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[隠れ家・天正院] トピック

2017年10月12日
18:52

仙樹の呟き4

仙樹の呟き、4つ目。

いたづらに 生き抜く勿れ ほととぎす

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243番~224番を表示

2019年
05月20日
21:12

今朝、ホテルのビュッフェで独りで朝食を食っていたら、隣に友達の女の子が座って来た。『ノルウェーの森』か? と思いながら普通におしゃべりをしていた。

そしたら女の子が備え付けのナプキンで鼻をかんだ。
あと平然と納豆を食べ始めた。隣に男がいるのに! これから会社行くのに!

いや普通に食うわ、と思った人が多数かなとは思う。いや納豆好きだし、何なら毎日食べたいと思うけれど、異性とか上司の前では食う勇気は出ない。

そういうところを見て、庶民的でいいなと。こっちが気兼ねしなくて楽だなって思った。こういう女性がいいなと思った。

2019年
05月17日
22:21

>>241

今田耕司:才能もそうだが、努力の人なんだろな、ってのが伝わる。元々、花月で育った人だし、舞台や役者のような約束事やリアクション芸が出来る人。笑いの基礎基本を一切外さずに演じると今田になる。今でこそ司会者やパネラーのイメージだが、『しゃべくり007』でゲストで来た時のあの受け答えは、むしろこっちが本性のはず。さんまに何かしらのことがあって引退したら、天下はダウンタウンではなく今田が獲るだろう。そう言えばあんまりドラマとか映画に出てるイメージがない。忙しすぎるし司会者で光るタイプなんだろな。

東野幸治:こちらは努力一本の人という感じ。聞き上手。今田みたいなタイプというより、どちらかというと受け身の方が得意なタイプ。いわゆる「雛壇芸人」の手本だろう。あんまり自分から話を振っていくイメージはない。紳助・今田みたいなタイプと絶妙に相性がいい。あと後輩や慣れないゲストへの気配り、活躍するために背中を押す、チャンス与えるのを何度も見た。性格がいいんだろう。何の縁もないが、能力だけ見れば『いいとも』のタモリの後継ができた可能性もあった。ただ縁と運とイメージがなかったんだろう。頭いい人ってイメージはそうそうないだろし。

雨上がり決死隊:存外、宮迫は雛壇タイプの人間で、話し始めたりネタ振ったりは蛍原の方が光るような印象を受ける。宮迫はぐいぐい引っ張るタイプではないと思う。ただ人に振られたネタやトークをちゃんとゴールまで丁寧に持っていけるのは宮迫だろう。丁寧だ。そういえば宮迫も役者志望だし。司会者としては蛍原がいなければ成り立たないだろう。今田・東野・雨上がりの4人でトークしてるのを見たことがあるが、雨上がり2人は入る隙がなくて、ほとんどしゃべれていなかった。あの『アメトーーーク』みたいなのが相性いいんだろう。


まだしゃべり足りんな。ウンナン、爆笑問題、とんねるず、さまぁ~ず、ネプチューンあたりは語る必要があるが、詳しくないしなぁ。俺一番嫌いな芸人はナイナイ。

2019年
05月14日
07:15

昨今の芸人のトークの特徴を粗方まとめてみた。

島田紳助:マジで天才。しゃべりながらゲームが出来るタイプで、しゃべりながら別のことを考えて、それをアウトプットして、しゃべり続けることが出来る。それが自分の経験だったり他人の伝聞だったりするんだが、使えそうなものは全て記憶されてる。自らしゃべれるタイプ。やたら他人を罵倒することが多いが、自分の話す相手が格下なことが多いからだろう。番組では所謂ヒール役で、嫌いな芸人ランキングにも入るが、それはキャラでやっている。人格はさんまよりよっぽど情に熱い。

明石家さんま:さんまは実は自分から話題を振ってしゃべるってことはあまりない。他人の話に相槌を打って話を盛り上げる方が得意。で、隙を見つけて自分の話をオチに持って来て笑いを取るのがさんまのパターン。逆に話を振られても案外急に面白いことを言い出したり、名言を言ったりするタイプじゃない。あとかなり視聴率とか他人からどう見られているのか気にしてる。最近は露骨に下手なトークする人を本気で睨みつけたりする。何かに焦っているのか?

