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[隠れ家・天正院] トピック

2017年10月12日
18:52

仙樹の呟き4

仙樹の呟き、4つ目。

いたづらに 生き抜く勿れ ほととぎす

書き込み

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432番~413番を表示

2022年
04月02日
22:23

イチローは、ご飯をおごる側の方が嬉しいらしい。
若い頃は、おごられる側の方が無論、嬉しかったけれど、年を経てこうなったという。

考えてみると↓になる。

努力をして技術を得る→技術を基に仕事をして金を稼ぐ→稼いだ金でおごる→おごると喜んでもらえる。

源は、自分の努力だ。
他人に施すことでしか得られない喜びは確実にある。
例えば、配偶者や子供を養うのは、完全に自分の努力が根源だ。養うと偏に言っても、ご飯を食べる・レジャーをする・進学する・やりたいことをやる。そして喜んでくれる、感謝される。
自分の大切な人が喜んでくれるのは、自分にとって無上の喜びじゃないだろうか。まだ自分は味わっていないけれど。
イチローも、どこかのタイミングで、そのことに気付いたんじゃないだろうか。

そして、それは、やはり自分がある程度、生活が自立しているだけじゃなくて、大切な人を養える立場にならなければ気付けない。

何が言いたいかと言えば、自分の同世代では、理解もされなければ、気付きもしないだろうし。下手をすれば、一生気付かないのかもしれない。
みんなみんな、自分のことしか考えない。自分さえ得をすれば、それでいいと心の底で思っている。自分自身もそうなのだろうが。

……せめて、このことにも気付いている人が身近にいないのだろうか。
それとも自分がただ、人からおごられたいだけ? 自分が傲慢なだけ?

……しんどい。

2022年
01月23日
20:07

え。自分が『THE MANZAI』の出場者決めてもいいんですか!? あざっす!!

え。いま決めないといけないんですか!?
うわー、そんなの大変ですよーー…

まぁしょーがないなぁ、じゃあいま決めますね!!

…は? 今年から2日に分けて、1日、2日で分けて考えないといかんのですか!?

っはー、大変でんな、そりゃ。
ほな、今から考えてみましょか。

大体、23人~25人でやってるので、24人。
2日間なら48人必要ですね。それじゃ48人考えましょう。

1日目

1.霜降り明星
2.ハマカーン.
3.博多華丸・大吉
4.キュウ
5.見取り図
6.オズワルド
7.麒麟
8.和牛
9.トータルテンボス
10.マヂカルラブリー
11.千鳥
12.銀シャリ
13.和牛
14.笑い飯
15.モグライダー
16.NON STYLE
17.オードリー
18.チュートリアル
19.もも
20.アンタッチャブル
21.COWCOW
22.ますだおかだ
22.青空球児・好児
23.海原やすよ・ともこ
24.爆笑問題

2日目
1ミキ
2.ウーマンラッシュアワー
3.おぎやはぎ
4.ダイヤモンド
5.かまいたち
6.からし蓮根
7..タカアンドトシ
8.錦鯉
9.スリムクラブ
10.ミルクボーイ
11.流れ星
12.とろサーモン
13.ハライチ
14.トレンディエンジェル
15.トム・ブラウン
16.パンクブーブー
17.ナイツ
18.サンドウィッチマン
19.くりぃむしちゅー
20.ブラックマヨネーズ
21.おぼん・こぼん
22.フットボールアワー
22.テンダラー
23.中川家
24.西川のりお・上方よしお

香盤に意図はない、多少、規則性を持ちつつ選んだから、ネタのテイストを基には選んでいない。
んー、48人じゃ足りないな。もう1日必要になるな笑
もうちょっと、自分好みの芸人を選びたかった。

2022年
01月11日
13:45

>>429
M-1総評続き

オズワルド
東京漫才の完全完成形なのではないだろうか。
以前書いたかもしれないが、ナイツ塙の著書に、関西方言はスピード・テンポの調整が可能なのに対して、関東方言はスピードに限界がある(ただし江戸弁を除く)。そのため、古くから、アップテンポなのが関西漫才。関東漫才はローテンポ。もしくはコント漫才形式にするのが多い。そしてM-1は基本的にアップテンポ有利だ。
オズワルドは本気で優勝を狙いに行っているものの、自分としては不可能ではないのか、と。

そして前年。やはり届かなかったワケだが、自分としては、ボケがシュールに偏り過ぎていると考えていた。そして、これは一種の完成であり、東京漫才の限界じゃないのか、と思っていた。
ところが今年のオズワルドは、それを超えて来た。シュールテイストを交ぜつつも、しっかりとボケを積み重ねるし、会話としても全く不自然じゃない。
何でも、M-1決勝の日の午前にも舞台があり、そこで掛けたらしい。そしてその度に修正を掛けて、何十、何百とブラッシュアップして行き着いたという。これは凄まじい。これは確かに96点を付けても全く問題がない。何も言うことがない。

最終決戦の2本目がダメだった、という話も上がっていたが、そんなことはない。2本目も大変に良い。ただ、やはり大トリ向きじゃないんだよな。ここはむしろ昨年のようにワードパワーで戦っていればチャンスはあったのかもしれない。分身するのも、大変に良いと思う。錦鯉とは、相性がさすがに悪かったように思う。


