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[隠れ家・天正院] トピック

2017年10月12日
18:52

仙樹の呟き4

仙樹の呟き、4つ目。

いたづらに 生き抜く勿れ ほととぎす

書き込み

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174番~155番を表示

2018年
08月18日
14:46

警備員のバイトをしていて気づいたことがある。

この業界というのは、かなり特殊。
まず当然のことながら、仕事が全員同じ。立ってるだけ。
だから年功序列がほぼない。20代と50代、とかでは当然、差が出るけれども、1歳2歳。それどころか5歳ほど年齢差があっても、ほとんど関係ない。
たくさん出勤しているから偉いとか、そういうのもない。なので業界の中でのキャリアが積み上がっていかない。だから出世もほぼない。勤続年数くらいのものだが、そういう人が部長クラスになるのは、普通なら何十年もかかるだろう。
ともかく、人はほぼ使い捨てに近い状態。誰でも出来る仕事だから。(かといって労働環境が悪いワケではない。内勤社員は別だけれど、アルバイトなら良い方だ)

でもそういう業界でも偉い・偉くないが生じて来る。何かと言うと、「人格」。
全員が同じ仕事・頑張っても出世しない・年齢やキャリアによる差が生じない。ならどこで差が出て来るのかと言うと、「人格」となるワケだ。
内勤の人でも現場の人でも、たとえ疲れていても気遣いや譲る精神を怠らず、笑顔を絶やさず、話し相手になってあげることで、人から信頼を得る。一緒に働いていて楽しいと思わせる。わずかにそうするだけで、警備の業界では周りから信頼されて、仕事が楽しくなる。
人格が大切なのは、そりゃそうなんだけど、こんな業界、ほとんど他にないんじゃないかな。ということを最近気付かされた。

2018年
08月13日
15:52

友人に薦められてた映画をまとめてTSUTAYAで借りて見た。

『ビッグ・フィッシュ』って映画を見て、とっても良かった。
あんま好みのタイプの映画じゃなかったんだけど、でも面白かった。

それにしても洋画が好きだ。
最近の甘ったるい邦画よりよっぽど好きだ。
何でなんだろなぁとバイト中に考えていたら、2つくらい思い付いたのでメモ。

1つはやっぱり人間性だろう。
日本人はの役者は暗い。アメリカ人はどいつもこいつも明るい。見てて楽しい。一概に日本人が暗いとかはないんだが、心の内側を描き過ぎなんだ。どの映画も。斯く言う自分も。別に他人の感情なんて、大切な仲間でもない限り、普通の人間は捨象してしまう。ゲームみたいにのめり込むタイプじゃなくて、映画なら尚更だ。

2つは世界観かなぁと。
幼い頃に見た『トム・ソーヤー』の影響。アメリカって本当に自由な国なんだなぁと、幼いながらも感じてた。いやまぁ150年くらい前の話なんだから、それと重ね合わせるのもおかしんだけど。しかも文明違うし、そんなとこで絶対に生きていけないって分かってるんだけど、何かこう、トムに引っ張られるように見入っている自分がいる。
『十五少年漂流記』とかも幼い頃に何度も読み返したもんなぁ。まぁともかく、そういう幼い頃に培った潜在的なイメージ。俺の中では、一種の原始的な世界観に憧れて、勝手に「良いもの」として見入ってしまう自分がいるんだろう、と。