タモリ:聞き上手を極めるとこうなる。相手に話させる・相手を否定しない・自分が出しゃばり過ぎない。昔と違って、爆笑ではなく小さく小まめに笑いを取っていく。ただこの方は仲の良い友人はいるんだろうか。浅く広くの関係になっていないだろうか。メンタルをどう保っているのか気になるところだ。妻かな。

ダウンタウン:トークじゃない番組で光るのが浜田だろうな。松本が面白いのは、いわゆる「粗探し」みたいなのが得意で、トークの間隙を的確に突いて、話者の予想をひっくり返す。だから対談形式が最も面白くて、「松神」はその最たるものだった。一人で話させるよりもそっちのが得意。いまでこそお笑い界の首領になってるが、根本はそういうタイプではない。M1の審査員も、審査員長向けじゃない。先輩相手とかだと、ひたすら相手を立てるけど、怯みつつもちゃんと笑いを取れるのが松本の凄いところ。

くりぃむしちゅー:恐らくいま一番面白い芸人と言っても過言じゃない。お互いに相方を尊重して、引き立てながら笑いを取る。いまは有田もMCやる番組増えたし。昔で言うドリフに近くて、上田も有田も計算しながら笑いを取ってる。そして上田の元祖喩えツッコミは未だに面白い。パターンを作って笑いを取れるから、ネプチューンとの相性も抜群にいい。

2019年
05月09日
20:52

もし仮に、同じ話を2度してしまったら、もうこの呟きはおしまいだろうなぁ。
それがたとえ酔っていたとしても。

でも1回か2回くらい、同じ話をしちまってた気がしないでもない。
いや分からん。
でもした気がしないでもない。趣旨が同じってのは除いて。

2019年
05月08日
21:02

一時期、素人がカバーした米津玄師の『Lemon』を永遠と聴いてたことがあったんだけど、その声がロリっぽい、幼気な声音だった。
存外、貂蝉とか鄒氏という、歌舞で人を魅せた女性の声というのは、幼気な声なのかもしれない。

2019年
05月03日
22:36

本当は誰かに見せたいが、あまり公に書くことでもあるまいと思った。でも書かずにはいれなかったので、ここに書いておくことにした。

自分の卒業論文の話。

連歌研究に手を出したワケで、『高野参詣百韻』の研究や注釈を入れただけでなく、連歌師研究、連歌史研究、研究史、高野山研究、秀次事件の研究等々と、幅広くやった。各教授から絶大な評価を頂いた。前にも書いたけれど。もしあの中からトップを選べと言われれば、間違いなく俺だったに違いないと言わんばかり。
ただし、ご指導くださった爺ちゃん教授の願望とは、少し異なっただろう。

爺ちゃん教授は、中世連歌については手広くやっていた。
(院生時代は『平家物語』をおやりになっていたそうで、卒論も『平家』の和歌)
ご専門は一つの作品に止まらなかったので定かではないが、最後にお書きになった論文は『竹馬狂吟集』だった。

そんな中で俺は紹巴を中心に論じたワケだが、どうも心敬・宗祇と、紹巴の比較研究なんかをやってほしかったらしい。俺はそれは無駄だと思ったのでやらなかった。比較研究は手広く容易に出来るものの、やり方としてやや古い。それよりも、昨今の目覚ましい史学研究を取り入れて、連歌作品やその背景・人物論を見直す方が、より画期的な論文になり得て、尚且つそれが自分に出来ると思っていた。だからやった。

そんな中で、『多聞院日記』を読んでいると、豊臣秀保の祝儀が、この連歌と前後して行われていたのに着目して、秀保論を重視して論じた。これが斬新なだけでなく、歴とした論を以て先行研究を覆す結果となり、大きな評価を受けた。