…何か疲れたな。何となくモチベーションが高くない。今日はこれまで。

2021年
12月27日
22:57

M-1総評続き

ハライチ
何度もハライチのことは触れているので、この場を使って言うまでもないんだけれども。
…敗者復活を勝ち上がって来た時は、涙が止まらなかった。またハライチの漫才が見れるという嬉しさ。そしてもしかしたら最終決戦に行くかもしれないという期待感。
何より笑い転げた。今まで何度も「ハライチは澤部は良かったけど岩井がダメだ」と言われ続けた岩井さんが、大暴れして爆笑をかっさらう姿。本当にカッコよかった。
ただ。ここでは感情を排して、冷静に審査をしたい。
まずネタの練度不足。ネタの構成や掛け合いの間の使い方は、もっと練ることが出来るはず。ワードの盛り込み方や、ストーリー性にも改良の余地がある。(ここがM-1の難しいところなんだろう。これくらいのネタの完成度でも、80点台後半が精々な点数になってしまう。もっと完成度を上げてほしいと思ってしまう)
次にタイムオーバー。そもそも4分間で漫才をする機会自体に恵まれなかったんだろう。敗者復活と立て続けなのは頂けない。時間の感覚も把握しきれなかったのだろう。(つくづくM-1がスポーツに比定される謂れを感じた)
それから会話の仕方。2人同時にかぶせる場合は、伝えたい方を大きくするのは当たり前だとして、伝えない方の声量の調整が難しい。岩井さんの声は小さくとも聞こえやすく、澤部の声は大きくて拡散されやすい。丁寧に調節すれば絶妙な大きさに出来るはずだが、ただでさえ非吉本なうえにコロナ禍&売れっ子で舞台・営業も少ないハライチでは、技術でカバーしきるのは困難だ。少なくとも(かつての、かまいたちにも感じていたんだが)片方が話してる時は、片方は話さない、という手法を取る方が無難だ。
ノンスタ石田がラジオで言っていたように、「ハライチを知っていれば知っているほど面白い」漫才となってしまっただけに、炎上につながってしまったんだろう。
敗者復活には93点あげたが、こちらは89点。けれど……自分が審査員席でこれを見たら、感情がこもって、泣きながら92点くらいあげてしまう気がする。

真空ジェシカ
個人的にかなりハマッているし、あと5本くらい見たい。ただ何故ウケたのか分からなかった。馬鹿な客に、「冗談は縦置き」、「江夏くらいジャイロボール」、「二進法で注文」、「ハンドサインでヘルプミー」、こんな言葉が分かるはずがない。普段のトークでこんなこと言ってもドン滑りする。なのに受けまくっている。そして審査員席の「センスがいい」で締めてしまう微妙なリアクション。何故ウケたのかが分からない。
先述したように、昨今はパワーワードで攻める漫才に勢いがある一方、パワーワードも織り交ぜつつ、記憶の隅の、どこかで聞いたことのある言葉を織り交ぜて、知的な刺激を与えながら展開していく。絶妙に面白い。ツッコミもオドオド系で、パワーで攻めてこないのが丁度よい。これがダイアン津田やミキ昴生だったら台無しになる。ネタのタイプとしては霜降りに近いな。
ちょっと思ったのが、川北のおばあちゃんの演技が微妙に下手。テンションの調節の仕方は2人とも巧いんだが、2人とも演技が上手じゃないんだろう。チュートリアルみたいなしゃべくりの形も見てみたいところだ。92点。

2021年
12月21日
13:06

M-1の総評を。

モグライダー
今回のM-1で一番心配したのが、トップバッターが果たして掴めるのかどうか、という点。結論から言えばモグライダーは、昨年のインディアンス以上に会場の空気を掴んだ。今回出場した芸人の中でも、トップ5に残る実力を持っている。

このトップバッター問題は、いい加減に解決した方がいい。審査員も「トップだから仕方ないね」って口に出てしまうほど、優勝を逃す空気感にするのは、あまりに非道。
解決策としては2つ。
1つは昨年の優勝者を開口一番としてやってもらい、審査も行う。そしてこの点数を基準点とすること。
もう1つは敗者復活を1番目に強制する。準決勝のワイルドカード枠はそうしていたはず。敗者復活が有利に働くのは、準決勝をやった意味が薄れるので、ハンデとして1番始めに出場させること。
あとそうだ、他にも「敗者復活の方が豪華だった問題」にも触れたいので、メモ代わりに書き残しておく。

モグライダーは結果的に歌ネタだったけれど、1発目で歌ネタはだいぶしんどい。2019のニューヨークみたいになりかねないが、丁寧に前フリをしていたのが本当に良い。ちゃんと客を引き込んでから歌い始めたので、置いてけぼりにならずに聞けた。
そして技術力。非常に高い。特にツッコミの芝。決して歌が上手とは言い難いが、初めの「さそり座の女」は、わざと下手に歌った。だから、本ネタに入ったあとの歌声が聞きやすい。あと歌い始める前に「ドゥーン」って言うの。あれ本当に大事。いきなり歌い始める人って100%変な人だから。だけど、「ドゥーン」で、演者は歌う姿勢に。客は聴く姿勢になる。素晴らしい。
強いて良くない点をあげると、(ほとんど粗探しに近いが、)まずオチが弱すぎる。肩組んでボケの人も歌う、ではなぁ。もうちょっと拍手喝采で終わる形に持って行ってほしかった。win-winの形に、美川憲一がなっていない。勿体ない。
あと芝のツッコミの途中、「テメェ!」ってツッコミ。これも良くない。短く斬り込むならば深く斬り込む。ここが甘い。でも逆に言うとそれくらいかな。93点くらいあげてもいい。もっと他のネタも見たかった。

ランジャタイ
以前から嫌い。これは漫才ではない。永遠にふざけている。浅草かなんかでやったらドえらい空気になる。シュールですらない。
前振りの動画で「ギャグマンガの影響を受けた」とあって、成程な、となった。だがこれは自分に言わせてみれば「落とし込みが足りない」。ギャグマンガの面白さを、全てマイムで表現しようとしている。
勉強不足・実力不足と言っていい。
この手のネタはモグライダーでも触れたけれど、前フリを丁寧にやらなければ、客が置いてけぼりになってしまう。そんなことは2017年のM-1のマヂカルラブリーで起こっているワケで。会話として成立させていない。
講談とか、ナレーションの芸を知れば良くなると思う。今のところ「芸」に達していない。ただただ「お遊戯」をしている状態。あとツッコミ。髪型とファッションが良くない。ギャグマンガにあんなキャラはいないし、ツッコミもしない。
あと凄くムカついたのが、審査されてる時にヘラヘラ笑っている点。優勝しに来いよ、と。「自分は最下位になると思ってたんで~」みたいなスタイルで来られて。決勝で見たかった芸人・もっと苦労している芸人がいるのにもかかわらず、あんな態度を取られたのが本当に腹が立った。
で、出場前の廊下を歩くところ、暫定ボックスから敗退して立ち去るところ。「ここが大事だ、ここでコメントを決めると、今後の売れ方につながる」というのは、以前から言われていたが、これは「平場もいけますよ」「バラエティでもやれますよ」っていう、TVディレクターへの「実力」と「安心感」を伝えるためなの。真空ジェシカもそうだが、道具を持ち込むな。それは「平場の強さ」ではない。
本当に何が目的で、何をしたくて、何になりたかったのか、全くワケが分からない。本当にただ「お遊び」をして帰っていった。こんな芸人は評価に値しないし、褒める理由もサッパリ分からない。自分が審査員なら49点を付けて、歴代最低点を付けてしまう。本当に酷い。

