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2017年09月03日 07:00

戦国武将の表象その3――仙樹さんの歴史の授業

こんばんは、天正院仙樹です! 私の好きな「表象シリーズ」も3回目となりますw 今回は、上杉謙信について書いていきます!



そういえば信長は幕府の検閲を受けてしまい、信玄は後ろでドッシリと構えるので主人公向きではありません。そろそろ主人公らしい主人公が出て来てほしいところですね…w


それでは上杉謙信を見ていきましょう!(^o^)


謙信「兜なんて、い~らない!」

まずは上杉謙信の「ファッション」から見て行きましょうか!


謙信といえば、兜をガチガチに固めて、何者をも通さぬ絶対防御のファッション…


ではなく、白色の頭巾をかぶっているのが特徴的ですよね!(^o^)


でもこんなカッコで合戦に出たら…危ないですよ!!w


剣道とかやったことのある方ならご存知だと思いますが、竹刀で頭を打たれたらメチャメチャ痛いですよねww 刀や矢だったら想像を絶する痛みでしょう。


もちろん、謙信の兜は現存しています。史実では着けていました。この二つね。



なので、謙信が頭巾で戦場に出たというのは、さすがに誇張です。


では…どうして兜ではなく頭巾なのでしょうか…?



それは単純です。


カッコいいからですよぉぉーー!!ww



謙信と言えば、「毘沙門天の化身」「僧体」「単騎で突撃する」などの逸話が有名でした。これは江戸時代からそうです。


僧侶で、戦いをする人と言えば、もう一人います。心当たりありませんか?



武蔵坊弁慶です!


弁慶も兜を着けずに、頭巾をかぶって戦っていますよね。僧兵は、兜を着けないっていうのがイメージの一つにあります。謙信もお坊さんですから、兜を着けないっていうのが、自然とイメージにくっついたんでしょうね。



他にも、武田が赤色なので、上杉は白色で対局のカラーにするために、なんてのもあったでしょうね。


歌舞伎や読本での謙信

前回の表象編で、信玄は、徳川を倒した家だったことから、逆に人気が出ました。


その武田と、互角に戦った武家ということで、上杉謙信も信玄と同じように人気が出ました!



武田家が流行した理由の一つに、「甲州流軍学」というものが流行したことが一因しています。


これは、小幡景憲が作ったとされる軍学です。軍学とは、戦争の学問です。平和な時代ですと、どうやって戦うのか、みんな忘れてしまうので、学問という形で学習しました。


それにこの頃というのは、島原の乱ですとか、由井正雪の乱とか、シャクシャインとか…まだまだ物騒な事件の多い時代でした。


平和ボケしていると…やられちまうぞ、と!



「甲州流軍学」は、武田信玄の教えを基にしているので、「甲州」という名前です。「甲州」は甲斐国、現在の山梨県で、武田信玄の本拠地。これがバカ流行りします。



ほうほう、軍学が流行しているのか。そして武田が流行っているなら…上杉だって通用するはずだ!


こうして、こんな本が出来ました。『北越軍談』です。上杉謙信の活躍した伝記みたいなものです。『甲陽軍鑑』のパクリですね…ww


これを作ったのは、宇佐美定祐という武将です。宇佐美定満の曾孫だとされています。


そのため、先祖である宇佐美定満がメチャクチャ活躍しています。完全に山本勘助のパクリでは…ww



これを「越後流軍学」と言って、これはこれで流行しました。これの真似で北条流とか楠木流とか色々出来てしまいましたが…ww



いずれにせよ、上杉謙信の軍師・宇佐美定満は、こうしてデビューしていきました。でも知名度としてはあんまり高くなかったのが実際のところです。



これが1700年頃までに完成した「上杉謙信像」です。


ここから、歌舞伎や読本、浄瑠璃などで上杉謙信は大活躍を始めます!


ちなみに、何故1700年代なのかと言いますと、この頃から、ある有名なクリエイターが活躍し始めます。近松門左衛門です。聞いたことあるでしょ?



1721年! 近松門左衛門が『信州川中島合戦』を書きました。大ブレイクします。恐らく江戸時代の信玄と謙信の決戦で、最も有名な作品です。


これは人形浄瑠璃の作品です。



ちなみにこの作品、メチャクチャ長いです。5章だったかな。


で、現在は第3章だけしかやりません。他の奴は、時代とともに演じ方が忘れられてしまったのだそうです(:_;) 読むことは出来ますけどね!



この作品は、史実に大胆なアレンジが加えられているので、逆に面白いですよ~!


