『テイルズ オブ エクシリア2』オリジナル短編小説 -Before Episode- 雨のトリグラフ #1『巷に雨が降るように』

 雨音が激しくなった。
刃物のように冴えた空気と、床から腰に染みこんでくる痺れが、降りしきる雨の冷たさを伝える。
リーゼ・マクシアの雨は緑を育むけど、エレンピオスのそれは大地を削り流すだけだ。
自然を循環させる精霊を、黒匣(ジン)が燃料にしてしまうから。
鉄とコンクリートで造られた眩しい大都市も、遠くない未来に崩れ去る運命にある。
けど、そうと知っても、エレンピオスの人々は黒匣(ジン)を使うのを止めない。止められない。
そして、それはもうエレンピオスだけの問題じゃなかった。
二つの世界を隔てていた断界殻(シェル)が開いてしまった今、わたしたちの故郷、リーゼ・マクシアの明日もエレンピオスとひとつなんだから。
“彼女”が与えてくれた猶予の内に、二つの国が力を合わせて黒匣(ジン)に代わる可能性を現実にしなきゃならない。
それが、わたしたちが選んだ道。わたしたちの責任なんだ――

「レイア・ロランド」
 低くこだます声が、わたしを現実に引き戻した。顔をあげると、両手を繋ぐ鎖が耳障りな音で軋む。
「来い。事情聴取を始める」
 四方を石壁と鉄格子に閉ざされた小部屋。ここはトリグラフ警察の留置所。
看守の人に促されるままに、わたしは檻を出た。

 こんなことになったのも、雨がきっかけだった。
「自分自身で、やるべき仕事を見つける!」
 わたしなりの一大決心を胸に降り立ったトリグラフ中央駅には、冷たい雨が降り注いでいた。
時は宵闇。仕事を終えたおじさん、家路を急ぐ女性、たむろする若者たち――夜の顔へ変わりつつある街は、氷雨の中で不思議な熱気を生みだしていた。誰もが自然にその熱気に溶けこんでいるのに、大きな鞄を抱えて立ちつくすわたしだけが弾かれ、拒絶されているような気がする。
駅から吐き出される人波に押され、わたしはヨタヨタと雨の中に押し出されてしまった。
あわてて雨具を出そうと鞄をさぐる。どこにいれたっけ?
「……鞄の一番底だ」
 自分の考えの足りなさにあきれながら鞄をひっかきまわすわたしに、誰かがぶつかった。
ドン。鞄がひっくり返り、タオルや着替えのシャツが路上に散乱する。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
けど、誰もわたしなんかを見ていなかった。
人々は何事もなかったように歩き続けている。ただ、わたしと道に散らばった荷物だけを避けて。
突然実感した。自分は独りぼっちなんだって。雑踏のざわめきまでが、体をすり抜けていくような気がした。
立っていられないほどの不安に襲われたわたしは、グショグショになったシャツを鞄に押しこみ、逃げるようにその場から駆けだしていた。