ゆにばーす
むちゃくちゃ良かった。個人的に優勝。技術という面では圧倒的に凄まじい。
まぁ出番順が良くなかった。3番手はどうも伸びない。2020のニューヨーク、2018のかまいたち、あたりかな。「ランジャタイの後だったのが良くなかった」という声もあったが、いやそんなことはない。そこは関係ないと思う。
まずツカミ。圧倒的に良い。
これはナイツ塙の本に(たしか)書いてあったが、2017年のM-1で、「ツカミが速かったから、とろサーモンに投票した」と答えた博多大吉の反省を受けて、2018年のM-1は、ツカミをほぼ全組入れていた。ところが、例えばスーパーマラドーナは、「こっちの弱そうなのが田中と言います」って。自虐に近いツカミで、むしろ客を冷めさせた。(ちなみに和牛はツカミを入れていない。自分たちには出来ない、と悟ったのかもしれない)
そして、このゆにばーすのツカミの凄さたるや。客のテンションを上げて、「悩みあんねん…」で、前フリにつなげながら、客を聴く姿勢に引き込みつつ、笑わせる。天才だと思った。鳥肌が立った。
で、ネタの構成力。ほとんど完璧に近い。このネタ自体は確か昨年の準々決勝あたりで見た記憶があるが、M-1用に更にブラッシュアップがされている。
はら が巧くなった、もあるけれど、川瀬のツッコミも、叩くのでなく、自分に「俺こんなんで勝つの嫌や!」と地面を蹴る。あれもいい。ノンスタがM-1の時にやったボケ+セルフツッコミボケを更に進化させている。オチやストーリー性も格段に良い。
で、男女コンビでしか出来ないネタで。唯一性も非常に高い。男女コンビ史上、最高の漫才じゃなかろうか。昨年のニューヨーク以上に、最終決戦に残っていないことを疑問に感じたネタだった。昨年の見取り図より1点高い95点をあげたい。

ひとまずここまで。

2021年
12月20日
01:17

M-1グランプリ。
んーー。昨年と比べても違いがだいぶ顕著になったように感じる。そしてそれを面白がる人が一定数いる。
マヂカルラブリーが優勝したことで、また漫才の定義が崩れている。この流れで錦鯉が優勝したのは、実に納得がいく。
もうM-1は競技として爛熟してしまって、ある程度の勝ち方みたいなものがほとんど出来上がってしまった。だからこそ、「誰もやっていないもの・こと」に評価軸が置かれてしまっている。
なので昨今から有力なのは「パワーワード」で勝負するタイプ(オズワルド・見取り図・滝音あたり)。他人が思いつかないので、有利を取りやすい。
他は、一言で言ってしまえば「個性」。トム・ブラウン、東京ホテイソンなど、既に自分のスタイルを完成させて、強味で勝負する。
今年のメンバーなら、もも、ランジャタイあたり。ただボケて叩いて、に終始しない。錦鯉もこっち側だろうな。

ダウンタウンの影響を受けて、育った漫才師の影響を受けた芸人たち……を、見て、いまのM-1に参加しているので。
表現力の中川家、完成度のますだおかだ・サンド・パンク、世界観のフット、暴走のアンタ・チュート、喧嘩のブラマヨ、暴走のチュート、発想力の笑い飯。実はほとんど、松本人志の枝から出て来ている。
もうやり尽されてしまっていて。特にここ最近はダウンタウンの影響の濃い人ほど、売れるのが遅れている。主に6.5世代。
で、逆にそこから離れているコンビの方が注目されやすい傾向にはある。(爆笑問題・くりぃむ・COWCOW・テンダラー・博多華丸大吉・中川家あたりの影響が濃い芸人)

一方で、技術的な側面が見失われていると思う。
面白さ・斬新さばかりがフィーチャーされて、ちゃんと間が取れていなかったり、笑い待ちが出来ていなかったり、2人のテンションが合っていなかったり。「芸」としてどうなんだ、って疑問符の浮かぶネタも少なくなかった。

1組ずつ見て行くと時間かかるので、取り敢えずここまで。

2021年
11月12日
23:51

映画『信虎』。主演・寺田農先生。拝見しました。

方々で言っている通り。大変失礼なのは百も承知で。
寺田大先生も御年79。恐らく主演の映画は、もう撮られるまい。人生最後の主演映画となると思われる。ご本人も心の内では覚悟されておいででしょう。目に焼き付けなければならないな、と思い。
運良く、舞台挨拶のチケットを取れたので足を運んだ。

久方ぶりの寺田先生。前にお会いしたのが2013年なので、およそ8年ぶりに拝見。(握手などはなく、もちろん自分が遠めに見ただけ)
相変わらず細い腰、柔和ながらも奥には得体の知れない恐ろしさを秘めた瞳は御健在。

AKBの左伴が、「結婚するなら、寺田さんのような男性が」と伝えると、照れて笑う、可愛らしさも持つ寺田先生。
ただ一方で、進行役のマイクの声が聴こえないのか、耳に手を添えて話を聞いているお姿も。
老いさらばえた「憧れ」の姿に、もののあわれのような、もの悲しさを感じた。
昭和を生き、岡本喜八・実相寺明雄と亘り合った輝かしい名優の、まさに晩年だ。

