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[隠れ家・天正院] トピック

2017年10月12日
18:52

仙樹の呟き4

仙樹の呟き、4つ目。

いたづらに 生き抜く勿れ ほととぎす

書き込み

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432番~333番を表示

2022年
04月02日
22:23

イチローは、ご飯をおごる側の方が嬉しいらしい。
若い頃は、おごられる側の方が無論、嬉しかったけれど、年を経てこうなったという。

考えてみると↓になる。

努力をして技術を得る→技術を基に仕事をして金を稼ぐ→稼いだ金でおごる→おごると喜んでもらえる。

源は、自分の努力だ。
他人に施すことでしか得られない喜びは確実にある。
例えば、配偶者や子供を養うのは、完全に自分の努力が根源だ。養うと偏に言っても、ご飯を食べる・レジャーをする・進学する・やりたいことをやる。そして喜んでくれる、感謝される。
自分の大切な人が喜んでくれるのは、自分にとって無上の喜びじゃないだろうか。まだ自分は味わっていないけれど。
イチローも、どこかのタイミングで、そのことに気付いたんじゃないだろうか。

そして、それは、やはり自分がある程度、生活が自立しているだけじゃなくて、大切な人を養える立場にならなければ気付けない。

何が言いたいかと言えば、自分の同世代では、理解もされなければ、気付きもしないだろうし。下手をすれば、一生気付かないのかもしれない。
みんなみんな、自分のことしか考えない。自分さえ得をすれば、それでいいと心の底で思っている。自分自身もそうなのだろうが。

……せめて、このことにも気付いている人が身近にいないのだろうか。
それとも自分がただ、人からおごられたいだけ? 自分が傲慢なだけ?

……しんどい。

2022年
01月23日
20:07

え。自分が『THE MANZAI』の出場者決めてもいいんですか!? あざっす!!

え。いま決めないといけないんですか!?
うわー、そんなの大変ですよーー…

まぁしょーがないなぁ、じゃあいま決めますね!!

…は? 今年から2日に分けて、1日、2日で分けて考えないといかんのですか!?

っはー、大変でんな、そりゃ。
ほな、今から考えてみましょか。

大体、23人~25人でやってるので、24人。
2日間なら48人必要ですね。それじゃ48人考えましょう。

1日目

1.霜降り明星
2.ハマカーン.
3.博多華丸・大吉
4.キュウ
5.見取り図
6.オズワルド
7.麒麟
8.和牛
9.トータルテンボス
10.マヂカルラブリー
11.千鳥
12.銀シャリ
13.和牛
14.笑い飯
15.モグライダー
16.NON STYLE
17.オードリー
18.チュートリアル
19.もも
20.アンタッチャブル
21.COWCOW
22.ますだおかだ
22.青空球児・好児
23.海原やすよ・ともこ
24.爆笑問題

2日目
1ミキ
2.ウーマンラッシュアワー
3.おぎやはぎ
4.ダイヤモンド
5.かまいたち
6.からし蓮根
7..タカアンドトシ
8.錦鯉
9.スリムクラブ
10.ミルクボーイ
11.流れ星
12.とろサーモン
13.ハライチ
14.トレンディエンジェル
15.トム・ブラウン
16.パンクブーブー
17.ナイツ
18.サンドウィッチマン
19.くりぃむしちゅー
20.ブラックマヨネーズ
21.おぼん・こぼん
22.フットボールアワー
22.テンダラー
23.中川家
24.西川のりお・上方よしお

香盤に意図はない、多少、規則性を持ちつつ選んだから、ネタのテイストを基には選んでいない。
んー、48人じゃ足りないな。もう1日必要になるな笑
もうちょっと、自分好みの芸人を選びたかった。

2022年
01月11日
13:45

>>429
M-1総評続き

オズワルド
東京漫才の完全完成形なのではないだろうか。
以前書いたかもしれないが、ナイツ塙の著書に、関西方言はスピード・テンポの調整が可能なのに対して、関東方言はスピードに限界がある(ただし江戸弁を除く)。そのため、古くから、アップテンポなのが関西漫才。関東漫才はローテンポ。もしくはコント漫才形式にするのが多い。そしてM-1は基本的にアップテンポ有利だ。
オズワルドは本気で優勝を狙いに行っているものの、自分としては不可能ではないのか、と。

そして前年。やはり届かなかったワケだが、自分としては、ボケがシュールに偏り過ぎていると考えていた。そして、これは一種の完成であり、東京漫才の限界じゃないのか、と思っていた。
ところが今年のオズワルドは、それを超えて来た。シュールテイストを交ぜつつも、しっかりとボケを積み重ねるし、会話としても全く不自然じゃない。
何でも、M-1決勝の日の午前にも舞台があり、そこで掛けたらしい。そしてその度に修正を掛けて、何十、何百とブラッシュアップして行き着いたという。これは凄まじい。これは確かに96点を付けても全く問題がない。何も言うことがない。

最終決戦の2本目がダメだった、という話も上がっていたが、そんなことはない。2本目も大変に良い。ただ、やはり大トリ向きじゃないんだよな。ここはむしろ昨年のようにワードパワーで戦っていればチャンスはあったのかもしれない。分身するのも、大変に良いと思う。錦鯉とは、相性がさすがに悪かったように思う。


…何か疲れたな。何となくモチベーションが高くない。今日はこれまで。

2021年
12月27日
22:57

M-1総評続き

ハライチ
何度もハライチのことは触れているので、この場を使って言うまでもないんだけれども。
…敗者復活を勝ち上がって来た時は、涙が止まらなかった。またハライチの漫才が見れるという嬉しさ。そしてもしかしたら最終決戦に行くかもしれないという期待感。
何より笑い転げた。今まで何度も「ハライチは澤部は良かったけど岩井がダメだ」と言われ続けた岩井さんが、大暴れして爆笑をかっさらう姿。本当にカッコよかった。
ただ。ここでは感情を排して、冷静に審査をしたい。
まずネタの練度不足。ネタの構成や掛け合いの間の使い方は、もっと練ることが出来るはず。ワードの盛り込み方や、ストーリー性にも改良の余地がある。(ここがM-1の難しいところなんだろう。これくらいのネタの完成度でも、80点台後半が精々な点数になってしまう。もっと完成度を上げてほしいと思ってしまう)
次にタイムオーバー。そもそも4分間で漫才をする機会自体に恵まれなかったんだろう。敗者復活と立て続けなのは頂けない。時間の感覚も把握しきれなかったのだろう。(つくづくM-1がスポーツに比定される謂れを感じた)
それから会話の仕方。2人同時にかぶせる場合は、伝えたい方を大きくするのは当たり前だとして、伝えない方の声量の調整が難しい。岩井さんの声は小さくとも聞こえやすく、澤部の声は大きくて拡散されやすい。丁寧に調節すれば絶妙な大きさに出来るはずだが、ただでさえ非吉本なうえにコロナ禍&売れっ子で舞台・営業も少ないハライチでは、技術でカバーしきるのは困難だ。少なくとも(かつての、かまいたちにも感じていたんだが)片方が話してる時は、片方は話さない、という手法を取る方が無難だ。
ノンスタ石田がラジオで言っていたように、「ハライチを知っていれば知っているほど面白い」漫才となってしまっただけに、炎上につながってしまったんだろう。
敗者復活には93点あげたが、こちらは89点。けれど……自分が審査員席でこれを見たら、感情がこもって、泣きながら92点くらいあげてしまう気がする。

真空ジェシカ
個人的にかなりハマッているし、あと5本くらい見たい。ただ何故ウケたのか分からなかった。馬鹿な客に、「冗談は縦置き」、「江夏くらいジャイロボール」、「二進法で注文」、「ハンドサインでヘルプミー」、こんな言葉が分かるはずがない。普段のトークでこんなこと言ってもドン滑りする。なのに受けまくっている。そして審査員席の「センスがいい」で締めてしまう微妙なリアクション。何故ウケたのかが分からない。
先述したように、昨今はパワーワードで攻める漫才に勢いがある一方、パワーワードも織り交ぜつつ、記憶の隅の、どこかで聞いたことのある言葉を織り交ぜて、知的な刺激を与えながら展開していく。絶妙に面白い。ツッコミもオドオド系で、パワーで攻めてこないのが丁度よい。これがダイアン津田やミキ昴生だったら台無しになる。ネタのタイプとしては霜降りに近いな。
ちょっと思ったのが、川北のおばあちゃんの演技が微妙に下手。テンションの調節の仕方は2人とも巧いんだが、2人とも演技が上手じゃないんだろう。チュートリアルみたいなしゃべくりの形も見てみたいところだ。92点。

2021年
12月21日
13:06

M-1の総評を。

モグライダー
今回のM-1で一番心配したのが、トップバッターが果たして掴めるのかどうか、という点。結論から言えばモグライダーは、昨年のインディアンス以上に会場の空気を掴んだ。今回出場した芸人の中でも、トップ5に残る実力を持っている。

このトップバッター問題は、いい加減に解決した方がいい。審査員も「トップだから仕方ないね」って口に出てしまうほど、優勝を逃す空気感にするのは、あまりに非道。
解決策としては2つ。
1つは昨年の優勝者を開口一番としてやってもらい、審査も行う。そしてこの点数を基準点とすること。
もう1つは敗者復活を1番目に強制する。準決勝のワイルドカード枠はそうしていたはず。敗者復活が有利に働くのは、準決勝をやった意味が薄れるので、ハンデとして1番始めに出場させること。
あとそうだ、他にも「敗者復活の方が豪華だった問題」にも触れたいので、メモ代わりに書き残しておく。

モグライダーは結果的に歌ネタだったけれど、1発目で歌ネタはだいぶしんどい。2019のニューヨークみたいになりかねないが、丁寧に前フリをしていたのが本当に良い。ちゃんと客を引き込んでから歌い始めたので、置いてけぼりにならずに聞けた。
そして技術力。非常に高い。特にツッコミの芝。決して歌が上手とは言い難いが、初めの「さそり座の女」は、わざと下手に歌った。だから、本ネタに入ったあとの歌声が聞きやすい。あと歌い始める前に「ドゥーン」って言うの。あれ本当に大事。いきなり歌い始める人って100%変な人だから。だけど、「ドゥーン」で、演者は歌う姿勢に。客は聴く姿勢になる。素晴らしい。
強いて良くない点をあげると、(ほとんど粗探しに近いが、)まずオチが弱すぎる。肩組んでボケの人も歌う、ではなぁ。もうちょっと拍手喝采で終わる形に持って行ってほしかった。win-winの形に、美川憲一がなっていない。勿体ない。
あと芝のツッコミの途中、「テメェ!」ってツッコミ。これも良くない。短く斬り込むならば深く斬り込む。ここが甘い。でも逆に言うとそれくらいかな。93点くらいあげてもいい。もっと他のネタも見たかった。

ランジャタイ
以前から嫌い。これは漫才ではない。永遠にふざけている。浅草かなんかでやったらドえらい空気になる。シュールですらない。
前振りの動画で「ギャグマンガの影響を受けた」とあって、成程な、となった。だがこれは自分に言わせてみれば「落とし込みが足りない」。ギャグマンガの面白さを、全てマイムで表現しようとしている。
勉強不足・実力不足と言っていい。
この手のネタはモグライダーでも触れたけれど、前フリを丁寧にやらなければ、客が置いてけぼりになってしまう。そんなことは2017年のM-1のマヂカルラブリーで起こっているワケで。会話として成立させていない。
講談とか、ナレーションの芸を知れば良くなると思う。今のところ「芸」に達していない。ただただ「お遊戯」をしている状態。あとツッコミ。髪型とファッションが良くない。ギャグマンガにあんなキャラはいないし、ツッコミもしない。
あと凄くムカついたのが、審査されてる時にヘラヘラ笑っている点。優勝しに来いよ、と。「自分は最下位になると思ってたんで~」みたいなスタイルで来られて。決勝で見たかった芸人・もっと苦労している芸人がいるのにもかかわらず、あんな態度を取られたのが本当に腹が立った。
で、出場前の廊下を歩くところ、暫定ボックスから敗退して立ち去るところ。「ここが大事だ、ここでコメントを決めると、今後の売れ方につながる」というのは、以前から言われていたが、これは「平場もいけますよ」「バラエティでもやれますよ」っていう、TVディレクターへの「実力」と「安心感」を伝えるためなの。真空ジェシカもそうだが、道具を持ち込むな。それは「平場の強さ」ではない。
本当に何が目的で、何をしたくて、何になりたかったのか、全くワケが分からない。本当にただ「お遊び」をして帰っていった。こんな芸人は評価に値しないし、褒める理由もサッパリ分からない。自分が審査員なら49点を付けて、歴代最低点を付けてしまう。本当に酷い。

ゆにばーす
むちゃくちゃ良かった。個人的に優勝。技術という面では圧倒的に凄まじい。
まぁ出番順が良くなかった。3番手はどうも伸びない。2020のニューヨーク、2018のかまいたち、あたりかな。「ランジャタイの後だったのが良くなかった」という声もあったが、いやそんなことはない。そこは関係ないと思う。
まずツカミ。圧倒的に良い。
これはナイツ塙の本に(たしか)書いてあったが、2017年のM-1で、「ツカミが速かったから、とろサーモンに投票した」と答えた博多大吉の反省を受けて、2018年のM-1は、ツカミをほぼ全組入れていた。ところが、例えばスーパーマラドーナは、「こっちの弱そうなのが田中と言います」って。自虐に近いツカミで、むしろ客を冷めさせた。(ちなみに和牛はツカミを入れていない。自分たちには出来ない、と悟ったのかもしれない)
そして、このゆにばーすのツカミの凄さたるや。客のテンションを上げて、「悩みあんねん…」で、前フリにつなげながら、客を聴く姿勢に引き込みつつ、笑わせる。天才だと思った。鳥肌が立った。
で、ネタの構成力。ほとんど完璧に近い。このネタ自体は確か昨年の準々決勝あたりで見た記憶があるが、M-1用に更にブラッシュアップがされている。
はら が巧くなった、もあるけれど、川瀬のツッコミも、叩くのでなく、自分に「俺こんなんで勝つの嫌や!」と地面を蹴る。あれもいい。ノンスタがM-1の時にやったボケ+セルフツッコミボケを更に進化させている。オチやストーリー性も格段に良い。
で、男女コンビでしか出来ないネタで。唯一性も非常に高い。男女コンビ史上、最高の漫才じゃなかろうか。昨年のニューヨーク以上に、最終決戦に残っていないことを疑問に感じたネタだった。昨年の見取り図より1点高い95点をあげたい。

ひとまずここまで。

2021年
12月20日
01:17

M-1グランプリ。
んーー。昨年と比べても違いがだいぶ顕著になったように感じる。そしてそれを面白がる人が一定数いる。
マヂカルラブリーが優勝したことで、また漫才の定義が崩れている。この流れで錦鯉が優勝したのは、実に納得がいく。
もうM-1は競技として爛熟してしまって、ある程度の勝ち方みたいなものがほとんど出来上がってしまった。だからこそ、「誰もやっていないもの・こと」に評価軸が置かれてしまっている。
なので昨今から有力なのは「パワーワード」で勝負するタイプ(オズワルド・見取り図・滝音あたり)。他人が思いつかないので、有利を取りやすい。
他は、一言で言ってしまえば「個性」。トム・ブラウン、東京ホテイソンなど、既に自分のスタイルを完成させて、強味で勝負する。
今年のメンバーなら、もも、ランジャタイあたり。ただボケて叩いて、に終始しない。錦鯉もこっち側だろうな。

ダウンタウンの影響を受けて、育った漫才師の影響を受けた芸人たち……を、見て、いまのM-1に参加しているので。
表現力の中川家、完成度のますだおかだ・サンド・パンク、世界観のフット、暴走のアンタ・チュート、喧嘩のブラマヨ、暴走のチュート、発想力の笑い飯。実はほとんど、松本人志の枝から出て来ている。
もうやり尽されてしまっていて。特にここ最近はダウンタウンの影響の濃い人ほど、売れるのが遅れている。主に6.5世代。
で、逆にそこから離れているコンビの方が注目されやすい傾向にはある。(爆笑問題・くりぃむ・COWCOW・テンダラー・博多華丸大吉・中川家あたりの影響が濃い芸人)

一方で、技術的な側面が見失われていると思う。
面白さ・斬新さばかりがフィーチャーされて、ちゃんと間が取れていなかったり、笑い待ちが出来ていなかったり、2人のテンションが合っていなかったり。「芸」としてどうなんだ、って疑問符の浮かぶネタも少なくなかった。

1組ずつ見て行くと時間かかるので、取り敢えずここまで。

2021年
11月12日
23:51

映画『信虎』。主演・寺田農先生。拝見しました。

方々で言っている通り。大変失礼なのは百も承知で。
寺田大先生も御年79。恐らく主演の映画は、もう撮られるまい。人生最後の主演映画となると思われる。ご本人も心の内では覚悟されておいででしょう。目に焼き付けなければならないな、と思い。
運良く、舞台挨拶のチケットを取れたので足を運んだ。

久方ぶりの寺田先生。前にお会いしたのが2013年なので、およそ8年ぶりに拝見。(握手などはなく、もちろん自分が遠めに見ただけ)
相変わらず細い腰、柔和ながらも奥には得体の知れない恐ろしさを秘めた瞳は御健在。

AKBの左伴が、「結婚するなら、寺田さんのような男性が」と伝えると、照れて笑う、可愛らしさも持つ寺田先生。
ただ一方で、進行役のマイクの声が聴こえないのか、耳に手を添えて話を聞いているお姿も。
老いさらばえた「憧れ」の姿に、もののあわれのような、もの悲しさを感じた。
昭和を生き、岡本喜八・実相寺明雄と亘り合った輝かしい名優の、まさに晩年だ。

そして上映。
いや、一言では言い尽くせない、凄まじい映画だった。
ただ先に伝えたい。これは「馬鹿」だと面白味のない映画だ。日本史、というよりも武田家と、その周辺事情の歴史・時代劇の知識・仏教の知識・オマージュへの気付き…短くまとめれば「頭の良さ」がなければ、全く理解できない映画。なので安易に人に薦められない。
内容を書くのは控えるが、短くまとめると、「老害のジジイが里帰りして迷惑をかけたので、魔法少女に変身し、魔法を使って子孫を残す」って映画です。本当です。
善悪ではない、自分の使命のために動き、「リアルな戦い」をする武田信虎に、感情移入するのは若者にはハードルが高いだろうし、理解もしづらいだろう。
けれどよく見てほしい。やたらと描写される「死」の場面の多さを。そしてそこに周りの人間があまり感情移入もせず、影響もされない。そういう血なまぐさい時代。一挙手一投足をわずかに過てば簡単に、あっけなく、命を失う時代だということ。如何に「家名・子孫を残すのが難しいのか」が、随所に描写されている。
かつての時代劇が、命よりも大切な信念のために、命を擲って戦い、散る。こういった作品が大多数であった。『信虎』は全くの正反対。のこのことジジイが生き残り、ただ生き残るために戦い続け、仕舞には現実も飛び越えてまで「生き残る」。
その「有り得なさ」と。良く言えば「執念深さ・諦めの悪さ」、悪く言えば「カッコ悪さ」に反して。
圧倒的にリアルな舞台セット。ほぼロケで撮ったうえに、小道具もほぼ本物らしい。何から何までやたらにリアル(リアリティではない。リアル)。黒澤明以上に「リアル」へのこだわりが伝わる。舞台セットも、寺で撮影している。寺が持つ独特の「触れてはならない感」が、独特な緊張感を醸す。大河がロケを減らし、屋内スタジオでセットを組みつつCGを加えることが、ここ数年で増したのとも正反対だ(決して大河を否定しているつもりではない。ハリウッドも昨今はCG撮影が多く、その方が予算・生産性も高い。何より映像が美しい)。近年の流血描写が大河で少ないのとも、相反している。ひょっとすれば近年のいかにも「作りました感」の強い時代劇へのアンチテーゼ・反動なのかもしれない。

ともかく凄まじい作品だった。紛うことなく寺田先生の代表作。
(『肉弾』が究極のコメディ映画なのに対して、)究極のリアル大河映画。これは一度は見ておかなければならない作品だ。まぁでも見るなら、齢40を過ぎたあたりの方が共感しやすいだろう。

2021年
11月01日
01:04

衆議院選挙。面白い結果だねー。

甘利明、平井デジタル、石原兄弟、小沢一郎、辻元清美…
それから苦戦する枝野幸男、菅直人…

そしてあんなにメディアに叩かれても全く投票数の落ちない麻生太郎、二階俊博。
やっぱり田中角栄は偉大だなーと思う。この人の通りにすれば選挙は当選する。地元にしっかりと根付いて活動をして、地元を豊かにする。これに尽きる。落選した人は不祥事を除けばほとんど明らか。
逆に枝野が苦戦したのは、相手の牧原さんが地道に一生懸命に頑張ったからなんだろう。枝野さんも地元根付いて頑張るタイプだったけれど、ここまで脅かす。凄い。


個人的に気になっていた選挙区をまとめ。

東京15区→候補者乱立。意外にも都知事選に出馬していた桜井誠が出馬。票は伸びず。
っていうか当日、比例に党名を書くまで「日本第一党」が出ていることすら知らなかった。1議席くらいは取ってほしかったが、やはりメディア戦略は恐ろしい。全く知らなかった。
もう少し地元に根付いて活動するか、比例出馬すればチャンスは必ずある。あの立花孝志ですら当選したんだから。

東京18区→菅直人と長島昭久。元上司と部下の争い。以前に裏アカで書いたんだが、ここは4年前、土屋正忠とかいう増税と表現規制を訴えるジジイか、菅直人かを選ばないといけない地獄みたいな選挙区だった。1000票差で菅が勝った。
土屋が隠居したので、長島が入った。ところがこの長島というのは元民主党議員で、菅の部下だった。これは面白い。
選挙特番を見たら、相当に注力していて、応援演説で麻生や菅義偉が駆けつけていた。
結果は菅直人の辛勝。だがさすがにこの年限りだろう。次回は菅も80歳を過ぎる。新人次第だな。

岩手3区→小沢一郎。結句、この人は田中角栄にも金丸信にもなれなかったって感じだ。せめて地元貢献をやって地元にしっかりと根付いていなければ、こうやって加齢とともに見捨てられる。一体何が、誰が、この男を突き動かしているんだろうか。政界に居座り続けると、地力とでもいうのか。支持基盤の強さを見失ってしまうのか。ここが二階との違いだな。

新潟5区→つくづく新潟といえば田中角栄。ここには自民党の有力者ですら応援演説にすら入って来ないもんな。どんな野次や暴動が起こるか分からんもの。

長野1区→篠原孝。栄村地震で尽力したイメージがあって、個人的には応援していたが、ザッとTwitterで検索したら、さほど人気ではない模様。自民党が勝利。篠原は比例へ。

「どうなるんだ」的なのはこんなもんかなー。あとは概ね、そりゃそうだろなーくらいの感じ。

2021年
10月25日
19:55

酒が人をアカンようにするのではなく、その人が元々、アカン人だということを酒が暴く

のではなく、人というのはそもそも全員がアカンのであり、所詮は獣であり、酒でなくても理性を奪ってしまえば獣になる。理性のある間は人。換言すれば人であるか獣であるかは理性によるものである。

2021年
10月18日
13:35

日本共産党っていうのは、全く支持する気はないし、これからも未来永久・永遠に日本国内で支持されることはないので、政権を握ることはないんだけれど、かと言って共産党がなくなってしまうと、「こういうことは、丁寧に論理で否定しなければならない。支持してはならない」という反面教師的な、分かりやすい悪役がいなくなってしまうので、ごく少数の議席とごく少数の支持者は必要ではある。
いわゆるバイキンマン的な存在なわけで。バイキンマンがいないアンパンマンの世界は、面白味もなければ、教訓もなくなって、結果的に民衆が愚か者ばかりになるので、政治に興味を持つ・一定の知性を保つという理由で必要な存在なのです。毒も薬であり、欠かせぬものです。

2021年
10月16日
13:10

『赤めだか』で印象に残ったフレーズを書き残しておきたい。

談春、談志との初稽古にて。
談志「よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ。最初は俺が教えた通り覚えればいい。盗めるようになれば一人前だ。時間がかかるんだ。教える方に論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ。いいか、落語を語るのに必要なのはリズムとメロディだ。それが基本だ」

一龍齋貞水先生が、「芸は盗むものだ」と仰っていた。貞水先生は、講談師の定席である本牧亭で学生の時分から育ち、明治・昭和を生きた名人の傍で前座修行を積んだ。今の前座講談師が両手を差し出しても与えられない環境で育った。また前座の人員不足だったもんだから、朝から晩まで1日中働かされ、しかも1席~2席、開口一番をやれと言われたらしい。過酷な環境だ。そりゃ耳で覚えてしまうし、論理ではない技術で、まさに盗んでいったのだろう。そして人間国宝にまでなった。

一方、談志はこれを否定する。(談志は、貞水先生と親交があったらしいが)
テープも積極的に薦めたし、「"最初は"俺が教えた通りに」と言っているように。自分と同じようにやる、というのは最初のうちだけで、そのうち「良いものから学べ」と言っている。

『赤めだか』にこんなシーンがある。談春が、談志のテープで「たらちね」を覚えたので稽古してほしい、と談志に頼むと、談志は叱る。
「だからお前はダメなんだ。何でもかんでも俺で覚えることはねェンだ。たらちねは俺の売り物じゃない。圓生師匠で覚えるんだ。努力の方向性が違う。一言で言えばセンスがない」
隣に、弟弟子の志らくがいる。談志が続けて尋ねる。
「志らく、お前は今何を覚えているんだ」
「堀の内です」
「誰のテープだ」
「円遊師匠と円蔵師匠です」
「うん。お前は分かってるな。少しは談春に教えてやれ」

前座時代、談春の方が香盤は上だ。格下の人間にここまで言われれば心が折れる。
ここまで言うか、と思うものの、これが立川談志の主義なんだろう。師匠の、いま目の前にいる人のものを耳で聞き、目で見て、それを盗む。無論、それもしているのだろうが、それよりも巧い人のものを聴くこと(それは時に談志が憎む相手であろうと)。これを優先する。
結果、談志は「立川談志」となった。いまは美化され過ぎている風潮はあるものの、技術は一級であり、何より生き様が美しい。記憶に残る落語家の第一と言っていい。


談春と志らくの間柄についても談春は記している。
落語界での香盤は絶対だ。年がどれくらい上であろうと下であろうと、先に弟子入りしたものが格上。1秒でも遅ければ格下。
(これは講談の話だが、講談協会に前座で登録するFAXが2通届いたが、1時間の差だったそうだ。それだけで先の者が上。後の者が下、となってしまう)
この香盤を引っ繰り返す方法が1つだけある。それは、先に真打に昇格すること。
真打昇格は、所属の協会の会長によってではあるが、「抜擢真打」というシステムがある。
落語芸術協会の前会長だった、桂歌丸は、この「抜擢真打」の否定派。自分が会長時代に抜擢した真打はいない。一方、次の春風亭昇太は容認派。何しろ、抜擢真打で昇進した者こそが誰あろう春風亭昇太なのだ。そして、昇太の容認で抜擢真打となったのが、神田伯山である。
これがあれば、抜かれた二つ目より上に香盤が来る。格上となる。