2018年
08月06日
21:02

唐突だが、尊敬するクリエイターを100人あげる。
思い付いた順なのでぐちゃぐちゃだけれどご愛敬にて。

1、紫式部
2、清少納言
3、和泉式部
4、在原業平
5、ソポクレス
6、ゲーテ
7、ドストエフスキー
8、シェイクスピア
9、プラトン
10、アリストテレス
11、陳寿
12、裴松之
13、トマス・マン
14、藤原定家
15、式子内親王
16、杜甫
17、李白
18、白楽天
19、手塚治虫
20、藤子・F・不二雄
21、宮下英樹
22、山田芳裕
23、王欣太
24、福本伸行
25、平野耕太
26、司馬遼太郎
27、池波正太郎
28、井原西鶴
29、曲亭馬琴
30、心敬
31、宗祇
32、細川幽斎
33、最上義光
34、千利休
35、古田織部
36、小堀遠州
37、俵屋宗達
38、東洲斎写楽
39、長谷川等伯
40、鏑木清方
41、夏目漱石
42、森鴎外
43、樋口一葉
44、田山花袋
45、徳田秋声
46、芥川龍之介
47、直木三十五
48、谷崎潤一郎
49、三島由紀夫
50、桂歌丸
51、5代目三遊亭圓楽
52、6代目春風亭柳昇
53、初代三遊亭圓朝
54、正岡子規
55、尾崎放哉
56、種田山頭火
57、紀貫之
58、源俊頼
59、羅貫中
60、サンドウィッチマン
61、アンジャッシュ
62、三谷幸喜
63、井上ひさし
64、井上雄彦
65、小津安二郎
66、黒澤明
67、ディズニー
68、宮崎駿
69、蜷川幸雄
70、ロベルト・ベニーニ
71、ロブ・ライナー
72、マーク・トウェイン
73、石川啄木
74、寺山修司
75、世阿弥
76、宗鑑
77、松永貞徳
78、坪内逍遥
79、幸田露伴
80、井伏鱒二
81、野坂昭如
82、吉川英治
83、俵万智
84、ダ・ヴィンチ
85、ラファエロ
86、ミケランジェロ
87、尾田栄一郎
88、岸本斉史
89、頓阿
90、橙乃ままれ
91、海北友松
92、カフカ
93、森下佳子
94、藤本有紀
95、ゴーゴリ
96、ヘミングウェイ
97、コッポラ
98、長谷川町子
99、沢田ユキオ
100、辻原登

2018年
08月02日
01:58

『徒然草』の129段で、凌雲の額に文字を書いて白髪となった…これは『三国志』(正史)に載っている、曹丕が命じた逸話だ。
つまり兼好は『三国志』を読んでいた。とすると、『魏志倭人伝』も読んでるはずだから、兼好は卑弥呼とか邪馬台国とかがあったことを知っていたということになる。
もっとも、当時の邪馬台国は、ヤマト国のことだろうと言われて、「邪馬台」も「ヤマト」と読んでいた。

話は変わるが、壱与、またの名を台与。
台与と書いて「とよ」と読む説もあるらしく、当時の中国語の音便的にも不可思議ではないらしいが、それなら「邪馬台」も「やまと」と読めるのではないか?
邪馬台国がどこにあるのか、という説は、研究者の間ではワリとどうでもいいことになっているらしいが、個人的には畿内説が妥当と考えている。だいぶ話がずれたな。

2018年
07月30日
12:14

ただただ伝えたかっただけなんですよ。

幸せにおなりなさい、って。

それを伝えることすら許してくれない。どうして女ってのは、男に対して慈悲がないんだろうね。

2018年
07月25日
21:47

三遊亭小円遊という落語家がいて、もうとっくのとうに亡くなった。40歳余りの齢だったと思う。

笑点のメンバーで、小遊三の前に水色の紋付を着ていた。桂歌丸師匠との罵倒合戦が有名。
特にキザッぽいキャラクターで、当時めちゃくちゃ売れていた。

ところがこの人は哀れな人で、キザなのはあくまでキャラクター。
でもテレビを見ている人からすれば、それが素なのだと勘違いしてしまう。
歌丸師匠とも、駅で仲良く話しているところを目撃された際に、「仲が悪いはずなのにしゃべってる!」と指を差され、以来、仕事の外ですら、仲が悪いのを演じていたんだそうだ。

そんな小円遊だが、その最期はあまりにも哀れな人だった。
キザなキャラなんて賛否が分かれるうえに、口から嘘を吐き続けるのは精神的に苦しい。
そのため次第に酒を飲む量が増えた。娯楽の少ない時代に、酒くらいしかストレスを吐き出せる場所なんてなかった。一種のアルコール中毒みたいなものか。
身体は完全に衰弱していたが、仕事は減らないものなので、仕事と酒を繰り返すような状態になりった。
晩年は滑舌も悪く、番組関係者からは相当キツく酒を控えるよう言われていたが、それでも減らず、とうとう地方公演の際に大吐血をして、そのまま亡くなった。

古典落語の名人と言われていたので、ゆくゆくは歌丸や圓楽や談志と並んだはずが、こうしてあっけなく死んだ。
自分の外見と、内心と、そのギャップが激しいと、こういうことになる。

あっけなくだとか、哀れだとか、そういう風に書いてるのは理由があってだな。
ギャップの激しい奴がいるのよ。酒も好きだし。ちょっとこれが脳裏をよぎってな。

2018年
07月22日
22:12

キーボードが壊れた。
友人に相談したら、買い改めるしかないと言われた。

こういう時に限って小説のネタがぽぽんと思い浮かんでくるんだ。

樋口一葉を読んでいて思い浮かんだ、尊敬する教授とその周りの人間関係を基にした小説とか、
以前に書いた『火の鳥』を元ネタとして最新の研究を盛り込んだ日本史を書く。東洋龍の鱗を食することで、永遠の命か、あるいは生涯の栄華のどちらかを極めることができる。(まんま『火の鳥』か?)