主に俺が論じたことをザックリとまとめると以下。
・百韻の分析と翻字及び式目の完成
・織豊期の連歌論。特に大名がどう連歌文化を利用したか
・連歌師のスタイルとその変遷
・豊臣秀保の豊臣政権内での位置
・文学作品を通じて史学を論じることが可能か

と言ったところか。

爺ちゃん教授は、「歴史研究なら筆が進むけれど、どうも文学の方はあまり筆が進まない。入る学科を間違えたんじゃないの」とまで人前で言われ、最後まで学生に笑われたものの、俺はそう思っていない。それは先生方からの評価でも明らかだし、本当に優れていないと思っていたら人前で発表はさせない。

喩えるならば、爺ちゃん教授はプラトンで、俺はアリストテレスだろう。師弟関係なものの信条は別。
そして、爺ちゃん教授は御隠退された。
最後の弟子の筆頭が、師の願望を叶えず、師と同じ道を歩まず、裏切りながらも新しい価値を打ち出す。因果な関係だろう。

それから、こうした論になったのは、小川剛生氏が『徒然草』を最新の史学研究を基に読み直して、新たな兼好法師像を築き上げたり、明智憲三郎氏が『愛宕百韻』の発句・挙句を分析して、本能寺の変の明智光秀の真意を読み取ったりと、最新の史学研究を用いることで、新しい文学的価値を打ち出せることや、文学研究をすることで史学の新境地を開くという研究法に触発された。

古いスタイルをオザナリにせず、新しい研究法を取り入れ、尚且つ自分の知識・知略をフルに使って打ち出せた。

そして秀保論についてだが、2016年に大西泰正氏が、既に秀保論の重要性について論じていたたらしい。先を超されたものの、俺の着眼点が、既に本物の史学学者レベルに達していたことは、ひとしおの喜びだ。この報を知って、ひとまずメモを残しておきたくなった。ぜひ近いうちに著書を拝見して、己の目で確かめたい。

ひとまず、爺ちゃん教授の最後の弟子として、送り出せるに足る論文を書けたこと。そしてその論文が、己の評価を最大限度まで高めることが出来たということ。
だがまだここは学者としての夢の中間点。ゆくゆく時間ができたなら、ちゃんとした論文を書き上げて、ちゃんとした雑誌に掲載されて、学者として名を遺す。まだここはゴールじゃない。やっとスタートできる位置。
あと…高野山にも行かなければいけないな。

2019年
04月30日
20:41

昨日、花ヶ前盛明氏の著書を引いて、直江兼続の資料を集めてしまった。
こりゃ『L&G』をまた書こうかな、って思ってる自分がいるんだろな。

2019年
04月29日
19:52

どうでもいい話なのだが、1月ほど前に、会社の研修でバスに乗っていた。
4月の初めだったが桜がよく咲いていた。陽も強くてよく外が見えた。
俺はバスの左側に座っていた。右側には、研修でMVP(ってのがあって競い合う)を獲った奴と、高卒の後輩がいた。
陽が強かったからカーテンを閉めていたが、右手には増上寺が見えた。さすが将軍の菩提寺とあって美しくて大きな純白の桜が輝いていた。

「カーテンを開けたらどうだ。いい桜が見える」と後輩に声をかけて、嬉しそうに彼が開いたら、MVPがいきなりデカい声で「眩しいんじゃ!」と言ってカーテンを閉めた。
風雅を解さない男。
さてこの男、俺よりいい成績出せるんじゃろか。

2019年
04月27日
22:28

武市半平太が生きていれば…とか、吉田稔麿が生きていれば日本は変わってた…とか、そういう考え方が好きじゃない。
一個人が生きていたところで、天下や歴史というものの流れやニーズというのは、そうそう変えられない。

ライト兄弟は飛行機を創ったが、飛行機が戦闘利用されたのは軍隊であって、そこには民衆のニーズがあったからで、ライト兄弟はハナから軍事利用されるとは思っていなかった。
テレビを発明した人の名前は誰も知らないし、それを娯楽に利用しようと初めに言った人の名も知られていない。