先述の通り。立川談春と立川志らく。弟子入りは談春の方が先だった。(年齢は志らくが2つ上らしい)
ところが、志らくの方が先に真打に昇進した。
立川流は試験を突破しなければ真打になれない。志らくは先に自分が申し出て(何なら談春にも申し出て)試験を合格した。志らくが格上だ。もう二度と、談春は志らくの上に立つことは出来ない。
(この後、談春は「真打トライアル」を開催し、談志に認められ、間もなく真打に昇格する。この章は鳥肌が立つほど恐ろしく、そして痛快で、何より愛を感じる)

話は談春の前座時代に戻す。
志らくが入門し、瞬く間に噺を覚え、才能を発揮して、談志の寵愛を受ける志らく。
談春は冷静なものの、ハラワタは煮えくり返っている。談志も察したのだろう。稽古の際にこういう言葉を談春に投げかける。

「お前に嫉妬とは何か教えてやる」
と云った。
「己が努力、行動といったものを起こさずに対象となる人間の弱味を口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来ならば相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩の固まりみたいなモンだ。だがそんなことで状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識しては把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う」

談春は、志らくを知るために、陰気で前座仕事がまともに出来ない志らくと接するようになる。他の弟子たちは志らくの悪口ばかり言っていたが、彼らとは異なる行動を取った。
談志も、志ん朝、圓楽に先を超された。若くして天才・鬼才と呼ばれたものの、香盤は返らない。似た経験があったからこそ投げかけられたのだろう。
嫉妬というのは感情だ。理性ではない。感情に流されれば必ず失敗する。最後に勝利するのは理性だ。
別にいま、嫉妬の対象がいるワケではない。ただ、昔にいたのは事実だ。
そして嫉妬心から、ある種、逃げたり解放されたりした後。改めて振り返る…もしも、あぁしていれば…という。
嫉妬心は苦しい感情だと思っていたが、談志は「楽だ」と言っている。確かにそうなのかもしれない。負い目を感じながら努力をする方がよほど苦しい。
この言葉は忘れてはならない。

2021年
10月15日
12:47

『赤めだか』を読み終えた。初めて手に取った。遅かった。

鳥肌が立ち、震えが止まらないほどの名著。
ここまで凄まじく描写できた作品が他にあっただろうか。筆舌に尽くし難いとは、まさにこのことを言うのだろう。

立川談春という、今となっては言わずと知れた、最もチケットの取れない実力派落語家だ。
その談春の才能に目を付け、育て。一時は見放しながらも、最後の最後には愛した、師匠である立川談志。
その談春・談志との「師弟」という関係。これを単純な言葉だけで表現することは出来ない。「父子」とも、「上司部下」とも、「主君家来」とも異なる関係性と、決して口に出せない「愛」を。見事に書ききっている。
「弟子は師匠に惚れ込んでいる」というのは、師弟の間柄でよく用いられるフレーズではあるが、まさに性愛に近い。「談志に認められたい」一心で挑み、周りの登場人物もすべからく「談志に認められたい」一心で生きている。「認められた」=二ツ目・真打に昇進した後も尚、「もっと認められたい」と足掻く。そして認められた人間への嫉妬。

そして本当に認められ、尚且つ恩を返すために談春が、師のタブーに触れる。それもほとんどが事実なんだろうから恐ろしい話だ。

談春はともかく冷静だった。どのタイミングでも、どんな失敗をしていても、どんな感情が襲い掛かって来ても。冷静なだけじゃない。正直で礼儀正しく、男気がある。カッコいい。とにかく冷静に師を見つめ、考えて、そして爪痕を残す。常人ではない。

これは…図書館で借りたものだけれど、手元に置いておかなくちゃいけない本だ。心に刻んでおこう。

2021年
10月09日
03:29

年齢に合わせた笑いというのがある。

小学1年の時に『スーパーマリオくん』を読んだ。凄く面白かった。見入ってしまった。
同じ頃、『ポケスペ』を読んだが、難しいと感じてしまった。ポケモンが戦ってるのは分かる。日本語も読める。でも、難しかった。
何が難しかったのか、今なら分かる。人間関係が難しかったんだ。人と人とが争う関係。逆に恋をする間…それも、自分の命が惜しくないとさえ思うほど相手を慕い、敬い、そして掛け替えなく思う存在。小学1年生には想像つかない。
『マリオくん』は違うね。人間関係で笑わせる、他人の失態で笑わせる。そうではない。純粋なギャグ一本足。そこが凄い。(『マリオくん』が凄かったのは、ちゃんとギャグだけを描くのでなく、受け手も描いていたところ。ギャグをやったら、駒の隅でズッコけるキャラ。次のコマで「ちがうでしょ! ○○でしょ!!」「すみませんでした」とツッコミ、反省するキャラ。あたかも漫才のようだし、相手の言葉を投げっぱなしにしない。弱いギャグでも受け手が良いと笑えてしまう。)

沢田ユキオ氏曰く、『スーパーマリオくん』は、小学1年生2年生。漫画を読み始めの初心者向けに作っているという。6歳・7歳の笑いの感覚を持ち続ける。これは至難だ。逆に言えば、「大人を笑わせたい」という気持ちを殺すということだ。
一時期、『マリオくん』はウンコネタが毎週のようにあった(具体的には1998~2000年頃)が、なくなった。思うところがあったのだろう。
「ウンコ」で本格的に笑うのは、「ウンコ」が人前ではダメだよ、と明確に意識する頃だろう。それって小2では少し早いかもしれない、小3くらいなんだろう。やらかしたら恥ずかしいけれども。
でもオッサンになってもウンコ漏らすやついるしな。
あ、私は違います。(即答)

『かいけつゾロリ ちきゅうさいごの日』という本がある。出版は1999年。隕石が接近して、地球が、あと○○時間で滅ぶ~~!! という話。
ネタバレすると、オナラで隕石を受け止めようとする…んだけれど、オナラが凄すぎて地球が動いて隕石を避けちゃう…!! という話。

冒頭。コブチ総理大臣と名乗る犬がニュース番組に出て来て緊急速報を行う…!
「隕石が地球に向かっている…!」
「成す術はありません」
「地球最後の日です。皆さん、安らかに……」
お分かりだろうが1999年、時の総理大臣・小渕恵三そっくり。大きな眼鏡をかけて頬にブツブツを貯めた犬。
これは高度なギャグだ…!!笑 一体どこに読者層を合わせているのか…!! 時事ネタが通じる小学生は果たして何年生以上なのか……!?

結局はオナラで解決するあたり(ご丁寧に、カバーを外した表紙だったかに、「動いたぶんをオナラで元に戻しました」とまであり、更に裏表紙には「疲れたから温泉旅行に行きたい」という次回予告まで!!)。
面白くて見応えがあった。でも、小5ほどで読むと、面白味がなくなってしまう。

その頃、お笑いが好きになる。『エンタの神様』とか『爆笑レッドカーペット』とか。
成長して、お笑いが分かるようになるのだ。大人の始まりだったと言ってもいい。
ギャグマンガ・ギャグアニメも笑えるようになる。「面白い」ということが分かるようになるのだ。

……自分は子供に、どうやって「笑い」を教えてば良いのか? 自然と身に着くものなのだろうか? …だと良いのだが。

2021年
10月07日
23:46

最近勉強している。と言っても、Youtubeを見ているだけなんだけれども。

北村弁護士のYoutubeチャンネルを見ている。
台湾の歴史を話している。大変に興味深い。以前に伊能嘉矩の話をした通り。台湾に旅行に行ってから、台湾への興味と感謝は尽きないものの、手付かずだったので。最低限度の知識だけでも。

もう1つが、TBS NEWSのYoutubeチャンネルでやっている、歴代総理大臣列伝の動画。これも興味深い。今のところ中曽根康弘から順に。
どうして日本は経済が良くないのか? 良くならないのか? 不景気とまでは言わないまでも、経済成長が微弱なのか。これまでの歴史は? と。
3.11震災での総理大臣の対応から、政治への興味は尽きない。日本人はこんなにも頭のいい人材が集って、優秀な教育体制が整い、尚且つ長い歴史を持ってノウハウが集まっているはずなのに、経済発展しないのか。豊かじゃないのか。歴史を見れば見るほどに不思議だ。とっくに「良い生活」が出来る文明と民族のはずなのに。興味が尽きないというより疑問が尽きない。

やはり戦後の政治史は、田中角栄が境目だ。
アンチ田中角栄(自民党保守派)か、田中角栄後継者(左派)か。この戦いと結論付けるのが今のところ良さそうだ。この縮図を敢えて近代政治史に持ち込んで測ってみるのも面白そうだ。



………
…………おっさんになったなぁ。

2021年
09月28日
22:56

>>408

こういうインプットの分析をしつつも。
自分は趣味として、アウトプットじゃないと気が済まない。

創作をしたり、人に話を聞いてもらったり。
言ってみれば、アウトプットという方法を用いて、聞き手からの承認を求めている。承認欲求が強いんだ。
人によっては自傷行為に発展することもあるので、比すればマシだし、何なら面白い話をしたり、ためになる話をしたり、で、聞き手・読み手を利することに重きを置いているはずだ。

創作をする人になら、欠かせない欲求である一方で、過ぎれば聞き手に迷惑がかかる。
そして創り続けられる才能のある者だけが、この欲求を満たすことが出来る。

しんどい病を得てしまったような気がする。

2021年
09月23日
01:12

宇宙人。
その国は貧しく、資源がない。
そのため、その宇宙人は、他の惑星の生命体を乗っ取って、他国の資源を奪う。
宇宙人サラリーマンだ。

そのサラリー宇宙人。給与体系に気付く。
潜入活動を続けている間、自分の惑星の給料が毎月支払われる(暦がある、という概念は置いといて)。ところが、その給料は、乗っ取った惑星では使う必要がない。
何なら、大金持ちや、社長を乗っ取ってしまえば、財産は思うがまま。自分の地元の惑星の給与は、全く減らずに増加し続ける。美味い飯を一生食って生きていけるシステムを思い知ってしまう。
言ってみれば、乗っ取り生活を続けながら、寿命が来て引退するとしても、給料には一切手を付けていない。「円」換算で毎年300万円。出世・ボーナス込みで、10年働けば、所得税とかも考えると貯金は少なく見積もっても大体5000万円程度にはなるな。
生活は、当地の通貨だから、当地で使う、ないし稼ぐ。

宇宙人は地球に滞在。地球の生命体を調査するため、運良くテキトーに乗っ取った人物が、富豪。働かずに金を使うだけで生きていける。
調査のために、わざとスーパーやコンビニに潜伏する。生きていける。

ところが、スーパーのレジのアルバイトに恋をする。
口説く。うまくいく。愛する。
結婚する。子供ができる。家族ができる。
愛情が湧いてしまう。

と、祖国から命が。
「情報が集まったので、侵略作戦を実行する。地球人の生命体は殲滅する」

戸惑う宇宙人。
果たして選ぶのは安寧の生活か、それとも家族か…!!


……ここまで浮かんで。
で、ウルトラマンなら、侵略作戦(怪獣が出て来る)を阻止(光線で倒す)、で終わりなんだけれど。
…何なら『ウルトラマン』の脚本でもいけそうだよね。
あと1つ『ウルトラマン』(1話30分)で収められるかも怪しい。映画1本分程度にはなりそう笑

…なーんてことを閃いていましたとさ。

2021年
09月09日
09:42

ふと考えた。

同性愛が受け容れられる時代。
けれど、あくまで受け容れられるものに過ぎず、周囲の理解が必要なもの。ニュートラルではない。社会的ではないと言っていい。けれど、その人の性的嗜好・脳のプログラミングからして、同性しか愛することが出来ない。周囲と異なる、と。

で、ここに善悪を持ち出すやつがいると。
「同性愛は、決して社会に悪をもたらさない。迷惑をかけない。だから受け入れてほしい」という。
ただ、この論理が成り立つのであれば、じゃあロリコンはどうなの、と。
「同性愛は諸外国で受け入れられている! 日本が遅れている」と言い返すのであれば。
じゃあロリコンに関しての理解は、諸外国が遅れている、ということになる。
同性愛を認めるのであれば、その他の特殊な性的嗜好も受け入れられて然るべき、という論理が成り立つ。

論理としては成り立つが、はっきり言って社会的に容認できる論理じゃないだろう。
(…まぁここまで岡田斗司夫の受け売りなのだが)
(あと自分の意見でも考えでもないからね)

何が言いたいのかと言うと、必ずしも論理が成り立つのが100%正しいのかと言うと、そうではない。倫理。そしてこれによって成り立った法が許さないワケで。
議論の多い時代。如何に論理的かが大事な一方で、ロジックさえ成り立てば全てが罷り通るかと言うと、そうではない。相手に話を伝えるうえで、何が一番大事かなんてのは、そう簡単に決まるものじゃないけれど、ロジック100%では成り立たない、と。気を付けようと。

2021年
08月31日
11:57

就職活動の問題、若者の経済力の低さ、高くなる税金、年金問題、地方社会の衰退、大学の研究費問題、ありとあらゆる公共施設の維持費の問題、娯楽施設の減少、文化芸術の衰退、出版業界の衰退、アニメ業界の衰退……

ありとあらゆる問題が、全て「不景気だから」「金がないから」で片が付くんだから、さっさと経済を再興させればいいんだ。
明治期には外人雇ってまで近代化させたんだ。今だったら信じられないけれども。
いっそ優秀な外国人に経済任せてでも、本当に活性化するんなら日本人は支持するだろうさ。俺は嫌だけど。
こんだけ現代社会が何十年も続いて歴史が積み重なっているというのに、未だに有効な経済を打ち立てられないなんて、どんだけ日本の政治家は無能が多いんだか。歴史から学ばない政治家が多すぎる。

常々思う。日本は今どこにお金があるんだろうか、と。全体量は変わってないはずなんだから、どこかに偏って貯まってるはずなんだけど、見当たらない。老人だろ、とは言うものの、それは高齢化社会なうえに、昔の方が好景気なんだから老人の方が金持ってる率は高いんだから当たり前。それだけじゃないはずだと思うが。

2021年
08月23日
16:02

昨日、講談発表会だった。初高座だった。久々の舞台の上だった。緊張した。

講談教室に通うと、講談の話を分かってくれる人が多くて嬉しい。

講師・神田山緑先生。
テクニックとロジックで話をされる方。他の講談師にない技術を持っていらっしゃる。

「山緑先生はジャズ。神田伯山はロック」と、生徒(正確には違う。ゲストで講談をやりに来た俳優さん)の方が喩えていた。言い得て妙だなぁと思った。

帰りの電車。60代くらいのおじいさんとおしゃべり。
「私、好きなんですよ。山緑先生のしゃべりが。結構、他にない魅力を持ってるでしょ?」

確かにそうだなぁと思った。「師匠が女流講談師だからかもしれないね」と言っていた。
なるほど。

講談の歴史。古くから男性が読むものとして文化が形成されてきた。だから男声で読むための「読み方」になっている。音の立て方が男声でないと成立しない。江戸弁なども、女声が男性と同じしゃべり口でやると、おかしくなる。物真似をしているようになる。
宝井琴桜以来、女流講談師は増えていき、今では女流の方が過半数の界隈となったが、未だに男声で演じて、講談をやった気になっている。未だに女流で巧い講談師というのはいないな、と思っていた。いるかもしれないが、少なくとも自分は知らない。だから女流講談師がやらなければならないのは、「女流」の読み方を確立させること。軍談や武勇伝をやってもいまいち迫力が薄れる。『源氏物語』とかやればいいのに、と思ってしまう。女性声優とか女性漫才を参考にした方がいい。(女流講談は、ツッコミをやりたがらない。「こんなのではいけませんね、てへへ」みたいなのをやりたがる。誰が笑うか、そんなので)

ところが、だ。
恐らくいるんだろう。女流の読み方が完成している講談師が。
そこから学んだ男性講談師。力ではない、華やかさ・艶やかさで勝負できる。しかも迫力もあるから軍談も男社会も表現できてしまう。それが山緑先生はじめ、いま二つ目に控えている、これから出て来る講談師なんだろう。まさに「ジャズ」だ。

神田伯山の「ロック」の影響を受けた人がどれほど出て来るのか。「ジャズ」が対抗馬になるのか。
そして自分は? んーー。「クラシック」…と言いたいが、果たしてそれでいいのか。少なくとも「クラシック」を覚えて、そのあと何を奏でるか、だな。伯山はそうやったワケだ。

いずれにしても、昨日は濃い1日だった。

2021年
08月21日
13:35

8月17日放送の「爆笑問題カーボーイ」で、太田さんが本当にいいことを言っていたから、記憶にとどめるためにメモ。

メンタリストDaiGoの、生活保護受給者やホームレスに対して否定的な持論を述べて大炎上。
「ホームレスは社会的に何の役にも立っていない。利益がない」と。
これに対して世間の批判が、「やむを得ない理由でホームレスになってしまった人がいる。そういう人の受け皿として生活保護がある」という意見が。確かにこれは正しい、と太田さんは言いつつも、

「じゃあ、全員がそういうやむを得ない理由かと言うと、そうではない。努力もせず、やる気もないのにホームレスになっている、って人はどうなの? と」

それで生活保護ないしその他の福祉を受けているホームレス。それは世間の反論に当てはまらない。
ここで太田さんは『ドン・キホーテ』を引き合いに出す。

「ドン・キホーテは、それこそ世の中の誰の役にも立たない人物だ。単なる庶民なのに、自分を騎士と信じて旅に出る。周りの登場人物は、ドン・キホーテという“役に立たない物”に引きずり回される。そういう話だ」
(正確には、テリー・ギリアムの映画も並べて説明しているのだが、未視聴だからここでは省略している。今度見る)
「ところが、ある日突然、ドン・キホーテが正気に戻ってしまう。すると、読者はどう思うかというと、『なんてつまんないんだ』と思うワケだ」

無駄なものがなくなって、本来ならば万々歳なのに、「つまらない」と思わせる。

「そういうの見てて、やっぱり『無駄なこと』こそが面白いんだ、と俺は思うんだよね。
だけど今はお笑いでも『今のギャグって、誰が得してるの?』ってことが出る。あぁいうこと、俺は凄く嫌い」

成程、と思った。
(いやつい、自分も「これ誰が得するの」的なことを言ってしまうことはあるんだが)
今の世の中、景気が悪い時代が長続きしているから、というのもあるだろうが、今の日本はひたすらに損得勘定に敏感だ。損な事物を排他することに躍起だ。
ところが、世の中が全て「得」だけを求める時、物凄く息苦しい空間になってしまう。
(『ドン・キホーテ』を引き合いに出せる。これが凄い。言い得て妙とはこのことだ)
就職活動でもそう、会社に入ってからもそう。今の世の中は、「どう利益を生むか」「どのくらい貢献したか」に躍起になり過ぎている。


DaiGoは猫を飼っている。
「猫の方がホームレスより役に立っている」と発言したらしい。

「じゃあ何で猫を育てているの? って訊きたい。
『俺にとって得だから。可愛いから。癒されるから。』と。
でもそれだけじゃないと思う。
DaiGoは保護猫の活動もしている。それは猫が好きな人からすれば良いことだと言える。
一方で、猫を嫌いだ・害獣だ、と思っている人も一定数いる。そういう人からすれば、『猫は役に立たないから処分すればいい』という持論を持っているはず。
それに対してDaiGoだったらなんて言うか。ほぼ確実に反対するでしょ。あべこべだ。

だからそもそもとして、命を損得で測ることなんて出来ない。
じゃあどうして『生きる』『育てる』のか。それを実際に『生きる理由』『育てる理由』を説明することは出来ないでしょ。
DaiGo自身も『損得を超えた、命の尊さ』を、言語化できなくても、肉体・精神で、本当は分かっているはずだ」

「だから、命は無条件で尊い。“尊い”って言うと、綺麗事に聞こえるけど。実は"無駄"って言うけど、俺たちみんな“無駄”じゃん。世間の何の役にも立っていないし。ドン・キホーテと一緒。
頭の中で『生きていても仕方がない』と思っていても、必ず身体は呼吸をする。生きようとする。
自殺をしようと、高いところから飛び降りても、その落ちて地面に着く瞬間まで呼吸をする。そして一命を取り留めたとしたら、身体を治そうとして生きようとする。肉体は生きることを常に求め続ける。頭の中では死のうとしているのに、だよ?
俺は別に猫は好きじゃないけれど、もし捨て猫がいたとしたら、拾ってあげて、ミルクをあげたりする。何故、好きでもない猫にそれをしてあげるのか。それは、猫が生きようとしているのを分かるから、なんだ。
これが“リアルな現実”なんだよ。『こんなの無駄じゃないか』って、ついつい考えてしまうけれど、そことどう向き合うか。それが“人類の歴史”なんだよ」

「人間はずーーっと“自己矛盾”を抱えているんだよ。その答えは(長い歴史と数多の賢者がいるのに)全然出て来ない。
でも俺は、『ドン・キホーテ』を読んで、こういう作品に自分は救われる、って思った」


昔、五円楽が「落語というのは、この世になくてもいい商売なんだ。なくてもいい商売に客は金を払う。だから演者は、客を騙し続けるだけの技術が必要なんだ」という旨の話を書いた。通じるところがある。無駄なものに時間や金を注ぐ。それは矛盾と言っていいけれど、じゃあ娯楽を徹底的に排除できるかと言えば不可能だ。
今の世の中も、「不要不急の外出は控える」ために、世間的に不要不急なものを営業停止に追い込んだりしているが、何を以て不要不急なのか、判断できる人などいない。1年前なんて理髪店も営業停止に追い込んでいた。

これも以前書いた気がするが、オードリーの若林の話。
若林が相談した70代の相手が答えた言葉。
「この世に存在する理由は2つある。1つは、“何かをしているから存在していい”ということ。もう1つは、“何の理由もなくこの世界に存在してもいい”ということ」
これに既に50代で気付いている太田さん。

エンタメ業界という「無駄なこと」の世界に生き続けた人は、必ず気付くんだろう。
その一方で、普通の社会で生きていて、「利益」を常に求め続けられていたら、一生涯気付かないんだろう。「自分自身が無駄だった」ことに。
以前、営業会社で勤めていた時の息苦しさは、今の世間と通じている気がどことなくしてしまうな。

2021年
08月10日
21:42

『ダメだこりゃ太閤記』

時は室町。天文23年のことでございます。
尾張国。今でいう愛知県の清洲城。ただいま織田信長が治める城でございます。
この信長に草履取りとして召し抱えられたのが、木下秀吉。後の天下人・豊臣秀吉でございます。この時、17歳。今なら高校生の年頃でございます。
後に頭角を現す秀吉ですが、まだ駆け出し身分。信長からは「サル、サル」と呼ばれ、可愛がられていた時分でございます。

ある雪の降る朝。信長が野駆けに出かけようとした砌。
縁側を見渡して、草履が見当たらない。手先足先も冷えております。早く馬に乗って汗をかきたい。するとそこへ、秀吉が現れます。

「サル。余の草履はいずこか」
「はっ。こちらにございます」

そう、これが有名な、懐で温めていた草履。秀吉の細やかな気遣いが現れたエピソードでございます。

「おいサルよ。この草履、温いではないか…まさか尻に敷いていたのではあるまいな?」
「滅相もございませぬ。こちらの草履、東芝の電子レンジで温めておりました!」
「ワオ!! ワオちゃうわ、アホ」

「おいサルよ。余に向かって左様な無礼は到底許されたものではない。本来ならば打ち首…
が。そこそこ面白かった故、もう一度最初からやってみせよ」
「ははっ」張り扇

「おいサルよ。この草履、温いではないか…」
「ははっ、ただいま上の者を呼んで参りますので、少々お待ちください」
「は?」
「おいキツネよ、この草履、温いではないか…
ははっ、ただいまもっと上の者を呼んで参りますので、少々お待ちください。
おいオオカミよ、この草履、温いではないか…
ははっ、ただいま更に上の者を…」
「待てーい!! どんだけ上の者を呼ぶんじゃい!」
「お待たせいたしました、ゴリラです」
「やかましいわ!」

「おいサルよ、温いではないか…」

これで延々とボケ続ける、テンダラースタイル講談。1人2役を延々とやり続けるのしんどそう。
講談・落語で、どうやったらR-1に出られるか考えてて、ふとこんなネタが浮かんだのでメモ程度に。

2021年
07月30日
17:01

休日で退屈なので今さっきやったこと。

伊集院光がラジオで『圓生百席』の面白さ・深みについて語ったのを思い出す。

『圓生百席』。無論、落語家・三遊亭圓生。彼が、(まだテープレコーダーもまともになかった時代に、)後学のために古典落語を100席ぶん、記録して残したもの。圓生は名人になったので、100席の「完成作品」が、それも100席ぶん見れる作品。CD。1ディスクに大体2トラック。計59ディスクある。
Amazonで見たところ、1ディスクでも3,000円かかる。2席3,000円なら、寄席に行った方が安いという計算になる。

→聴きたい。図書館にあるか調べよう。→居住区の図書館のOPACでACで検索。
→ヒット数、わずか3ディスク。区全体でコレ。まぁ3ディスク×2席と考えて6席を無料で聴けるだけありがたいか?(「圓生」の表記ゆれも検索済み)
→ふと。通っていた高校の区の公共図書館でも検索。
→ヒット数なんと55件。ほぼ全巻揃っている。所蔵館が2館。
→1館に絞って検索すると54件。1館にほぼ全作揃っていることになる。ゆかりがあったのか、あるいは職員によっぽどのマニア・ファンがいたのか。見事なものだ。
←今ここ

2021年
07月19日
00:33

昨日、赤羽ときーくんとの会話から思い付いた漫才のネタをメモ程度に。


~ツカミ終わって~

A「ちょっと訊きたいんだけどさ、カレーを混ぜるのってどう思う?」
B「カレーを混ぜる?」
A「例えばなんだけど、お店でカレーを注文したとするじゃない。カレー来ました? 食べる時。混ぜて食べるかどうか?」
B「あー、そのままご飯を添えて食べるか、最初から混ぜちゃうか、ってことか」
A「そうそう。どっち派?」
B「俺は混ぜない派」
A「え。何で?」
B「やー、混ぜて食べるの、ちょっと下品な感じしない? 女の子とかいたら、嫌な感じしちゃうじゃん」(大げさにかき混ぜて、下品な感じを装う)
A「あ、確かにね」
B「君はどっち派?」
A「んー。俺も混ぜない派」
B「あー。そうなんだ」
A「うん」
………
B「もうこの話、終わりだよ(額をはたく)。何でこんな話振ったんだよ」
(A「もういいよ。どうも、ありがとうござ……」
B「え、終わり!? いや待て待て!」でも可)

A「いや、この前、そういう話になってさ。俺は混ぜないよ? でも別に混ぜるの気にしないじゃん?(客席に目線) そんな怒るほどのことかなぁって」
B「でも気になる人もいるんじゃない?」
A「じゃ、ちょとーっと訊いてもいい?」
B「ちょっとだろ。とが1個多いよ。何だよ」