そして上映。
いや、一言では言い尽くせない、凄まじい映画だった。
ただ先に伝えたい。これは「馬鹿」だと面白味のない映画だ。日本史、というよりも武田家と、その周辺事情の歴史・時代劇の知識・仏教の知識・オマージュへの気付き…短くまとめれば「頭の良さ」がなければ、全く理解できない映画。なので安易に人に薦められない。
内容を書くのは控えるが、短くまとめると、「老害のジジイが里帰りして迷惑をかけたので、魔法少女に変身し、魔法を使って子孫を残す」って映画です。本当です。
善悪ではない、自分の使命のために動き、「リアルな戦い」をする武田信虎に、感情移入するのは若者にはハードルが高いだろうし、理解もしづらいだろう。
けれどよく見てほしい。やたらと描写される「死」の場面の多さを。そしてそこに周りの人間があまり感情移入もせず、影響もされない。そういう血なまぐさい時代。一挙手一投足をわずかに過てば簡単に、あっけなく、命を失う時代だということ。如何に「家名・子孫を残すのが難しいのか」が、随所に描写されている。
かつての時代劇が、命よりも大切な信念のために、命を擲って戦い、散る。こういった作品が大多数であった。『信虎』は全くの正反対。のこのことジジイが生き残り、ただ生き残るために戦い続け、仕舞には現実も飛び越えてまで「生き残る」。
その「有り得なさ」と。良く言えば「執念深さ・諦めの悪さ」、悪く言えば「カッコ悪さ」に反して。
圧倒的にリアルな舞台セット。ほぼロケで撮ったうえに、小道具もほぼ本物らしい。何から何までやたらにリアル(リアリティではない。リアル)。黒澤明以上に「リアル」へのこだわりが伝わる。舞台セットも、寺で撮影している。寺が持つ独特の「触れてはならない感」が、独特な緊張感を醸す。大河がロケを減らし、屋内スタジオでセットを組みつつCGを加えることが、ここ数年で増したのとも正反対だ(決して大河を否定しているつもりではない。ハリウッドも昨今はCG撮影が多く、その方が予算・生産性も高い。何より映像が美しい)。近年の流血描写が大河で少ないのとも、相反している。ひょっとすれば近年のいかにも「作りました感」の強い時代劇へのアンチテーゼ・反動なのかもしれない。

ともかく凄まじい作品だった。紛うことなく寺田先生の代表作。
(『肉弾』が究極のコメディ映画なのに対して、)究極のリアル大河映画。これは一度は見ておかなければならない作品だ。まぁでも見るなら、齢40を過ぎたあたりの方が共感しやすいだろう。

2021年
11月01日
01:04

衆議院選挙。面白い結果だねー。

甘利明、平井デジタル、石原兄弟、小沢一郎、辻元清美…
それから苦戦する枝野幸男、菅直人…

そしてあんなにメディアに叩かれても全く投票数の落ちない麻生太郎、二階俊博。
やっぱり田中角栄は偉大だなーと思う。この人の通りにすれば選挙は当選する。地元にしっかりと根付いて活動をして、地元を豊かにする。これに尽きる。落選した人は不祥事を除けばほとんど明らか。
逆に枝野が苦戦したのは、相手の牧原さんが地道に一生懸命に頑張ったからなんだろう。枝野さんも地元根付いて頑張るタイプだったけれど、ここまで脅かす。凄い。


個人的に気になっていた選挙区をまとめ。

東京15区→候補者乱立。意外にも都知事選に出馬していた桜井誠が出馬。票は伸びず。
っていうか当日、比例に党名を書くまで「日本第一党」が出ていることすら知らなかった。1議席くらいは取ってほしかったが、やはりメディア戦略は恐ろしい。全く知らなかった。
もう少し地元に根付いて活動するか、比例出馬すればチャンスは必ずある。あの立花孝志ですら当選したんだから。

東京18区→菅直人と長島昭久。元上司と部下の争い。以前に裏アカで書いたんだが、ここは4年前、土屋正忠とかいう増税と表現規制を訴えるジジイか、菅直人かを選ばないといけない地獄みたいな選挙区だった。1000票差で菅が勝った。
土屋が隠居したので、長島が入った。ところがこの長島というのは元民主党議員で、菅の部下だった。これは面白い。
選挙特番を見たら、相当に注力していて、応援演説で麻生や菅義偉が駆けつけていた。
結果は菅直人の辛勝。だがさすがにこの年限りだろう。次回は菅も80歳を過ぎる。新人次第だな。

岩手3区→小沢一郎。結句、この人は田中角栄にも金丸信にもなれなかったって感じだ。せめて地元貢献をやって地元にしっかりと根付いていなければ、こうやって加齢とともに見捨てられる。一体何が、誰が、この男を突き動かしているんだろうか。政界に居座り続けると、地力とでもいうのか。支持基盤の強さを見失ってしまうのか。ここが二階との違いだな。

新潟5区→つくづく新潟といえば田中角栄。ここには自民党の有力者ですら応援演説にすら入って来ないもんな。どんな野次や暴動が起こるか分からんもの。

長野1区→篠原孝。栄村地震で尽力したイメージがあって、個人的には応援していたが、ザッとTwitterで検索したら、さほど人気ではない模様。自民党が勝利。篠原は比例へ。

「どうなるんだ」的なのはこんなもんかなー。あとは概ね、そりゃそうだろなーくらいの感じ。

2021年
10月25日
19:55

酒が人をアカンようにするのではなく、その人が元々、アカン人だということを酒が暴く

のではなく、人というのはそもそも全員がアカンのであり、所詮は獣であり、酒でなくても理性を奪ってしまえば獣になる。理性のある間は人。換言すれば人であるか獣であるかは理性によるものである。

2021年
10月18日
13:35

日本共産党っていうのは、全く支持する気はないし、これからも未来永久・永遠に日本国内で支持されることはないので、政権を握ることはないんだけれど、かと言って共産党がなくなってしまうと、「こういうことは、丁寧に論理で否定しなければならない。支持してはならない」という反面教師的な、分かりやすい悪役がいなくなってしまうので、ごく少数の議席とごく少数の支持者は必要ではある。
いわゆるバイキンマン的な存在なわけで。バイキンマンがいないアンパンマンの世界は、面白味もなければ、教訓もなくなって、結果的に民衆が愚か者ばかりになるので、政治に興味を持つ・一定の知性を保つという理由で必要な存在なのです。毒も薬であり、欠かせぬものです。

2021年
10月16日
13:10

『赤めだか』で印象に残ったフレーズを書き残しておきたい。

談春、談志との初稽古にて。
談志「よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ。最初は俺が教えた通り覚えればいい。盗めるようになれば一人前だ。時間がかかるんだ。教える方に論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ。いいか、落語を語るのに必要なのはリズムとメロディだ。それが基本だ」

一龍齋貞水先生が、「芸は盗むものだ」と仰っていた。貞水先生は、講談師の定席である本牧亭で学生の時分から育ち、明治・昭和を生きた名人の傍で前座修行を積んだ。今の前座講談師が両手を差し出しても与えられない環境で育った。また前座の人員不足だったもんだから、朝から晩まで1日中働かされ、しかも1席~2席、開口一番をやれと言われたらしい。過酷な環境だ。そりゃ耳で覚えてしまうし、論理ではない技術で、まさに盗んでいったのだろう。そして人間国宝にまでなった。

