚がちゃんとあるんですよね。それはやっぱりその組み立てのおかげなんでしょうか。

富野: そうそう。最近映画の手法としてそういうのを指してジェットコースターって言いますけど、あれは映画なら本来できてなきゃいけないことなんだよね。テレビアニメのつぎはぎでも、こうして映画の機能をフル活用できるんだから、「もう少しみんながんばったら?」って言いたい。

■編集のやり方はフィルムが教えてくれる

−−今回はただ単に編集するだけじゃなくて、そこに新作カットもあるわけですよね。

富野: ええ。物語を途中で割愛していった場合、どのように物語をつなげていくのか。そういう意味での新作。要するに『I 地球光』として、『II 月光蝶』として欠落しているところがどうしても出てくるわけです。そういうところを……なんていうのかな、プラモデル作りで言うと、パテ埋めじゃなくて、どうしても必要な部分をパーツ請求してきてはりつける、っていう感じかな。そのための新作ですね。物理的に言うと「つなぎのため」なんだけど、それがそう見えちゃいけないから。『地球光』観て、どこが新作かわかった?

−−わかりませんでした(笑)。

富野: でしょ? かなり克明に見てもわからないはず。観るほうの気分がずーっとつながってるわけですから。たとえば、テレビ版で3話か4話分使った、宇宙船が見つかってどうしたこうした、っていうところ。それをたかだか5分かそこらのシーンにしなきゃならない。でもそのシーンは会話もちゃんとやってますよ。あと後半だと、ふたつの戦闘だったところをひとつにまとめたところとか。実を言うと背景が違うのがわかるんだけど、でもそんなもん見てるひまがない。「お前ら気づくもんなら気づいてみやがれ!」ってなもんですよ(笑)。

−−でも、各シーンの絵もさることながら、そこに音楽がついてるわけじゃないですか。そのために音楽のほうでも新作が必要になりますよね。

富野: もちろん音楽も変えてます。そのへんは(音楽担当の)菅野よう子さんが大変よく理解してやってくれました。まず我々で最終段階の完全なフィルムを用意してから、それに合わせて尺を取って、もう一度譜面を書いて、演奏して。そういうことをやってるから冒頭から一挙にスーッと流れていく。音楽でノリづけしてもらったようなものですね。

−−あのシーンってテレビ版の1〜2話分はありますよね。それでもスムーズにいくのは、やっぱり音楽の力もあるんでしょうね。

富野: うん、でも音楽がすんなりいっても、絵のほうで変なつなぎ方したらそこで終わりだから。音楽のことを考えながらつなぐのはかなりつらいですよ。そのシーンも編集に3日か4日かかってる。コンテでつめておいてそれですからね。

−−素人考えで恐縮なんですが、その冒頭シーンなんて回想シーンでいいじゃん、と思うところもあるんですが。

富野: うん、実際そういう案もありました。ただ、『∀ガンダム』レベルの話になってくると、どうも物語のほうで「こう組め」と要求するようです。僕の意志はあんまり働いてません。フィルムのつなぎかたにしても、キザな言い方だけどフィルムが教えてくれることがある。

■観客をバカにしたくない

−−ところで、昔から富野監督の作品を拝見していますが、以前から「勧善懲悪ものがひとつもないな」と思ってたんですよ。それこそ『機動戦士ガンダム』でも、誰が悪い、っていうんじゃなくて、「こんな人がいますよ」っていう物語だと思うんですね。それは何かこだわりがあるんでしょうか。

富野: もちろんそれはあります。いや、勧善懲悪が嫌いなわけではないんですが。むしろ本来それでいいと思ってる。大勢が観て楽しめるんだから、エンターテイメントとしてはそれで正しい。ただね、昔はそれこそバカみたいに勧善懲悪ものばっかで。もちろん大人向けの映画でもね。それは「客をなめてるんじゃないの?」っていう感じがした。だから僕は観客をバカにしたくない。それと「(勧善懲悪ではない)そういう話でもわかるよね?」っていう、お客さんへの期待がある。そういうお客さんがいるからそういうのを作る。勧善懲悪も嫌いじゃないから作りましたけど、その場合でもちゃんと納得できるものにしたつもり。やるならやるで芸をきちんとやってほしいっていうだけですね。

−−それと、富野さんの作品をずっと見ていると「ロボットがなくても成立するんじゃないか」と思ってしまうくらいドラマ性が高いですよね。

富野: そう感じるでしょうね。ただ、自分自身の能力というのがありますから。自分がアニメの分野でお客さんを楽しませるものを作ろうとした場合、もしロボットものじゃなければ辛気くさい作品になるかもしれない。つまりエンターテイメントになり得ないかもしれない。もし自分の好きなように自分の作りたいようにやってしまったとしたら、映画人、アニメ人としては終わりだと思う。そうなれば結局お金は儲からないし有名にもなれない。

−−作品の質と商品の価値を両立させなきゃならないですからね。

富野: 芸術家肌の人に多いと思うんだけど、そうやって作ったらしょせん自己満足的な作品にしかならないですよ。さっきも言ったけど映画ってもともとエンターテイメントなんだから、お客さんを楽しませればそれで充分。だから「ロボットものなんか」っていうふうに考えるような妙な大人にはなりたくなかった。テレビの仕事をやっていたころは、ひたすら子供を楽しませることを考えてましたから。エンターテイメントとしてね。その手段、撮影用の小道具としてのロボットなんです。

−−それと、富野監督の作品には生と死っていうモチーフがけっこう重要ですよね。

富野: まぁロボットものやってるわけだからね。戦いのなかで全員都合よく生き残れるわけがない。そうしたら、その戦死者のことまで描かなきゃならない。今回の『∀ガンダム』でも、キエルとソシエの父親が死んでしまいますよね。そういう死の描写をしっかり設定しないと後のドラマが成り立たなくなる。まぁその程度のことです。大上段に構えてやってきたつもりはない。

−−さて、今回の上映は日替わりで『I 地球光』と『II 月光蝶』を入れ替えるサイマル上映になんですが、この方法を選択した理由は?