A「ドリア。ドリアはどう? 混ぜる派? 混ぜない派?」
B「あー。ドリアか。まぁでも混ぜないね」
A「あんかけご飯。混ぜる派?」
B「んー、迷うけど、まぁ混ぜないかな」
A「海鮮丼。混ぜる派?」
B「混ぜないね」
A「納豆ご飯。(2秒ほど間)混ぜる派?」
B「…混ぜるね」
A「おかしいよね」
B「何で」
A「だったら納豆ご飯も混ぜないで食べろよ」
B「そしたら下の方が納豆の味しなくなっちゃうじゃん」
A「その理屈が通るならカレーも下の方の味なくなるよ?」
B「いや納豆ご飯とカレーライスは器が違うじゃん、納豆は御茶碗に入ってるし、カレーは平べったい皿だし」
A「違うよ。納豆は発砲スチロールだよ」
B「いやごめん、納豆ご飯、ね!」
A「納豆は正確にはワラに入ってるけどね」
B「うるせぇわ」

A「じゃあ訊いていい? 焼きそば。混ぜますか?」
B「焼きそば? …混ぜませんね」
A「ラーメン。混ぜますか?」
B「混ぜませんね」
A「混ぜそば。混ぜますか?」
B「ま、混ぜますね」
A「おかしいじゃないですか!」
B「いや待て待て」
A「麺類は混ぜないのに、何で混ぜそばだけ混ぜるのよ!」
B「それ混ぜそばって名前だからだよ!」
A「カレー混ぜろよ!」
B「それ全然関係ないし!」

書いてて疲れて来た。こんな感じで漫才作れそうだなー。

2021年
07月07日
00:23

ふと。
大正時代の人と令和になった今、会うっていうのは、自分がジジイになってから笑い話になるんじゃないかなって思って。

いま大正時代生まれの芸人で、数少ない生き残り。それが落語家の桂米丸。御年96歳。

米丸が寄席に出ていないか、ここ3ヶ月の『東京かわら版』で調べたけれど、出演情報なし。

無理もない話。
大正時代最後の年が1926年。95歳。Wikipediaを見る限り、いない。
(返す返す思うのが、内海桂子さんの舞台を見ておけば良かった。1度、学生の頃に見たきりだ。
それにしても末期は痛々しさが強くて、見ていられなかった。客も、面白さとしてはほとんど見ていなかっただろうな。)

米丸、今年の誕生日に後輩から電話をもらって、「もう落語は無理かな」って答えたらしい。そんなに受け答えが出来るなら出られるのでは、と思ったけれど、現実見れば難しい。


鎌倉~室町を生きた兼好法師が『徒然草』で、既に老齢の北条宣時と合う。宣時は何の話をするかというと、鎌倉初期を生きた北条時頼の話をする。兼好が生きていた時代から80年近く昔の話をしてくれる。時代を跨いだと言っていい。兼好はここで、今の(無論、鎌倉末期の)武士と比べて立派だ、ということでまとめている。

「実際にあったんだ」っていう、頭の中の"フィクション"が、そうじゃなくなる、この感覚。
これを、何とか孫、曾孫に伝えたい。

祖父は。寺田農は。辻原登は。鍜治光雄は。
平成天皇は。桂歌丸は。藤子・F・不二雄は。
それによれば、父方の祖父は。手塚治虫は。春風亭柳昇は。何と深みのあったことか。

平成という時代はこうだった。昭和の人はこんな人だった。戦争を生き抜いた人はこんな人でね。
当時の東京は。流行っていたものは。お金はあったけど心の貧しい時で。東日本大震災はな。東京五輪はな。
iPhoneが出来た時。Twitterをやっていて。Youtubeがあって。ゲームキューブが出た時。村上春樹ってのがいて。M-1にオードリーが出て来た時。野々村竜太郎という人がいてだな。安倍晋三はこんな人で。花澤香菜は凄い。太田光は落ち着きがない。

…孫に迷惑な祖父だな。
でも、それを知ることで。過去の歴史を知ることで。深みというものが出て来ると自分は信じる。

2021年
06月26日
23:19

んー。別に落ち込んでるワケじゃないんだけども。独り言を。

何もやることがないから、一応仕事の準備をする。
暇な時はゲーム・テレビ・Youtube・ラジオを行ったり来たり。でも一応、外に出て落語やら講談やら聞いたり、図書館行って調べ事したり。

ただ1日が終わると、何となく無駄にした感じするんだよな。

やっぱ他人と接触してないからなんだろうな。
これまで色んな人と出会ったのに、何で連絡取って、ちょっとおしゃべりする~くらいのことすら出来ない人間関係しか築けていないんだろう。

こういう時にでも話し相手になってくれたりするのが親兄弟なんだろうが、全くダメだ。そういう相手になってくれない。
父-母の間柄を除いて、めいめいが家庭の外に自分の居場所を作っている。彼らはそこに違和を感じないんだろうか?? まぁそれはいいとして。


Ⅰ群 落語、講談、漫才、ラジオ。
Ⅱ群 ゲーム、映画鑑賞、漫画。
Ⅲ群 酩酊。

これって全部、自分の意識を別の場所に飛ばしているよな、とふと思った。(意識を飛ばすというか、自意識をなくす・無視する、という感覚に近い。もっと言い換えてしまえば"集中"だ)
Ⅰ群。この4つは、自分がまるで幽体離脱をしたみたいに、ふわっと浮かび上がって、他者を、あるいは他社の築いた世界を、俯瞰して見ているような状態だ。
Ⅱ群。この2つは、自分の意識を飛ばしているが、他者の作った世界の中に自分が存在し、時には乗っ取ったりする。"感情移入"だ。
もう少し付け加えると、Ⅰ群と比べると圧倒的にⅡ群は「想像の余地が少ない」。逆に言えばⅠ群は「想像の余地がある・想像力が必要となる」。落語なら江戸の街並みを。ラジオならパーソナリティの視界を。

読書はこの場合、Ⅱ群に入る…
というのが常道だろうが、これは読む書籍の内容によって変わる。小説はⅡ群だが、エッセイや新書ならⅠ群になる。
物によって変わる、という意味ではゲームも映画も変わって来るから、一概にまとめきれないけれど。
いずれにしても、Ⅰ群とⅡ群では、「想像の余地があるか、ないか」だ。
Ⅱ群が自分は得意じゃない。「達観しているからだ」と書けば格好がつくが…「想像力を使いたいからだ」…? ますます格好つけっぷりが増している気がする。

Ⅲ群、酩酊。
自分の意識を飛ばす、という意味では同じだが…
…いや飛ばしてないか、それが自分の本来の姿、か。

気が済むまで書いてみよう。
スポーツ全般に感情移入・ハマる・集中する、が出来ない。
そこには自分の意識を飛ばしていない。全員が全員、自分の実力を表出して、ぶつかり合っている。ある意味、正直だ。嘘がない。
想像もいらない。「このピッチャーなら三振を奪うだろう」、「この選手ならシュートを決めるだろう」。これは想像とは言わない。自分の願望と予想と妄想をくっつけたもの。

セックス、オナニー。たとえ集中しても自意識を飛ばさない。

創作。集中しても自意識を飛ばさない。

何なんだろう、何なのか分からなくなってきた。
心理学とかではとっくに答えが出ているんだろうか…?
気が済まないが、頭が疲れてきた。

2021年
06月23日
00:33

とっっっっにかくドリームマッチをカオスにしてみた。

浜田「さ、ドリームマッチ1010、今回出場する芸人はっ、こちらぁぁ~~~!!!」

〈コンビ枠 8組〉
ラーメンズ
さくらんぼブービー
スリムクラブ
ランジャタイ
錦鯉
トム・ブラウン
キュウ
コウテイ
〈ピン芸人&トリオ枠〉
島田珠代
安田大サーカス
もう中学生
アキラ100%

……今度、ちゃんと本命を書きます。

2021年
06月22日
14:32

『三国志大戦』、収益だけ見れば大成功だったろうし、
何なら戦国末期と比べても、未だにプレイ人口が落ちない(ランキングを見れば一目瞭然だ)から、このゲーセン史上最悪の逆風の中、凄い成果だと思うけれど、

その一方で、ランカーの顔ぶれは全く変わっていないし、オッサンばっかだし。
反計だの一騎打ちだの、旧作と変わらないストレス要素は消さないワリに、内乱システムで騎馬強いだの、ゲーム性には問題要素山積みだし。

オッサンプレイヤーに、「何で攻城兵ばっか使ってるんですか?」って訊いたら、「体力的に99Cフルで戦うと疲れてたくさんプレイできないから」って答えられた時は、ゾッとした。
ゆくゆく、おじいちゃんばっかになったら、こういう開幕乙が主流になっちゃうんじゃないのかと。早く新規プレイヤー入れる工夫を施せ、と思っていた。

そんな矢先、『英傑大戦』。
まずプレイ代が安い。ガチャ要素も(今のところ)少ないから、新規プレイヤーも遊びやすいし、上級者を目指せる。
ゲーム自体も難しくないし、逆転要素(流派)もしっかりと機能している。
女性武将の魅力縛りも、昂揚のおかげでなくなったし。
反計、一騎打ち、そして虎口もない。内乱システムもリニューアル。まさに言うことがない。
ここまでシステム面で期待値の高い大戦シリーズはかつてない。

そして、一応もう若手とは言えないくらいプレイしている自分が、何をすれば大戦シリーズに貢献することになるのかと言えば、新しい客層が興味を持ってもらえるような、非公式コンテンツを提供することなのかもしれない。出来れば、の話だけれど。

2021年
06月16日
22:18

「伊集院光とらじおと」を拝聴。まだ途中だけれど。

六円楽が、「客は量より質」と言っていた。
凄い。その通りだと思った。

薄々と思っていたけれど、6円がちゃんと言葉にしてくれた感じ。
本当にその通り。量より質。それで演者の芸が変化しちゃう。

2021年
06月06日
22:16

>>403 これに関連して。

落語。
八つぁん、熊さん、長屋の隠居。出て来る人物が揃いも揃って愚か者だ。
愚か者が、愚かなことをする。それを見て笑う。この構図が、基本的な落語の原型と言っていい。
前に述べた『粗忽長屋』。『寿限無』、『時そば』、『転失気』、『道灌』、『目黒のさんま』……
人情噺は置いといて。落語の登場人物はどれも、「お前はバカだな」という噺だ。
(こう考えた時、圓朝『死神』が、如何に名作か窺い知れる。登場人物は愚かなのに、愚かなりに策を練って蒲団を回す。何ならその策に引っかかる死神も愚かだと言っていいかもしれない。クライマックスもどうなるのか引き込まれる)

自分自身もまた愚者だからだろうか。
どうも愚者を嗤うのがなかなか出来ない。

これは、くりぃむ上田が言っていたことだが、
あるいは、いかりや長介のような。いわゆる賢者の立場の人が酷い目に合うのが面白い。上田も愚者か賢者なら、間違いなく賢者だ。
この系譜で見るならば、いかりや長介、古舘伊知郎、内村光良、板尾創路、田中裕二、上田晋也、有吉弘行、トシあたりが、罰ゲームなり何なりで酷い目にあわされたり、時に大ボケをかますのが面白くて仕方がない。
ボケるはずのない人がボケる。これがそこはかとなく面白い。
最近なら、千鳥ノブ、オードリー若林、バカリズム、ハライチ岩井、霜降り粗品、EXIT兼近、
(敢えて正反対を上げれば、紳竜2人とも、出川哲郎、ダウンタウン2人とも、さまぁ~ず三村、くりぃむ有田、くっきー!、ハリウッドザコシショウ、バイきんぐ2人とも、中川家2人とも、山崎弘也、長谷川マサノリ、サンシャイン池崎、トム・ブラウン2人とも、せいや、あたりか。ボケるだろうな、というのと、安定して笑える、という両面を持つ。)
(あと、おぎやはぎがこの2つともに当てはまらないのも面白い)
(ツッコミの人に多い印象だったが、ボケにもかかわらず大ボケかますと面白いハライチ岩井は凄い)

高校の頃、スポーツ大会でソフトボールに出場。
高校は文系クラスでスポーツマンばっかだった中に、1人ポツリとガチ文系が入っている。9番バッター。記録はヒット。出塁。「おぉ、あの仙樹が打った!」と少し盛り上がる。全員の注目が集まってるその瞬間。
一塁ベース上で、四股を踏んだ。青龍の構え。
クラスの全員が、大爆笑していた。これが気持ち良かった。
賢者がボケる。

そう考えた時、講談。
何と面白いんだろう、と。
講談に出て来る人間は皆、真剣だ。生きる・死ぬに関わる。あるいは責任や使命を背負っていたり。ただ単に「カッコいい」で済まされない事情があり、そこに引き込まれる。人生を真剣に生きている姿にグッとくる。

そんな人間が、ボケをカマす。
面白い。張り詰めた緊張が和らぐ。
『へうげもの』の千利休の最期は見事だった。面白かった(主人公・古田織部の最期は、笑いの根源的到達点だったと自分は思う)。
そういう面白さも加えられる。

まさに賢者のボケ、だ。
最近、講談が面白くてたまらない。

2021年
06月06日
00:59

最近、とある文学系Youtuberってやつが、『粗忽長屋』には、実は元になった噺があると言っていた。『永代橋』という噺だそうだ。

『粗忽長屋』はかれこれ100回ほど聴いたが、全く面白さが理解できなくて、何が良くて、何が面白いのか全く分からん状態だったんだ。そもそも話の構成がおかしい。その「おかしさ」が「面白さ」なのだが、リアリティがないというか、嘘臭さがあるというか、1周廻ってわざとやってんのかな? ってイライラしてくる。

何でこの噺が出来上がったんだろな、って思ったら、『永代橋』というのが、実際に起こった事件を基にした落語で、
橋が崩落して死人が出た。しかし誰が死んだのか見当がつかない。
そこに奉行が、「Aが死んだ。身内に遺体の引き取り人がいないか」と尋ねて来る。Aは橋に行っていない。生きていた。だから奉行の誤認なんだが、「奉行が間違いです」と口答えしたら斬られてしまうので、「Aに身内はいないが、本人がいるので、確認に行かせます」と答えて、Aが自分の遺体を確認しに行く、という噺なんだと。
はー、それでようやく納得。自分は俄然、こっちの方が好きだ。辻褄が合う。
『粗忽長屋』は行倒れだが、『永代橋』は水死体だから、遺体の確認を取るのが困難だ。
『永代橋』は、皮肉やブラックジョークがバックにある。滑稽な一方で、政権批判と勘繰られかねないし、事件の遺族は見辛い。
『粗忽長屋』は『永代橋』の滑稽さだけを切り取ってスモールサイズにしている。ブラッシュアップと言ってもいい。それが分かって、ようやくこの噺の本当の面白さが分かった。

やっぱりどんな物語にも、元になった事実があるんだね。

これを踏まえたうえで、もう1つ話したい。これはまた今度。

2021年
06月01日
01:01

つくづく思うのが、小説家にはなれなかっただろうし、ならなくて良かったなぁと。失敗するのが目に見えている。

本当にプロの小説家に、必要なものの1つが、安定感だろう。
物を創り出す発想力は、何なら二番手だろう。
とてもじゃないが、自分にはこの安定感がない。モチベの上下が激しい。これじゃあ出版社側としては使い辛いだろう。
面白さに波があるのはまだいい。問題なのは、それが、書く・書かないに出てしまうところ。自分は「書きたい!」の時しか書けない。それじゃあとてもプロとは言えない。

いま日本で売れている小説家。ザッと考えてみても、どの小説家も、どの作品を取っても面白い。東野圭吾、池井戸潤、重松清あたり。いつの・どの本も、面白いし、売れる。メディアミックスも起こる。ファンもつく。これは出版社側からすれば使いやすい。
(だから司馬遼太郎はもう死んでるっていうのに、新潮・講談社・角川…と、ありとあらゆる出版社から文庫本が出てる。こんな作家そうそういない)
こういう安定感がない小説家は、数冊売れたら講演会か講義のドサ周りをせざるを得ないだろう。

そうなると、小説家の道に無理に進まなくて正解だったな。
…と、『新選組』の続きを書こうと思って開いた矢先に思い立ったことを書いたのでした。

2021年
05月30日
19:00

昨日、きーくん、秋月。そのあとにてんくーと通話したんだが、「休みの日はなにしてんの」って聞くと、2人(秋月には訊かなかった)とも大概、ソシャゲやっててきとーにご飯食って買い物をして、それで終わるって言ってた。

まぁそうなるよなー、コロナだし。と思うけれど。
20代のうちだけだよ、動けるのは。

別に2人を批判・否定するワケじゃないけれど、
それに比べたら俺は、本を読む・ラジオ聴く・ボイトレに通う・講談を勉強する・面白いと思った話はすぐにメモをする…で、夜は酒を飲む、と。
生産的なことはしてるわな。
それに、以前に比べれば、ずっと幸せだ。
大事なのは、何を以て幸せなのか、だよな。
俺は小さなことでいいから、
何かを生み出す・創り出すことに心を砕き、そのために蓄えること。それをし続けること。
あと仲間に恵まれること。
あと美味しい飯と酒を飲めること。だな。
何をする時が幸せなのかが分かれば、そこに向かって進むだけなんだから分かりやすくて気楽だ。

2021年
05月23日
21:31

ふと思い出したので書く。

小学校の頃、受験塾に通ってた頃。
テスト終わり。
超優秀な、1番上のクラスの友人が、帰りに電話で母親に報告。

あれこれ話して、「いまテスト終わったところ! これから電車乗って帰るよ!」と、元気に言い放って電話を切る。

「あれくらい元気に言えば、テストの点が良かったんだ、と母さんは思うだろうからね」と。
小学5年だったか。11歳でその気遣い・心配りが出来る機転の良さに、いま改めて驚かされる。

2021年
05月14日
13:28

座右の銘は何だ、という話を爆笑問題が番組でしていた。
太田さんは「未来はいつも面白い」。
このフレーズが出たアニメは「未来はとても面白い」だったのが、高校にサイン付きで揮毫したところ、返答があった。そこに「太田さんは『未来はいつも面白い』と書いた、素敵だ」って誤植があったけれど、こっちの方が素敵だ。深みがある、ということで、「未来はいつも面白い」となった。素敵な言葉だってつくづく思う。

自分に座右の銘は何だ、と問われると困ったものだ。

「知は力なり」とテキトーに書いた時に、会社の同僚から「お前、頭悪いだろ」と言われたことがあってカチンと来たことがある。いい言葉だけれど、それを思い出すからやめた。ガラじゃないんだろうな。
その同僚は「旗幟鮮明」と書いてあったが、「きしょくせんめい」と読んでいたから「きしょっ」と思った。

考え方に深い感銘を受けたのは千利休だな。
明確な言葉として残っていないけれども「来た客人を楽しませ、喜んでお帰りいただくことが至上の饗なし」と。利休の創作物や思考は、全てこれで一貫している。
そういう意味じゃやっぱり「一期一会」なのかもしれない。でもこれって確か利休の言葉じゃないんだよな。

あとは以前に書いた『武士道』の太田道灌の「余裕」は肝に銘じてるつもりだけれども、「座右の銘は"余裕"です」とは、何か不自然だ。

…まぁ20代で考えることでもないかって気はするな。

2021年
05月12日
00:43

漫才ネタ

右側「ラーメンにメンマって入ってるやんか。俺、あれ苦手なんよな」
左側「たけのこダメなんや」
右側「苦手や」
左側「ほぉ」
右側「苦手なんはまだいいけど、ラーメン屋行くと大概入ってるんよな、メンマ」
左側「入ってるね」
右側「俺あれ付和雷同やと思うんや」
左側「急にどうした? 付和雷同?」
右側「だから、隣のラーメン屋が入れてるから、ウチも入れとこ、みたいな、周りに合わせてるだけやっちゅーことや」
左側「あぁ、そういうことか」
右側「だから俺、ラーメンの具って、メンマよりもっといいものあると思うねんな。まだ残されてると思う」
左側「ほぉ。じゃあせっかくやから一緒に考えてみよか」

右側「よっしゃ。まず○○はどうや? これやったらいけるんちゃう?」

これで「○○」を利用すれば無限にボケとツッコミが量産できる。
笑い飯っぽくも出来るし、ミルクボーイっぽくも出来る。
ボケツッコミ入れ替えも出来るし、あるあるネタ入れるのも出来るし、自在に入れられる。

ハライチみたいな漫才をやりたかったから、これなら面白くできそうだなー。
やっとシステム漫才を作ることができたー。

けど導入が長い。
かまいたちとかジャルジャルなら、この導入にあと2つか3つくらい笑いを入れられる。
例えば「付和雷同? フワちゃんと竜雷太さんが同席したんか?」「ちゃうがな」みたいなのを入れて笑いを取りに行く。

で、オチ。

右側「んー、やっぱ全然思いつかんな」
左側「せやな」
右側「あ、たけのこはどうやろ! これならいけるわ!」
左側「結局メンマに戻っとるわ! もうええわ」

オチ部分は右・左・逆転でもいいな。
前に配信でやったネタをこうやって漫才に活かせるのは不思議だなー。
千鳥もラジオのネタを漫才にしてたけど、こうやってリサイクル出来るんだな。

2021年
05月11日
14:42

バカっぽく見せたかったら、衣装を真っ白にすると良い。

ザキヤマ、ノンスタ石田、霜降りせいや、インディアンス田渕、錦鯉まさのり。
狩野英孝は偶然だろうな。
あと黄色も良い。
林家木久扇、ダンディ坂野あたり。
おバカに見える。

薄着の青とかにするとインテリっぽさが増す。
逆に濃い青にすると、古臭い感じになる。銀シャリとかね。

…こう考えた時、メイプル超合金って、如何に異物なのかって思うな。

2021年
05月08日
23:40

>>393
まさか本当に選手に向かって「中止しろ」と言い出す輩が現れるとはなー…

まぁ自分にとって一番気に食わないのは、「中止しろ」って選手に言った奴じゃなくて、普段は中止しろよって騒ぐくせに「中止にしろよとは思うけれど、選手に言うのはダメだ」って言う奴だけどね。
やってること陰口と一緒だから。
選手に堂々と「中止にしろ」って言ってる奴の方がまだ正直。どうせ匿名で言ってるだろうから罪は罪だけれども。

っていうかこの記事で注目するらくは、それだけ中止にしてほしいという国民感情が高まっているってことの顕れだってことじゃないのかね。
そりゃ娯楽自粛と開催強行が同時に起こったら、そういう感情にもなるし。

あとついでに、「選手が嫌がってます!」って、あたかも選手を盾にするようなやり口を執る上層部・メディアはぜひやめてもらいたいもんだ。

2021年
05月07日
11:59

この場ではともかく、Twitterでは少なくとも政治関連での批判はしないようにしてるのよね。
どうせ意味ないし、面白くならないから。文句あるなら本人に直接言いに行く、ないしリプライすればいいと俺は思ってるから。

だから茶化す、くらいにとどめたネタしかやる気はないのよね。
全部、爆笑問題が教えてくれたことだけれど。

2021年
05月03日
22:37

『うっせぇわ』の替え歌を作った。

山田太郎「正しさとは 愚かさとは それが何か見せつけてやるぅーーッッ!!」

橋下徹「ちっちゃな頃から弁護士で 気づいたら府知事になっていた」
枝野幸男「政府のような思考回路 持ち合わせる訳もなく」

猪瀬直樹「でも遊び足りない お金足りない」(辞任)
舛添要一「困っちまう これ文春のせい」(辞任)
小池百合子「あてもなくただ混乱する東京 それもそっか」(現任)

吉村洋文「最新の流行は当然の把握」(イソジン奨励)
麻生太郎「経済の動向も通勤時チェック」(給付金出さない)
小泉進次郎「純情な精神で入閣しワーク」(レジ袋有料化)
蓮舫「法律じゃ当然のルールです」(二重国籍)

小泉純一郎「はぁ~~~? うっせぇ! 郵政! 民営化!!」
安倍晋三「みんなが思うより健康です」
福田康夫「一切合切主観的な あなたとは違うのかもね」
安倍晋三「あぁ~、よく似合う その可もなく不可もないマスク」(アベノマスク)
小泉純一郎「うっせぇ! 郵政! 民営化!!」
麻生太郎「漢字の読みが違う! けど! 問題はナシ!」

浜田幸一「つっても私、模範人間 殴ったりするのはノーセンキュー」
蓮舫「だったら言葉の銃口を その頭に突きつけて 撃てば」
谷垣禎一「マジヤバない? 止まれやしない」(自転車)
森喜朗「不平不満 垂れて成れの果て」
小沢一郎「今の気分で変貌する政党」(自民党・田中派→竹下派→羽田派→新生党→新進党→自由党→民主党→生活党→国民民主→立憲民主)
吉田茂「クソバカヤロー」(バカヤロー解散)

立ち上がれ日本「つまらなくて居眠りしたらすぐに起きなさい」(起きやがれ日本)
安倍晋三「公文書バレないようにすぐに捨てなさい」(桜を見る会)
辻元清美「献金や不祥事は秘書を切る」
蓮舫「サーバーはクラウドの時代です」

鳩山由紀夫「はぁぁ~~???」(←理解できていない)
小泉純一郎「うっせぇ! 郵政! 民営化!!」
二階俊博「くせぇ鼻塞げや 限界です」(鼻出しマスク)
河野太郎「絶対絶対私の ツイートしたのお前! やろがい!?」(エゴサーチ)
菅義偉「もうまたやるわ 緊急事態 宣言の パロディ」(まん防)
小泉純一郎「うっせぇ! 郵政! 民営化!!」
立花孝志「堂々と NHK ぶっ壊します!」

小泉純一郎「うっせぇ、郵政、民営化 うっせぇ、郵政、民営化」
立川談志「私が俗にいう天才です」

小泉純一郎「うっせぇ! 郵政! 民営化!!」
安倍晋三「みんなが思うより健康です」
野々村竜太郎「一切合切凡庸な あなたには分からないでしょうねェ!」
安倍晋三「あぁ~、つまらねェ 何回訊きに来るんだそのモリカケ」
小泉純一郎「うっせぇ! 郵政! 民営化!!」
菅直人「私も大概だけど そこまでじゃないぜ 落選はない」

2021年
05月01日
09:50

五輪について色々思うところはあるが、
過去日本で開催された五輪で、ここまで反対・問題噴出した時代はなかっただろう。エンブレムだの会場予算だの暑さ対策だの…
今回の五輪を最後に、2度と日本で五輪を開催出来なくなるだろうな。

個人的な所感を1つだけ。
携わる人のほとんどが経済目当てで、選手のことを誰も考えていない。それは意見する側も一緒。
4年、8年前から、五輪の選手を目指して努力してきたアスリート・スポーツ選手が何人いるか。叶わずに挫折した選手が何人いたか。
まことに考えるらくは、出場選手のこと。

そう考えれば、五輪は開くべき。
五輪をやめるべき、という言葉を、いま全盛期の選手の目の前で言えるか?
22歳の時の北島康介に。26歳の時の吉田沙保里に。22歳の時のウサイン・ボルトに。「あと4年待ってください」と果たして言えるか?