かぐや姫に「龍の首の珠」を取って来るよう命じられた大伴大納言が、かつて壬申の乱で人を殺しまくったことを東洋龍に幻覚として見せられる、とか。
平清盛が若い頃に鱸(これが実は東洋龍)を食ったために自身の生きている間は栄華を極めたものの、死後に平家は悉く追われたりとか。
永遠の命を得た清少納言だったが、定子ら中関白家は零落し、自身だけがのうのうと生き延びている話とか。
だいぶ前に書いた、兼好法師目線の『太平記』とかも書いてみたい。


作品名は、『龍の国』だ。
私はタイトルが先に決まることが、あんまりないから珍しい。

これは小説ではなく、演劇の台本にする方が、何かと都合がいいような気がしている。
小説を書くのも良いのだが、会話付き書いたりとかしてて思う。ト書きの部分が埋まらない。台詞劇の方が向いているというか、今までそっち方面で頑張ってた気がするから、ちょっとそっち方面で舵を取ってみたい。

2018年
07月18日
00:46

この3連休、渡辺麻友さんと一緒に郡山の戦国大戦オフに参加したんだが、むちゃくちゃ楽しかった…!!
やっぱり戦国大戦は最強のゲームだわ…

色んな方と出会えたが、特に虎斗さんと大会でマッチングして、その後お話できたことは本当に嬉しかった。コミニー始めたばかりの頃に、コメントでやり取りさせてもらって、そのことを覚えていてくれたことはとてもとても嬉しかった。ボロ負けしたけど、「いい勝負だった」って、どなた様も言ってくれた。

それから磁央さんともご飯に一緒したんだが、彼の体力とトーク力は本当に恐れ入る。しかもゲームも上手。絵も描ける。頭もいい。カリスマのある方で、人が集まるのもよく分かる。今まで出会ったことのないタイプの方だった。こんな俺にも優しく接してくれたし。

短い時間だったけれど、色々な人と出会えた。本当に楽しい時間だった。

上杉謙信が、一期の栄華、一杯の酒の如し、なんて歌を詠んだが、まさしくそれ。
楽しい時間は一瞬にして過ぎ去っていってしまった。

2018年
07月12日
22:57

もう良い時間が経ったので、書いても気付かれまい。と思って記録しておく。

2015年に自分の大学で「知のフロンティア」(通称・知フロ)が開講され、大変な騒ぎとなった。
自分は1年生で、これが人生で初めての講義だった。この担当教員は中学の頃から目をかけてもらっていた、とっつぁん教授。

曰く、『魔法少女まどか☆マギカ』を90分の講義全15回で、全話を解説する授業。

教室に入ると、あふれんばかりの学生。
学校で2番目に大きな講堂を借りても入りきらない学生の数。机を全部使っても廊下に人があふれ、レジュメは足りず。気持ち早めに来た自分も、机と机の間の階段に腰かけて、ざわつきを聞くばかり。
「これが大学の授業かぁ!!」とテンションが上がって、写真をパシャパシャ。LINEに送る、Twitterに上げる。

で、スマホの通知が突然鳴りやまなくなる。
何事かと思ったら、ネットニュースで話題になり、自分があげたレジュメの画像が勝手に2chに載せられ。
あとでとっつぁんに怒られ、大変な騒ぎに。

あのレジュメには、予習:まどマギ第○回を見て来ること、みたいなのが事細かに書いてあるのだが、あれは大学側で予習・復習を必ず書くことと教授側に命じられており、全ての教授が行っている。これについての批判は、大学側にするべきで、教授にすべきではない。
また、便宜上書いただけのもので、実際には30分間見るので、予習も復習も必要なかったのだ。