まず、1回目の川中島の戦いで、上杉輝虎と武田信玄が初めて戦うのですが、輝虎は兵力的には圧倒的有利でした。でも、上杉が負けてしまいます。



輝虎「なんでや!」


輝虎、ブチギレます。


調べていると、どうやら武田の軍師・山本勘助がメチャクチャ頭が良かったかららしい。輝虎はそこで、山本勘助の調略を試みます。



はい、ここでストップです。皆さん、ここに注目してください。輝虎、ブチギレます」


演劇などの英雄っていうのは、昔から気が短いのが付き物なんです。主人公設定の王道です。


例えばギリシャ悲劇の『オイディプス』とか、京劇の関羽、『古事記』のスサノオなんかも、すぐに怒って、それが災いして失敗をする、という設定がよくあります。



そう、この『信州川中島合戦』の主人公は、上杉謙信です。


浄瑠璃の人形は、主役の顔を白色に、悪役の顔を赤色に、染めます。謙信は白色で、山本勘助が赤色にされています。



話の続きです。


調べていくと、山本勘助の妻が、何と直江山城守実綱の妻の、妹だった、つまり二人は義理の兄弟だったのです。



はい、ストップ!!


…おかしいと思った方は正解です。「直江山城守実綱」…って…誰!?


景綱「ワシの名前は景綱じゃが…この時の名前は、直江大和守実綱じゃぞ」


兼続「私は、直江山城守兼続です!」


そう、ゴッチャになっているんですよ…ww



でも、これでいいんです。


何がいいのかと言いますと、当時は「避諱」と言って「下の名前で呼ぶの禁止」なんです。失礼だから。


現在でも、下の名前で呼ぶ人って、仲のいい友達くらいですよね。自分の会社の社長を下の名前で読んだら即刻クビでしょうww 当時はそれがもっと厳しかったと考えてください。


あと分かりやすい例は、『FGO』の源頼光です。「よりみつ」が正式なのに、「らいこう」って名乗っていますよね。アレです。



で、近松門左衛門は恐らく「直江山城」と「直江実綱」は知っていたんでしょう。で、調べるのメンドーだったから、「直江山城守実綱」にしちゃったんでしょうね。



色々あったのですが、調略は失敗に終わります。


この調略の元ネタは実は三国志の徐庶という武将の…と話すと長くなるので、興味があったら調べてみてくださいw


正々堂々と川中島で戦おう、と誓い合った上杉謙信と山本道鬼斎は、再び相対します。


が!! またしても引き分け…!! でもまさかの山本道鬼斎、生存ルート!! このあと…×××!!! だいぶしていますけれどもネタバレは控えますww



この『信州川中島合戦』は、謙信の成長物語であると同時に、山本勘助の揺るがない忠義心と、武士のあるべき姿を示している…人形劇なのにカッコいいです…!!



そう、これが最初にして最強の、上杉謙信の作品です…!!



この『信州川中島合戦』の影響を受けて、50年後の1760年頃に、新しい作品が完成します。



本朝廿四孝』(ほん ちょう にじゅう し こう)です。これを書いたのは、近松半二。近松門左衛門と同じく人形浄瑠璃の脚本家です。門左衛門を尊敬していたので、名字を「近松」に改めたんだそうです。


「二十四孝」というのは、「孝」が「親孝行」という意味で、「立派に親孝行をした二十四人の人物」の話をまとめた、中国の古典です。「本朝」が日本なので、「日本版」ということでしょう。



この話の簡単なあらすじを書きますと、信玄と謙信が同盟を結んで、将軍・足利義晴を暗殺した斎藤道三を、息子の上杉景勝と武田勝頼が討つ、という話です。



…!?!?!?!?!?!?!?



全然、史実と違いますねwww もうこうなりゃ何でもアリな気がしてきた…



いつの時代も、「信玄と謙信が、同盟を結んでいたら…!!」と考えてしまうものなんですね!



この時、信玄は息子の勝頼を、謙信は娘の八重垣姫を、婚姻させます。



…!!?


謙信…お前いつの間に娘が出来たのかよ…!?w



しかも、この八重垣姫のモデル、誰かと言いますと、この方です。


菊姫ですww


カードを見てみると、二つ名の部分に「八重垣姫」とありますね。これを覚えている方がいたら、なかなかの菊姫マニアですよ…ww



菊姫は、本来は信玄の娘で、勝頼の妹で、景勝の奥さん。


八重垣姫は、謙信の娘で、景勝の妹で、勝頼の奥さん、と。



敢えて正反対にしたんですかね…?w


いずれにせよ、「信玄と謙信が手を組む」というドリームマッチと、斎藤道三を探すというミステリードラマがメチャクチャ受けて、これも大ヒットしました。歌舞伎や読本などのメディアミックスも盛んに行われました。



さて、結局、作品紹介ばかりになってしまいましたが…ww


最後に、明治時代以後の上杉謙信の小説・ドラマ・映画などを紹介して締めくくりたいと思います。


近現代の上杉謙信

表象編2で書いたように、信玄謙信が活躍する小説は、戦後からが多いです。


1940年代 吉川英治『上杉謙信
吉川英治は、『バガボンド』の原作『宮本武蔵』で有名です。この方が歴史小説をたくさん書いたことで、「歴史小説ブーム」が訪れます!