ただ、最大限に選手への配慮を重ねた五輪でなければならない。経済のことなどコロナの時点で崩壊しているのだから、当初の想定通りにはいかないに決まっている。
まぁ自分はスポーツ得意なタイプではなかったから、具体的な配慮の仕方は分からないけれど。少なくとも選手に入国をさせず、リモートで行う、くらいの大胆な策がなければ開催は出来ない。

2021年
04月28日
12:32

>>387 >>388 >>389 >>390
総括した方が良いな。

一、全ての創作物は、実際にどこかの世界で起こったことだと信じる。
「創作物のインプットの方法」
自分が好きな作品のジャンル。パッと思いついた順に。
・歴史物
・ドキュメンタリー
・特撮
・英雄譚
・勧善懲悪
・ギャグ
・コメディ
・白黒アニメ
・戦争物
・落語

…こう見ると、ジャンルにバラつきがある。
けれど、このいずれも、自分が好きな作品が「嘘」だと思っていない。特撮でさえもだ。
「古典文学は、どんな作品であっても、どこかで起こったことを文字に起こした作品だ。どこかで元になった事象がある」と言ったことがある。
かぐや姫が竹から生まれるはずはないのに、自分はかぐや姫が竹から生まれたと信じている。
大人になって。嘘を吐かれるのが嫌になって。
心の奥のどこかで、創作物の嘘臭さが嫌になっていた。
でも創作物全体を変えるのは不可能。自分が変わらなければ。
そのスタンスを、岩井さんが教えてくれた。

一、異世界の中に現実性を。現実世界の中に異世界性を。
「創作物のアウトプットの方法」
以前、漫画を描くうえで、1つだけ嘘を盛り込むと良い、という話を書いた。
・『大上さん、だだ漏れです』では、柳沼くんが、「人の心を読めてしまう」という特殊能力を持っている。それ以外に"嘘"はない。
・『ハレ婚』では、ある地方都市の条例で一夫多妻制度が可決された。それ以外に"嘘"はない。

これを漫才やコントで考えてみる。
・「こんなラーメン屋はいやだ」(ドリフ)
・「さまざまな"ああ"」「色々な"ああ"を教える教室があったら」(ダウンタウン)
・「冬がどんどん寒くなるのではなく、臭くなっていったら」(爆笑問題)
・「不動産屋」「男のルックスとステータスによって借りられる部屋が決まるとしたら」(爆笑問題)
・「アルバイト」「バイトの面接に来たのに、万引き犯と勘違いしていたとしたら」(アンジャッシュ)
・「SMタクシー」「タクシーの運転手がSM嬢だとしたら」(フットボールアワー)
ザッと思い付くだけでも、「~~だとしたら」系のネタはこんなに浮かぶ。
コンスタントにネタを創る、それに加えて、長くも短くも調節できる方がテレビでも使いやすい、という性質に噛み合った結果だろう。逆に漫画や小説だと、設定によっては途中でダレるだろう。
歴史物を書くとしたら、「嘘」の数を増やす。それも、キャラクターの中のみに限ればいい。
あるいは新説を導入すれば、それは「嘘」の代わりとなるだろう。バターの代わりにマーガリン的な。

一、毒舌は、共感がなければ意味をなさない。
一、「好きな仕事を、好きな人と」。好きな5W1Hの2つを備えておけば心身が安泰する。(収支が得られるかは別として。)
一、上記のことに続いて。その好きな「5W1H」へのリスペクトを欠かさない。
一、自分のコレ、という「スタンス」に一貫性を持つこと。矛盾があっても、パワーで解決させるくらいの一貫性を持つこと。

疲れたので、ここまで。あとでまた書き足す。

2021年
04月25日
03:34

コロナ禍。
いい加減に対策も見えてきている。

緊急事態宣言→効果が薄いと言わざるを得ない。
発令すればコロナが一時的に減るだけ。それ以上に経済への損害が大きい。出したところで効果は大きくならない。

人命と経済、この2つをあたかも、どちらかを犠牲にしなければいけないように考える論者もいるが、これは間違いで、両方を取ることが重要なのだ。

そのために必要なのは、
・「新型コロナウイルスが、どのようなケースで感染してしまうのか」を明確にする。
・それに応じて「普段の生活で感染を避けるには」を打ち出す。
(・その結句を、全メディアを通して、繰り返し繰り返し訴える。全てのメディアを用いて、だ。)

で、この感染リスクが飛び抜けて高くなるのが、飛沫感染。
じゃあどうすれば飛沫感染を避けられるのか。
・マスク着用の徹底
・集団を避ける
・狭い空間での共同生活をしない

言い換えれば、Gotoトラベルや満員電車では飛沫感染のリスクはそれほど高くない。
一方で、最も高いのが、会食。次点で喫煙、家族と一緒にいる時、更衣…と言ったところか。

だから緊急事態宣言で飲食店の営業時間を短くするだけで感染者が減った。大人数のイベントも中止ないし延期。この2点だけで高い効果があったと言っていい。(裏を返せば個食は感染リスクにあまり抵触していないワケだ)
でもそれだと飲食店・エンタメ業界への経済損失が大きすぎる。

なので今すぐに飲食店を救うために実施することは、まず基本的な営業時間は20時まで。ただし、特定の条件をクリアすれば営業時間を延ばすことを許可する。24時間まで延ばして良いものとする。

特定の条件とは。
「感染症対策が完璧になされている店」。
これは自治体ないし国で、検査員を派遣して、店が感染症対策を出来ているかチェック。
クリアできていれば、営業可能且つ、Googleマップ・食べログなど、飲食店を紹介できるサイトやアプリでも目立つように掲載可。
(まぁ分かりやすくステッカーなりマークなりを表示されるようにすればいいだろう。店頭にもステッカーシールを貼る、とかで)

具体的なクリア項目は以下。
・入店時の検温と、手首消毒の実施→アルコールの検温器は自治体が負担
・非マスク着用者の入店禁止
・1人単位でのアクリル板の完全な設置→アクリル板の費用は後に自治体が負担
・机などの食後の消毒の実施(っていうかこれは客がやればいいのでは)
・5人以上の座席テーブルの廃止もしくは着席禁止(入場禁止、もしくは4人以内で席を分ける)
・2時間以上の会食の禁止。(なお、1人であれば時間は問わない)
・換気。原則24時間。最低でも1時間に1度、換気の時間を設けている。
・完全禁煙。喫煙スペースも廃止。
・酒気を帯びている客の入場禁止(別の場所で会食をしている、もしくは接触している可能性が高いため)
…他にもあるだろうが、ザッと上げればこんなところか。
これらの項目をクリアできている店のみを20時以降の営業も可能とする。
また、民放番組などでの飲食店紹介も、この許可が下りた店のみを報道可能にする。
不許可の店の20時以降の営業は、罰金を課す。
それから、検温・換気など、コロナ対策で必要な人材は自治体ないし派遣会社の雇った派遣員に代行してもらうことで、店員の労働負担を減らして人件費を削減(+雇用を生み出す)することも可とする。

ここまで徹底していれば、たとえ店から感染者が出たとしても、店側が悪いワケではない。
これを実施すれば、緊急事態宣言も、10万円配布もせず、経済を損なうことなく、感染者を減らせるはずだ。
(イベント関連については、ちょっとまだ書けないが)


…まぁこれは尾身茂会長が言っていたことを、ほとんど流用しただけで、自分の意見はちょっと加えたばかりなんだが。
そう考えると今のコロナ対策については尾身会長だけが信用できる。
いっそ尾身会長を都知事にしてしまえばいいんだ。東龍太郎以来の、医者都知事になるな。いや冗談だけれど。

それにしても、俺が○○○であれば…
やめとこう。

2021年
04月21日
16:57

>>389 続き

記者「好きなアニメの道に進まずに、どうして芸人の道を選んだんだろう? っていうのが不思議」
岩井「澤部が「アニメーターなろうよ」って言ったら、一緒にアニメーターを目指した可能性もある」
記者「自分がやりたいことを選ぶというより、澤部さんと一緒にやることの方が大事だってこと?」
岩井「そう。だって、仲良い人間と一緒にやりたいじゃないですか」
記者「どうして澤部さん? きっと岩井さんは他にも仲の良い友達はたくさんいたかと思う」
岩井「それはただ、出会った中で一番面白いと思って、ずっと仲良くしてたのが澤部だった」
記者「一番面白いあいつと何かするならお笑いだ。みたいなこと?」
岩井「そう。何か目的があって芸人なったわけじゃない。まず相方と仕事を何かできればなっていう、そこからスタートしてる」

いま自分がそこに直面している問題に近い。
普通に社会で働く、というのはかなり難しい。特に自分にとっては。
好きなことを仕事にしたい。自分のやりたいことを仕事にする。それは自然な渇望。
岩井さんの場合、「澤部と一緒に仕事をしたい」という。魅力的な理由だが、社会的には受け入れられ難いし、信じ難い。
ハライチの結成は高卒。高校生だったからこそ、という判断だったかもしれないが、その判断は正しかったと言っていい。
それにしても驚かされる。他人を軸にして自分の将来を決定できるということ。そしてそれがバラエティで最も速く出世できた澤部にベットして、今の岩井さんがあるということ。

記者「岩井さんは「ハライチといえば澤部」ってずっと仰ってきた。
確かに長いこと岩井さんは「じゃない方芸人」だったかもしれませんが、それこそアニメ関係の仕事が増えたり、岩井さんの人気や知名度も同じぐらい上がってきてると思う。
岩井さんの方が澤部さんよりも、ここ1年ではネットで多く検索されてる」
岩井「澤部をネットで検索する人なんかいない」
記者「いや、そんなことはない」
岩井「澤部って、「お餅」。餅の存在が気になって検索する人あんまりいない」
記者「調べなくてもよく知ってるし、あって当たり前みたいなこと?」
岩井「あれば食うし、食べれば美味いから、いろんなところに置かれる。でも、わざわざ取り寄せたりとか、遠くまで食べに行ったり、工場見学行ったりしない」
記者「澤部さんがお餅だとすると、岩井さんは?」
岩井「僕は「タピオカ餅」。どこにでも置いてもらえないし、モノ好きしか食べない」
記者「タピオカ餅?」
岩井「「何かあるけど、これ何?」「マズそう」とかって、モノ好きが検索する。
やっぱり、澤部って不思議がないから見る方も使う方も安心」
記者「澤部さんがテレビに出ている時の安心感、分かります。」
岩井「逆に、僕は澤部よりも世間に知られていない期間が長かったし、なんだか得体の知れない不確定要素」
記者「岩井さんのエッセイ本がロングヒットしていますが、読者は、岩井さんが何考えてるか知りたいからエッセイを読む」
岩井「でも、「この人何なんだろう?」って思われるのって、どこにでも必要なわけじゃない。そういう人がいてほしくないシーンっていっぱいある。だから、どこでも自然にいられる澤部は本当にすごい」

岩井さんが澤部に敬意を示しているのは知っている。ここはわざわざ書くまでもない。
そういう意味じゃ、コンビで一緒に仕事しているレギュラーがラジオ1本しかないから増えていってほしいな、今後。

記者「最後に、一つだけアニメの質問を。岩井さんにとってアニメって何ですか?」
岩井「それね、本当によく聞かれる。そういう時は、最初にした「アニメっていうのは僕にとって絵が動いてるっていうやつです!」で終わり。でも、そういうことが聞きたいんじゃないですよね?」
記者「そうです。岩井さんは子どもの頃からアニメを観まくってきて、それが人格だったり芸風だったり、生き方に影響してる。ご自身で、その辺をどう捉えてるのか」
岩井「ああ、影響は間違いなくしてます」
記者「漫才のネタっていうアウトプットの話じゃなくて、もっと岩井さんの深いところにアニメが入り込んでいるんじゃないのかなっていう気が」
岩井「なるほど。ちょっと待ってくださいね。(1分ほど考え込む)
僕、明るいキャラクターが好き。アイドルアニメだとしたら、キラキラした一番元気な子が好き。
それって自身のキャラクターとしてのアイドルを貫いてるし、ファンに手出したりとか絶対しない」
記者「アイドルアニメでファンに手出したら大変、でも「アイドルを貫く」っていうのは分かる」
岩井「それって、アイドルキャラとしての矛盾がない。
2次元キャラクターって一貫性があるから好き。
僕も、一貫性というか、自分がやっていることの辻褄を合わせることはめちゃくちゃ大事にしたいとずっと思っている」
記者「それは、岩井さんを見てる人から「一貫性がある人だな」って思われたいってこと? それとも、もっと内面的な話?」
岩井「どちらも大事。僕って、よくキツめの発言する。
そういう時に「いや、でもお前、昔はこう言ってただろ」「そういうお前はどうなんだ」ってツッコまれたらダサい。反論しやすいというか。
そうならないように、自分のスタンスとか発言は一貫性持たしてるし、全部に辻褄合わせてるつもり」
記者「そういうスタンスとか発言の矛盾って、見てる人にバレちゃう」
岩井「そうそう。そんなのすぐ調べ上げられちゃう。
僕、アイドルグループ「でんぱ組.inc」に所属していた、マキシマムえいたそちゃん(成瀬瑛美さん)が大好き。
彼女はまるで2次元のキャラクターみたいにアイドルの夢を見せてくれて、アイドルとしての辻褄合ってる。なんかすごく2次元キャラみたいだなと思って。「3次元でそんな人いるんだ!」って。
そういう意味では、自分も2次元キャラに近づきたいのかも。どこからどう見ても「ハライチ岩井」として辻褄が全部あってんなっていう」
記者「でも、自分の中で生まれる矛盾ってある。
Aっていう大切にしている気持ちがあって、それと相反するBの気持ちも浮かぶことって、生きててたくさんあると思う。そういう時はどうする?」
岩井「相反するAとBどっちも成立させる、辻褄合わせるために頑張る。取っちゃいけない両方を取ってしまった場合、何でどっちも取ってしまったか納得できる理屈を考えて、もう理論武装」
記者「なるほど、納得せざるを得ない理屈を生み出す。すごく岩井さんらしい」
岩井「そうしないと、僕の発信するものを良いと思って楽しんでくれてる人を裏切る可能性がある。
好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いって言い続けたい。そこは嘘つきたくない。
もちろん僕はテレビに出たい。でも、自分の好きじゃないことやってる番組に出てもあんまり楽しくない。そこで楽しそうにしてたら、それは嘘だし、僕を好きな人にはバレちゃう」
記者「つまらないけどカメラで抜かれてるから笑顔を作る。とか、そういうことしたくないっていう?」
岩井「そうです。なので、僕の言う「一貫性」っていうのは、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いってハッキリ言うっていうことかもしれない」
記者「仕事するにしても、好きなものと嫌いなものがハッキリしてると。じゃあ、好きなアニメの仕事が増えている今って、すごく良い感じ?」
岩井「うん。やっぱりアニメは大好きだから、もっとアニメ仕事を増やしていきたいし、実際増えてきている。仕事こそ好きなことしたい。
いまアニメに関われてるのも、結局芸人やってたからなので、芸人やっててよかったなって最近思う」
記者「これからも、多方面でのご活躍を楽しみにしています。本日はありがとうございました!」
岩井「こちらこそ、ありがとうございました」

一貫性。就活でもそうだし、日常生活でも重要。
人間としての矛盾が生じた時が、何というか、嘘をついているのか、人間性として底が見えたのか、の王手飛車取りになる。
それは岩井さんがアニメのキャラから得た教訓でもある。
でも現実問題として、記者が尋ねた通り、人間の性は複雑。多数の情報を与えたいがために複雑且つ矛盾が起こることもある。
アニメに限らず、創作物のキャラクターはそれがない。読み手が受け取りやすいように、という事情も相まって、明朗だ。だからこそ(キャラクターとしての)嘘にならないし、信頼できる。そして好き(キャラ萌え)になる。
タレントとしては好きだけれど、実際の友達としてはどうか、という人はいる。近代の文豪とか。複雑でミステリアスで好き、というのもあるだろうが、そこに考え方の矛盾はないはずだ。
じゃあ岩井さんの内で一貫しているもの。それは「自分の好きなことを基軸に行動すること」「その自分に嘘をつかないこと」、この2つなのだろう。だから例えば「それよりもお金が大事」とか、横にズレることもない。
芸人・タレントというのはテレビに、そしてその裏にいるスタッフと、奥にいる視聴者に"使われる"存在のはず。使う側が面白くない・不快、と判断すれば使われないから。だから、一見、このポリシーを貫くのは難しい。それを突き抜けられたからこそ、岩井さんは凄い。
「岩井さんは凄い、独創性がー! 笑いがー!」とアバウトな言い方しか出来なかったけれど、この記事のおかげでスゥーッと1本の軸でつながって、岩井さんのことが分かった気がした。それがますます魅力的に感じた。

2021年
04月20日
00:04

>>388 続き。

記者「漫才のネタを作る中で、アニメで吸収したものがアウトプットされることってある?、M-1の決勝でやられてましたね」
岩井「ある。RPGっぽいネタも2016のM-1でやった。異世界の妖精が脳に語りかけてきたってネタもある。分かりやすくアニメ的な要素けっこう入れている」
記者「ちなみに漫才を作る際のアイデアって、どういうところからスタートする?」
岩井「さくらももこさんです。『コジコジ』がもう大好きで」
記者「『コジコジ』がアイデアの基ってこと?」
岩井「『コジコジ』ってファンタジー世界行っているのに、ファンタジー世界を無駄遣いしている。大事件が起こらない」
記者「コジコジは普通に学校通っている」
岩井「そう。ファンタジー世界行ってるのに、日常的なことをやってる。現実世界で出来る。
でも『コジコジ』はその無駄遣いが面白い。
だから僕がよくネタ作りで考えるのは、現実世界でファンタジーなことが起こるか、ファンタジー世界で現実でも出来る日常的なことを起こすか」
記者「ファンタジー世界でファンタジーな出来事が起こってたら、それは当たり前のこと」
岩井「そう。だから「異世界の妖精が語りかけてくる」ってネタは、「悪魔に襲われて勇者が助けに来る~」みたいなことじゃなくて、「妖精の世界で少子化が進んでるんだ!」みたいなことを言い出す」
記者「そう聞くと、急にお笑いのネタ設定っぽくなる」
岩井「そんなのおまえらで解決しろよ! っていうね。でも、そういうのが好きだから意識してアイデアに取り入れてる気がする」
記者「ネタだけじゃなく、ラジオのフリートークやエッセイも、日常のちょっとした出来事を膨らませているイメージがある」
岩井「そうですね。どちらも、結局あんまり事件は起こってないんです。
さくらももこさんのエッセイがまさにそうなんですけど、「私はこの時こう思った!」が面白いと思うので、日常生活で実際に起きたこと、そこで思ったことを言葉にしていくってことをやってる」

自分が見た中で、初めてさくらももこを読んでいる、と発言した。やっぱり影響を受けていたんだ、と。そしてそのロジックの完成度の高さ。納得させられるし、普段それを考えていたら、どれだけ人生が楽しくなるんだろう、ってそれだけでワクワクさせられる。
それにネタ作りの源も初めて知った。何かちょっとフォーマットのようなものがあるな、と思っていたし、爆笑問題の「もしも冬が寒くなるんじゃなくて、臭くなっていったら」みたいなネタに近いと思っていた。でもいまいち言語化できなかった。
こうやって物を創り出しているのか、と…!

記者「さくらももこさんって、独特の毒がある。そういった毒も、岩井さんに影響を与えているのかなって。ラジオのフリートークでも、エッセイでも、ちょっと攻撃的なことを言ったりする」
岩井「ちょっとどころか、めっちゃ言う」
記者「岩井さんのエッセイに書かれていたエピソードで、親戚のお葬式で「勇気くん、もっとテレビでは元気にやらないと!」って説教してくるおじさんの話が好き。岩井さんはその場では黙って耐えて、帰りの車でやっと不満を大声で発散する。
それが書かれることで、ちょっと意地悪だけど、でも読んでる側もスッキリする」
岩井「そうです。だから、毒を吐くにしても、何かに物申すとしても、"あるある"になるように意識している」
記者「こういう親戚のおじさんいる! と思って読みました」
岩井「そうでしょ? "親戚のおじさんあるある"です」
記者「岩井さんと言えば"腐りキャラ"。毒吐きをテレビでよくやられているイメージがあります。
これも"あるある"っていうこと?」
岩井「全部"あるある"。"腐りキャラ"も、「こうやって嫌な思いする状況ってあるよね」っていうことを言ってるだけ」
記者「なるほど、ラジオでよく"○○あるある"をメール募集してますけど、話が繋がった気がする」
岩井「"あるある"って楽しい。皆で「そうだよね」って笑えるし、好き」
記者「確かに『ゴッドタン』の"マジ歌"も業界への毒が凄まじいけど、共感できるから笑えるのかも」
岩井「"マジ歌"は"芸能界で腹立つことあるある"をやってる。
共感できないようなことを強い言葉で言われたら、すごく嫌。
でも、"あるある"は味方がいっぱいいる」

毒舌と悪口の境目を的確に言っている…! これも凄い。
そう、共感できるかどうか。これが一番大事。岩井さんは所謂"分かってる"人だし、自分の中のアウト・セーフの見極めを、ここまで明確に表現できている点も凄い。
あるあるネタが好きなのも知っていたけれど、それがここにつながって来るとは…!!
そしてどうしてあるあるネタが好きなのかまで答える。それにも納得させられる。
あるあるネタには、どこか気持ち良さがある。その気持ち良さって、毒舌を刺した時の快感と似ている。優越感のような。それが共感から生じる一体感。

続く。

2021年
04月19日
15:45

>>387
何か原文を意識するあまり、凄く見づらくなってしまった。
ちょっと自分なりに見やすい文章に変えながら書こう。捏造っぽく、薄っぺらく、嘘くさくなるから、このやり方は好きじゃないんだけども。


記者「幼少期を振り返って、アニメを観ていた記憶っていつ頃からありますか?」
岩井「幼稚園ぐらいからずっと見てました。ビデオで録画したやつを、もう毎日のように繰り返し同じ作品を見ていました。
鳥山明さんの『PINK』原作の短編劇場アニメ『Pink みずドロボウあめドロボウ』とか、
『雲のように風のように』っていうジブリに関わるアニメーターさんが参加したアニメとか、
大好きで何度も観てました」
記者「岩井さんは子どもの頃、お父様がコーチをやっているサッカークラブに通ってましたよね? スポーツよりも、本当はアニメを観たかったですか?」
岩井「アニメ観たかったですね。
当時、父親から毎週水曜日にJリーグをがっつりテレビの前で見させれるんですけど、裏番組が『ドラゴンボール』だったんですよ。それがもう、本当にツラくて仕方なかったです。録画もさせてもらえなかった。父親が「アニメなんか観てないでサッカー観ろ」って。
本当はサッカーやりたくはなかった。でも、やめると父親がガッカリするだろうなと思って続けてましたね。アニメばっかり見てたかった。本当に遊ぶ時間なかったですもん。
土日も平日も、放課後はずっとサッカーの練習か試合なんですよ。でも、大雨が降った時だけサッカーが休みになるんです。その時、家でアニメ観れるのがマジで最高でした。
だから僕にとってアニメは雨とセットのイメージ。
雨降れば、アニメが観られる。録画したアニメからどれにしようかなって選んでる時間、もう本当に一番楽しかったですね」

王道じゃない、独特なチョイスなのが、また岩井さんらしいというか。どちらも見たことがない。
それから、こんなにアニメ大好きっていうのも意外。
『金スマ』とかでの若い頃の写真や話を聞くと、かなりイケてるタイプだったらしいから、オタクっぽさはなさそうで、何ならサッカーは大好きなものだと思っていた。

記者「2014年にスタートした『岩井勇気のアニ番』では毎回、放送中の全アニメ作品を観たうえでベスト10を発表して、1時間ほど放送中のアニメについて喋りまくっています。
全作品を観るようになったのはいつ頃からですか?」
岩井「『アニ番』の放送開始から。それまでは面白そうな作品だけ選んで観てました」
記者「番組開始のきっかけって覚えてますか?」
岩井「構成作家と、新宿のゴールデン街にあるアニソンバーみたいなお店に飲みに行って、そこで流れている新旧のアニソンをほとんど全部わかったんです。
そうしたら、「めっちゃアニメ詳しいじゃん。アニメの仕事を専門的にしてる芸人さんてあまりいないからやってみたら?」って言われた。
それまでアニメの仕事をしようと考えていなかったですし、アニメが好きな事をあんまり人に話してなかったかも。
それで、今クールのアニメ話すんだったら、全部観よう、って話になって、『アニ番』が始まった」
記者「クール全アニメ観るのってかなりハードですよね? 大体1クールって30~40本ぐらいありますが」
岩井「アニメ全部見るのに別にそんなに時間食わないんですよ。5分、10分アニメもありますし、余裕です」
記者「『アニ番』を始めた2014年に比べて、今とてもお忙しいと思うんですけど。アニメを観るのが苦痛になったことはないんですか?」
岩井「一度もない。愛と気力があれば」
記者「好きな過去作を観返すこともありますか?」
岩井「あります。
『巌窟王』とか『のんのんびより』とか『らき☆すた』とか。日常的なアニメをゆるっと流しているのも好き」
記者「家ではいつもアニメが流れている感じですか?」
岩井「そうです。家にいる時、アニメ流しっぱなしです。テレビは、ほぼアニメ用モニターです」
記者「バラエティ番組とか見ないんですか?」
岩井「見ない。テレビはレコーダーと接続する「入力2」しか使ってないです」
記者「芸人さんって、バラエティ好きな方が多いイメージがあるんですが」
岩井「見ない。趣味じゃない」
記者「M-1やR-1などお笑い賞レースを研究するとか、そういうこともないのでしょうか」
岩井「賞レースもリアルタイムで見なきゃっていう感じではないですね。最終的にはどこかで見ますけど、すぐ見たりはしない。小学校の頃からアニメばっかりで、お笑いもバラエティ番組も全然見て来なかった」

好きな物、そしてそれが仕事、というなら全力を出す。その全力は決して振り絞ったものではなく、フランクに、悠々と。そのスタイルは憧れるし、よく分かる。ただ、ここまでやり切っている人が果たしてどれくらいいるのか…そのうえ別の仕事もしっかりと成果を出す。恐れ入る。

記者「先日の『アニ番』で、"この番組の告知はもうしない。僕はアニメを観るためにこの番組をやってるんだ"って仰ってたんですけど、あの発言の意図は?」
岩井「まず視聴者に、「すごいアニメ見てるんだな」とか、「岩井の意見すごい良い」って思ってもらうためにやってるわけじゃない」
記者「では、『アニ番』の狙いはどんなところに?」
岩井「「全アニメを視聴してるっていう事実」のためにやってるところもあって。自分の名刺みたいなもの」
記者「じゃあ『アニ番』がもし終了したら、もう全アニメは見ないですか」
岩井「好きなものだけを観ちゃうようになるかも。そうすると「全アニメ観てる」っていう名刺がなくなっちゃう」
記者「番組を楽しんでもらうというより「岩井さんが放送中の全アニメを観ている」という事実や、アニメ好きのイメージを業界内に伝えたいっていう想いが強いっていう認識で合っていますか?」
岩井「そうです。「アニメ 芸人」で検索したときに「岩井」の名前が上の方に出てくるようにしたかった」
記者「かなり戦略的にやられていたんですね」
岩井「アニメ特番の司会って言ったら鷲崎健か、吉田尚記って感じ。僕はそこに割って入りたかった」
記者「狙い通りというか、順調にアニメの仕事が増えている印象があります。名刺としての役割が終わったら『アニ番』も終了?」
岩井「『アニ番』の生放送が始まると同時に、パッと300人ぐらい視聴者が来るんですよね。何年やっても300人から増えないので、それが限界値。
でも、その300人がアニメ詳しくなくても僕の活動を追いかけて来てくれているとしたら、みんなが集まれる場になってたらいいなと思います」

取り敢えずここまで。
岩井さんの仕事の話。『アニ番』は見ていないが、存在は知っているし、最初の冠番組だったんじゃないかな。
ちょっと疲れたから、また後で書く。

2021年
04月19日
15:11

https://originalnews.nico/304724

何度も話題に上げているハライチの岩井さん。
粗方、プロフィールと経歴とが分かって来た。
お笑いを志す人って、多くはテレビが好きだったり、芸人に憧れていたり~から始めるんだけれど、岩井さんは幼い頃、あまりテレビも見ていなかったし、憧れている芸人も、爆笑問題くらいで、何ならユースケ・サンタマリアとかに憧れたらしい。だからダウンタウンやとんねるずと共演しても、あまり緊張しないと言う。凄さがよく分かっていないかららしい。

そんな人が、どうしてお笑いの道に? と思うし、あんなに個性的な漫才を思い付いたのに、お笑いの影響をあまり受けていないのが意外。

だから、ずっと気になっていた。
岩井さんはどうしてこんなにクリエイティブなのか? その源はどこから来ているのか?