一方、談志はこれを否定する。(談志は、貞水先生と親交があったらしいが)
テープも積極的に薦めたし、「"最初は"俺が教えた通りに」と言っているように。自分と同じようにやる、というのは最初のうちだけで、そのうち「良いものから学べ」と言っている。

『赤めだか』にこんなシーンがある。談春が、談志のテープで「たらちね」を覚えたので稽古してほしい、と談志に頼むと、談志は叱る。
「だからお前はダメなんだ。何でもかんでも俺で覚えることはねェンだ。たらちねは俺の売り物じゃない。圓生師匠で覚えるんだ。努力の方向性が違う。一言で言えばセンスがない」
隣に、弟弟子の志らくがいる。談志が続けて尋ねる。
「志らく、お前は今何を覚えているんだ」
「堀の内です」
「誰のテープだ」
「円遊師匠と円蔵師匠です」
「うん。お前は分かってるな。少しは談春に教えてやれ」

前座時代、談春の方が香盤は上だ。格下の人間にここまで言われれば心が折れる。
ここまで言うか、と思うものの、これが立川談志の主義なんだろう。師匠の、いま目の前にいる人のものを耳で聞き、目で見て、それを盗む。無論、それもしているのだろうが、それよりも巧い人のものを聴くこと(それは時に談志が憎む相手であろうと)。これを優先する。
結果、談志は「立川談志」となった。いまは美化され過ぎている風潮はあるものの、技術は一級であり、何より生き様が美しい。記憶に残る落語家の第一と言っていい。


談春と志らくの間柄についても談春は記している。
落語界での香盤は絶対だ。年がどれくらい上であろうと下であろうと、先に弟子入りしたものが格上。1秒でも遅ければ格下。
(これは講談の話だが、講談協会に前座で登録するFAXが2通届いたが、1時間の差だったそうだ。それだけで先の者が上。後の者が下、となってしまう)
この香盤を引っ繰り返す方法が1つだけある。それは、先に真打に昇格すること。
真打昇格は、所属の協会の会長によってではあるが、「抜擢真打」というシステムがある。
落語芸術協会の前会長だった、桂歌丸は、この「抜擢真打」の否定派。自分が会長時代に抜擢した真打はいない。一方、次の春風亭昇太は容認派。何しろ、抜擢真打で昇進した者こそが誰あろう春風亭昇太なのだ。そして、昇太の容認で抜擢真打となったのが、神田伯山である。
これがあれば、抜かれた二つ目より上に香盤が来る。格上となる。

先述の通り。立川談春と立川志らく。弟子入りは談春の方が先だった。(年齢は志らくが2つ上らしい)
ところが、志らくの方が先に真打に昇進した。
立川流は試験を突破しなければ真打になれない。志らくは先に自分が申し出て(何なら談春にも申し出て)試験を合格した。志らくが格上だ。もう二度と、談春は志らくの上に立つことは出来ない。
(この後、談春は「真打トライアル」を開催し、談志に認められ、間もなく真打に昇格する。この章は鳥肌が立つほど恐ろしく、そして痛快で、何より愛を感じる)

話は談春の前座時代に戻す。
志らくが入門し、瞬く間に噺を覚え、才能を発揮して、談志の寵愛を受ける志らく。
談春は冷静なものの、ハラワタは煮えくり返っている。談志も察したのだろう。稽古の際にこういう言葉を談春に投げかける。

「お前に嫉妬とは何か教えてやる」
と云った。
「己が努力、行動といったものを起こさずに対象となる人間の弱味を口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来ならば相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩の固まりみたいなモンだ。だがそんなことで状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識しては把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う」

談春は、志らくを知るために、陰気で前座仕事がまともに出来ない志らくと接するようになる。他の弟子たちは志らくの悪口ばかり言っていたが、彼らとは異なる行動を取った。
談志も、志ん朝、圓楽に先を超された。若くして天才・鬼才と呼ばれたものの、香盤は返らない。似た経験があったからこそ投げかけられたのだろう。
嫉妬というのは感情だ。理性ではない。感情に流されれば必ず失敗する。最後に勝利するのは理性だ。
別にいま、嫉妬の対象がいるワケではない。ただ、昔にいたのは事実だ。
そして嫉妬心から、ある種、逃げたり解放されたりした後。改めて振り返る…もしも、あぁしていれば…という。
嫉妬心は苦しい感情だと思っていたが、談志は「楽だ」と言っている。確かにそうなのかもしれない。負い目を感じながら努力をする方がよほど苦しい。
この言葉は忘れてはならない。

2021年
10月15日
12:47

『赤めだか』を読み終えた。初めて手に取った。遅かった。

鳥肌が立ち、震えが止まらないほどの名著。
ここまで凄まじく描写できた作品が他にあっただろうか。筆舌に尽くし難いとは、まさにこのことを言うのだろう。

立川談春という、今となっては言わずと知れた、最もチケットの取れない実力派落語家だ。
その談春の才能に目を付け、育て。一時は見放しながらも、最後の最後には愛した、師匠である立川談志。
その談春・談志との「師弟」という関係。これを単純な言葉だけで表現することは出来ない。「父子」とも、「上司部下」とも、「主君家来」とも異なる関係性と、決して口に出せない「愛」を。見事に書ききっている。
「弟子は師匠に惚れ込んでいる」というのは、師弟の間柄でよく用いられるフレーズではあるが、まさに性愛に近い。「談志に認められたい」一心で挑み、周りの登場人物もすべからく「談志に認められたい」一心で生きている。「認められた」=二ツ目・真打に昇進した後も尚、「もっと認められたい」と足掻く。そして認められた人間への嫉妬。

そして本当に認められ、尚且つ恩を返すために談春が、師のタブーに触れる。それもほとんどが事実なんだろうから恐ろしい話だ。

談春はともかく冷静だった。どのタイミングでも、どんな失敗をしていても、どんな感情が襲い掛かって来ても。冷静なだけじゃない。正直で礼儀正しく、男気がある。カッコいい。とにかく冷静に師を見つめ、考えて、そして爪痕を残す。常人ではない。