1960年代 海音寺潮五郎『天と地と
恐らく最も有名な上杉謙信の小説です。謙信の誕生から、川中島の戦いまでを描きます。大河ドラマにもなりましたが、主演は何と石坂浩二。



2004年大河ドラマ 『風林火山』 謙信役:GACKT
いわゆるGACKT謙信ですね! 主人公は山本勘助ですし、原作に謙信はほとんど登場しませんが、大河ドラマでは重要な役割を果たします。この頃から、謙信の女性説などが話題になっていたので、中性的な上杉謙信にしたんだそうです。10年経った今でも、謙信公祭りの上杉謙信役は、GACKTがやっていますね!



昨今、上杉謙信女性説から、ゲームやマンガなどで盛んに女性にさせられている謙信ですが…ww


信玄のイメージはあんまり揺らいでいませんが、謙信のイメージは崩れつつありますね。史料で、謙信女性説の、本当に明らかなものが出て来ることが待たれますね。



ちなみに私自身は、上杉謙信女性説をかなり推しています。


当時の肖像画に、ヒゲが描かれていないことが、特に大きな裏付けになっているように感じます。



2000年代の『戦国無双』と『戦国BASARA』も、最初のバージョンから、謙信は登場していますが、キャラクターは正反対ですね。


『戦国無双』は、戦いに身を捧げ、信玄を宿敵と言いつつ理想としている謙信。


『戦国BASARA』は、女性説を意識した、中性的な男。テロップが全て平仮名になっていることも特徴の一つですね。



『戦国大戦』の「群雄伝」はどちらかといえば『戦国無双』寄り…つつも、絶姫や伊勢姫とのストーリーもちょいちょい混じっていますね!



ちなみに、上杉謙信女性説でマンガになっているのが、『雪花の虎』です。『東京タラレバ娘』で大人気の、東村アキコ先生が描いています。現在も連載中。


東村先生も、謙信の肖像画を見て、女性ではないかと思ったそうですね。



史学研究での、上杉謙信女性説の研究は、ほぼ滞っています。今は上杉家の経済政策に注目が集まっていて、学会ではほとんど話題に上がっていません。女性説も初出は小説家ですからね…



今後の上杉謙信は「メディアだけ女の子」なのか「史実でも女の子」になるのか…分岐点となるでしょう。



さて、今回はこの辺りで締めくくりましょう! いかがでしたか?


人形浄瑠璃の話はちょっと疲れちゃったかなぁと思います。いずれにせよ、女性説はまだ掘り下げられていません。上杉謙信で小説やマンガを描くなら、イメージの定まっていない今のうちということでもあります…!!(^o^)



私自身、鬼小島弥太郎や長尾政景と恋愛関係を持ったストーリーブログ書きましたしね…ww


それでは、また次回お会いしましょーう!

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コメント

1番~3番を表示

2017年
09月03日
22:20

謙信女性説といえば「男も及ばぬ大力無双」とかいうのが残ってるんでしたっけ?鬼小島に馬ごと担がれたとかいうエピソードもあったっけ。

ただ謙信の鎧って鶴姫と違ってウエスト細くないんですよねぇ。もしかして駄肉が……うわなにをするやめ(ry

2017年
09月04日
15:40

Zeroさんいいねありがとうございます
MAYREさんいいねありがとうございます
津焔乃蔭さんいいねありがとうございます

>>1 鷹野一二三さんコメントありがとうございます

瞽女ですね。琵琶法師の女性版。語り本で実在が確定していないので、かなり信憑性に欠けると言わざるを得ません。
そういった逸話や実在しないものを考証の材料に用いるのは、かなり危険です。
鶴姫も、「鶴姫伝説」というのは、ほとんど創作とされていて、確実に分かっているのは甲冑の存在(室町時代に作られていたのは間違いないそうですが)だけです。その甲冑も女性用なのかどうかすら分かっていません。ジャンヌ・ダルクなども、男の甲冑を着ていました。剣道だって男女で胴が変わることはありません。

2017年
09月04日
17:29

>>2 天正院仙樹さん

史実かどうかはともかくとして、そんなネタがあったらしいという噂が残っているのは事実かと。

「上杉謙信が女だっていう瞽女歌があるらしい」
「ワロスwwwしかも噂かよ。そんなもん歴史的な資料にはならんぞ?」
「夢はあるじゃないか(ドヤァ)」

的な会話くらいは江戸時代とかにもあったんではないでしょうか(もちろん実際に謙信が女性だったかどうかの証明にはならない)

……いや、無いか?米沢藩は明治まで上杉家のまんまだったし。

1番~3番を表示

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