『テイルズ オブ エクシリア2』オリジナル短編小説 -Before Episode- 雨のトリグラフ #2『エレンピオスの人々』

「こんなつもりじゃなかったんだよ。ほんとだよ?」
 わたしが繰り返す言い訳を、ジュードは、いつものようにあきれながら……でも、真剣に聞いてくれている。
その優しさが嬉しいけど、もどかしくて、「ジュードは、わたしのことをわかってくれてるけど、わたしは、その『わかられてるわたし』から卒業したいんだよ」なんて、呪文のような主張をしてしまう。
「こういうわたしこそ、卒業しなきゃダメなんだってば」と、我ながら呆れた時――
 クシュン! ――自分のクシャミで目が覚めた。膝に押しつけていた頬が痺れている。
どれくらいまどろんでいたんだろう? 服はあんまり乾いてない。長い時間じゃないようだ。
ゾクッ……背中を震えが駆けあがる。寒い……。
膝を抱きなおしても、石と鉄に満ちた冷気は、しんしんと体に染みこんでくる。
雨はまだ降っているらしい……と、近づく足音が雨音をかき消し、鉄格子の扉が開いた。
「レイア・ロランド、身元保証人が来たぞ。釈放だ」

 言われるまま、フラフラと警察署の玄関に出ると、ベレー帽のおじさんが待っていた。
「あなたが……なんでわたしの保証人に?」
 おじさんは、無言でわたしの手元を見る。手錠の跡が赤く残っていた。
「……巻きこんじまって済まなかった。現場に戻ったら、あんたがサツに捕まったって聞いてな。
 慌てて仕事のツテで手をまわしたんだが、時間がかかっちまった」
おじさんはベレー帽をとってわたしに頭を下げた。
巻きこむ? 仕事のツテ?
聞きたいことはいっぱいあるけど、頭がボンヤリして考えがまとまらない。
ズキズキと鼓動が頭の中で反響する。寒い、寒い……。ああ、これはヤバいかも……。
「とにかく手帳を返してください」そう言おうとした瞬間、手足の先からズルッと力が抜け落ちた。
視界が暗転し、わたしはおじさんの胸に倒れこんでいた。

 雨は、まだ降り続けている。
でも、この家の食卓の周りは、暖かな空気でみたされていた。
ネギがたっぷり入った熱々の卵がゆを、フゥフゥ冷ましながらかきこむ。呑みこむ毎に、体の芯にポッと火が灯るような気がする。卵のフワトロさと塩加減が絶品で、思わず二回もお替わりをしてしまった。
「それだけ食べられるなら、もう大丈夫だな」
 朝食を食べ終えた編集長が、新聞を広げながら笑う。
「熱はひいたけど、無理しちゃダメよ」
 編集長の奥さんが、おかゆのお替わりに刻み海苔をまぶしてくれた。
「リーゼ・マクシアの人と会ったのは初めてだけどさ、私たちと全然変わらないんだねぇ」
 納豆をかき混ぜながら、娘のユノがしみじみと言う。それはこっちのセリフかも?
「ほんとうに同じね。二人とも口元にごはん粒をつけて」
 奥さんのツッコミに顔を見合わせたわたしとユノは、同時に笑い声をあげた。
 あれから二日。高熱を出して倒れたわたしは、ベレー帽のおじさん――編集長の家にお世話になっていた。
おじさんは、今広げているデイリートリグラフという新聞の編集長なのだそうだ。
その一面には『自然工場アスコルド建設現場で爆破テロ』『アルクノアが犯行声明』そんな見出しが踊っている。
一瞬、アルヴィンの顔が頭をよぎった。
「アルクノア……リーゼ・マクシアを憎む人たちですよね?」
「ああ。元々はリーゼ・マクシアに漂流したエレンピオス人の組織だったんだがな。
 今じゃ、社会に不満をもつ人間をとりこんで、両国の和平に反対する大規模なテロ組織になっている」
「そんな人たちが、なぜエレンピオスの施設を攻撃してるんですか?」
「アスコルドは、和平政策を推進する大企業クランスピア社が出資している施設だからな。
 まぁ、クラン社が和平派というのにも裏事情があるんだが――」
 編集長の話を、憤慨したユノがさえぎる。
「ほんと迷惑よねっ! 自然工場ができれば野菜とかいっぱいつくれて、安くなるっていうのに」
「でも、自然工場も黒匣(ジン)を使ってるんでしょ? 結局自然がなくなっちゃうのを早めるだけなんじゃ……」
 みなまで言わせず、頬を膨らませたユノが一気に反論する。
「それはわかってるけど、どうすればいいわけ? 自然が減って、もう黒匣(ジン)を使わないと充分な食料はつくれないし。レイアは、エレンピオスで納豆がどれくらい高級品か知ってる? それとも、自然のために人間は我慢して原始時代に戻れっていうの?」
 ……返す言葉がない。
そう。リーゼ・マクシア人とエレンピオス人は同じ人間だけど、社会は同じじゃない。
テーブルに並ぶおいしい食事も、暖かくて心地いい空調も、ここではみんな黒匣(ジン)を使ってつくっているんだ。
わたしたちだって精霊術を禁止されたら、お湯を沸かすのにも苦労することになる。
エレンピオスにとって黒匣(ジン)は、リーゼ・マクシアの精霊術と同じ……ううん、それ以上に不可欠な存在だった。
けど……それでもあきらめずに、なにか方法を探さなきゃいけないんだと思う。
ジュードが黒匣(ジン)に代わる装置『源霊匣(オリジン)』を必死でつくろうとしているように。
そう言おうとして気付く。ジュードは頑張っているけど、「わたし」はなにもしてないじゃないかって。
そんなわたしに反論する資格なんてない……また自己嫌悪が沸きあがる。
「……だが、それでもあきらめずに可能性を探さなきゃならんだろう」
 新聞を読みながら、編集長が呟いた。
「パパはいいよねぇ。そうやって理想を煽るのが仕事だから」
 意地悪く言うユノ。でも、編集長はコーヒーを飲みながらゆっくりと呟いた。
「煽るまでもなく、本来、人間は理想を追い求める生き物だ。
 だが、理想に近づくためには、世界に存在するたくさんの真実を知らなきゃならん。
 そのために真実を調べ、人々に公平に伝える。それが俺の仕事なんだ」
 真実を追求し、伝える仕事――編集長の静かな言葉に、トクンと胸が鳴った。
「ふーんだ! それこそ理想論っ!」
 唇をとがらせてユノはキッチンから出て行ってしまったが、編集長は無関心にコーヒーをすすっている。
でも、二人は仲が悪い訳じゃない。ユノは教えてくれた。編集長がいつも被ってる似合わないベレー帽は、彼女が幼稚園の頃にプレゼントしたものなんだって。
 洗濯を始めていた奥さんが、ユノと入れ替わりに戻ってきた。
「あなた、手帳を上着に入れたまま洗濯機に入れたでしょ? うっかり洗っちゃいましたよ……」
 困り顔の奥さんの手には、グショグショになった紙の束が。
「それ、わたしの手帳!」
 あわてて開いてみたけど、みんなの連絡先も下宿の住所も、インクがにじんで読めなくなっていた。
「す、すまん。あのあとポケットに入れたのを忘れて洗濯機に放りこんじまった。
 住所を探していたんだよな? 場所は覚えているから、あとで案内しよう」
「でも、わたし、荷物もお金も失くしちゃって……」
 現実を思い出す。エレンピオスの問題と同じく、わたしの問題も何も解決していなかった。
「そのことだが――」
 なにか言いかけた編集長の懐からやけにポップな音楽が流れ出す。GHSの着信音だ。
GHS――それは黒匣(ジン)を使った小さな通信装置。人と人を結び付けてくれる、これも、とても便利な道具だ。
GHSにでた編集長の表情が、すっと引き締まった。
「ジョウ、頼んだ例の件だが…………ふむ、やはりドモヴォイが裏にいたか。
 …………ああ、わかっている。無茶はしないが、話はつけなきゃならん」
 GHSを切った編集長は、立ち上がってベレー帽をかぶった。
「ちょっと出てくる。すまないが、レイアの案内は帰ってからにしてくれ」
 そう言い残して雨の中に出て行った編集長は、夜遅くになっても戻らなかった。