ただし、課題は出された。毎週12,000文字のレポートを書くこと。
これは、「聞き書き」と呼ばれるやり口で、細川幽斎も弟子の烏丸光広だったかに、実際にやっていた。講義したことを聴いて、それを書く。なので内容には困らない。自分で考えて12,000文字全てを埋めることはなかった。
12,000文字になったのは、アナウンサーが1分間に原稿用紙1枚(20×20なので400文字)を読む。講義90分のうち、アニメ30分・講義30分・雑談30分と換算して、400文字×30分で、12,000文字相当となる。という理由。だが、実際問題、厳密に12,000文字分の講義になることは稀で、ほとんどこの文字数を超えて講義することはなかった。中には6,000文字程度で止まったこともある。残りの分は自分の考えなどを盛り込む。とはいえ、教授が6,000で止まった内容を、残り6,000字ぶん素人が埋めるなんてのは無理な話で、何度か10,000文字程度で提出して誤魔化したことがある。
一方で、教授側はどうなのかというと、全部をチェックする時間など到底なく、ほとんど目を通さず、出されたものの分量を適当に見て、赤ペンで大きく丸を書いているだけだった、という事情を、1つ上の先輩が目撃したらしく、これについてはさすがに閉口した。

ネットの反応について、けっこー辛口なことを言われているのも、とっつぁんはケロッとしていた。批判にも怒りは全くなかった。著書には、「こういう時代なのに、アニメを大学で講義することに拒否反応を示す意見が根強いことが意外だ」と仰っていた。
最終的に単位をもらえた学生は、少なくとも1年でS評価をもらえたのは自分だけだったと記憶している。(翌年のシラバスで、「前年度の評価」が閲覧できた。S評価は4%程度だった。後述の計算に当てはめるなら、6人。そもそも1年生向けの講義ではなく、実際、同学科同学年で受けていたのは私だけだったので、ほぼ確実であろう)
教授によれば初回の出席者は600名、履修登録したのが150名、うちテストに参加した学生は60名にまで減少。最後までレポートを書きあげたのは、自分を含めわずか2名。なので、後日まとめた著書で、私を紹介してくださるとまで言われたが、都合上カットされた。ちょびっとだけ出て来るけれど。

私は1年だったので、これが辛いか否かというのは分からなかったが、少なくとも体力的には辛かった。毎週12,000字に加えて、バイト、サークル、資格の勉強、戦国大戦など、全てこなしていた。なので髪はボサボサ。睡眠時間はほぼ毎日3時間程度で、行き帰りの電車の中で寝ていた。なので授業は、知フロ以外ほとんど寝ていた。ゼミで居眠りして怒られたこともあった。だが、終わった時は達成感で満ち溢れたし、これ以降も、「知フロよりマシ」と言い聞かせて学問に励んだ。終わった時は教授からたっぷり褒めてもらえた。ここまで頑張れたのは、意地がまずはあった。途中で投げ出せば、とっつぁんから嘗められるな、と。他にも先輩方に同じ講義を取っていた方もいらっしゃったが、最後までやり通したのは自分だけだった。
時間があるなら、またもう一度やってみたい授業・課題でもある。もう無理だけど。さすがに。1年だから出来たんだろなぁ。

2018年
07月08日
01:33

という話をした矢先に、仲のいい友人Dと会った。

色々な話をした、そして話を聞いた。
寂しいという話も聞いてくれた。そのうえで、的確なアドバイスをしてくれた。

俺もそのDも、大学で顔が広い。どこか自分が有名人になったような気がしていた。けれど、その関係は「浅く広く」になってしまって、深い関係や、一歩立ち入った真面目な話が出来る人がいなかった。
だからDは、自分がいま仲のいい人を思い出して、その共通点を考えた。すると、どの人も「浅く広い」友人だった。だから、「浅く広い」人には、それなりの共通点がある。
例えば、俺とDの共通点は、話を聞くのが巧いところと、話すことも巧い、ということだ。
だからお互いにWinWinで、お互いにレベルアップしながらトークが出来る。「浅く広い」…というより、「話し上手且つ聞き上手」って人は少ないけれど、一度出会うと、仲良くなれるし、信頼できるようになる。
これから深い関係を求めていくなら、そういう人たちと親交を深めればいいんだ。ということに気付かせてくれた。本当に嬉しかった。久々にハッ、とした。

勿論、今までの関係をリセットにするワケじゃないけれど、本当に信頼できる人って、どんな人なのかを考えた時に、そういう人を求めればいいのか、ということに気付かされた。