それが上記のURLで言及していた。
恐らく初めて言ったと思う。正確には分からないけれど。


もしかしたらネット記事が消える可能性もあるから、自分が思ったことも付け加えて、ここに書き残して置きたい。(ちょっと文章に手を加えている)


記者「岩井さんは7年近く放送中の全アニメを観続けているということですが、単純計算して800作品ぐらいは観られてますよね。好きな作品もあれば、趣味じゃない作品もあると思うのですが、どういったモチベーションで観続けられているのでしょうか?」
岩井「アニメだったら何でも好き。めちゃめちゃ好きなのか、普通なのか、っていうのはありますけど、とにかくアニメだったら全部好きで、退屈だとか思ったことは一度もないですね。アニメーション自体が好きなんですよ」
記者「アニメ作品に限らず、好きなアニメーションって何かありますか?」
岩井「アニメーションとして一番好きなのは『おかあさんといっしょ』の人形劇『ガラピコぷ~』のオープニングアニメです。手描きっぽいアニメーションなんですけど、かわいいし、アングルがすごくいいんですよ! これはすごいです」
記者「アニメ好きを公言されている芸能人の方ってたくさんいますけど、アニメーション自体が好きって人はなかなか珍しいんじゃないでしょうか?」
岩井「多分そうですよね」
記者「キャラ愛を語れる人が重宝されますよね」
岩井「それが一番分かりやすいじゃないですか。僕はテレビ向きじゃないタイプのアニメ好きかもしれないですね」

岩井さんは『ハライチ岩井勇気のアニ番』をニコニコで定期的に続けている。(っていうかまだ続いてたんだ、って感じ)
そのために、放送されているアニメを全て見ている、という話は聞いていたが、まさか、と。物理的に無理だと思っていたが、どうやら本当に見ていたらしい。
ほぼ記者と同じことを思っていた。質の低いものを見続けるのはシンドいはずなのに、何故、と。「アニメが好きだから」ではなく、「アニメーションそのものが好き」というのは、かなり独特だ。

記者「アニメーション自体が好きとはいえ、ストーリーやキャラクターを楽しむこともあるわけですよね?」
岩井「キャラクターが生きている作品が好きです。『冴えない彼女の育てかた』が大好きです。女性キャラクターがたくさん出てくるんですけど、「ツンデレ」とか「小悪魔」とか、アニメっぽい属性がみんな分かりやすく付いてるんですね。その中でヒロインの加藤恵だけ、他のキャラクターに「キャラが薄い」って言われるぐらい、めっちゃ普通の人なんですよ。現実世界にいそうというか、彼女が本当に生きてるような感じがするんです。でも、そういう作品ばっかりじゃなくて、キャラクターがストーリーを動かす駒になっちゃう作品もあるじゃないですか。
記者「例えば、状況を説明するためにこのセリフをキャラクターに言わせているな。みたいに、作り手の都合が透けて見えてしまうってことでしょうか?」
岩井「そうですね。大人の都合が見えて、キャラクターが生きていないじゃんと思う。そうすると『僕はアニメが大好きなのに、キャラクターが駒に見えてしまうのは何なんだ?』っていうセルフツッコミが入るんですよ。この矛盾した気持ちの落としどころをずっと考えていた。

岩井「その落としどころなんですけど、全てのアニメの登場人物はこの世界のどこかにいると思うことにしたんです。実写で撮ってくるのは無理で、この世界っていうか、もう他の並行世界でもいいけど、とにかくどこかに存在する。その姿を私たちは直接見ることはできないんで、絵に描き起こして、アニメーションとして見せてもらっている、ということです。
記者「現実に起きていることをアニメという形で見せてもらってると捉えることで、全てのキャラクターは「駒」にならずに済むってことでしょうか?」
岩井「そうです」
記者でもアニメは、監督やアニメーター、作者がいますよね。そういう方々の存在はあんまり気にされてないっていうことですか?」
岩井「気にしないようにしてます。この人が作るものってこうだよね~、とか、この監督だからこういう内容になるんじゃないか~、とか、そういう作家性みたいなことも人と話す時は考えますけど、観てる時にそれを考えると、どこかにあるはずの並行世界が崩壊しちゃう」
記者「現実で起きてることのはずなのに、監督の頭の中でストーリーが創られていたらおかしいということですね」
岩井「そうです。なるべく没頭したいんで、作品世界の外側のことは考えてないですね」
記者「ちなみに、その考え方だと声優さんはどういう存在なのでしょうか?」
岩井「あの世界のどこかで起きてることを伝えようとして、みんなで頑張って再現してくれている人たちのひとりです」
記者「なるほど。岩井さんの見方がちょっとわかってきた気がします。現実で起きていることを絵で起こすのがアニメであって。アニメを通してどこかの世界を見せてくれて、ストーリーは実際に起きていることで、キャラクターはみんな本当に生きていると。
岩井「そうですね。だからアニメだったら何でも没頭できるし楽しいぞ、っていう。理屈は後付けかもしれませんが、そういうわけで、とにかくアニメならなんでも好きなんです」


ここ。
ここにグッッと引き込まれた。成程、なんてユニークで大胆で、そして魅力的な発想なんだろう、と。フィクションとして、作り物として意識しない、ということか! と。
自分はどうして小説も映画もアニメもあまり好めず、歴史物やドキュメンタリーばかり好むのかな? と思って、答えが出なかったんだけれど、それは言ってみれば「本物」を好むからだったんだ。
でも逆転の発想で、これが全て実際に起こったことなんだぞ、と捉えたら、確かに見たくなってくる。ただその発想をドラマならいざ知らず、アニメに持ち込んでいるのが独特だ。

長くなった&若干話題が変わり始めるから、一旦ここで区切る。

2021年
04月05日
21:18

常々思うこと。
先に結論を書くと、プロ野球の選手名鑑だったり、寄席の演芸家名鑑のような、キャッチーで手に取りやすい政治家名鑑を作るべきなんじゃないのか。

いまの政治に(あくまで全体を俯瞰した政治。コロナとか喫緊の課題ではなく。)最も必要なのは強力な野党。それは本来の存在意義での野党。
今のように、ただ政権批判をするのではなく、対案や妥協案を出して、与党の独走を食い止めるための党。
そしてその野党は過半数は行かずとも、一定数の支持率を集めて、与党の脅威となる数字をキープしている政党であること。これによって与党も無視できず、勝手な法案を通しづらくなる。

だが、実際問題として、いまの野党はその機能を果たしていない。

ここに1個落とし穴がある。
無機能な野党の中にも、有能な議員はいる。
立憲にも、野田佳彦、まつばら仁、篠原孝など。亡くなったが、羽田雄一郎は評価していい。
逆も然りで、与党の中にも、流れに任せて乗っただけの無能な議員はいる。
評価を高めている国民民主も、中には山尾志桜里もいるし、玉木はともかく、積極的に賛同できるものじゃない。それは維新も同様。
つまり何が言いたいかと言えば、政党ごとに評価を下すこと自体がズレている、ということ。

自民だから良し、立憲だから悪、ではなく。
政治家の主張と実績をもとにして投票することが肝要なのであるということ。

「こういう主張をしています」というのが明確な政治家って、せいぜい山田太郎くらいのものじゃないだろうか。
それくらい政治家が何をしているのかが不透明。

で、政治家が何をしているのか手っ取り早く知るために何が必要なのかと言えば、政治家が、どんな主張をしているのか、どんな実績を持っているのか、どこの選挙区なのか、どういう出身なのか、というのが分かりやすく記されている(なおかつ安価に手に入る)政治家名鑑が必要なんじゃないのかな、って思う。

2021年
03月30日
21:55

そういえば念願だった、さくらももこのエッセイを、修復完了した図書館で借りて読むことが出来た。
『もものかんづめ』と『ひとりずもう』。

最初、さくらももこに興味がわいたのは、これもハライチ岩井さんのエッセイ。
ネットに載っているインタビュー。
岩井さんみたいな笑えるタイプのエッセイは珍しい、他にこういうタイプのエッセイストはいないのか、という話題で、さくらももこが挙げられた。
しかも100万部を超えるベストセラー。時代の流れを鑑みても、エッセイを100万部売るのは至難。

ということでザッと調べる。
さくらももこブームは1990年代半ばで、ネットが発達する前だったから、いわゆる感想文が書かれているサイト(というかホームページとかブログの類い)は多くない。Amazonのレビューくらいはあるが、内容までは書かれないことが多い。
(こういうザッ、と調べる時に助かるのが目次一覧なのだが、掲載が多くない)

それであるサイトが引っかかる。
さくらももこと夫が海外旅行に行くことにして、旅行会社の社員に来てもらったのだが、その人の名前が「大麻 豊(たいま ゆたか)」という名前で爆笑してしまった、という話。
むちゃくちゃ面白い!! と思った。こんな面白い話がたくさん載ってるの!? 絶対面白いじゃん。そして、こんな面白い人が普段どんなことを考えているのか知りたい!! と思った。

で、いざ『もものかんづめ』を読んでみると…
…存外、普通のエッセイだった。どこにでもいるような女性。今でいう陰キャの何気ない日常が描かれていた。これがベストセラーとは到底思えないほどに。
まぁ時代の流れで今と違って、オタクが「サブカルチャー」と呼ばれて蔑まれた時代のエッセイで、こういうのに共感できる女性が多かったから売れたのだろう。

でも一編だけ面白いエッセイがあった。祖父・友蔵が死んだ話。これは面白かった。腹を抱えて笑った。


諦めきれず、もう1冊。これが『ひとりずもう』。
こっちは、中学生頃~漫画家になるまでの自伝的なエッセイ。
これもこれでワリカシ普通。
生理が始まった話、初恋の(それも、普通にしゃべったら面白味がない、陰キャ臭の凄い)話、部活の話、東京に初めて来た話、春風亭小朝に弟子入りしようとした話…あれもこれも普通過ぎる。誰でもが経験・心当たりのありそうな話ばかりだった。
ところが、最後の一編。ついに自分の夢を自覚し、エッセイ漫画、いわゆる『ちびまる子ちゃん』の原型を描き始める話。これは素直に感動した。行動力にあふれていると思った。

そしてここに大きな疑問符が残る。(お、出ました。仙樹さんお得意の仰々しいフレーズ。よっ、よっ)
この人は、どうして売れたのか。
この人は、どうして面白いのか。
時代の後押しがあったから売れた・演芸番組が好きだった。で済ませられない、記録的なヒットの数字と、ファンからの支持率。
分からん、気になる。とても気になる。
いかんせん、こういうタイプだと研究機関で研究されずにスルーされやすい。あと20年ほど経たないとまともに研究されないだろう。
ただ、その研究が始まる時 = 過去の人、と認知された時ということにはなるんだろう。
「ちびまる子ちゃん記念館」的な、「さくらももこ記念館」的なのが建ったりしちゃうんだろうな。

2021年
03月24日
21:08

SM歯医者。
ザックリとプロット。

美人女医と患者。
虫歯の治療を行う。その前に検診。

女医「ここはどうですかー? 痛かったら手を上げてくださーい」ミラーで歯を軽く叩く
患者、手を上げる
女医「どうかされましたか?」
患者「先生、すみません。ぼく、ドMなので、優しくされるよりもケナされる方がありがたいんですけど、お願いできますか?」
女医「え。あの…わ、分かりました」
患者「お願いします」

女医「こ、ここどうでしょうか? 痛くありませんかー?」
患者「すみません、全然痛くないんですけど、もうちょっと厳しめでお願いします」
女医「あ、は…はい…」
患者「“はい”じゃなくて、もっと刃向かって来てほしい」
女医「えっと…わ、分かりました」

数週間後

女医「あら…またきったない歯ね。本当に食後に歯ァ磨いてんの?」
患者「は…はい」(口を開けながら)
ミラーでコンコン叩く
女医「ねぇ。口答えしないでもらえる? 手を上げる以外のリアクションは禁止なの。分かってる? 話聞いてた? 不潔虫歯オトコ」
患者「は、はひ…」
ミラーで虫歯を軽く叩く
患者「ングンンッ!!」
女医「返事をしない。アゴが揺れて治療ができない。用があったら手を上げる。いい?」
患者、手を上げる
女医「全く…そもそも初めて来た時に、ドMなのカミングアウトされた時点からドン引きなんですけど。初対面の人に性癖カミングアウトするって、どういう神経してんの? ねぇ。どういう神経してんの?」
患者「ふ、ふみまへん…」
女医「しゃべらない」虫歯を叩く
患者「ングンンッ!!」
女医「ま、あんたの神経がどうかしてんのは、虫歯調べてればすぐに分かるだけどね」虫歯のドリルを差し込む
ウィーーン
患者「ンンンンッ!!」
女医「あ、麻酔足りなかったかしら? 麻酔足してあげようか?」
患者「お、お願いです…麻酔…足してください…」
女医「口答えしない。麻酔を足すかどうかは私が決めるの。あんたじゃない」コンコン
患者「ンンンーーッ!!」

数週間後

女医「お疲れ様でした。全部治療が終わりました。頑張りましたね」
患者「…どうして治したんですか。ぼくはもっと治療を受けたかったのに」


…もうちょっとSMの描写増やせば、普通にストーリーとして成り立ちそうだな。

2021年
03月22日
19:41

『ウルトラマン80』をYoutubeで全部見た。面白かったな。
以前から話していたが、改めて全話見た。幼い頃は一部しか見ていなかったし、記憶が断片的。
放送開始から40周年ってワケでYoutubeチャンネルで放送されて、全部で51話。毎週欠かさず見ていた。

特異な設定だって話は前もしたので省略。

それにしても、映像がちょっとキレイ過ぎるな。
自分が初めて見た幼い頃は、平成ウルトラマンが放送されていた時だから、古臭い、昭和っぽい香りが、ダサくてたまらなかった。当時はCGもほぼなかったし。
見ているテレビもブラウン管だから。
何となく祖父母の家の雰囲気とマッチしている感じだ。
フローリングじゃない床の、茶色のちゃぶ台で、キッチンでジャブジャブ音がしているのを、センベイかじりながら見る特撮っていう。
Youtubeで流れてるのはDVDのものを流しているのかどうなのかは分からないが、まぁともかく映像がキレイだ。良いことだから、批判することではないんだが。
これが更にブルーレイで、HDリマスターになったら、どんだけキレイになっちゃうんだろな。
ともかく、あの雑な、砂嵐が入ったり、ブーンって音立てながら虹色の変な線が入っちゃったりする、あの映像だともっと風情が出ていいんだがなぁ。なんて、逆の贅沢ね。

あと言いたい。
スタッフが全員張り切り過ぎている。
・造形→タロウ・レオ・アストラ、とこれまでのウルトラマンはみんなセブンがモチーフ。なので初代マンっぽい造形を基調とした見た目。そのうえに観音像がウルトラマンのモデルだったらしいから、無駄に観音像に似ている。
・ミニチュア→5年ぶりということもあって無駄に細かいところまで凝っている。そんなとこいらんでしょ、ってくらいに凝り過ぎている。ロストテクノロジーが多く、現代では再現不可能らしい。あとUGM(地球防衛軍)の飛行機も、やったらカッコいい。いま見ると古臭いが、これも初代マンと比べるとシルバーで子供ウケしそうなカッコよさに加えて、かなり本格的な造形。だから張り切り過ぎ。
・スーツアクター→『ゴジラ』からおよそ30年。スーツも改良が進みつつ、スーツアクターもアクションが凄すぎる。初代マンとは比ぶべくもないほど軽快なアクション。バック転、ライダーキック、持ち上げ、スープレックスもあったかな。筋肉と運動量が違いすぎる。張り切り過ぎ。
・怪獣→出て来る怪獣がやったらリアルというか、怖い。『ゴジラ』と戦う怪獣と言われても違和感ないくらい怖い。そのくせ、『80』後半の子供向けなコミカルなストーリーに、全くそぐわないシリアスで怖い造形の怪獣たち。可愛い系の怪獣が一匹も出て来ない。無駄に本格的でグロテスクと言ってもいい。張り切り過ぎ。
・設定→で、ブームに乗っかって、金八先生みたいなウルトラマンね。発想は面白いんだけど、それを可能にできる技術と勇気が足りなかったな。前後編にしたり、『セブン』みたいな宇宙人と戦う系にしたり、戦闘シーンは後編に全て持って行って、全部ウルトラマンとの対話に重きを置いてしまう話なり、工夫は出来たはずなのにね。予算はどうしようもないだろうけど。でも個人的にはこの、いわゆる「教師編」が一番面白かったなぁ。まぁともかく、この「教師編」を提案したのはテレビ局側だったらしいし、「新しいウルトラマンなら利益を出せるぞ!」「しかも流行を取り入れて斬新な作品だ!」って張り切り過ぎ。『ウルトラマン』を見るタイプの子供が学園ドラマはさすがに見ないでしょうよ。

こうして、全スタッフが張り切り過ぎた結果、リターンは思うように返って来なかった、というね。
でも面白かったけどな。大人だから言える感想であって、子供の時だったら見るのやめていたかもしれない。実際、自分もはっきり言って惰性で見ていた感はある。
まぁでもこの『80』が、思うように視聴率を取れず、円谷とTBSが方向性を巡って対立してしまったので、しばらく『ウルトラマン』のシリーズは造られなくなってしまうのでした。

2021年
03月21日
23:16

チェーンの回転寿司屋のエリアマネージャーをしていたが、上司のやり口に不満を持って自主退社。
その後、そのノウハウを用いて独立。
板前の技量はないので、板前をやめた弟子を数名雇用。

無事に回転寿司を開店。
案外、経営がそこそこうまくいってしまい、地元に愛されるローカル回転寿司屋となった。
(実際は魚を市場から買い付けるから、まぁ無理があるだろうが)

30年後。
マネージャーは60代後半。板前も新しく入って来ず。

かと言って建て直す金もなく、息子は東京の大学で司法試験を受けると言い出し勉強(という名目で出たものの、ジャグリングにハマってしまい、ジャグラーになろうか本気で迷っている)。


レーンは流れるものの、ところどころ塗装の剥げが見え隠れ。
注文で運ばれる用のレールはスピードを上げすぎると壊れかねないのでノロノロと運ばれてくる。
お湯を出す機械も動くものの、排水口に錆び。
日替わりメニューの黒板もヒビ。

以前は店に入ると「いらっしゃいませ」の大きな声が聞こえていたのが、もう年老いた「らっしゃい」しか聞こえてこない。

…こんなシニセ回転寿司ってのが、できたりしなかったりしないかな、なんてことを思ったけど、いま書き出してもあんま面白くなさそうだね。
話を膨らますなら、マネージャーが「どうしてこんな店を建てたんだい?」とか「いま何のためにこの店を頑張ってんだい?」とか、人情話っぽくしてやる流れだろうけれど、これもうNHKとかがやってる「下町の工場の現状」みたいなやつと同じじゃん、面白くもない。

2021年
03月21日
01:38

昨今のYoutuberの言葉の重み・芸のなさに引き換え、落語家・講談師・芸人の言葉の凄味よ。まぁそれを語れば語るほど、自分の芸のなさが滲み出るので、文字通りボソリと「呟き」にとどめるワケで。

2021年
03月19日
01:46

春一番

朝日差し込んで 吹き抜ける春一番
さぁ動き出そう 2人の真のメモリー

光を目がけて どこまでも走り続けよう
いまのぼくらなら なんでもできる気がするね

あぁ 小さい頃 なりたかった 自分になれたかな
ねぇ 言ったっけ? 刑事やコックに 憧れてたの

辿り着いたのさ この場所こそがぼくらの
ホームグラウンド… いやホームタウンかもね

廻り始めたよ 君1人だけじゃない
やっと追いついた2人で動かすメモリー



…まだ途中。2番はもうちょっと後で書く。

2021年
03月16日
03:07

何か気が狂ってるから、好みのナニ菓子をまとめておく。どうせ誰も見ていないし。
あくまで好み。敬称略。

女優なら。
愛乃なみ、椎名理紗、咲夜由愛、星奈あい、城崎つゆみ。

素人だと名前が分からんし、1作品しか出ていないので特定も出来ないが、数名。(Pornhuberなども含む)

漫画家なら。
みずゆき、SGK、くまのとおる、すがいし。

イラストレーターなら。(あくまでナニガシで)
ピロ水、カオミン。
カオミン氏が描いた高垣楓の『アイドルの休日』は芸術的と言っていいほど素晴らしい。

あと趣味でのクリエイターなら、
かぱたろー、むんっ、あおい、うに蔵、百壱式、黒錦。


パッと思いついたので、このくらい。

2021年
03月07日
02:21

悩む。悶える。苦しむ。七転八倒。
散々、迷いに迷い、困りに困り、考えに考え。

結句―――

談志を聴く。
こういう心の時にしか談志は聴かない。

談志は何も答えない。

聴いても分からない。
ただ、ほんの僅かに。ほんのごくごく僅かに。心が空く。

何でだろう、自分より苦しんでいるからか。自分より努力しているからか。自分より才があるからか。自分より巧いからか。自分が単に談志を勝手に美化しているからか。心のどこかで自分が談志に憧れているからか。

分からない。
ただ、少しだけ心が空く。
その空いた心で、戦いに行ける。

2021年
03月05日
19:25

メモに書いたことをまとめるシリーズ。

・諦めた教師、情熱を失った教師
これでもしっかり小学校6年、中学高校6年、大学4年、と学を修めたので、それまで何度も教師からアレコレを教わった。役立つものはあまり多くなかったけれども。

若い教師を見ていると、まぁ張り切っている。
30後半くらいになると、大体の教師の目が死んでいる。
ドラマとかで見るような、「生徒のためならたとえ火の中水の中」なんて教師はほぼいない。
50代の教師は、まず声が小さい。聞こえない、眠くなる。そんな授業じゃ、たとえ良いことを言っていても生徒の肚には届かない。
まぁでも無理もない。1コマ60分の授業って、やると疲れる。体力がないと4コマもやってられない。次の日も、また次の日も…とやってられない。20代の自分が言うのだから。
じゃあどうするかと言えば、30代にもなれば手を抜く。生徒のことより、自分の体力を優先する。自分の授業のクオリティを上げよう、芸を極めよう、などとは微塵も考えない。
そういう教師が担任になった時、一番迷惑をこうむるのは誰かと言えば、生徒だ。一生に一度しかない青春を送っているのに、そこに教師が今までの人生で抱えてきた「経験」を、自分の体力を優先して伝えられなくなる。
学校の教育ならまだいいが、これが軍事教育だったら最悪だな。

大事なのは手を抜くことじゃない。
効率を上げること。教師が楽をしながら成績を上げること。
生徒が興味を抱いて、主体性を持って取り組むこと。
で、これを目指すと、教師はプリント・テストを作りまくる。阿呆だ。そんなことしても興味を持って取り組むはずがない。

要は、教師の仕事っていうのは「カリキュラムを終わらせる」ことに終始しちまうんだよな。
そうじゃなくて、教師が持つ「徳」を伝えることなんだよ。価値観や人生の生き方を、ね。
ところが「徳」のねェ、薄っぺらい人生を生きて来た奴が教師になっちゃうんだよな、今の世の中は。だからご丁寧に漢字の書き方や公式しか教えられない。
「数学なんて生きてても使わないじゃないですか」と言われて、答えられない。
中には「こういう風に役に立ってるよ」とか言い出す奴がいやがる。そういうことじゃねェわ。「この公式を通して、こういう考え方が身に着くと、大人になっても助かるでしょ」というのを伝えなくちゃいけない。

まぁ要は…教師ってのはバカがやる仕事だってことだ。
22で就職して40年間。倫理に一切抵触せず、自分の「徳」を伝えるなんてのは、無理に決まってるんだ。

・関根勤が語る「クレームの容易化」
爆笑問題の田中がくも膜下で倒れたので、『爆笑問題の日曜サンデー』に、田中の代役で伊集院光が出演していたので聴いていた。(2012.2.14放送)

ゲストに、関根勤が来ていた。太田とは2017年の27時間テレビの『さんまの向上委員会』で因縁あり、それ以来だそうだ。
それ関連のエピソードを話しつつ、
会話の内容は、関根のデビュー秘話に移っていった。

関根はオーディションからの生え抜きで上がって来た、今のお笑い芸人からでは考えられないルートでテレビデビューして、タレントとして地位を築いてきた。
まずオーディションにむちゃくちゃ面白いやつがいる、となって、そのまま番組の企画を作ってくれた。
その企画が、「関根より面白いやつはいるのか? 10週勝ち抜きバトル」みたいな企画で、見事に10週勝ち抜いたので、そのままポジションを掴んだらしい。テレビ初出演でいきなり「関根より面白いやつはいるのか?」だ。考えられない。
(まぁ当時のお笑い芸人は、本当に面白いことをやろう、と思ったら落語家を目指したろうし、お笑い芸人になるってやつは、一儲けしようと思うような奴らで、笑いのセンスがあるやつは多くなかったらしい)
でも、その芸風は、今では考えられないほど過激なことをしていたらしい。
当時のテレビってのはそんなもんだった。