 情報屋を名乗るジョウという女性がやってきたのは、真夜中だった。編集長から彼女に不審なメールが送られてきたのだという。そのメールの内容は、
『俺はドモヴォイ興社にいる。ユノを迎えに寄こしてくれ』
 編集長のGHSから発信されているけど、確かに不審だ。一刀両断にジョウは言った。
「ニセメールでしょう。出したのはドモヴォイ興社。おそらく編集長は奴らに監禁されています。
 お嬢さんを呼び出して、脅迫の材料にでもするつもりなんでしょう」
 監禁に脅迫!? 奥さんとユノが凍りつくのがわかった。
「ドモヴォイは表向きは商社ですが、その実態は、この辺りの裏社会を仕切る闇組織です。
 私も半分そっちの人間だからわかりますが、言う通りにしないと、奴らは何をするかわかりませんよ」
 動揺する二人に追い打ちをかけるようにジョウが続ける。
「なんで編集長はそんなところに!?」
 思わず口を出してしまった。でも、黙ってなんかいられない。
「自分で乗りこんだのよ。盗られた原稿と鞄をとりかえすって。
 この辺りで置き引きをするような連中は、必ずドモヴォイと繋がっているからね。
 その情報を編集長に教えたのは私だから、責任を感じちゃうけど」
原稿と……鞄!!
「巻きこんじまって済まなかった」警察に迎えに来てくれた時の編集長の言葉が甦る。
あの人は、ずっと責任を感じてくれてたんだ。
「……ユノ、服を貸してくれない? わたしがエレンピオスの女の子に見えるような服を」
「いいけど……なんで?」
 ユノの震える手を握りしめる。彼女を安心させるために。わたし自身の震えをとめるために。
今、わたしにできることをするんだ。わたしは、グッとお腹に力をこめて言った。
「ユノの代わりに、わたしが編集長を迎えに行くから」

ホームへ戻る

公式サイトはこちら

『テイルズ オブ エクシリア2』ファミ通DXパック

『テイルズ オブ エクシリア』産地直送リポート

(C)いのまたむつみ (C)藤島康介 (C)2012 NAMCO BANDAI Games Inc.
※画面は開発中のものです。