2019年
04月22日
17:36

ようよう落ち着いて、一人暮らしとなった。

奇しくも、連歌発祥の地・酒折の近くに住むことになった。
意外と必要なものは一通り揃っていて住むのに不便なことは今のところない。気楽だ。
これからちょぼちょぼ料理したり元気に暮らしていきたい。

酒折宮に参拝した。
連歌を研究した自分が、こうしてこの近くに居を構えることになる。本当に縁というのは不思議なものだった。
いずれ行くだろうと後回しにしようかとも思ったけれど、ふらっと、足が勝手に歩いて参拝の運びになった。くじ運も良かった。今年一年、大切に頑張ろう。前厄だからこそ、大切に。

2019年
03月14日
14:19

最初から兄弟仲が良かったら、「三本の矢」の逸話は生まれない、というのは、なかなか良いジョークではなかろうか。

結果として、死ぬまで吉川と小早川は仲良くせなんだ。

2019年
03月10日
17:08

人の頭に立って思うこととして、やはり次代が楽に活躍できるか。如何に後継をスムーズに委譲できるか。それは自分自身のプレッシャーと、次代の後継者との戦いであり、先代である己が創った壁との戦いともなる。
ただ嫡男に簡単に放り投げれば良いというものではない。賢明な帝王学を教え、優秀な側近を付け、着実に継がせなければいけない。後嗣の問題が滅亡につながるようであれば、たとえどんなに優秀な人物でも、自分の中では愚か者だと思う。これは客観的・史学的価値観ではなく、個人的な価値観なんだろうが。
そういう意味じゃ、孫権と長宗我部元親は、どんなに頑張っても低い評価で見てしまう。

じゃあ乱れた時代に、後嗣問題がスムーズに行った人物って誰、ってなるとかなり怪しいけれど。
そういう人物ほど目立ったことが残らないからね。佐竹義重-義宣とか? 相馬盛胤-義胤とか?
普通では…?? ってなっちゃうね。

2019年
03月07日
01:01

清洲会議で秀吉は、柴田勝家とお市の結婚を仲介したというのが定説になり、これによって、秀吉はお市に惚れ込んでいなかった、なんてことを唱える学者がいるが、こういう学者は確実に恋の情緒を知らない人だろう。

本当にお市に恋をしていて、もしそれが人手に渡り、絶対に戻って来ないと分かれば、却って仲介して、機を伺う、あるいは恩を貸しておくものだ。手を掴もうとせず、押し付け、振り帰ってもらおうとするものだ。
茶々を貰い受けた時点で、秀吉は確実にお市に惚れていたさ。まぁ秀吉はロリコンだから年増のお市に手が伸びなかったのかもしれないが。

2019年
03月06日
04:10

バイトの先輩が、あぁいう仕事柄なので、遺書を残している、という話を伺ったので、いっそ死んだ気持ちになって書いた。自分とていつ死ぬか分からんしな。

てきとーに調べていたら、遺書と遺言書の違いが出て来て、これは遺書だし手書きでも何でもないので、法的効力は全くないようだが、まぁいずれ書くだろうし、まとめておいて損はないはずだ。