 雨の中を無駄に走り回ったあげく、わたしは一軒のお店の軒先に駆けこんだ。
ショーウィンドウには、息を切らせたずぶ濡れの女の子が映っている。
お気に入りのヘッドドレスは、雨を吸ってすっかり萎れてしまっていた。
バカ、なに動揺してるの? いきなりそんな調子で大丈夫なわけ?
……大丈夫だよ。頭、冷えたし。
「っていうか、全身冷えたけどね」
 声に出して言ってみる。うん、ちょっと落ちついた。
とにかく下宿に行こう。バランさんにお願いして契約してもらった小さなアパートへ。連絡してもらった住所を頼りに、遅くなる前にたどりつかなきゃ。
 住所を記した手帳を取り出そうとした時、ふと、ショーウィンドウに飾られた帽子に目がとまった。
かわいいけどどこか大人っぽい、不思議なキャスケット。
リーゼ・マクシアとは違うエレンピオス風のセンスに惹かれてしまう。こういうのを身につけたら、わたしも大人になれるのかな? つまらないことで動揺しないくらい大人に……
「こういう帽子をプレゼントされたら、若い娘は喜ぶものかね?」
 似合わないベレー帽をかぶったおじさんが、キャスケットを指さしながらわたしを見ていた。
「え、えっと……わたしですか?」
「ああ、すまん。娘の誕生日プレゼントを探してるんだが、年頃の女の子の気持ちはさっぱりでね」
 大きな封筒を抱えたおじさんは、大真面目で悩んでいるようだ。不器用そうな物腰が、どことなくお父さんに似てる気がする。
「わたしは、すっごく好きですよ。でも……『大人の値段』ですよね」
 キャスケットに添えられた値札は、わたしの常識から言うと、ケタがひとつ多い。
「『大人の値段』か。うまい表現だ。確かに、十五の娘には贅沢すぎるよなぁ」
 うっ、わたしと一つしか違わない……けど、悪い人じゃなさそうだ。
「あの、わたしも伺いたいんですが、この住所にはどう行けばいいでしょうか?」
「どれ? この街のことなら大体わかると思うが……」
 脇に置いた鞄から手帳を出し、見てもらう。
おじさんは、もっていた封筒と傘をショーウィンドウに立てかけ、手帳に見入る。
その時、おじさんの背後で人影が揺らぎ、わたしの目は封筒が消えるのを捉えていた。
置き引き! そう確信した瞬間、わたしはおじさんの傘を握って走り出していた。
封筒をもった影――男の背中に向かって思いっきり飛びこみ、その勢いを傘に乗せて地面すれすれを一閃する。
「ぐあっ!」
 バシャンッ! わたしが水溜りに突っこむのと同時に、足を払われた男も地面に転がる。
「きゃああっ!」
 通行人が悲鳴をあげ、傘の花がいっせいに割れた。
「くそっ、これを!」
 倒れた男が仲間らしき別の男に封筒を放り投げた。この人たち、二人組なの!?
「返せ! その原稿は――」
 封筒をもって逃げる男を、ドタドタとおじさんが追いかける。わたしの手帳をもったまま。
「あっ、待って!」
「クソガキが! 邪魔しやがってッ!」
 怒声に振り返ると、体を起こした男が銃を抜き、わたしの胸に照準をあわせていた。
しまった、間合いが遠い! ガァンッ!
……銃声は遥か頭上で響いた。わたしが振り抜いた傘から伸びた光が、銃を空高く弾き飛ばしていた。
新奥義「活伸傘術」――なんてね。ふう、と息をついたわたしの耳に、周囲のどよめきが聞こえてきた。
「なに今の? ただの傘が光って……」
「精霊術だ。気をつけろ、あいつリーゼ・マクシア人だぞ」
「冗談じゃない。こんな街中で」
 野次馬たちは、わたしを遠巻きに見つめていた。まるで犯罪者を見るような目で。
「え……なんで?」
 人垣を割って警官たちが駆けつけ、あっという間にわたしを取り囲んだ。黒匣(ジン)の武器が、一斉に向けられる。
「動くな! 武器を棄てて投降しなさい!」
「違うんです! その人が置き引きを――」
 指さした先には誰もいない。置き引きの男は消え去っていた。
「あのっ! 誰か説明してください!」
 助けを求めるわたしの声を避けるように人垣が崩れ、街に溶けていく。
オロオロとさまようわたしの視線は、ショーウィンドウの前でとまった。
そこに置いたはずの鞄が消えていた。
わたしの手から傘が落ち、水しぶきを跳ねあげた。

 取り調べが終わり、わたしは再び留置所に戻された。
疲れた……倒れるように壁に寄りかかる。
体に張りつく湿ったシャツの感触も、警官たちの異様な警戒の態度に比べたら、どうってことない。
 なんとか正当防衛だとわかってもらえたけど、身元保証する人物がいなければ釈放はできないという。
保証人――そんなの誰に頼めばいいんだろう? 目を閉じて、みんなの顔を思い浮かべてみる。
 アルヴィン……頼めるわけないか。商人になったって聞いたけど、あれ以来ちゃんと話もしてないし。
一応、「エレンピオスに行くよ」って手紙を書いたけど、返事、くれなかったし……。
 じゃあ、バランさんは? でも、あの人を呼んだら、一緒に源霊匣(オリジン)を研究しているジュードにも知られてしまう。
それだけは絶対に嫌だ。ジュードに心配かけたら、一人でエレンピオスに来た意味がなくなっちゃう。
 リーゼ・マクシア大使館に話せば、多分、ローエンに来てもらうことはできるけど、話が大きくなりすぎて強制送還になるかもしれない。
なんといっても今のローエンは、リーゼ・マクシア王ガイアスを補佐する宰相なんだから。
そもそも、連絡自体が無理だ。
みんなの連絡先を書いた手帳は、あのおじさんが持っていってしまったから。
 八方塞がり……膝を抱えて顔をうずめると、ひやっとした金属が額にあたった。
精霊術を使おうとすると電気ショックを放つ黒匣(ジン)の手錠だ。その感触が警官たちの冷たい態度を思い出させる。
エレンピオスの人たちは精霊術を誤解して怖がっているだけ。こんなことで嫌いになっちゃダメだ。
これから一緒に未来をつくるんだから――そう思おうとしても、悔しさと情けなさが溢れてとまらない。
なにが未来よ!? 偉そうなこと言っても、わたしは誰にも信じてもらえない!
それも当然だ。わたしはエレンピオスで暮らすどころか、下宿にもたどりつけない間抜けなんだから。
大事な鞄まで失くして、唯一信頼してくれた人たちも裏切っちゃった。
あれには、お父さんとお母さんがわたしのために用意してくれたお金が入っていたのに。
わたしを信じて、実家の宿を新築するために貯めていたお金を預けてくれたのに。
「後悔しないように、頑張っておいで」わたしを送り出してくれた二人の笑顔が瞼の裏でにじんでいく。
「……ごめんなさい。お父さん、お母さん……」
 雨は降り続いている。窓のない石造りの床に、ポタリと雫が落ちた。

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