富野: 基本的にはこれだけの尺になっちゃったから、っていうだけなんですよね(笑)。まず、一気に見せるわけにはいかないから同時上映という根本方針は決定した。そしたらバンダイビジュアルの営業さんが「シネコンの上映に合った方式でおもしろいのが考えられるかも」って言い出したんです。これを受け入れてくれたハコの方にも感謝してます。映写技師さんも毎日フィルムのつなぎあわせやらなきゃいけないんですからね。

■CGの可能性、そしてインターネット

−−制作技法の話なんですが、今はCGとかで3Dのキャラクターが活躍するようなものまで出てきてますよね。そちらのほうには興味は?

富野: うん、充分にありました。でもこの1、2ヵ月急速に興味がなくなってきたんですよ。というのはね、3DCGで作ったものの実体感……映像としてのリアリティっていうのかな、それが一見リアルに見えるんだけれども実はそうじゃない。結局今の方法論では完璧なものはできないと思うんだよね。だから、そんな表面的なリアルしか描けないんだったら、僕としては実写にしたい。

−−なるほど。では物語を伝えるものとしてメディアを考えた場合のことなんですが、たとえばインターネットもありますし、いろんなものがありますよね。富野さん的には通常の映像以外のものも考えてらっしゃいます?

富野: ええとね、それについてはまだよくわからない。基本的にインターネットのような、インタラクティブな機能を持ったものに対する興味はなくなってきてますね。

−−やはり自分が物語を作って、それを見てもらうほうがいいと。ファンのみんなといっしょに作っていこう、みたいな考えはない?

富野: それはありえませんね。もちろんスタッフ間のスタジオワークを補完するツールとしては、ネットは非常に有効です。だけどそれが即新しい表現媒体として成立するか、ファンとの共同作業がありえるか、っていうとそれはありえない。問題なのは、今の大人たちがそのツールを商売にしようとして「そういうこともありえる」と嘘をついていることだと思う。そういうことを言う人は、ものを作るとか表現することのシビアさ、おもしろさを知らないから、そういう机上の理論を言っているだけですよ。結論だけ言うと、たとえば今現在無数にあるホームページを見て、そのなかに作品と呼べるものをどれだけ見たの? っていうこと。

−−でも、いろいろありません? 小説にしても動画にしても。

富野: いや、それは本当の意味での作品じゃないんですよ。メモ書きでしかない。それがイコール書籍なりのまとまったかたちになるのか、ということです。一見マジョリティに対して見せられてるから公共に供されているように見える。まぁ現にシステムもそうなっています。発信するほうにしても自分のページを100人、1000人の人が見てくれてうれしい、で納得したり。しかしそれが本当に出版されるだけの価値があるものか、ということですよね。

−−そうなると大抵は「ありえない」ということに。

富野: そうですね。今のそうした状況ってものすごく怖いです。というのは、昔は技術も低かったからプライベートはいかにもプライベート、って見えてた。でも技術の向上で、誰の作品でもプロフェッショナル的な仕上がりに見えるようになったから、プライベートなものと公共なものとの境界線がものすごく曖昧になった。その結果、才能のない奴にも「君もプロとして食えるよ」と思わせちゃうってことですね。つまりどういうことかというと、表現のスタイルを作っていくということについての訓練レベルがすごく低くなったということ。さらにそのせいで、有象無象の表現者がひしめく中から本当の才能が頭を出すのが難しくなってると思う。だから皆さん編集者に要求されるものもすごくシビアですよ。きちんとした表現者、タレント(才能)を見つけてこい、っていうオーダーが高まってますから。

−−富野さんは『∀ガンダム』もそうですけど、若い方といっしょに仕事されるようにしてますよね。それは暗にそういう意志があるからですか?

富野: そうそう。だから発掘という意味で、すでに名のある方とはあんまりご一緒したくない。いまは新しい才能を見つける自己訓練が大切だと思うから。

−−では、そろそろ最後にファンに向けたメッセージを。

富野: 『地獄の黙示録・特別完全版』に勝とうとした、少なくともはりあってみたロボットアニメがあるということを『∀ガンダム』で知ってほしいね。テレビで見えづらかったところに多少修正を入れたくらいの編集で、全然印象が変わってくる。我ながら「こんなにすごかったの?」と思うくらい。モビルスーツの巨大感もよく出てますよ。もう予想以上の効果。そういう気持ちよさを、各シーンごとじゃなくて全体で堪能してほしい。だから、DVDとかビデオを待つんじゃなくて、ぜひ映画館に言ってみんなで「おおっ!」と盛りあがってほしいね。やっぱりそれが映画の醍醐味だと思いますから。

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