D、本当にありがとう。

2018年
07月07日
22:52

「もしかして寂しいのは、お前なんじゃないのか?」と、とっつぁんに先週言われた。

何度も書いた、尊敬している近代の教授もお辞めになるので、そのおもてなしをやる。
しかもゼミの爺ちゃん教授もお辞めになる。

いま周りはみんな就活で忙しい。遊んでいるのは俺だけだ。
かといってゲーセン行って遊んでいるかというと、あんまりそういうモチベーションはない。いま友人とほとんど会っていない。
金曜に、サークルの後輩たちと会うのが楽しみで仕方ないほど、人と会っていない。大学に行くも帰るも独りの時が多い。警備のアルバイトなんて、それこそずっと独りだ。

今も、将来も、寂しい、独りだ。
今が独りなんだから、過去も独りだったような気さえしてくる。

大学生活も終わりに差し掛かって、そろそろ仲間たちとの別れの時が迫って来ている。卒業してからも、彼らと果たして会えるのか…? 卒業した後は、もう二度と会えないのではないか…? そうした不安がたっぷり積もりに積もっている。
不安が理由で自害した文豪を、俺は何人も知っている。この不安を抱えながら生きる…こうして愚痴をこぼすことも、世の中は許してくれないはずなんだ。だから抱えるしかない。

頑張ろう。
でも何のために? 誰のために?

…そういうことは、考えない方がいいんだろう。

昨日、警備のバイトの休憩時間に、60くらいの爺さんが話しかけてくれた。何でも元銀行員で、引退して警備で稼いでいるらしい。
就職先が決まって、営業になったって話をしたら、アレコレとアドバイスをしてくれた。

「一番大切なのは信頼を得ることだ。営業なら成績を上げることばかりに気を取られてしまうけれど、一番大切なのはそれじゃない。お客さんに信頼されてこそだ。例えば自分の商品が、お客のニーズに合わなかった時、一度退いて、他の商品を紹介して、ニーズを満たしてあげるんだ。自分の商品が売れないから、それでおしまい、じゃない。そうすると、そのお客が、『自分は買わなかったけど、あの人が紹介してくれた商品は良かったよ』と、客の友人が広めてくれる。信頼されていれば、幾つも客が増えていく」

何だか引き込まれる話し方をされていて、寺田農先生を思い出した。
信頼が大切なのは、そりゃそうなんだ。だけれど、誰かがそう言ってくれなければ、気付くことは出来ない。みんな分かっている。だが、気付いていない、気付けないのだ。

「大学では何を研究しているの?」
「中世文学です」
「そうか、じゃあ『平家』や『徒然草』だね」
「まぁでも、なかなか将来の役に立たないですがねェ」
「いや、立つよ」
と、即答。続けて、
「営業やってれば、お客の趣味を知らなくちゃ。お客とは商売の話よりも日常の話の方が圧倒的に多いし盛り上がる。そういう時に、文学や歴史の知識、知性。そういうのは役に立つし、お客も『あぁ、この人は大学でしっかり勉強している、きっと仕事にも真面目なんだ』と思ってくれる。無駄になることなんてないよ」と。

文学が役に立つ、と言ってくれて、俺は凄く嬉しかった。

「ゼミの先生は大切にしておきなさい。よく顔を出して御上げなさい。30年ほど経って仕事を辞めて、その頃には文学は趣味になるだろうが、そういう時に、教えてくれる先生がいてくれるのは、ありがたいことだよ」
と。

ここで寂しくなった。
あの爺さんは、30年経っても生きているはずがないのだ。
寺田のジジイも、もうずっと会っておらん。

2018年
07月02日
21:24

本日、桂歌丸師匠が亡くなったという、俄かには信じ難いニュースが入って来た。心からご冥福をお祈り申し上げます。

いつか見に行こう、と心に決めていた。が、時既に遅し。

2014年頃、肺疾患か何かで入院して、このあと無事に退院されて笑点に復帰したんだけれど、声は出ない、身体も元々痩せ気味なのに急に衰えて血の色が消えて、「あぁ、こりゃあと3年くらいだろうな」と思った。1年外れた。されど1年。どうせ外れるのなら5年も10年も外れてほしかった。若い頃からタバコを好まれたうえに肉を食わないので、無理もない。