・無論仏教式で頼みたいが、薄葬で構わない。葬儀に金を費やし過ぎるのはバカバカしい。ただし、注文は頼むから受けてくれ。読経と葬儀担当は決して高僧ではなく若者に任せ、能い経験をさせるように。失敗しても構わない。どうせ死んでいるんだから。
・喪主については面倒な仕事なので長兄に押し付けよ。
・会場は畳のあるところで頼む。焼香は顔をよく見たいので座礼のものを頼む。よく冷暖房を利かせ、途中の入退出と読経中の会話・飲食を許可する。あぐらをかいても構わない。
・我が家の宗派は複雑なので、これに則る必要はない。母方は曹洞宗だが問わない。曹洞宗は好みでない。その代わり、参列するならば、よく宗派を心得、己に見合う宗派を選び、焼香の際にそれを示すこと。たとえ幼児でも準ずるように。仏の道をよく心得ること。
・受付で短冊と筆ペンを配れ。理由は後述している。
・弔辞はとっつぁんと、赤羽と兵部に任せる。
・焼香と出棺の際、無音では寂しいので、滝廉太郎の曲を流してほしい。歌は無用。他に、コブクロ、一青窈、平井堅を流してほしい。同じく歌は無用だが、歌いたい奴がおれば歌え。
・骨上げというのはバカバカしい儀式なので根元から取っ換える。民俗学は苦手じゃ。箸で骨壺に入れていくのは構わんが、欲する者あれば、微かでも骨を濁った酒に混ぜて呑め。濁った酒でなければならん。必ず吉を以て報いる。
・分骨は好きにして良い。あと微かで良いので自分からも頼みたい。が、分骨をすると証明書とかやたら手続きが面倒なので、骨を捨ててくるように。場所は勝海舟墓付近の洗足池と、若山牧水ゆかりの沼津の千本松原近辺。これ以上は望まない。
・精進落としは贅沢にせよ。寿司、天麩羅、馬肉、牡蠣。米は出すな、麦飯にせよ。酒も大いに出せ。濁り酒が良い。それから、必ずゴッドファーザーを用意しておけ。甘味は好きにせよ。
・精進落としの献杯を必ず親族にやらせてはいけない。友人代表にやらせるように。
・精進落としは楽しくやれ。能く食い、能く飲み、能く笑え。何なら浅草から漫才師と落語家を呼んでも構わない。
・茶会と歌会と連歌会を催すように。下手で、形式のみで、良い。連歌会は俳諧連歌でも構わない。連歌会の際、「曖香」という方を頼り、丁重にもてなすように。
・戒名は右記にせよ。「天正院殉道仙樹居士」。なお、一応母方が曹洞宗なので、これを参照して名付けた。
・遺影についてだが、数種類作ってほしい。まず西野幸治・夢路キリコの両名に描いてもらうように。
・同じく遺影について。狩野派絵師がいるならば、直垂を着せたものを描いてほしい。その際、烏帽子・メガネを着けてはならない。葬儀の際はこれを飾るように。
・生前の写真の多くは捨てるように。
・葬儀の際、花を飾るならば、桃・鈴蘭・桜・蓮・椿・橘は必ず飾っておいてほしい。これは吉凶を問わず。昔の女を思い出すため。
・遺産については僅かなので好きにせよ。財産はどうせ葬儀で使い尽くすだろうが、もし残るならば家族で適当に分けろ。相談を許さず早い者勝ちとする。家族でせいぜい諍い合うが良い。それ以外の書籍・記録・その他の物々は全て好きにせよ。
・辞世の句は死ぬ前に必ず創っておくので安心してほしい。葬儀の際に読み上げてほしい。
・出棺の際、参列者は短冊に和歌なり雑俳なり漢詩なりを詠み、入れておけ。あの世で笑いながら読む。もしそれが出来ないなら好きな映画や小説を短冊にでも書いて入れておけ。
・仏壇を作るならば、棚に『孫子』を入れておいてほしい。岩波文庫で良い。
・青色の気に入りのハンカチがある。「らんまる」と名乗る方に返しておいてほしい。

2019年
03月05日
15:15

>>226

こういうことを考えると、やっぱり自分は催し事をするのが好きなんだなぁと思うけれど、同時に、知らない人がいるところにわざわざ行くのが嫌だ・嫌いな人がいるところにわざわざ行くのが嫌だ・身内だけで固まっている方が気が楽、という人の方が多数を占める時代になったので、やっぱり自分は古いんだろう。

2019年
03月04日
02:17

今さらになって、あのゲームから得たものの大きさと素晴らしさ、そして悲しさがなかなか心に残るもんです。

あのゲームの悲しい点の一つに、ガラケーからスマホに変わり、ブログからSNSに変わる、時代の転換期に稼働していたってことがある。
いま戦国大戦が稼働できない理由の一つに、コード類の買い換えが効かないこともあるらしい。