これは…図書館で借りたものだけれど、手元に置いておかなくちゃいけない本だ。心に刻んでおこう。

2021年
10月09日
03:29

年齢に合わせた笑いというのがある。

小学1年の時に『スーパーマリオくん』を読んだ。凄く面白かった。見入ってしまった。
同じ頃、『ポケスペ』を読んだが、難しいと感じてしまった。ポケモンが戦ってるのは分かる。日本語も読める。でも、難しかった。
何が難しかったのか、今なら分かる。人間関係が難しかったんだ。人と人とが争う関係。逆に恋をする間…それも、自分の命が惜しくないとさえ思うほど相手を慕い、敬い、そして掛け替えなく思う存在。小学1年生には想像つかない。
『マリオくん』は違うね。人間関係で笑わせる、他人の失態で笑わせる。そうではない。純粋なギャグ一本足。そこが凄い。(『マリオくん』が凄かったのは、ちゃんとギャグだけを描くのでなく、受け手も描いていたところ。ギャグをやったら、駒の隅でズッコけるキャラ。次のコマで「ちがうでしょ! ○○でしょ!!」「すみませんでした」とツッコミ、反省するキャラ。あたかも漫才のようだし、相手の言葉を投げっぱなしにしない。弱いギャグでも受け手が良いと笑えてしまう。)

沢田ユキオ氏曰く、『スーパーマリオくん』は、小学1年生2年生。漫画を読み始めの初心者向けに作っているという。6歳・7歳の笑いの感覚を持ち続ける。これは至難だ。逆に言えば、「大人を笑わせたい」という気持ちを殺すということだ。
一時期、『マリオくん』はウンコネタが毎週のようにあった(具体的には1998~2000年頃)が、なくなった。思うところがあったのだろう。
「ウンコ」で本格的に笑うのは、「ウンコ」が人前ではダメだよ、と明確に意識する頃だろう。それって小2では少し早いかもしれない、小3くらいなんだろう。やらかしたら恥ずかしいけれども。
でもオッサンになってもウンコ漏らすやついるしな。
あ、私は違います。(即答)

『かいけつゾロリ ちきゅうさいごの日』という本がある。出版は1999年。隕石が接近して、地球が、あと○○時間で滅ぶ~~!! という話。
ネタバレすると、オナラで隕石を受け止めようとする…んだけれど、オナラが凄すぎて地球が動いて隕石を避けちゃう…!! という話。

冒頭。コブチ総理大臣と名乗る犬がニュース番組に出て来て緊急速報を行う…!
「隕石が地球に向かっている…!」
「成す術はありません」
「地球最後の日です。皆さん、安らかに……」
お分かりだろうが1999年、時の総理大臣・小渕恵三そっくり。大きな眼鏡をかけて頬にブツブツを貯めた犬。
これは高度なギャグだ…!!笑 一体どこに読者層を合わせているのか…!! 時事ネタが通じる小学生は果たして何年生以上なのか……!?

結局はオナラで解決するあたり(ご丁寧に、カバーを外した表紙だったかに、「動いたぶんをオナラで元に戻しました」とまであり、更に裏表紙には「疲れたから温泉旅行に行きたい」という次回予告まで!!)。
面白くて見応えがあった。でも、小5ほどで読むと、面白味がなくなってしまう。

その頃、お笑いが好きになる。『エンタの神様』とか『爆笑レッドカーペット』とか。
成長して、お笑いが分かるようになるのだ。大人の始まりだったと言ってもいい。
ギャグマンガ・ギャグアニメも笑えるようになる。「面白い」ということが分かるようになるのだ。

……自分は子供に、どうやって「笑い」を教えてば良いのか? 自然と身に着くものなのだろうか? …だと良いのだが。

2021年
10月07日
23:46

最近勉強している。と言っても、Youtubeを見ているだけなんだけれども。

北村弁護士のYoutubeチャンネルを見ている。
台湾の歴史を話している。大変に興味深い。以前に伊能嘉矩の話をした通り。台湾に旅行に行ってから、台湾への興味と感謝は尽きないものの、手付かずだったので。最低限度の知識だけでも。

もう1つが、TBS NEWSのYoutubeチャンネルでやっている、歴代総理大臣列伝の動画。これも興味深い。今のところ中曽根康弘から順に。
どうして日本は経済が良くないのか? 良くならないのか? 不景気とまでは言わないまでも、経済成長が微弱なのか。これまでの歴史は? と。
3.11震災での総理大臣の対応から、政治への興味は尽きない。日本人はこんなにも頭のいい人材が集って、優秀な教育体制が整い、尚且つ長い歴史を持ってノウハウが集まっているはずなのに、経済発展しないのか。豊かじゃないのか。歴史を見れば見るほどに不思議だ。とっくに「良い生活」が出来る文明と民族のはずなのに。興味が尽きないというより疑問が尽きない。

やはり戦後の政治史は、田中角栄が境目だ。
アンチ田中角栄(自民党保守派)か、田中角栄後継者(左派)か。この戦いと結論付けるのが今のところ良さそうだ。この縮図を敢えて近代政治史に持ち込んで測ってみるのも面白そうだ。



………
…………おっさんになったなぁ。

2021年
09月28日
22:56

>>408

こういうインプットの分析をしつつも。
自分は趣味として、アウトプットじゃないと気が済まない。

創作をしたり、人に話を聞いてもらったり。
言ってみれば、アウトプットという方法を用いて、聞き手からの承認を求めている。承認欲求が強いんだ。
人によっては自傷行為に発展することもあるので、比すればマシだし、何なら面白い話をしたり、ためになる話をしたり、で、聞き手・読み手を利することに重きを置いているはずだ。

創作をする人になら、欠かせない欲求である一方で、過ぎれば聞き手に迷惑がかかる。
そして創り続けられる才能のある者だけが、この欲求を満たすことが出来る。

しんどい病を得てしまったような気がする。

2021年
09月23日
01:12

宇宙人。
その国は貧しく、資源がない。
そのため、その宇宙人は、他の惑星の生命体を乗っ取って、他国の資源を奪う。
宇宙人サラリーマンだ。

そのサラリー宇宙人。給与体系に気付く。
潜入活動を続けている間、自分の惑星の給料が毎月支払われる(暦がある、という概念は置いといて)。ところが、その給料は、乗っ取った惑星では使う必要がない。
何なら、大金持ちや、社長を乗っ取ってしまえば、財産は思うがまま。自分の地元の惑星の給与は、全く減らずに増加し続ける。美味い飯を一生食って生きていけるシステムを思い知ってしまう。
言ってみれば、乗っ取り生活を続けながら、寿命が来て引退するとしても、給料には一切手を付けていない。「円」換算で毎年300万円。出世・ボーナス込みで、10年働けば、所得税とかも考えると貯金は少なく見積もっても大体5000万円程度にはなるな。
生活は、当地の通貨だから、当地で使う、ないし稼ぐ。