ところが、クレームというのはあまり来なかった。何故か。

まずネットがないので、電話でクレームを送る。
その電話番号を調べるのも手間だ。電話帳をズルズル引きながら調べる。
やっとこ見つけて、電話を掛ける。
その電話も、番号じゃない。黒電話だから、ダイヤルをいちいち回す。数字1つ打つのに1秒ほどかかる。

で、掛ける。
テレビ局のスタッフが出て来る。

「おたくの会社が○時に流してる○○って番組の○○、不謹慎ですよ!! 子供が見たら影響を受けるでしょう!! そういうことをおたくは考えないんですか!!」
「えっと、そうしましたら、その番組の対応をしている問い合わせ係の者につなぎますので、少々お待ちください」

で、問い合わせ係につながって、それでようやく用件を言える、と。

こんなことまでチンタラ時間をかけたら、そりゃ途中で「面倒だからやめた」となる人が多数だと。
実際に関根のもとにクレームは届いていたらしいが、10件にも満たなかったらしいし、スタッフ側も、「また変わった人が電話かけて来ましたよ~」くらいしか思わなかったので、当然番組の内容は変わらない。

今の時代はネットがあって、炎上文化があって、ネットニュースがあって、だから、些細な発言・内容だとしても、意見が聞こえやすい、見えやすい、数も多い。

森喜朗もかわいそうだね。

…そうやって考えると、『ドリフ』で志村が「カラス」を歌わなかった時、「どうして歌わないんだ」「子供が寝ないじゃないか」というクレームの電話が殺到したという逸話があるが、あれが如何に異常な逸話なのか、思い知られる。

2021年
03月03日
15:11

昔、メモに書いていたことを短めに消費しようと思う。

・「恵方巻ブーム」
恵方巻なんてのは、毎年食べるのが節分のマナーだ、というような風潮になっているけれど、自分が幼い頃はこんな風潮はなかった。ここ10年ほどで一気にブームになった。
じゃあ何で、さも「日本の節分で恵方巻を食べるのが当たり前だ」となったのか、と考えると、まぁメディアとかの影響なんだろう。メディアってのは別にニュース番組とかに限らず。
マンガやアニメとかでも節分のシーンで恵方巻を食べている。

恵方巻ってのは関西が発祥だとも言う。
遊女や芸者が食べていた(無論だがイチモツを連想させる)というルーツもあって、それを基にしたR-18の二次創作も多い。
関東側からすれば、その文化を「けしからん」と断る理由もない。
それに、豆まきに比べれば、終わったあとの掃除の手間も省けるから、何かと楽だ。

まぁそう考えると、この「メディアの発信」というものの影響力の大きさには本当に驚かされる。いま節分が近くなると、コンビニだろうがスーパーだろうが必ず恵方巻が売っている。


…という話を何で3月3日にしてるんでしょうな。
まぁどちらも節句ではあるか。


・「三笑亭夢之助の『寿限無』」
伊集院光の『深夜の馬鹿力』を聴いていた時の話。
伊集院の落語家時代。
不意の遅刻や、どうしても寄席に間に合わない、という落語家が出た時。香盤の前にいる落語家は、その遅刻者が間に合うまで、時間を稼がなければならない。
上手な落語家だと巧く話を間延びさせて、場を持たせ、不自然な空気にせずに、成立させることが出来る。これが一流、凄いなぁ、と。

ところが、三笑亭夢之助という落語家。
『寿限無』をやることになっていて、後ろの者が遅刻しているから、時間稼ぎをしなくちゃならない、というのを伊集院が居合わせたので袖で見ていたという。


…まぁお察しだとは思うのだが。
『寿限無』というのは、「寿限無」から始まり、「長久命の長助」で終わる、長い名前のついたおかしな噺なワケだが、オチは「こんなに長い名前だから、夏休みになっちゃった」とか、火事が起きたのを「名前が長いから全焼しちゃった」とか、そういうオチなんだが。
要は、名前を繰り返すワケだ。

学校に行くのに、同級生が寿限無を誘う。
インターホンを押して「おーい、寿限無寿限無…」

出て来ない。

「あれ? おかしいなぁ、もう1回呼んでみようか」
インターホンを押す。「おーい、寿限無寿限無…」

出て来ない。

「あれ? 留守なのかなぁ? いや留守のはずはないよなぁ…」
インターホンを押す。「おーい、寿限無寿限無…」

出て来ない。

「おっかしいなぁ……??」


これを延々と繰り返す。
思わず大笑いしてしまった。
時間稼ぎのやり方にしては強引で下手なのだが、会場は大ウケだったらしい。

ハライチにも、似たようなネタがあって、宇宙人が飛来して人間を乗っ取るというネタで、宇宙人役の岩井が3分間黙って一切しゃべらず、澤部が隣でずっとリアクションを取り続けるというネタがあって、これも初見では大爆笑してしまった。

ロッチのコントも、これは代表作ではあるんだが、「試着室」で、ズボンを上げないお客役の中岡と、店員のコカドのネタも、ずーーっと同じことを延々繰り返してるだけのネタなのにヒィヒィ言いながら笑ってしまった。
あと2700やどぶろっくも、大体同じ構成だ。

そういえば幸田露伴の『五重塔』にも似たようなシーンがあった気がする。

別に夢之助が、「このパターンのルーツだ」とかそういうことではなくて。
こういうパターンが自分の好みなんだな、と思ってしまった。という話ね。

あともう2つメモが残っていたから、後でまとめておこう。

2021年
02月28日
19:16

凄いことが起きたからメモしておく。
Youtubeで。

『時事ネタ王』なるネタ番組。
アルコ&ピースがネタを披露する(ちなみに漫才)。
テーマは「時事ネタ」縛りということで。「米朝首脳会談」。

時事ネタで漫才をやる時、風刺ネタに偏るか、言い間違いネタにするか、のどちらかになりやすい。
風刺ネタは、爆笑を取れない。
一方、言い間違いネタは、個性を出しづらいしワンパターンになりやすい。(これで最も面白いのはナイツだろうけれど、ツッコミが土屋以外であれば成立しないだろう。ツッコミが出しゃばれば出しゃばるほどつまらなくなる。千鳥・霜降り明星・東京ホテイソンあたりの人らには、「言い間違いタイプのネタ」に関しては一生出来ないだろう)

その点、爆笑問題は一度ワンクッション入れる。
(具体的には、昔はこういうのがあった、今は違うよ。という長めのクダリを入れる。
その場で伏線を敷いて、後で回収する。後でと言っても、そんなに長い時間はかけない。コンスタントに伏線→回収をする。だからリアルな会話になっている。計算しているのかどうかまでは分からない。とにかく、伏線回収のタイミングが、会話のテンポとして絶妙に丁度いい)
ボケのサイズで言えば、「中の大」だ。大ボケじゃない。けれど、常に「中の大」だから面白い。
その点、ナイツの言い間違いの小ボケの連続は、あくまで「中の小」の連続になっている。それが良い・悪いは置いておき。少なくとも「大ボケ・大ツッコミ・大笑い」にはならない。
言い間違いは決して「大笑い」になりづらい、という欠点がある。
でも風刺は難しい。毒味の調整が難しいんだ。強すぎれば客は引く。弱すぎると面白くならない。大ボケになる可能性を孕んでいるが、技術が要る。


ここでアルピーのネタを今一度見てみると。
酒井「お笑い芸人でもニュースくらいは知っておかないと」
酒井「今年あったニュースと言えば、“米朝首脳会談”ね」

強引すぎる導入で、個人的にはガックリとしてしまった。
平子のボケはどうかというと、
平子「ざこばと南光もどちらも…」
平子「米朝一門の首脳陣の会談だろう」
と、桂米朝の一門の、どちらが名跡を継ぐか、という、またマニアックなボケ。

そして平子が「笑福亭を如何にしてぶっ潰すかの話じゃねェの!?」と伏線敷きつつ、酒井が、首脳の特徴を言う。
酒井「刈り上げてて、眼鏡が特徴の!」
平子「桂小枝だ!」
酒井「違います、北朝鮮の金正恩!」

ここまではまぁ普通。
にしても、桂小枝と金正恩では見た目が違い過ぎる。「眼鏡」は特徴じゃねーだろう、と何となくトーンダウンしてしまう。
その後。

酒井「もう1人が、金髪で小太りの!」
平子「春風亭小朝!」
酒井「違います! アメリカ大統領、ドナルド・トランプ!」

小枝はともかくとしても、江戸落語の小朝が上方落語の米朝一門に首つっこむワケねーじゃん!! と、思わず大笑い。
言い間違いの延長になりつつも、ボケの秀逸さに思わず大笑い。この後はどんなボケ? と気になるくらいにボルテージが上がっている。下から上へ動くネタだ。
けれど客はと言うと、マニアックなボケだから上から下へのボルテージ。いまいちウケていない。
まぁそもそものネタの「米朝首脳会談」というネタが良くないんだが。


その後のネタはエンタメ系に移る。
酒井「米朝首脳会談はシンガポールで行われましたが、どうしてだと思います?」
平子「昔、松居一代が住んでたから」
酒井「違いますよ?」

酒井「この会談で大事なのは非核化ですよね」
平子「残ったウランは松居一代のお掃除棒でワーってやれば…」
酒井「無理無理無理」

んーーー、そうじゃないんだよなぁ。
どんどん笑いの量が減ってるのが分かる。
酒井のツッコミはいいとして、ボケが良くない。ここで小ボケを振りまくのは良くない。
そろそろ終わりに近づいているから大笑いしたいのに、ボケが小さい。
何でそんなマニアックなボケに行ったかなぁ……

でも、マニアックなボケで俺は大笑い、客はシュ~~ン↓↓と。
その対比も含めて面白かった笑


前半見て、「新しいタイプの時事ネタかぁぁぁ!?」と目をキラーーンとさせたのに。
後半のグダリっぷりを見てガッッッックリよ。

アルピーはなぁぁ~~………
もうちょっと漫才の王道を研究してほしいのよなぁぁぁ~~~………笑笑

2021年
02月22日
20:28

近ごろ思うのが、自分には「観」が備わったな、と。
言い方を変えるなら「価値観が定まった」「物の価値を判断する基準が定まった」と言ったところか。

では何を基準にして物差しで測るのかと言うと、「歴史」だな。
「歴史」を基準にして、物の価値を測る。

あぁ、これは歴史的に見て良いものだ、
これはそうではないな、と。
あらゆる事象を、歴史で見たらどう判断できるのか、ということだ。

例えば、「グローバル化」という現象は、あたかも世界史上初めて起こったかのように謳われるが、実は日本でも奈良~平安期に、似たようなことが起きている。
グローバリゼーションは英語とアメリカを中心に回っているが、奈良・平安期は唐文化を中心にアジア各国が影響を受けている。(これに似たようなことは書いたことがある気がする)

他にもコロナ禍は、コレラ菌や梅毒が幕末期に流行したのと近い。(無論、完全一致ではないが)

こうした「見方」は、正確ではないし、別段、他人に広めたりする気はない。ただ、自分の価値判断の基準にしているだけに過ぎない。
それを一言で表すならば「観」だろう。

この「観」をどの年齢で成熟させるか、が世の中を生きていくうえで重要だろう。
「観」が成り立っていれば、一人の人として、生きていくうえで迷いが起こらない。
数学的価値観・理化学的価値観・倫理的価値観で動く人も、恐らく世の中にはいるだろう。自分はそれが歴史だった。
要は「歴史主義」ということだろう。あまりその学問と研究史には詳しくないのだが。今度調べてみるか。

これには間違いも起こり得るということを、自分の中で許容しなければいけない。
史学は常に、新しい発見に伴って変化し続けるから。
それから、一個の人物の性格だけで判断しなくなる。ただ性格の良し・悪しで判断せず、その人のステータスを見て行く。例えば、家族構成・所属した学校や団体・出身地とそれに伴う特徴・肉体年齢・精神年齢・恋愛遍歴…これらが相まって「今」があるワケで。


昨今流行りのオンラインサロン。
あれって、発起人は「観」がしっかりと成り立っているんだろう。だから出来る。
けれど、その未熟な「観」を、他人に広めるのが、果たして善なのか悪なのか。ここが問題なんだ。
あれ幕末期だったら「良い学者」「有識者」で名を残せたろうに。
情報が多すぎる現代で、「情報発信」するには、圧倒的な「知」がなければ発信できない。その「知」すらも覆される時は起こるし、あるいは屁理屈や粗探しで足元を掬われることだってある。

じゃあ本当に「情報発信」が出来る人ってどんな人かと言えば。「観」を更新し続ける人。言ってみれば「情報を常に求めている人」ならば可能かもしれない。
「自分は優れている」という人ではなくて、「自分は未熟なので、教えてほしい教えてほしい」と常に求めている人。腰も低いし、偉そうに感じない。「徳」があるように見える。
アンジャッシュの児嶋のYoutubeとかはそんな感じがする。あとは昨今の林修か。(最近の林修は教える側ではなく、教わる側の方が圧倒的に多い)
とはいえ、果たしてそれって「先生」と言える立場の人か? あるいは「先生」という立場の変化ということなのか?

…何か話が逸れたな。

2021年
02月18日
20:24

反抗期の子供を抱えた時、一番重要なのが「裁判」であり「対話」なんだろう。
そのためには、反抗期になる前から「対話」が出来る環境を整えてあげる必要がある。

ただ頭ごなしに、「子供の反抗 = 悪」と決めつけてはいけない。
第2、第3の反抗を呼ぶだけ。
子供は稚拙ながらも、親にメッセージを送っているんだから。そのメッセージを受け取らなくちゃいけない。

そして、基本的に子供の反抗を止めることは出来ない。反抗させない、は無理だろう。
それに、子供ほど「理論」ではなく「感情論」で動くのだから、そもそも子供が、自分を客観視して、「ここは感情論だ」「ここは理論だ」って自己分析できているのなら、それはもう反抗期ではない。だから、この部分を諭してあげることが、親の役割なんだ。
「どうして反抗するのか?(もちろんこんな直接的に、ではなく)」
「これは感情で動いたのではないのか?」「この理由で反抗するのは、親が悪い」、と。

ここに親がプライドを抱いて、謝らないことが一番良くない。
親の悪い部分は、ちゃんと謝る。相手が子供だとしても。

ここで重要なのが、反抗期になったからって急に親身になって話を聞きに来ること。これが子供にとって嫌だろう。
「じゃあ今までの態度は何だったの?」となりかねない。(そこに「すまなかった」と言えるかどうかもあるんだけれど)

重要なのは、子供をいつのタイミングで、大人の会議の仲間に入れてあげるか、だろう。
自分としては10歳からでいいと思う。10歳から大人、でいいと思う。10歳から「大人の仲間だよ」という気持ちを芽生えさせなければいけないと思う。
(無論、法的に10歳から大人にしろ、と言っているのではなく、自分の家の中でのルールとして。)

だから、家族での重要な会議とか。というか日常会話から親と子供が一緒になってするべきだ。
というか、親の会話には、子供も幼い頃から参加させるべきだと自分は思う。親との会話が、一番、語彙力と精神年齢を育てることが出来る。
精神年齢が幼いな、って思う人は軒並み会話力が弱い。

そういう環境を整えるのは誰なのか、というと。100%親。両親。
そしてそういう自覚のない親の下に生まれたんだなぁ、と心から思う。

2021年
02月18日
01:58

名を上げる人というのは、「笑い上手」だという話をどこかで聞いた。
笑い声を聞くだけで気持ちがいいし、笑いが上手だ。尚且つ特徴がある笑い方をする。

その点、パッと閃く「笑い上手」は…
明石家さんま、松本人志、太田光、上田晋也、有吉弘行あたりの笑い声はパッと頭に浮かんでくる。

笑顔という意味では、関根勤が浮かぶ。石塚英彦も笑顔が素敵だ。
名を遺す人にも、勝新、三船。それから手塚治虫もいい笑顔だ。

2021年
01月18日
22:35

幹事長というのはたいそう良い職だそうで。

民主党時代、鳩山政権の頃から小沢一郎は普通のワイドショーですら槍玉に上げられていたが、今回は菅ばかりを見てテレビは二階を責めない。だから皆、菅を責める。諸悪の根源はどう考えても二階にあるだろうに。二階さえ降りれば済む話だというのに。

そもそも二階派というのは、田中派で散々に金をもらって遊び尽くして、そのあと小沢派で散々にかき回して、そこからの二階派だからな。この系譜で優れた人物は田中角栄だけよ。いつまで太閤の威光にすがってんだか。

2021年
01月16日
21:26

何というか…

安倍総理が辞めたのは、「これならコロナを抑えられる」と思ったからじゃないのか。「辞めるなら今のタイミングしかない」と言っていたし、そういうことだろう。
そこからの今、よ。「鎮まりそうだな」という雰囲気をまるで感じない現状。

「総理大臣が違う」というだけで、こんなに変わるんだ、と。実感できただろうか。
震災が起きた時に自分は実感したけれど。いま一番訴えたいのはそれ。

まぁ大半は二階のせいなんだけれども。

2021年
01月14日
11:08

「子供好き」の人というのは存在しない。
大人は大人と会話する方が楽しいし弾むに決まっている。

「子供好き」というのは、「『子供の世話を積極的にしていて、家庭的で、将来は素晴らしい親になるね』って言われる自分が好き」のことであって、子供が好きなのではない。
それか、ロリコン・ショタコンの類いで、いわゆる性的に、もしくは恋愛対象として好きか。
大人は99%、大人が好きに決まっている。

2021年
01月11日
01:16

浪曲・音曲というのは、やはり凄味が先に行って、笑いには一歩下がる。芸と笑いをx軸、y軸にした時、芸は高値がつくのに、笑いが真ん中から高値へは行かない。
まこと面白い浪曲・音曲があるのなら是々非々聴いてみたいもの。

現代風にアレンジした、ぴろきだの波田陽区だの犬井ヒロシだのがいるが、全く面白くも何ともない。何故1曲だけで勝負するのか。もっともっと苦しんで、新曲・新ネタを創り続けないといけない。それが出来ないなら芸として成り立っていないから廃業した方がいい。
まぁ犬井ヒロシは片手間でやっていたネタだろうけれども。

2021年
01月08日
00:57

一度だけ、「落語家になりたいなら紹介してやる」と言われたことがある。
大阪に行って、バーに行った時。みつまたさんに言われた。
断った。何せ、江戸落語と上方落語では趣が違い過ぎる。
上方の言葉で上方の落語を教わっても出来ない。江戸と上方の違いも心得ていたし、自分は上方の良さに迎合できる人間じゃない。全く芸に頓着や知識がなければ、あるいは「ウン」と答えていたかもしれない。

にしても上方の言葉はキレイだ。
ところが不思議なことがあって。

京都弁、というと。何だか上品な趣がある気がする。
大阪弁、というと。何だか品のない気がしてしまう。
気風というようなものだろうか。けれども、話してる言葉はほとんど同じ。だから不思議だ。いや日本語というのは不思議だ。同じ言葉なのに上品にも下品にも聞こえるんだから。

ところがところが。どちらも関東弁が持たないものを持っている。
まず会話の良さ。
短い言葉で敢えて語るなら、テンポの良さ。人と会話をするうえで、テンポというのは大事だが、良いこと、楽しいことを語るうえで、関西弁というのは本当にテンポが良い。
関東なら「いいね!」も、関西なら「ええやん!」だ。あくまでフィーリングだが、「ええやん!」の方が、第一は相手の良さを讃えたものだが、その影に何だか相手への敬意が見え隠れする。更に話し手の優しさ・リスペクトもある。不思議だ、わずか1語にここまで。
「いいね!」には、リスペクトを感じない。何なら皮肉にさえ聞こえる。

…よくよく考えれば、「標準語」というのは、関東弁を基軸にして考えられたものだ。けれど、本来の都は奈良・京都の関西圏であり、天皇も含め、本来の「都人」は、関西弁を離していたはずだ。日本語の本来の「型」は関西弁なのだろう。より上品で、会話が成り立つのは、関西弁だ。
関西弁をモロ出しにして、『百人一首』を詠んだら、かなり変わる可能性がある。
じゃあ、今のアナウンサー、声優が、どうして「標準語」を用いるのか? 先代・先々代が「標準語」を用いたから? そもそも「標準語」とは何を以て標準なのか? 日本人が一番使っているイントネーションだから?? でもそれは現代的価値観であって、古典の価値観なら成り立たない。

現に、漫才をやってもテンポよくスムーズに行くのは関西弁だ。
テンポよく、というのは言い換えればスピードの調節が出来る。関東方言は、ある程度のスピードで限界が生じてしまう。関西弁は、無限のスピードが可能となる。
個人的に思った、MAXスピードは、ウーマン村本だが、彼は福井出身だから、関西弁なのかどうかは分からない。(嫌いな芸人なのでちゃんと言っておく。分からない、と。村本の「芸」は評価するが、「笑い」と「学」は評価できないうえに、自分の地元を「滅ぶ」と言われたので許すことは出来ない。けれど「芸」は評価する)

まぁ、話しは戻して。
江戸落語なら、あの時に声をかけられて選んだかもしれない。
神田伯山を、もっともっと早い年齢で知っていたら講談の道も選んだかもしれない。

上方に、関東方言で戦いを挑んでもダメだ。
方言だけじゃない、そもそも「上方落語」を挑んだら自分は失敗したはずだ。相当な才能がない限り、ね。
関東方言で演るなら、せめて「江戸弁」じゃなきゃダメだ。「てやんでェ、この野郎ォ」って。「ェ」だよ、「ぇ」じゃなくて。
林家三平は、それが下手。これが上手なのはアンタッチャブル柴田。でも昔の、ね。今は微妙。
コツはね、巻き舌。
またこれが巧いのが、てらそままさきさんよ。関西系なのに、ね。
ナチュラルに会話に巻き舌を入れられる。これが出来ん。これが出来たら江戸落語、やってたかね。

2021年
01月05日
21:33

行動! と決めたものの、昨日、結局何も出来ずに終わってしまった。映画、演劇、とこう色々考えたけど、年始で何もやってねーやってなって寝てしまった。
前に書いた通り、図書館が閉まってて本もロクに読めない。

と、思ったところで落語ならいつでも聴けるわ、と思ったので、積極的に聴くことにした。
講談も聴ける。特番の教育番組も見れる。
1日1本。1日の30分間。
見れば何か得るものがあるはずだし。すぐ得られなくても、巡り巡って得られるかもしれない。

2021年
01月04日
12:59

まずはM-1の総評終わらせようかな。


マヂカルラブリー
はっきり言ってまさか優勝するとは。という気持ち。
インタビューで頻りに言ってた通り、「フレンチ」と「吊革」。どちらのネタも面白い。
「マヂカルラブリーは、知名度・人気が既に全国区だった」と謳われていたものの、実際そうではないと自分は思う。
なので、準決勝はともかく、決勝の観覧客はガチなお笑いファンが少ないぶん、受けるか怪しい。少なくとも2017年はそうだった。準決バカ受け、決勝ドスベリ。
ナイツ塙も、客を置いてけぼりにして動き始めてしまった件について触れていた。
で、実際見てみると、「フレンチ」はスタートの30秒、しっかりとコンビで掛け合いをしていた。「ナイフとフォークは外側から使うんだよ」というクダリ。ここが、「吊革」、そして2017年の「野田ミュージカル」にない部分だった。だから、「漫才としては、ちゃんとやっているな」という評価に傾いたんだろう。ただ、オール巨人が指摘したように、「後半は落ちた」。確かにピークは最初の窓ガラス割るところだろう。そのあと、シェフの心臓握りつぶしたり、魔法陣描くあたりは、ちょっと落ちた。
もし「吊革」を1本目にしていたら、掛け合いがなかったぶん、2017年と全く同じ結果で終わりかねなかった。よしんば最終決戦に行ったとしても、後半に萎む「フレンチ」では、笑いの量は確実に減る。
つまり、1本目「フレンチ」は「面白さ7:丁寧さ3」のネタ。2本目「吊革」は「面白さ9:丁寧さ1」のネタ。最終決戦で勝つには、多少漫才のクオリティとしては雑でも、「笑いの量が多かった」で押し切れる「吊革」が制した、というワケだ。そら議論も起こるわ。
個人的に言いたいのは、村上のツッコミがもうちょっと上手になってほしいんだよなぁ…「あぁーーッ!」ってツッコミとか、テンポを重視するあまり、雑なワードでツッコんじゃうんだよなぁ。まぁ野田のマンパワーで成り立ってるだけに、あそこに対抗できるようにするのは至難だろうけれども。


オズワルド
THEMANZAIプレマスターズの、「糸」を歌うネタは個人的に好きなんだが。
優勝を狙っている、という目力ガチガチだったが、今年でハネなかったらしんどいスパイラルに陥っているな。
パワーワードで勝負するタイプだけれど、ここがカチッとハマらないと笑いになりにくいうえに、パワーワード勝負だと、見取り図とかぶりやすいからキツいよな。
「会話・掛け合い」という意味ではピカイチなんだけれど、世界観もややシュール寄りだからなぁ。もうちょっと客を巻き込んでほしい(突然客に「コイツ○○なんだけど~!」とか「いまなに訊かれてます?」って振って来る。突然話しかけられれば誰でも驚く)。
少なくともあのスタイルでM-1優勝するのは、かなりしんどい。「毎年いそう」は「別の路線に行け」の証でもある。
あと思ったのは、「ボケ」が「強い・弱い」ではなく、純粋に「ボケ」ではない。「シュール」に対して「ワード」でツッコんでる。だから「ボケ」をちょっと入れる。それだけじゃなくて、更にもう一手を加えるといいな。強いて言うなら、オードリーの「本気で言ってるのか?」「本気で言ってたらこんなに楽しく漫才やってねーよ」「へへへへ」みたいな、2人で一緒に呼吸を合わせる奴だな。


アキナ
面白かったし、何で滑ったんだろな、とは思った。準決ではウケていただけに不思議だった。
こちらもオズワルドに実はネタが近くて、オズワルドの「は・た・な・か、が全部ア段だから変えたい」も、しっかり「変えたいんだな」を認識させないと、意味不明の掛け合いになる。オズワルドはその内容説明が、かなりゆっくりとしたスピードで丁寧だった。
アキナの場合、説明部分が速過ぎた。だからイマイチ頭に入りきってない状態で、面白い部分のはずの秋山の「アカン!」が入ってしまった。ボケの量を増やすために、説明部分がオザナリになってしまった。
けれど、ここはまだいい。あとが面白ければ盛り返せるから。結果として盛り返せなかったワケだけれど、それは本人の技術じゃなくてネタチョイスが悪すぎた。
審査員の誰だったかが言っていてピンと来たんだけど、このネタ、20代半ばくらいがやっていたら、リアリティとパッションにあふれて面白くなる。でも技術があって片方が既婚の、30代後半がやるネタとしては、年齢と合っていない。だから余計に山名が「イタく」見える。
でんぐり返しとか、普通なら爆笑が起きてもおかしくない大ボケ(それどころか発明のレベル。完全に予想外だし、他のどの芸人もやってない)なんだけれど、強いボケほど見ていて「イタい」。
あー、こういう失敗もあんのかぁ、という気持ちだった。そこに気付いてほしいな。来年のリベンジに期待。