私が歌丸師匠から教わったのは2つ。
まず1つが手の所作の美しさ。
師匠の落語を動画などで拝見すると、本当に動きの1つ1つが美しい。無駄がない。全てが美しい。あんなに美しく表現をすることなど、常人ではとても出来ない。
そして、あれだけ美しく表現すると、目に映像として浮かび上がるほど、相手に伝えたいことが伝わって来る。好きな落語家は、柳昇や5代目圓楽や色々いるが、歌丸師匠がダントツで美しい。彼に勝る方はいらっしゃらない。

2つがリアクション芸。
これを談志が特に褒めていたので、よく注目すると、確かに歌丸師匠ほどリアクションが巧い方はいらっしゃらない。
落語でリアクション、すなわち受け身の表現って必要なの、って思うかもしれないが、多少必要。だがその骨頂は、テレビ。嫌な顔・嬉しい顔・悪い顔・いやらしい顔…。歌丸師匠は笑点メンバーで一番表情豊か。相手から投げてきたボールを、素早くキャッチして、適切なリアクションで投げ返す。それも速く、そして的確に相手のミットに収まる。この、表情と、スローイングの速さの2つを兼ね備えた方は、他になかなかいない。これは、飲み会や大勢の人との会話で大いに受ける。
オーバーではなく、自然な形で、且つ必ずウケを取る。回答者時代も司会者時代も。昇太になく、歌丸師匠が持っているスキルは、間違いなくこれ。

残念でならない、本当に残念でならない。

歌丸師匠、今上陛下、そして私の祖父は、同じ時代を生きて、違う生き方をして、違うものを見て来た。そしていま、人の上に立っている。その1人が遠くへ行ってしまった。

2018年
06月30日
01:11

今日、著作権が50年から70年に延びたらしい。残念でならない。

一切のメディアでの報道がなされないままに、これが変わったことは遺憾。
特に司馬遼太郎や安倍公房、井上靖などを読むのが、今から50年先に延びてしまったことは、強く強く、現代文学の発展を妨げるものだと理解してもらいたい。

それについてはTwitterにまとめたので、今さらここに何も言うことはなし。ただただ、遺憾。


…だが、ウチの学科、仮にも国文学だというのに、誰もこれについて声を上げていなかったのは残念だ。
教授の言葉を、聞いてはいても、そこから先を見てはいなかったのだろうな。

2018年
06月28日
01:06

「幽玄」が文学史で出て来るタイミング。具体的には3つある。

・俊成の頃
・後鳥羽上皇の頃
・正徹の頃

この3つだ。

そして、時代を経るごとに、この「幽玄」の意味は、かなり異なって来る。
これには、ある共通性がある。

一般的な通説として、この幽玄、特に後鳥羽上皇の頃の『新古今和歌集』の中で顕著なのが、「武家に権勢を奪われ、それを嘆く貴族の、あたかも花火のように儚く消える和歌が盛んに詠まれた」と恩師に教わった。そして、かつてなかった冬の和歌が特に多く詠み込まれた。
が、これはまるで史学の常識に沿っていない。

最も間違っているのは、「武家に権勢を奪われ、それを嘆く」だ。奪われていないのだ。
敢えて分かりやすくするために「権門体制論」を引っ張り出して唱えれば、承久の乱以降、武家は別段、公家の権力を奪い取って、好き勝手に政治を動かしていたワケではない。公家は引き続いて荘園を維持し、税収も得ている。政権は分担されたのであって、公家の権力はいささかも衰えてはいない。

「幽玄」の出るタイミングは、「不安」がつながっていると見た。「権勢を、奪われるかもしれない」であるとか、「この先、何が起こるのか分からない」だとか。こういう点であろう。


例えば、俊成の見た歴史。何が起こったのか。「保元・平治の乱」だろう。
この時は、本当に誰が権力を握っているのか分からない状態だったのは間違いない。
その後も、清盛・義仲の政権を見ている俊成は、自分がいつ死ぬか、いつ死ぬか、と怯えていたであろう。

後鳥羽上皇の頃もそうだ。
後鳥羽は本来、正式な跡継ぎではなく、中継ぎの天皇であり、その政権は非常に不安定であった。その反抗から、後鳥羽は様々な政策を打ち出した。将軍家と親しい土御門派を排斥し、源実朝の烏帽子親となって、公家権門・武家権門ともに掌握し、絶頂を迎えたが、それも承久の乱で転んだ。上皇のみならず、天皇はじめ有力公家が次々に処断された。不安を抱えるのは無理もない。