宇宙人は地球に滞在。地球の生命体を調査するため、運良くテキトーに乗っ取った人物が、富豪。働かずに金を使うだけで生きていける。
調査のために、わざとスーパーやコンビニに潜伏する。生きていける。

ところが、スーパーのレジのアルバイトに恋をする。
口説く。うまくいく。愛する。
結婚する。子供ができる。家族ができる。
愛情が湧いてしまう。

と、祖国から命が。
「情報が集まったので、侵略作戦を実行する。地球人の生命体は殲滅する」

戸惑う宇宙人。
果たして選ぶのは安寧の生活か、それとも家族か…!!


……ここまで浮かんで。
で、ウルトラマンなら、侵略作戦(怪獣が出て来る)を阻止(光線で倒す)、で終わりなんだけれど。
…何なら『ウルトラマン』の脚本でもいけそうだよね。
あと1つ『ウルトラマン』(1話30分)で収められるかも怪しい。映画1本分程度にはなりそう笑

…なーんてことを閃いていましたとさ。

2021年
09月09日
09:42

ふと考えた。

同性愛が受け容れられる時代。
けれど、あくまで受け容れられるものに過ぎず、周囲の理解が必要なもの。ニュートラルではない。社会的ではないと言っていい。けれど、その人の性的嗜好・脳のプログラミングからして、同性しか愛することが出来ない。周囲と異なる、と。

で、ここに善悪を持ち出すやつがいると。
「同性愛は、決して社会に悪をもたらさない。迷惑をかけない。だから受け入れてほしい」という。
ただ、この論理が成り立つのであれば、じゃあロリコンはどうなの、と。
「同性愛は諸外国で受け入れられている! 日本が遅れている」と言い返すのであれば。
じゃあロリコンに関しての理解は、諸外国が遅れている、ということになる。
同性愛を認めるのであれば、その他の特殊な性的嗜好も受け入れられて然るべき、という論理が成り立つ。

論理としては成り立つが、はっきり言って社会的に容認できる論理じゃないだろう。
(…まぁここまで岡田斗司夫の受け売りなのだが)
(あと自分の意見でも考えでもないからね)

何が言いたいのかと言うと、必ずしも論理が成り立つのが100%正しいのかと言うと、そうではない。倫理。そしてこれによって成り立った法が許さないワケで。
議論の多い時代。如何に論理的かが大事な一方で、ロジックさえ成り立てば全てが罷り通るかと言うと、そうではない。相手に話を伝えるうえで、何が一番大事かなんてのは、そう簡単に決まるものじゃないけれど、ロジック100%では成り立たない、と。気を付けようと。

2021年
08月31日
11:57

就職活動の問題、若者の経済力の低さ、高くなる税金、年金問題、地方社会の衰退、大学の研究費問題、ありとあらゆる公共施設の維持費の問題、娯楽施設の減少、文化芸術の衰退、出版業界の衰退、アニメ業界の衰退……

ありとあらゆる問題が、全て「不景気だから」「金がないから」で片が付くんだから、さっさと経済を再興させればいいんだ。
明治期には外人雇ってまで近代化させたんだ。今だったら信じられないけれども。
いっそ優秀な外国人に経済任せてでも、本当に活性化するんなら日本人は支持するだろうさ。俺は嫌だけど。
こんだけ現代社会が何十年も続いて歴史が積み重なっているというのに、未だに有効な経済を打ち立てられないなんて、どんだけ日本の政治家は無能が多いんだか。歴史から学ばない政治家が多すぎる。

常々思う。日本は今どこにお金があるんだろうか、と。全体量は変わってないはずなんだから、どこかに偏って貯まってるはずなんだけど、見当たらない。老人だろ、とは言うものの、それは高齢化社会なうえに、昔の方が好景気なんだから老人の方が金持ってる率は高いんだから当たり前。それだけじゃないはずだと思うが。

2021年
08月23日
16:02

昨日、講談発表会だった。初高座だった。久々の舞台の上だった。緊張した。

講談教室に通うと、講談の話を分かってくれる人が多くて嬉しい。

講師・神田山緑先生。
テクニックとロジックで話をされる方。他の講談師にない技術を持っていらっしゃる。

「山緑先生はジャズ。神田伯山はロック」と、生徒(正確には違う。ゲストで講談をやりに来た俳優さん)の方が喩えていた。言い得て妙だなぁと思った。

帰りの電車。60代くらいのおじいさんとおしゃべり。
「私、好きなんですよ。山緑先生のしゃべりが。結構、他にない魅力を持ってるでしょ?」

確かにそうだなぁと思った。「師匠が女流講談師だからかもしれないね」と言っていた。
なるほど。

講談の歴史。古くから男性が読むものとして文化が形成されてきた。だから男声で読むための「読み方」になっている。音の立て方が男声でないと成立しない。江戸弁なども、女声が男性と同じしゃべり口でやると、おかしくなる。物真似をしているようになる。
宝井琴桜以来、女流講談師は増えていき、今では女流の方が過半数の界隈となったが、未だに男声で演じて、講談をやった気になっている。未だに女流で巧い講談師というのはいないな、と思っていた。いるかもしれないが、少なくとも自分は知らない。だから女流講談師がやらなければならないのは、「女流」の読み方を確立させること。軍談や武勇伝をやってもいまいち迫力が薄れる。『源氏物語』とかやればいいのに、と思ってしまう。女性声優とか女性漫才を参考にした方がいい。(女流講談は、ツッコミをやりたがらない。「こんなのではいけませんね、てへへ」みたいなのをやりたがる。誰が笑うか、そんなので)

ところが、だ。
恐らくいるんだろう。女流の読み方が完成している講談師が。
そこから学んだ男性講談師。力ではない、華やかさ・艶やかさで勝負できる。しかも迫力もあるから軍談も男社会も表現できてしまう。それが山緑先生はじめ、いま二つ目に控えている、これから出て来る講談師なんだろう。まさに「ジャズ」だ。