錦鯉
史上初。普通に見ていて笑えるけれど、バックボーン知ると泣ける漫才。
めっちゃ面白かった。何なら来年も出てほしい。漫才の中にギャグを入れるというパターンは、COWCOWや流れ星がやっているんだけれど、ここが危険なところで、一発ギャグは、ギャグが強すぎるとツッコミ方が難しくなる。何ならツッコまなくていい。ここが矛盾するところで。漫才は「掛け合いをして面白い」だけれど、ギャグは「それ単体で面白いから、ツッコミが邪魔」。
COWCOWの場合、多田がギャグやりました→善し「いやいやいや…」
流れ星の場合、ちゅうえいがギャグやりました→瀧上、何もしない。
つまり、ギャグを活かすために、ツッコミは退く。
ところが錦鯉が凄いのは、まず「ギャグが面白くない」。何ならそれはもうギャグじゃない。
ミュートにした時、何をしているのか全く分からない。まさか「レーズンパンは見た目で損してる」と言っているとは思えない。だからツッコミが必要になる。それも弱いツッコミだと「すべりましたよ~」感が出るけれど、渡辺くらいに「うるせぇよ」とか厳しいツッコミだと、面白くなる。まさに理想の相方バランスと言っていい。
にしても「キャラメルは銀歯泥棒」「数字の7が転んだら、へ」とか、もうギャグでも何でもなくて箴言だろ、それ。カレンダーに習字で書かれていても違和感がない。どう考えてもM-1でやるギャグのクオリティではない。だから凄い。


ウエストランド
2つ言いたいことがあって、まず1つは技術不足。ネタも面白いし、キャラも立ってる、2人のパワーバランスも良い。けれど細かいミスが目立つ。「え…いないよ?」とか、メチャクチャ面白いのに、2回戦やライブと、間が1秒ほど長い。絶妙な間だったのが、変な間になってしまった。純粋に会話として不自然になっている。
そのあとも不味い。
井口「え…復讐だよ? …えっ……復讐だよ?」→井口「復讐のためにやってんだよコッチは!!」
わざとテンションを乱して面白いのに、いきなりハイテンションにしてフルスロットルでエンジン掛けちゃう。これも不味い。マニュアル車みたいに、ギアの段階をいきなり上げてしまうと、エンストする。この会話としての技術不足が目立ってしまった。もっともっと舞台の回数を増やして技術を上げないといけないね。(ただウエストの場合、芸人を極めるよりもタレントとして売れたいタイプだろうから、そこがしんどいだろうな)
そしてもう1つが順番。どう考えてもラストではなかった。
ただ、ニューヨークの直後じゃなかったのが幸いじゃないだろうか。同じ毒舌で並んだら、技術・ネタの完成度ともに、どう考えてもニューヨークが軍配上がるから、どちらが先・後でも関係なく、ニューヨークの凄さが引き立つだけだから、そうじゃなかっただけ幸い。
仮にカラオケの割り込み予約みたいに間に挟むとしたら…オズワルド・アキナの間か、アキナ・錦鯉の間かな。まぁそうしたら、錦鯉がラスト出番で、恐らく「最後がコレかよ!」パワーでもっとウケて、せっかく見取り図押しのけて3位になっても、錦鯉が最終決戦行ってましたかね。

井口「……ダメじゃん!」

2021年
01月04日
02:42

結局、毎年やってる「今年の振り返り」を2020年はやんなかったし、何ならM-1もあと半分残ってるのに、ネタが3つくらい思いうかんじゃったうえに、いま頭の中が『ペルソナ5R』をやることしか頭にないのよね。

あ、明けましておめでとうございます。

振り返りと言いつつも、去年は一昨年の厄年を抜けた年ではあったな。だから世間的には大厄の1年ではあったけれど、自分としては精力的に活動して、メンタルが戻った1年ではあったかな。旅行とかは行けなかったけれど、毎年ちょっとマンネリっぽくなってはいたから、それはそれで良かったのかもしれない。
新しい趣味…深夜ラジオを聴くようになったこと? お笑い(漫才・コント・落語…etc.)に対しての造詣がより深まったこと? 別段、新しいことに手を出したつもりはほとんどないんだけど、でもだいぶクリエイティブに吸収した気がするな。ハライチと爆笑問題に感謝だなぁ。逆に戦国時代関連だと、ほとんど何も吸収しなかったっていうのはあるかも。『センゴク』を読み続けたくらいかな。でも捨てたワケじゃないし、いずれまたお笑いに飽きて、戦国に戻って来ることだってあるだろうし。そうやってグルグルするんだろう。

占いとかによると、「2020年のあなたは、仕事でやりたいことが定まる年ですよ」とは言われたが、まぁそんな気はする。オボロゲに。
もちろん現状維持で行くつもりは毛頭ない。とは言え、はっきり言って前進してるかと言うと怪しい。現実は甘くないし、自分の想定通りではない。あと金がない。でも、自分はちゃんと考える人ではあるはずだから、それをストップさせずに、上へ上へと考える、それこそまさに向上心を持てば、必ず進むことが出来るはず。
大事なのは向上心を持ち続けること。一時的ではなく。たき火は一気に燃やすのは簡単だけれど、大事なのは燃やし続けること。定期的に薪をくべ続けて、常に暖かくすること。これが難しいけれど、やり続けないといけない。(ただ、これって自分1人では難しいから、励ましてほしい時は励ましてほしい)
で、いまの自分は、上へ行くにはどうすればいいのかは見えてはいる。まだ大丈夫。時々見えなくなるんだけど、その時って、まさに明かりが消えている時だね。薪をくべる作業じゃなくて火を点ける作業だから全然別物。

…なら、やっぱり今年一番大事なのは"行動すること"だな。去年と同じな気もするけど。
でも去年は「お金ない」「コロナだから動けない」を言い訳にしてたから、それも払拭しなくちゃ。まずは一歩踏み出さないと。
…まずはお酒の量を減らしますか。冬の酒は美味ェのよ。日本酒はドン・キで買いましょう。
あと、さくらももこのエッセイ読んでみたいのに、図書館はどうして閉まっているのーー。買うしかない、お金を使うしかないんでしょうか…?

2020年
12月29日
01:13

そろそろ書こうかな、M-1グランプリ2020総評。
ノンスタ石田・笑い飯哲夫・銀シャリ橋本の裏解説で言っていたのが、「M-1第3期のスタートではないのか」という話に頷ける。
今年は、昨年ほど面白くはならないだろう、とまぁ誰もが心の中で思っていた。
ミルクボーイの優勝・かまいたちと和牛の敗退は、第2期の終わりを象徴しているのかもしれない。
けれど、こういう形になるとは誰も思わなかっただろう。

インディアンスは1組目としては完璧に近い形だった。
敗者復活について書くと、ナイツ塙によると、「昼の、極寒の、外でやる」という環境がかなり特殊だということ。
環境としては劣悪の極みと言っていい。どう考えても笑いにつながる状況ではない。
ナイツの漫才はそこで有利を絶対に取れない。浅草東洋館の建物内でやる前提のネタでは、声は騒音や風で掻き消されてしまう。(だから2015年の敗者復活では、北島三郎のネタをやる、という賭けに出たという)
その環境なら、声や元気、テンポの良さで勝負できる漫才が有利になりやすい。そこで有利を取れるのがインディアンス。もしくはコウテイか。
実際、この2組が台風の目だった。コウテイがやった前と後では会場の暖まり具合が違った。が、結果としてインディアンスだった。
(個人的には、決勝含めた全体を通しても、からし蓮根が見取り図に次いで面白かっただけに、決勝進出者にいなかったのが驚きだった。敗者復活でも面白かった)
そして1組目として披露した。ネタ自体に変わり栄えははっきり言って見えなかったが、前回よりも田渕のキャラが見えたし、会話の流れも自然だった。前回はちょっと無理のある設定だったのが気になったし。
ただ手の内が見えてしまった以上、これ以後の年で取るのは難しいか。
にしても相変わらずキムが下手なのが気になる。ずっとヘラヘラしてる感じが気になるんだよな。如何にアンタッチャブル柴田が凄いか、ってことか。

続いて東京ホテイソン。
酷評も多かったが、どうか現状維持で来年も挑んでほしい。
ネタが難しい、という評価を受けたが、そうとはとても思えない。かなり丁寧に話を進めていた。あれ以外のネタだったらもっと酷評されていたはず。
ネタの数は豊富なはずだから、翌年に戻って来てほしいが、手の内がバレている以上、今年がコレでは果たしてなぁ…
それから会場が笑っていたのに審査員が固めちゃうパターンだったのもなぁ。
これを崩せる、言わば2018年のトム・ブラウン、2019年のすゑひろがりずタイプなのは、ホテイソン・錦鯉・ウエストランドだと思っていたから、ホテイソンのネタでここまで固いと、ちょっとどうなるか、という気持ちにはなった。

ニューヨーク。
2017年にとろサーモンは3番手で優勝した。最終決戦は3位通過だった。
後でウエストランドが出て来るんだが、そろそろ観客が漫才を見慣れるタイミングで、中には「もう疲れた」って思ってる客もいただろう。だからこそ、この順番は「毒」が光る。料理で喩えるならば「スパイス」。
辛口が早く、そして大量に来れば不快感が高まってしまい、
逆に辛口が遅いと、飽きや疲れで逆に面白味を聞き逃す。
(そういった意味でも、インディアンスとホテイソンが1番手2番手で来たのは、傾向としてはとても良いし、2019年はミルクボーイが最強のメインディッシュで、ぺこぱが最強のデザートだったと言っていい)
そしてまたニューヨークのこのネタの完成度の高さたるや。
これは確実に3位圏内だと見た時に確信した。一昔前のM-1なら優勝していたに違いない。
ネタも風刺が利いている。利いているのに客を刺しに来ない。大衆がヘイトを抱いている対象を刺しているから、快感度が高いんだ。2本目も見たかったなぁ。

見取り図
2018年は和牛が10番目だったし、見取り図もそれくらいの出番だったらなぁ。4番目に見るネタではなかったなぁ。
2019年の時点でネタの完成度が高くて、これは優勝、と予想していたんだけれど、ナイツ塙の「無駄な動きをなくせ」っていうアドバイスから、一気に貫録がついて大物の漫才師の風格が身に着いている。数年前とは明らかに技術もネタの完成度も違う。
俺の中では圧勝で見取り図が優勝だった。1本目も2本目も爆裂に面白い。
とにかくボケのバリエーションが豊富。にもかかわらず丁寧に伏線を敷いて自然に回収できている。
2回戦は「おいおい大丈夫か」という雰囲気の、見取り図の中では普通くらいのネタだったから心配だったんだけれど、今まで見た見取り図のネタの中で一番面白かった。やっぱり隠し持っていたんだ。

おいでやすこが
個人的にはあまり面白いとは思わなかったなぁ。おいでやす小田は芸人間での評価が凄く高くて、誰もが「つっこまれたい」と思っているうえに、「いじりやすい」っていうキャラなんだってなぁ。ハライチ澤部みたいだ。
準決勝では一番ウケていた聞いたが、2回戦の動画を見た時、そうでもないなぁという気持ちだった。大きい声で騒いでいるだけにしか自分には聞こえなくて。会話として成り立っているのかなぁという気持ちもあった。
「誰の歌なん?」という小田の問いを2回ほど無視して「誰の歌か答えろや!」ってつっこむのも、回収できないからそれアリキのボケ、みたいに感じてしまった。「壁に向かってしゃべってんのか!」→壁に向かうこがけん→「行くなー!」も、「あー、笑わせに来てる」「漫才っぽくしようとしてる」って感じちゃって萎えてしまった。
ただ、テレビ・Youtubeで見るのと、劇場で生で聞くのとじゃ、あの小田の声の気持ち良さは違うんだろう。志らくが「やかましく感じない」と言っていたし。
個々の実力が高くて、相乗効果が高いのも伝わる。ただ上手じゃないんだろな。ネタの内容を抜いて、技術力で勝負するには、アレしかなかったんだろな、という感触はした。
小田の台詞は全て、中年サラリーマンの心の声を代弁している。その技術は素晴らしい。ただ、ちゃんとした相方を見つかっていたら、絶対にもっと弾けたのになぁ。「じゃあ誰がいいのよ」って言われても、パッと思いつかないんだけどさ。

これで半分。
残りは数日後に。

2020年
12月23日
01:36

M-1の話。

2020年のM-1は、かつてないほどドラマチックだった。
M-1打ち上げとか、ナイツ塙のラジオを聴いたりとかで思った。

ナイツ塙は、「認知度を上げてから挑んだ組がウケた」と言っていた。
認知度は重要で、有名・高名な人のボケと、そうじゃない人のボケでは笑いの量が違う。けれど、サンドウィッチマン・ミルクボーイの例もあるので、一概にそうとは思っていない。

今年のM-1は、どこかでつまづいて、決勝の舞台こそが巻き返しの場で、そこじゃなければ巻き返せないんだ、という気持ちを感じさせるコンビが、結果的に受けていた。
ただ板の上で笑いを取っているだけではなく、その後ろにあるドラマが追い風になっているように感じさせる。

昨年のM-1でネタチョイスをミスして松本人志に酷評されて「最悪」になりつつ、キングオブコントで準優勝して認知を上げたニューヨーク、
2017年のM-1で最下位且つ上沼恵美子に怒られたあと、R-1優勝して認知を上げたマヂカルラブリー、
今年で突如のR-1出場停止後、ワイドナショーで松本人志に散々にいじられて認知を上げたおいでやすこが、
結成と解散を繰り返してずっと陽の目を見なかったが、去年のM-1敗者復活から勢いを伸ばした錦鯉、

今まで「貧乏で売れていない」芸人がみんな勝負しに来てたが、ただそれだけじゃない脚光の浴び方になっている。
そういう意味でオズワルドは出場前から「今年はずっと優勝狙っている」と前のめりになっていて、そこに本気を感じたけれど、少し古いM-1の戦い方だったのかもしれない。

マヂカルラブリーは、決勝進出のコメントから2017年の意識したコメントを何度も繰り返していた。
当日のカメラワークも、上沼が笑っている瞬間をネタ中4分間で何度も映した。明らかにスタッフ側もドラマを煽っている。
逆に、そういうドラマを感じきれないコンビは、いまいち光らなかった。敗者復活を除いて、東京ホテイソン、見取り図、オズワルド、ウエストランド。
(それでも見取り図は、以前にナイツ塙に指摘された盛山の「余計な動き」が完全になくなり、フラットな立ち振る舞いで、尚且つネタの精度も2年前と比べものにならないくらいブラッシュアップさせていて驚いた。2回戦は「大丈夫か?」と思わせたものの、恐らく隠していたんだろう。凄い余裕と戦略と、だ。完全に優勝者の戦い方だった)

ニューヨークも、松本に「面白い」と言わせただけでもう大満足だろう。
ネタも面白かったし、何より技術を感じた。これはまた別の機会にまとめよう。

ともかく、本人たちが意図したものか、そうでないのかは分からないけれど、今年のM-1はとにかくドラマチックだった。ここに尽きる。

2020年
12月20日
23:12

M-1グランプリ2020。面白かった。いい大会だったー。

2017年まで、M-1はハライチ岩井をして「古典落語の大会」と評していて、その通りだった。正統派しゃべくり漫才だけが評価されて、それ以外は評価を落としていた。
(2016年・2017年のファイナリストと4位以下は特に顕著)
ところが2017年。ジャルジャルを松本人志が良い、と評価してからガラッと変わった。
審査員にも「面白ければそれでいい」という富澤たけしと、「イリュージョンの世界」を評価する立川志らくが入った。
過去、しゃべくり漫才・コント漫才(・そしてキャラ漫才もギリギリ)しか評価されなかったのが、変化球タイプの漫才が評価されるようになった。
2018年のトム・ブラウン、霜降り明星、ジャルジャル。
2019年のすゑひろがりず、ぺこぱ、ミルクボーイ。
特に霜降り明星は1年前だったら評価されていなかったかもしれない。そういう意味で、ジャルジャルの功績は大きい。
今年は特にその傾向が顕著だった。
準決勝進出者のコウテイ、ランジャタイ、日本の社長。
決勝進出者なら東京ホテイソン、錦鯉。そして優勝したマヂカルラブリー。
直球勝負の上方しゃべくり漫才はアキナのみで、そのアキナですらも決勝はコント漫才で勝負しに来た。(見取り図はコント漫才が多い)

その結実だろうな、とひしひし感じた。
「漫才は会話の延長線上にある」に則れば、おいでやすこがもマヂカルラブリーも会話になっていない。(インディアンスは「こういう話を聞かない人もいるよね」でギリギリ評価できる)
特にマヂカルラブリーのファイナルステージは2017年の決勝のネタと完全一緒。村上のツッコミを野田は一切聞いていない。(マヂカルラブリーに礼二が1票入れていたのは意外だった。ジャルジャルをほとんど評価しなかったあの礼二が)
見取り図はちゃんと会話・掛け合いをする。ネタのパターンも、リリー変人タイプと、相方同士で言葉ぶつけ合う喧嘩タイプと、2種類あって、それぞれ面白い。
俺は見取り図が圧勝で優勝。

もちろん他のコンビでも笑いまくったけれど。
今回は外したコンビがいなかったし、ニューヨークもマヂラブも雪辱を果たしたし、ホテイソンとアキナ以外はやりたいことをやれたんじゃないのかな。上沼枠もいなかったし。

2020年
12月16日
16:54

漫才というのは、会話の延長線上にあるもの。
つまり「人との会話を切り取って、他人に見せている」のが漫才。
「他人と他人が話しているのを、見ているだけで楽しい」という経験があると思う。漫才は、その延長線上。
だから、巧くギャラリーを会話に入れてあげられると、巧い漫才になる。
漫才の評価されるポイントの1つはそれ。

たとえコント漫才でも、ツカミの段階で入れてあげると、会話の中に入れる。

サンドウィッチマンの場合。
伊達「まぁ世の中、興奮すること色々あるけれども。一番興奮するのはハンバーガー屋に行った時だね」
この最初の台詞は誰に言っているのかというと、客に言っている。

霜降り明星の場合。
せいや「ぼく売れて人気になったらね、豪華客船で世界一周したい!」
粗品「いいですね」
せいや「ちょっとやってみていいですか?」
粗品「一人でやってみます? どうぞ」

せいやの台詞は粗品に言っているが、同時に客にも言っている。

しゃべくり漫才でも、必ず客を巻き込む。
ナイツでもオードリーでもそう。

塙「こないだインターネットのヤホーで調べて来たんですよ」
若林「ぼく家が古いんでね、そろそろ引っ越しとか考えてるんですけどもね」(春日のギャグも必ず客を巻き込む)

これが巧く巻き込めないと、面白くなくなる。
2017年のジャルジャル・マヂカルラブリー、2018年の見取り図・ゆにばーす・かまいたちあたりはこれに当てはまっている。その点、見事なのはトム・ブラウン。

みちお「(『サザエさん』の)中島君を、5人集めて、合体させて、最強の中島君。ナカジマックスを、創りたいんですよ~」
布川「ナカジマックス?」
みちお「ナカジマックスは簡単には創れない。でも俺は、ぜ~ったいに創るぞ」
布川「ちょっとなに言ってるんですかねェ~? まぁでも…ナカジマックス…何か見てみたいかも~!!」←この台詞

マヂカルラブリーはこの台詞がなかったがために、野田の一人芝居になったけれど、布川はここで客を強引に会話に参加させたから、漫才として成立した。


爆笑問題は露骨に巻き込む。
田中「コンビニ行ったらみんなお会計、スマホでしょ?」←客を見ている
太田「キャッシュレスだよね。いまみんなアプリで会計しちゃってますからね」←客を見ている

「あー、確かにそうだね!」って言いたくなる。


コントは違う。コントはあくまで演劇の通過点上にあるもの。
「演劇」という「リアル」ではない「リアリズム」の世界を切り取ったワンシーンを見ているもの。だから、客を巻き込む必要は一切ない、むしろ邪魔。テレビドラマを見ていて視聴者に「どうですか?」って巻き込んで来るシーンはない(たまにあるけど。いらないけども)。
で、シーンの「オチ」に向かって演者が一緒にゴールへ向かう連携プレー。これがコント。だから明確にボケとツッコミはない。
個性が強すぎるタイプがコントにいると、「リアリズム」が断ち切られて、気になる。個性が強すぎるやつは、この世には少ないから。この点、見事なのはアンジャッシュ・東京03・ジャルジャル。究極はラーメンズか。
個性の強さはドリフくらいで丁度いい。あれ以上に突飛すぎると、リアリズムから欠ける。高木ブーみたいな人って実際にいるしね。そのバランスが適度に保たれているのは、バナナマン、バイきんぐ、ロッチかな。

漫才はむしろ個性が強い方が有利になりやすい。そのぶん、「会話してるだけで面白い」から、「基本ができてなくても成立してしまう」ので、客は誤魔化せても、プロからは評価され辛い。客の飽きも速い。
髭男爵やザ・パンチは基本ができてなかったが、オードリーは出来ていたから今でも面白い。

一人芸は客を巻き込むのが難しいけれども、この前、初めてR-1に出場した千鳥大悟を見たけれども、多少強引ながらも巻き込んで笑いを取っていて面白かった。
よく考えるとバカリズムのフリップ芸も、客を生徒という設定にして、自分が講師という設定のコントになっていたな。


まぁ何が言いたいかというと、これ実は発表でも応用できる。
自分の発表・授業は、ギャラリーを巻き込む。一人で一方的にベラベラしゃべってる奴の発表は100%面白くない。逆を言えば、面白くない発表は、よく見るとギャラリーを巻き込めていない。
だからと言って、ギャラリーにクイズを出すのではない。
分かりやすい具体例や、「こういう経験ありませんか?」って投げかけることで、ギャラリーに「あるある」「うんうん」って言わせる。これさえしちゃえば面白くなる。
最近、爆笑問題の漫才をしっかり見るようになって、「あー、これか!」ってなった。

2020年
12月09日
15:21

時間の流れというのは、人間が勝手に「太陽が昇る・沈むをしたら1日で、それを24分割して、1日は24時間で、1/24は1時間。これを更に60に分割して1つは1分だ~」なんてのは、人間が勝手に定めたもの。

亀の寿命は大変に長いが、足は遅い。けれど亀の目には、人間やそれ以外の動物は「寿命が短い」と感じ、他の動物は「足が速い」と感じるらしい。
逆に寿命の短い動物は、「他の動物の寿命は長い」と感じるらしい。決して「自分の人生は短い」とは感じない。たった1年ほどの寿命しかない昆虫でも、大往生したかのようにピタリと死ぬ。(代わりに、寿命の短い動物は繁殖力が高い。少子高齢化ってのは、この法則に当てはまるワケか)

つまり、時間の感覚は「自分」で測ることしか出来ない。

子供の頃。1日が長かった。
大人になると、1日が短く感じるようになる。
けれど、一生は長く感じる。子供は「早く大人になりたい」と言い、大人は「早く死にたい」と言い出す。
そして老いると「人生はあっという間だ」とか言い出す。

あまり「子供って幸せだ」と言い出す子供はいないし、「今が一番幸せだ」と思ってる大人もいない。言ってるとすれば建前か、「前よりも」って前置詞がつくはずだ。


子供の頃の方が、よく本を読めた。ズラリと並んだ『坂の上の雲』8巻。『ドラえもん』45巻。『ONE PIECE』90巻。気にも留めずに読んだ。
ところが大人になって『鬼滅の刃』23巻。小説もまして1冊読むのに「ひぃひぃ」言ってしまう。
速読に力を入れると感動しなくなる。かと言ってじっくり読むかというと、展開が遅くて「はよ進め」と思って読む気が起きなくなる。

あきづきは今でもアニメや小説やらで「続きが気になる」と思うらしいんだが、俺はどうもその気があまり起きない。恋愛物とかにものめり込めなくなった。いっそ性愛がある方が良い。肉体関係から起きるコジレの方が好きだ。人間賛歌とか「生きてるって素晴らしい!」とかも何かダメになってしまった。
推理物は昔からダメなんだよな。あまり他人が死んだ・殺された。犯人は? というのがくだらないように感じてしまうんだよな。犯人の「あの人の○○が許せなくて…!」っていうのに、あまり共感できなくなってしまって。

逆にアクション映画や特撮物の方が、のめり込めるようになってしまった。ストーリーが陳腐でも、「この先、どう判断するのか?」を考えると、面白くなった。感動というより、快感に近いのかもしれない。悪を倒したり翻弄したりすることへの。

まぁ話は戻すんだが。
そうなってくると、長いストーリーよりも短いものを好んでしまうので、詩や短歌を読むことの方が増えた。あと物語じゃなくてエッセイとかの方が、人が考えてることをダイレクトに読み取れて、情報が頭に入りやすくて楽で。面白い(funnyというニュアンスでの)エッセイも多いし。
小説だと「○○が××と□□をして、△△になりました」が、遅い。展開が遅い。それが気に掛かってしまう。

これは恐らく、「知識を得たあまり、感動しなくなった、心を失った、哀れな人」ということではなく、時期的な物なのかな、とも考えている。
つまり、もうちょっとオキナサびれば、また小説を好きになる自分が戻って来ると思うし。今はそういうことなんだと。
あ。じゃあ逆に今の内にエッセイとか短歌とかたくさん読んでおこう。もしかしたら時期が来たら急に冷めてつまらなくなるかもしれない。ちょっと、さくらももこのエッセイ気になってるんだよね。

2020年
11月19日
14:13

個人的なM-1グランプリ2020決勝出場者予想。

見取り図
からし蓮根
滝音
ゆにばーす
東京ホテイソン
コウテイ
オズワルド
マヂカルラブリー
ニューヨーク

かな。敗者復活で ぺこぱかインディアンスってところか。

個人的にはキョウが印象に残ってるから決勝行ってほしいなぁ。
あんまりオズワルドとかも面白いって感じなかったけど、去年より上手になってるしワードのチョイスも面白くなってる。小ボケ + 喩えツッコミ みたいな構成か。
にしても、ぺこぱが残ってることが意外。2回戦見た感じ、ネタはあんまり代わり映えしてなかったから、今年はどうだろなって思ってた。
ゆにばーすは前のM-1で全然面白くなかったんだけど、今年のネタは腹抱えて笑った。何より上手になってる。
錦鯉も去年より面白くなってた。決勝行ってもおかしくないくらい面白かった。
ウエストランドも面白かったから決勝行ってほしい。太田光が喜んでるところが見たい。でも2回戦見たら超早口で噛みそうになってたから心配。

個人的に進出者の中で一番笑ったのは、からし蓮根。
でも優勝は見取り図かなぁ。去年の時点でバリバリ面白かった。今年のネタも面白かった。男ウケするネタだけど、とろサーモンくらい男臭くない。

2020年
11月19日
02:23

『蒼天航路』について一考。

『蒼天航路』は主人公が曹操だと思ってしまうが、実はそうではないと考える。曹操は主人公では全くない。あくまで曹操目線で物語が進んでいるだけ。
曹操が主人公であれば、曹操が成長したり失敗したり、悩み苦しんだりするんだが、曹操がそういった様子を見せることはない。