何かもうちょっと語る予定だったけど、気が付いたら日をまたいでしまった。

2019年
02月28日
01:12

官渡の戦いの、特に白馬津・延津の奪り合いは、于禁・楽進のコンビのみならいざ知らず、降ったばかりの張遼と関羽を前線に配属させる時点で、何か思惑がある。夏侯惇や曹仁らは許昌の守備に就いていて、前線へおらず、夏侯淵や曹洪らは前線を下げた官渡の総力戦になってようやく出張る。最初から白馬津・延津は小手調べ程度のものだと思ったら、想像以上に戦果が上がった、とかそういう見方が正しいか。

2019年
02月26日
20:25

もしも大金持ちになったら、なんてことをふと考える。

大金持ちになったら、まずお店を出したい。
戦国武勇伝みたいな居酒屋が1階。
あとバーも開きたい。普通のバーと日本酒バーの2つを開く。
両方ともバーテンダーは、達人の方と、もう1人駆け出しで、これからバーテンダーになるって方を雇う。若者を修行させるんだ。
場所は新宿じゃない方がいいな。品川・羽田・東京の各窓口にアクセスしやすい場所に建てる。となると有楽町・新橋・浜松町のあたりか…何だかゲーセンとは縁遠いなぁ。
そんで地下は、戦国大戦の筐体も強引に買って来て、そこに設置する。地下が日本酒バーかな。普通のバーは2階とかにして、外が見られるところの方がいいもんね。
日本酒バーと銘打ちつつも、日本酒以外も提供するし。そこでオフ会とか出来るくらいの広さ。
毎月戦国大戦オフやるんだ。
ついでに、イラストレーターさんか漫画家さんを雇って、遠藤さんみたいなレポを毎月作ってもらって、SNSで公開する。そのイラストレーターも駆け出しの人、仕事が打ち切りになっちゃった人とかに頼む。

あと寿司屋も創りたい。
寿司屋のセットメニューの題は、普通は「松竹梅」だけど、『源氏物語』のヒロインの名前にする。最上級が「藤壺」。そのコンセプトに合ったメニューにする。
「藤壺」には干し肉が付いて来る。
「空蝉」にはたらのめの天ぷらが付いて来る。
「葵上」には鯖の押し寿司が付いて来る。
…今度、「花散里」も聞いて来なければ。


絶対、経営は巧くいかない。でもそれでいい。滅私奉公。
仙樹のことが好きで、尚且つ自分のために頑張っている人のために創りたい。

なんてことを妄想した。

2019年
02月16日
14:49

ちょいと足を伸ばして熊本に行って来た。
友人の一人に、プロゴルファーになるのが夢の女の子がいて、その子と長々とおしゃべりしてきた。
その時に、「会いたい人がいて、その人に会うために頑張っていた」って話を聞いて、忘れかけていたことを思い出した気がする。

趣味がない今、何に目を輝かせるかと言えば、やはり「人」だろう。
「人」に対する魅力、惹き付けられる心というのは、何年経とうが失われまい。

何か自分が「夢」を持った時に、その背後には「人」がおるのが大多数だろう。
いま自分は現実に引き戻されたけれど、現実に果たして「人」がおるだろうか。おらんから「俺なら突き進める」という思考回路になってるのかもしれない。

いずれにしても、自分が大学教授目指したのには、小川剛生に会いたかったのもある。
小説家目指したのは、辻原登と同じものを見たかったのもある。

いま自分が憧れている人は?
…何だか、歴史を学んで、その人に密接に寄り添いすぎて、長所短所を捉えてしまって、恋人みたいに「何もかもが完璧に見えてしまう錯覚」を忘れ去ってしまっている気がする。
強いて自分が何に恋をしているか、とすれば、己に恋をしているのやもしれん。その「理想の己」に近づけるために「現実の己」を走らせているような気がする。

2019年
02月12日
18:41

だいぶ長い鯖落ちだったなぁ。ネットも永遠ではないんだから、ここを記録媒体にするのも、かなり危ないんじゃないのかな。

USBも50年ほどすれば使えなくなると言われているし、いま最も長く保存できる媒体とは一体何なのか…?

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