神田伯山の「ロック」の影響を受けた人がどれほど出て来るのか。「ジャズ」が対抗馬になるのか。
そして自分は? んーー。「クラシック」…と言いたいが、果たしてそれでいいのか。少なくとも「クラシック」を覚えて、そのあと何を奏でるか、だな。伯山はそうやったワケだ。

いずれにしても、昨日は濃い1日だった。

2021年
08月21日
13:35

8月17日放送の「爆笑問題カーボーイ」で、太田さんが本当にいいことを言っていたから、記憶にとどめるためにメモ。

メンタリストDaiGoの、生活保護受給者やホームレスに対して否定的な持論を述べて大炎上。
「ホームレスは社会的に何の役にも立っていない。利益がない」と。
これに対して世間の批判が、「やむを得ない理由でホームレスになってしまった人がいる。そういう人の受け皿として生活保護がある」という意見が。確かにこれは正しい、と太田さんは言いつつも、

「じゃあ、全員がそういうやむを得ない理由かと言うと、そうではない。努力もせず、やる気もないのにホームレスになっている、って人はどうなの? と」

それで生活保護ないしその他の福祉を受けているホームレス。それは世間の反論に当てはまらない。
ここで太田さんは『ドン・キホーテ』を引き合いに出す。

「ドン・キホーテは、それこそ世の中の誰の役にも立たない人物だ。単なる庶民なのに、自分を騎士と信じて旅に出る。周りの登場人物は、ドン・キホーテという“役に立たない物”に引きずり回される。そういう話だ」
(正確には、テリー・ギリアムの映画も並べて説明しているのだが、未視聴だからここでは省略している。今度見る)
「ところが、ある日突然、ドン・キホーテが正気に戻ってしまう。すると、読者はどう思うかというと、『なんてつまんないんだ』と思うワケだ」

無駄なものがなくなって、本来ならば万々歳なのに、「つまらない」と思わせる。

「そういうの見てて、やっぱり『無駄なこと』こそが面白いんだ、と俺は思うんだよね。
だけど今はお笑いでも『今のギャグって、誰が得してるの?』ってことが出る。あぁいうこと、俺は凄く嫌い」

成程、と思った。
(いやつい、自分も「これ誰が得するの」的なことを言ってしまうことはあるんだが)
今の世の中、景気が悪い時代が長続きしているから、というのもあるだろうが、今の日本はひたすらに損得勘定に敏感だ。損な事物を排他することに躍起だ。
ところが、世の中が全て「得」だけを求める時、物凄く息苦しい空間になってしまう。
(『ドン・キホーテ』を引き合いに出せる。これが凄い。言い得て妙とはこのことだ)
就職活動でもそう、会社に入ってからもそう。今の世の中は、「どう利益を生むか」「どのくらい貢献したか」に躍起になり過ぎている。


DaiGoは猫を飼っている。
「猫の方がホームレスより役に立っている」と発言したらしい。

「じゃあ何で猫を育てているの? って訊きたい。
『俺にとって得だから。可愛いから。癒されるから。』と。
でもそれだけじゃないと思う。
DaiGoは保護猫の活動もしている。それは猫が好きな人からすれば良いことだと言える。
一方で、猫を嫌いだ・害獣だ、と思っている人も一定数いる。そういう人からすれば、『猫は役に立たないから処分すればいい』という持論を持っているはず。
それに対してDaiGoだったらなんて言うか。ほぼ確実に反対するでしょ。あべこべだ。

だからそもそもとして、命を損得で測ることなんて出来ない。
じゃあどうして『生きる』『育てる』のか。それを実際に『生きる理由』『育てる理由』を説明することは出来ないでしょ。
DaiGo自身も『損得を超えた、命の尊さ』を、言語化できなくても、肉体・精神で、本当は分かっているはずだ」

「だから、命は無条件で尊い。“尊い”って言うと、綺麗事に聞こえるけど。実は"無駄"って言うけど、俺たちみんな“無駄”じゃん。世間の何の役にも立っていないし。ドン・キホーテと一緒。
頭の中で『生きていても仕方がない』と思っていても、必ず身体は呼吸をする。生きようとする。
自殺をしようと、高いところから飛び降りても、その落ちて地面に着く瞬間まで呼吸をする。そして一命を取り留めたとしたら、身体を治そうとして生きようとする。肉体は生きることを常に求め続ける。頭の中では死のうとしているのに、だよ?
俺は別に猫は好きじゃないけれど、もし捨て猫がいたとしたら、拾ってあげて、ミルクをあげたりする。何故、好きでもない猫にそれをしてあげるのか。それは、猫が生きようとしているのを分かるから、なんだ。
これが“リアルな現実”なんだよ。『こんなの無駄じゃないか』って、ついつい考えてしまうけれど、そことどう向き合うか。それが“人類の歴史”なんだよ」

「人間はずーーっと“自己矛盾”を抱えているんだよ。その答えは(長い歴史と数多の賢者がいるのに)全然出て来ない。
でも俺は、『ドン・キホーテ』を読んで、こういう作品に自分は救われる、って思った」


昔、五円楽が「落語というのは、この世になくてもいい商売なんだ。なくてもいい商売に客は金を払う。だから演者は、客を騙し続けるだけの技術が必要なんだ」という旨の話を書いた。通じるところがある。無駄なものに時間や金を注ぐ。それは矛盾と言っていいけれど、じゃあ娯楽を徹底的に排除できるかと言えば不可能だ。
今の世の中も、「不要不急の外出は控える」ために、世間的に不要不急なものを営業停止に追い込んだりしているが、何を以て不要不急なのか、判断できる人などいない。1年前なんて理髪店も営業停止に追い込んでいた。

これも以前書いた気がするが、オードリーの若林の話。
若林が相談した70代の相手が答えた言葉。
「この世に存在する理由は2つある。1つは、“何かをしているから存在していい”ということ。もう1つは、“何の理由もなくこの世界に存在してもいい”ということ」
これに既に50代で気付いている太田さん。

エンタメ業界という「無駄なこと」の世界に生き続けた人は、必ず気付くんだろう。
その一方で、普通の社会で生きていて、「利益」を常に求め続けられていたら、一生涯気付かないんだろう。「自分自身が無駄だった」ことに。
以前、営業会社で勤めていた時の息苦しさは、今の世間と通じている気がどことなくしてしまうな。

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