そして正徹の頃と言えば、足利義教。そして彼との不仲は槍玉に上がる。
足利義持、義量、義教。この3人ほど不安定な政権はない。
特に義教はその残虐さ、古今の将軍に他に並びなし。いつ殺されるか、いつ殺されるか、と怯えていたに違いない。その世の中で正徹はよく自我を押し通せたというもの。

だがいずれも、公家権力が脅かされることはなかった。
だから、「幽玄」というのは「不安」が掻き立てるものであって、奪われた絶望感や、喪失感から起こるものではないのだ。

今の世の中も、不安を強く感じる人が多い。自分だってそうだ。
そういう時に、正徹の和歌や、式子内親王の和歌や、この頃の斎院文学は、あたかも現代の心に寄り添っているように感じる。逆か、現代の我々を見透かしたように書かれている。

だが、結果として破綻していない。
貴族が破綻したのは、まず徳川だろう。「禁中並公家諸法度」と「猪熊事件」。
だがこの時、美しい和歌が出たかというと、そうでもない。当時を代表する貴族の烏丸光広は、在野の松永貞徳らのところに遊びに行って俳文学に傾倒する。
本当に破綻していたら、人はまず現実逃避だ。

「幽玄」の、その心の内に潜むもの。それは、「不安」なのだ。

2018年
06月28日
00:34

「幽玄」という美意識が日本人にあって、それは言葉ではとても言い表すことが難しい。
辞書を引いても、「奥深いもの」だとかいう言葉で誤魔化される。

正徹の『正徹物語』に、こういう自分の歌を引いている。

さけば散る 夜のまの花の 夢のうちに やがてまぎれぬ 峯の白雲

そのまま文をつなげて引くと、

「幽玄体の歌なり。幽玄といふ物は、心にありて詞にいはれぬ物なり。月に薄雲のおほひたるや、山の紅葉に秋の霧のかかれる風情を、幽玄の姿とするなり」

だと。
月に薄雲がかかったものは、果たして美しいか、と尋ねた時、「いやいや、澄んだ空の満月の方がよっぽど美しい」と答える人がいるかもしれない。
山の紅葉に、霧で微睡んだ景色が美しいか、と尋ねた時、「いやいや、雲一つなき晴天、風のなき林の方がよっぽど美しい」と答える人がいるかもしれない。

これが近世になると、一歩進んで、「侘び・寂び」だとか、「(甲に対して)乙なもの」だと称される。こちらの方が分かりやすいが、似て非なるもの。

幽玄の主役は、「人」であるということに主軸を置くべきだ。正徹の「心にありて」というのは、そういうこと。
もう少し分かりやすく和歌を引くならば、式子内親王の和歌なんかが良い。

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

どうだろう。『百人一首』にも載っている。
一見すると分からないかもしれないので、てきとーにググッてほしいのだが、意味が分かると、こんな良い例えの和歌はそうそうない。正徹も、この和歌ではないが、式子内親王は、女房の和歌でまず筆頭に挙げて絶賛している。

この、「幽玄」という美意識を研究していると、ある一定のタイミングによって、このタイプに属する和歌が頻出して来る。それについて述べたいので、次にまとめる。

2018年
06月23日
00:55

以前、家で米を貰いに貰い、余りに余ったので、誰かに譲ることにして、一人暮らしをしている方の色々に声をかけたことがあった。神歌〆さん、漣さん、双剣双銃あたりに声をかけて、最終的に秋月しゃんに贈ることになった。

それで、宅急便の宛名を当然の如く書いたのだが、自分の筆が達筆だったようで、後日、秋月しゃんの家族でもてはやされたとのことだった。

自分は字が汚いと思っていて、自他ともにそう言われていたんだが、こうして褒めそやされると素直に嬉しいものです。

2018年
06月21日
05:34

この前、サークルで『竹取物語』研究の発表があり、後輩が発表したんだが、どうも下手。
というのも、普段は饒舌なのに、資料を読むのが下手というか雑というか。

だが、こういう人がいる。
ジャンボは若武者であんだけしゃべるし、普段からそうだから、演劇も巧くやれるんだろう、と「関ヶ原」で台本持たせてしゃべらせたが、全くしゃべれない。