曹操は超時代的な神であり、この物語は神との対話の物語なんだ。
この物語は常に英雄と神との対話で成り立っている。

董卓と曹操であったり、孫堅と曹操であったり、劉備と曹操であったり。
この対話こそが物語の根幹を担う。
これは敵に限らない。郭嘉と曹操。荀彧と曹操など。味方にも当てはまる。

と言うものの具体的に「対話」を定義づけることは出来ないが。
この物語は、何かの極致の人物と、神が対話をする。それを通して乱世とはどういう時代なのかを描いている。ただし、これは最初から構想された物語ではない。紆余曲折を経てこういう形に落ち着いた。
物語の序盤、曹操は「天意」に導かれる人物だった。ところが、曹嵩の死んだあたり(これも具体的ではない)から、曹操が勝利することや、曹操が天下を治めることが、さも当たり前のことのようになる。挙句、天子を迎えても、達成感や成長、喜びを感じないどころか、天子を手懐ける形で君臨してしまう。
作品上でも荀彧が、「そういえば殿は昔よく"天意"と言っていたが、最近は言わなくなった」とメタ的な台詞すら顕れている。(この台詞も正確ではない)

まず、曹操が明確に対話をするのは董卓。
董卓は悪の極致であり、事実として力を手に入れた。作品上、董卓ほど悪に染まった人物はいない。この悪の化身に、曹操は「天子になればいい」「天子ならば家臣となる」と唆す。歴史に名を遺す大犯罪をすればいいと投げかけるが、董卓は話を逸らす。悪の極致だったが、悪に染まりはしなかった。結果的に董卓は王允と呂布に殺される。
王允は特に、漢王朝だから存在し得たのであり、董卓が天子であり、家臣が職を並べれば排斥されていた人物のはず。

そして、呂布は決して悪の象徴ではない。戦の象徴であり、曹操からも「純粋戦士」と評される。戦いになれば必ず勝つ。そういう極致だった。悪は戦によって滅ぼされた(李傕・郭汜が描かれないのも、そこに端を発する)。陳宮が曹操を裏切ったのは、徐州虐殺という悪事を働いたからこそ。呂布は善ではないものの、悪は一切ない。
この呂布も、曹操によって滅ぼされる。しかし、その最期は民のために戦を使い、陳宮が捕まれば嘆く。戦を二の次としてしまった瞬間だった。

その次は、戦でもない。正しさの象徴。袁紹。
袁紹は明らかに途中で路線変更されたキャラクター。話の流れとしてこうなっていったのだろう。それに伴って肥満体になるんだが。
袁紹と袁紹軍に対しての曹操のコメントは、「お前たちには心の闇がない」。
この台詞のあとも袁紹軍は、正しさの極致を見せ続ける。武将を排し、全ての将兵を自分の顔・自分の思想・自分の考えに染め上げて、奇策を用いず正攻法と大軍だけで攻めかかる。これはある意味で合っている。「たとえ曹操軍が我らを逆賊だと言おうとも(これは奇策と言っていい)誰が、我らを見て逆賊だと言うだろうか」と答える。
これに対して曹操軍は、まず兵器で対抗する。同時に、正しさに依ることで、旧態依然としたシステム(袁紹に妄信的に従う家臣たち。袁紹は結局のところ求めるものは天子の位であり、それは同時に旧態のシステムに天子を漢王朝から袁紹に挿げ替えたに過ぎない。ここに妄信する家臣)を打破する。

こうして、極致の人物たちを次々に打破してしまう。
果てには、郭嘉、荀彧といった到達者すらも。自分と同一の王。つまりコピーにまで至った夏侯淵すらも、(史実の流れでありつつも、)死なせてしまう。

曹操と対話をして生きながらえたのは、劉備と何晏くらいのものだろう。

関羽はその座を脱して、曹操とは別の神の域に達する。徐晃や孫皎とも対話をする。

ここまで考え付いた。まだまだ書けるし、まだまだ論理的じゃない。まだ書ける。

2020年
11月12日
02:20

自分は落語についての造詣は深くない。浅い、浅い。
全然知識が足りていないし、一通りの解説が出来ない。
能や歌舞伎は、どこを見るのか話すことが出来る。野球にせよ、剣道にせよ、漫画にせよ、映画にせよ、特撮にせよ、一通りの解説が出来る。
ところが、落語の解説をしろと言われても出来ない。

談志は落語を「イリュージョン」と表現していた。
何でそんなアバウトな表現をするのか、全く分からんと思っていた。
「人間の精神と肉体の狭間に、イリュージョンってのがあるんですよ。まぁ分からなきゃそれでいい」なんて言っていた。分かるかそんな言葉で。

ところがこの前、『太田上田』で。
ゲストで伊集院光が来ていて、伊集院が師匠・円楽に唆されて落語をやるという話の流れで、太田と伊集院が落語の解説をしている。

まず『あたま山』。トンチンカンな話。
そしてまた伊集院の落語のあらすじが絶妙な尺と分かりやすさ。
「ケチ男がさくらんぼを種ごと食べていたら、頭から桜が生えて来て、花見客が来るようになる。ケチ男は花見客がうるさくて眠れなくなり、頭がおかしくなりそうだから桜を引き抜く。すると頭に大穴ができて、雨で水が溜まって、魚が泳ぐようになり、そこで釣り人が釣りをするようになる。また人が集まるようになってどうにかなりそうだから、頭の池に身を投げて死ぬ」
…という話。
一度だけ聴いたことがあったが、誰が話していたんだか思い出せない。いずれにしても、俺がよく使う「よく考えたら」なんて使うまでもなく。「よく考えなくても」頭のおかしな話なんだよ。理解不能。

「世界中に(探しても)そんな話ないよ」と言う太田。全くその通りだ。
そしてこれは、絵や映像では表現できない。話芸でなければ成り立たないし、尚且つ芸がなければ、ただの謎の話になる。噺家の芸がちゃんとしていなければ、「面白い話」として成立しない。これは「イリュージョン」に通じるものがある。

そこに伊集院が、「このケチ男は、寂しさのせいで最初から頭がおかしかった。という風に解釈をすれば、ちゃんと話として成立する」と言っていて、おぉぉ、と。決して古典を冒涜してひっくり返して再表現するワケではない。あくまで物語そのものに手は加えず削らず(いやまぁ実際には加えるのだが)。まさに「話し方」「演じ方」を変えることで、別のテイストを孕ませる。これが面白さかと。

太田と伊集院の解説を聞いて、初めて「分かった」という感覚があった。

もう1つ『粗忽長屋』を解説する。これも聞いて全く話の内容含めて面白さが理解できなかった。聞いたのは林家たい平だったかな。「滑稽」という言葉がよく似合う噺。ただ登場人物がみんなおバカさんだった、という話に過ぎない。
これを談志が演じると、哲学的なテイストを交えて、全く異なる『粗忽長屋』に変えてしまう。談志はこの噺でまさに天下を獲った。
「聞きたいな…」と思った。久々に食指の伸びる面白さがあった。

談志の話は何を何度聞いても分からない。
落語の知識がないからだと思っていた。それはあるだろう、恐らく。「元々知ってる話」に談志の味が加わるから、深みを帯びる。
ただただ巧いな、巧いな、としか思わなかった。分からなかった。

ところが、太田と伊集院の話を聞いて、「分かる」がぐっと近付いた。
そして太田は立川談志の事実上の弟子。
伊集院は5代目三遊亭圓楽の孫弟子。
談志と5代圓楽は互いに好敵手で競い合う仲だった。何という因果だろうと思う。


まぁちゃんと落語を勉強しなかったから「分からない」だったんだけれども。
ただ、能は2度3度ほど見て「分かった」んだが、落語は面白くない話ほど何度聞いても「これがどうして“古典”となっているのか?」と分からない。
それが偉大な話術の名人たちのおかげで、少し分かった。そしてもっと分かりたいと思っている自分がいる。それって捨てたもんじゃない。

2020年
11月10日
20:49

大きいボケには大きなツッコミ。小さなボケには小さなツッコミ。

大事なのは、ボケとツッコミのテンションをピタリと合わせること。
サンドウィッチマンは、大きなツッコミに見えて、テンションはそんなに高くないんだ。

2020年
11月08日
12:49

俺が薦めるものは面白い。100%面白い。

2020年
11月07日
04:35

4年前。
トランプを悪人と批判したけれど、とんでもない。4年でどれだけ成果を生み出して来たか。政治家としての実績を認めざるを得ない。ドナルド・トランプは凄い。優れた大統領だった。4年前の迂闊で無知な発言を心から謝りたいし、訂正したい。
だからこそ。今年の大統領選挙は何としてもトランプに。

いやまぁ最終的には勝つと信じているけれども、これだけ不安定な情勢だとね。

2020年
11月04日
17:14

藝能というのは、実際に上手い人が評価されるのではなく、如何に聴衆を騙せるか。これが肝心で、名のある藝能人で、本当に巧い人は当然多いのだが、大多数は、ちょっと上手い程度のもので、普通の人と大差はない。ただ、彼らが普通の人と圧倒的に違うのは、騙しが上手だということだ。
何でもそう。絵画・漫画でもそう。話芸でもそう。何なら営業マンとかもそうだろう。その騙しを円滑にさせるのが、コミュニケーション能力なんだろう。

2020年
11月02日
00:33

何も動画とかを見ずに、IKEAのイスを破壊する。

若林「こちらがですね…」
春日「どちらだよ」
若林「こちらだよ、いま言ってんだろ、俺が。ポエングアームチェアをですね…」
春日「ポエング・ア~~ム・チェア~」
若林「俺がしゃべってんだよ」
春日「フーッ」
若林「売上3兆円を誇るIKEAさんから視聴者の方にプレゼントして頂きます」
春日「あなたです!」
若林「ちょっとうるさいですけどもね。こちらは日本人の方に」
春日「どちらだよ」
若林「こちらだっつってんだろ。日本人のデザイナーさんからですね」
春日「春日ではありません」
若林「あ、違いますよ。30年以上に亘って愛されているロングセラー商品で」
春日「37歳。ロングセルァ~。フーッ」
若林「デザインだけでなく、耐久性にも優れていて。お店で行われている630万回のテストにも耐えたという」
春日「ハッハッハッハ!! 630万回だって!! ハッハ!!」
若林「いま言ったんですけどね、私が。壊れないということで、春日さん試してみてください」
春日「もう全然。ほら」
ガクン、ガクン
春日「フーーッ! フーーッ!」
若林も押す
春日「フーーッ!! フーーッ!! フーーッ!!」
バキイッ
2人とも倒れる。
唖然とする南原
水卜「大変申し訳ありませんでした。使い方は正しく守ってください」
若林「壊れましたーーッ!!」

書けた。あとでチェックしよ。

2020年
10月28日
00:11

いま話題の、「30代独身の僕らに欠けているもの」を読んだ。未来の自分の姿のようにも思われて、ちょっと怖かった。
曰く、30代独身で、仕事にも趣味にも没頭しているのに、何かが欠けている。それは、出会いの場と、恋愛だ、ということ。

Twitterの反応を見ると、あまり共感できないユーザーの方が多かった。
孤独で生きていく方が楽しい、という声の方がよく見られた。まぁわざわざ発信源のツイートにリプライするような人達なんだから、そういう性格の方が多くて。
最初から充実している人はリプライもしなければ読みもしないのだから、こういう反応になってしまうんだろう。
実際問題、心の奥底で孤独を抱えていて、楽しく毎日が過ごせているワケはないと思うし、周りが「孤独卒業」し始めちゃう(…つまり結婚なり育児なりで友人付き合いが減ってしまう)と、初めてその抱えていた爆弾が爆発するだろう。要は、まだ知らないだけだ。

出会いの場がない、というのは確かに1つあるんだけれど、もう1個あると思ってて。それは、「人に尽くすことの喜び」、言い換えれば「ホスピタリティ」が分からないということ。
イチローも似たようなことを言っていて、「若いうちは、“(ご飯を)おごってもらえること”を嬉しく感じる。けれど大人になると、“おごること”を嬉しく感じるようになる」と。
金銭的な余裕から生まれる、自分のステータスに酔っている、というのもあるが。
何よりも、自分にとって親しい人が喜んでくれる、ということに喜びを感じるのではないだろうか。そこに価値を見出せていないオッサンはやたら多い気がする。

「そんなことに喜べるのか?」と思う人も多いが、いやいや分かっていない。
自分の恋人が喜んでいる。何なら自分と一緒に喜ぶ。これほど嬉しいことは他にない。自分だけが喜んでいるという状況、果たしてそれはどのくらい嬉しいのか?

2020年
10月25日
10:28

もし新しい『戦国大戦』が始まったら、コミニーみたいな。今でいう桃園みたいな。あぁいうSNSに毎日ブログを投稿し続けたい。小さいのでいいから。毎日をクリエイティブに過ごしたい。

毎回テーマを作って書き続ける。3分くらいで読めちゃうような。
「太田上田」を1人で、文字でやる、みたいなの。
で、週に1回雑談配信を続けつつ、1回は清良ブログ的な、大きめのやつを書き続ける。
あと大喜利コーナーとか作って、大戦大喜利をやる。

クリエイティブな活動が続いていれば、それでいい気がするんだよな。
1年前、仕事してる時はそれが出来なかったし、その発散のための時間も少なかった。

2020年
10月22日
01:54

『鬼滅』は確実に実写化される。コケはしないと思っている。それはさておき。

太田光が言っていたんだが。(マイブーム・太田光)
昔は、漫画やアニメの実写化が少なかった。『ドカベン』が実写化された時(Wikipediaによると1977年らしい)、嬉しくてたまらなかった(太田は大の『ドカベン』ファン)。
当時、話題にも上がらなかったらしいが、見に行ったという。

まー、酷い作品だったらしい。
それでもファンは大喜びだった。「漫画・アニメが映画になる!」というだけで、それはそれは画期的なことだった。
今は時代が違うので、どうしようもないのだが。

かといって、原作を忠実に実写に起こす、ってそれは絶対に意味がないし。かといってオリジナリティの織り交ざった作品を創り上げてもそれはそれで叩かれているワケだし。
監督にせよ役者にせよ、自らやりたいとはなかなか言い出しづらいだろうな。


あともう1つ。いつぞやの『アニソン総選挙』に出ていた太田光の態度が酷いという話だったが。太田光は作品を鑑賞する時、あの表情によくなる。あれはテキトーに見ている表情ではないと俺は思っている。
うわ、何かコジらせたファンみたいな言い分。まぁでも太田光ってそういうの気にするタイプだからなぁ。
ただし『まどマギ』の名前を言い間違えてたのは、ちょっと擁護できない…笑
『太田上田』ではちゃんと言えてたんだけどなー。

2020年
10月20日
20:01

『鬼滅の刃』、コロナ禍の中、恐ろしいほどの社会現象。

が。一方で。
30代以下からの恐ろしいほどの認知度。
なーにが多様化社会だよ、と思わせるほどの人気の一極集中っぷり。
小学生もみんな『鬼滅』って言ってる。『ONE PIECE』という言葉を発する人は20代後半から上にしかいない。これは恐い。
いずれ自分が上司になって、下の世代の人たちと漫画の話をしても『鬼滅』を知らなければ誰にも通じなくなってしまう。
ちょっと上の世代には『スラダン』を知らないと会話にならないのと似ている。『鬼滅』は知っておかないといけないコンテンツと化している。

2020年
10月17日
01:35

オールナイトニッポンのパーソナリティにしたい人BEST3

第3位 板東英二
ゆでたまごの話しかしない。けれど、ゆでたまごが嫌いな人はいないので、一定の聴取率をキープ。オールナイトニッポンからは降板するも、「ゆでたまご出荷数全国1位」の県と「おでんの屋台の数全国1位」の県でのFM放送が決定。どこの県だよ、教えろ。

第2位 坂上忍
なお、クレームの多さと聴取率の低下に伴い、3ヶ月で降板。
ただし、Yootubeの再生回数と低評価の数でギネス記録に認定される。

第1位 安倍晋三
言うことなし。
「安倍べ晋三の、オールナイトニッポン」は、生涯で1度は聴きたい。それだけ聴いて消すリスナーが多く、聴取率が首相の時の平均支持率の-10%を常にキープ。

2020年
10月15日
15:40

純粋に疑問なんだけど、女って何歳までセックスを求めるんだろうか。

2020年
10月04日
23:28

初代『ウルトラマン』の出演者の座談会を見た。
「明らかに子供向けに創られていない」。それでいいのよ。

子供は媚びられてるの察しちゃうからね。
そして大人の社会に憧れているから。

「大人ならこうするな」をキレイに具現化したのが『ウルトラマン』だった。
きっと当時の子供たちは、ウルトラマンと怪獣が戦うまでの、前の科特隊の"抗い"を、目を輝かせて見ていたはず。それを、「ウルトラマンがさっさと変身すれば解決する」なんて言ってしまうのは野暮の極み。大人の目線。言う側も言われた側も面白いとも正論とも思わない。
自分だったら、「ウルトラマンが変身するなんてのは、当事者(ハヤタ)しか知らないんだ。もしウルトラマンが来なかったらどうするんだ? その場にいて、命が失われるかもしれないという恐怖感と、もし自分がウルトラマンだとバレれば、二度と地球を助けることが出来ないという事情が分からないから、そんな呑気なことが言えるんだ」と言ってやるけどね。

あの科特隊の服のデザインも、大人からすると何ともダサい。着ているキャストメンバーも嫌で嫌で仕方なかったらしい。けれど子供からするとカッコ良くてたまらないのだ。
"大人目線"で分析をすれば、橙色というのが珍しいけれど、不潔感はないし、正義のカラーリング。それでいてウルトラマンと一緒にいてもカラーが邪魔をしない。(逆に飛行機は銀と赤で、ウルトラマンと同一なのがまた良い)
しかも緑や黒が排他されているから、軍隊っぽさが薄い。戦時中の暗く、勝ち目のない戦いみたいなのを想起させない。
あと白いシャツとネクタイは、当時の父親の仕事の象徴。サラリーマンのカラー。子供向けと言いつつ、媚びるのではなく極めて合理的だ。
更に。この上にヘルメットをかぶっても違和感がない。見事なデザインだ。

デザイン学は修めていないから、感覚で論じてしまって申し訳ないが、ぜひデザイナーにきちんと論じてもらいたいもの。

そう、子供向けだから、子供に媚びる、は確実に失敗する。
これはありとあらゆる方面に言える。媚びなくていい。リアリティを大事にする。これなんだ。

2020年
10月03日
23:02

バラバラになった民族を、1つに統一するために戦い、大きな国を創り上げる…
聞こえはいいが、それをやっているのが中国なんだな。

2020年
09月30日
02:35

そういえば藤壺は、梅酒を好んでいた。ふと思い出した。

2020年
09月17日
11:35

歴史を見ると、桓武天皇然り、後白河法皇然り、後鳥羽上皇然り。
「正当後継者」ではない、「中継ぎの後継者」、「突然の後継者」は、「何かをしなければ」という意識が強くなって、改革を打ち出そうとする。
成功するか、失敗するかは置いておいて、行動力が高い。

菅も出馬するなり、改革を強調。安定路線は行かず、強気な路線を進むんだろう。
まぁ似た立場の福田康夫は短命に終わったワケだけれども。とは言え福田は、ねじれが一番の問題だったから、同じくして見るのは違うだろう。

2020年
09月06日
01:45

恐ろしいことに。

今の日本では有り得ないことだが、50年後の創作物なら、左翼が主人公となる政治劇が現れる可能性はある。

憲政史上最も長期の政権となった安倍政権に、果敢に戦いを挑んだ対抗勢力として、枝野や蓮舫がドラマの主人公として描かれるドラマは出現するだろう。
で、彼らが起こしたスキャンダル(蓮舫の二重国籍や国会での写真撮影・宇都宮推し・仙谷の不慮の死など)は、実はどれもこれも安倍や麻生が企んだ謀略によって起こったもので、実は正々堂々と戦いを挑んだのは、弱者であった左翼方だった、というドラマ。
左翼の権勢が収まったら起こるだろう。

創作物は弱者の味方であり、強者の権力を脅かすものとなる。
それに。情報化社会の現代の、メディアの偏向報道を実際に流用して、「本当に左翼が勝つ時があるかも…!?」と思わせられれば完璧だ。映像作品として成立する。
けれど、左翼は全ての戦いで敗北してしまうのだ。

けれどけれど、後世から見れば、絶対に勝てない安倍晋三に戦いを挑んだ、というのは、英雄と思われる可能性もあるだろう。
特に山本太郎は、あるいはジャンヌ・ダルク的な持ち上げられ方をされても違和感がない。
「現代では一切合切評価されないが、死んでから100年経って、誰もが、その存在を忘れ、犯して来た罪が忘れ、そのあかつきに創作物の英雄となる可能性がある」と言うところだろう。

まぁあるいは。
「左翼の侵略方法」が明るみとなり。
スイスの例の著書が世界的名著となり。
左翼が如何に悪かというのが分かれば、この英雄の可能性も、全て否定されてしまうだろう。

2020年
09月04日
02:33

そうだ。書かなければ。『ゴーストオブツシマ』、攻略しましたー。面白かったー。
トロコンするくらいまでやり込んだ! 次は難易度上げてやってみるかな。けど、当分いいかな笑
オープンワールドゲームだけれど、隅々までマップを埋めたからもう満足。

すっごく面白かった!!
ストーリーがマジで時代劇!!

本筋のストーリーはマジで4時間の前後編映画みたい。エンディングもかなり泣ける。悔しい展開。ただモンゴル軍を追っ払うだけの勧善懲悪じゃなくて、人間の業に伴う矛盾や、そこから生じる葛藤が深い。普通に感動する。エンドも2つに分かれるし。

サブストーリーも優秀。
サブストーリーは、マジで30分の時代劇を見ている感覚。
助けてくれって言っている百姓のところに行って、話を聞く。どうやら弟がモンゴル軍に捕らわれている→モンゴル軍を滅多切り。弟を救出→実は本当の悪人は兄貴。兄貴が弟を売った。→戻ったら兄貴が自殺していた。

こんな感じの。
本当に昔の30分の『座頭市』を見ている感じ。救えなかった命も多いし、そのツッコミどころを補完するストーリーが「文と書状」になっていたりとか。
繋ぎ合わせれば、昔の映画の併映ものの半分を撮れちゃうぞってくらい面白いし、流し見で見られちゃうような。短く太いストーリー。いい。

ただ、自分が一番楽しんだのはサイコパスな遊び方だった。これはいま酔ってるから今度話す。
いずれにしても面白かったー。
7月末に買ったから1ヶ月ほど。楽しませてもらいました。これから先、こんなに時代劇ゲームから媚を売られることないだろうから、やり込んじゃいました。多少、作業ゲー要素もあったけど満足でした!

2020年
09月04日
01:59

いつか『坂の上の雲』のような作品を書きたい。
史学と、文学と、軍楽とが、一同に交じり合う。あのストーリーを書きたい。

新撰組は、それが出来る気がする。
けれど、完成形には、まだ遠い。

戦国時代にやるのは、かなり難しいと思っている。

『平清盛』と『いだてん』は、その境地に限りなく近づいていた。
その境地に、この一生で、一度でいいから辿り着きたい。

2020年
08月31日
23:19

唐突だが。

司馬を知りたい。

司馬が見たもの、地を見て学んだことを知りたい。
そこに、今を生きるヒントがあるはずだ。

司馬を知る最短ルートを知りたい。
とすれば、あの方しかいないのだが、あの方は、いま何をしておいでなのかすら分からない。
あの方というのは、司馬にお詳しく、なおかつ文学研究も心得ている、助川幸逸郎先生なのだが、連絡先も何も分からないという状態だ。

2020年
08月30日
01:02

何で『FFⅩ』で感動しなかったのか、自分でも分からない。

強いて言うなら。
伏線に慣れてしまったからだろうか。

見たことのないゲームや映画をニコニコ動画で見ていると、コメントで「これ伏線」って流れて来てしまう。
そういう台詞に敏感になるから、曖昧な態度や、意味あり気な台詞を見てしまうと、「これ伏線だな」って、製作側の意図が見えて、いざ回収する時に、「あ、やっぱね」と伝わってしまう。
台詞は露骨。
『ペルソナ5』の明智の「パンケーキ」でも似た感覚だった。

『FFⅩ』はその要素が強い。ユウナが露骨に態度がそっけなくなる。
コイツ、何か隠してるな、っていうのを察してしまった。
でもそれは、自分が聡いからではなく、散々この手の伏線回収劇を何度も見させられたからだろう。特に『まどマギ』は伏線回収の鬼だ。台詞から背景から行動から。ありとあらゆるが伏線だ。そしてそれを味わった以上、ただ伏線を回収するだけのドラマに全然感動できなくなってしまった。
それに、自分が似たようなのを作ったら、面白がられるようになってしまった。(『L&G』の、京極マリア関連あたりがそうだろうか。けれど、大半の伏線は見逃されてしまったものが多い)

元彼女と。
『ポケスペ』の話をしていて、イエローが女の子で、実は過去にレッドが助けた少女だとは気付かなかった、ということを彼女に滔々と力説されたが、自分は全くそう思わず、「あ、これ、伏線だな」って早々に気付いてしまった。という話をしてドン引きされたことがある。

まぁそういう感じで。文学や演劇で散々伏線とその回収を見させられてしまったおかげで、単なる演出、それもあたかも何の意味もない、別になくても意味あるっしょ、というようなシーンを見ると、「伏線かな」と考えてしまう癖が、自ずと出来上がってしまった。
これって同時に便利で。
「伏線だろ」って思った“無意味なシーン”は、回収されれば「やっぱ伏線じゃん」で済んで、
回収されなかったら「あのシーン何なの?」で批判できる、という、製作者側が圧倒的に不利なシーンとなる。
我ながら酷い姿勢だ。

これを驚かせるには、「舞台美術」「背景」「使っている小道具」「台詞・決め台詞・口癖(シーンではなく)」「性格」の方が、伏線として機能するんだろう。「シーン」や「意味あり気な仕草」は、却って警戒心を招いてしまうのだ。

…何て難しい時代なのだろう!!?
『平家物語』もビックリだ。

2020年
08月28日
19:39

日本憲政史に残る名君・安倍総理。本当にお疲れ様でした。
どうかご自愛なさってください。

と同時に。政界引退ではないので、これからも大臣としてご活躍されてほしいところ。
外務大臣や文部科学大臣に据えるというのもありでは。

2020年
08月28日
12:02

柳田国男。
『遠野物語』も面白いが、『山の人生』も大変興味深い。
もしや、自分の知っている日本史は違うんじゃないか、と思わせる文章が何度も出て来る。これをいま同じ文章を書こうとしても無理だ。
突然、山の奥から裸の人間が飛び出して来る、なんてのは、今の文明を知っていると事実とは考えられない。

2020年
08月25日
20:41

>>332

ムカついたから、弟の用意されていた飯を間違えて全部食べちゃった笑

いやー、間違えて! 間違えてだからさ!

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