似たような感じで、アドルフ・ヒトラーが、あれだけ演説が巧いんだから、ラジオ番組とかやらせたら、さぞ面白いんだろうと思ったが、ほとんどしゃべれなかったらしい。

だから、台本があると、却ってしゃべれなくなってしまう人っている。
「お前は、その類いだな」と言って、苦手な部分として指摘したんだが、
「じゃあ、俺も総統になって独裁者になれますかね」と聞いて来たので、「なれる」と答えておいた。これがオチ←


話を戻して、さんまと紳助を並べて、
さんまは台本がいらないタイプ、紳助は台本がいるタイプ。
けれど、互いに努力して、その苦手な部分を補って、
台本通り進めるようになったのが、さんま。
台本なしのトークも出来るようになったのが、紳助。
というのが分かりやすいか。

2018年
06月21日
03:49

度々書いている尊敬している教授が、樋口一葉の初期作品『うもれ木』で論文を書いている。
この作品は、森鴎外に矛盾を指摘され、あまり高い評価につながらなかった作品。特に幸田露伴のような古典主義の影響を強く受けて、後の一葉全盛期の作品に比べて、まず読みづらく、伏線なども、さして多くない。
これで論文をお書きになり、『うもれ木』評価の再構築に一役買った。先生が大学院生の時の論文だった。

院生なんだから、年齢はそう違わないはずだが、非常に高いクオリティで、頭が下がるばかりだ。

自分は、これに反論する内容のレポートを書いて、先生を殺そうと考えていたのだが、到底無理だ。まず先生の論文の完成度を超える自論を組み立てるのに、1年はかかる。学期末のレポートでどうこうなる問題ではない。
そして『うもれ木』の読み辛さよ。声に出して詠むタイプの文学作品なので、記憶にとどめて考察するのは難しい。

所詮、風車に突撃するドン・キホーテというワケか。やはり無謀の極みだったやもしれん。

2018年
06月21日
03:12

高校の頃の国語の先生が、面白いことを言っていた。
「趣味は結婚です」だと。

別にそれは、何度も結婚離婚を繰り返す、ではなくて、想像で「こういう人と結婚したらどうなるか」を考えるのが好きなんだと。

で、3つくらい考えていて、
いまの奥さんが年下だから、同い年の人と結婚したら、とか。
年下好きなので、むしろ逆に年上の人と結婚したら、とか。
自分が先生だから、生徒と結婚したら、とか。

いわゆる想像を逞しくする、という奴だ。
こういう想像をすると、原点は「自分は~~だから」という形で、自分のことが分かっていく。案外、自分のことというのは、自分が一番知っていなければいけないけれど、分かっていないことが多い。これが創作の根源となっていく…

…みたいなことを言っていたような記憶があるんだが、オチがどんな話だったのかは記憶にない。まぁ大して印象に残る話ではなかったんだろう。

2018年
06月18日
01:19

ある、ゴミくずみてェな女がおってだな。
もう、菌をひたすらまき散らす、有毒キノコみてェな女なんだわ。ゲーセンの姫でさ。

で、コイツに引っ掛けられた男が何人もおって、どいつもこいつも穴兄弟、みたいな感じ。しまいにそのゴミ女は風俗で身体売って仕事してるらしい。

まぁそれはともかくとして、俺はそいつが大嫌いなんだが、意外にも赤羽やあんこ姫さんなんかは、彼女はいい奴、才のある人だと庇う。庇うのが悪いんでは決してないんだが。

だからつくづく思ったんだが、絡む人を間違えたな。
人生の岐路、岐路で、出会うべき人を突き放して、楽な、楽な道ばかり歩んだから、そういう羽目に陥った。今の、刹那的な快楽ばかりを求めたが故に、末路へと至った。今が末路だということも見て見ぬフリをして、奈落の底へと堕ちていく。

人生は、導かれなければ歩むことなんて出来ない。俺には何人も恩人がいる。その恩人のことを思うと、くたばってはいけないな、と思う。
下を見ることも、時には大切だが、上を向いて行かなければいけない。
そういう感情がない、経験もない。経験しないから堕ちていく。そのスパイラル。

そういう人を見ていると、ザマぁ見ろとか、そうは思わない。
勿体ないと思う。
俺の後輩というか、仲良くなっていれば、それなりに世話をかけてやるのに、俺を裏切ったり、手を切ったり。そういうところで岐路を、選択を間違えるんだ。

ともかく、放っておこう。

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