ValveのポータブルゲーミングPC“Steam Deck”がいよいよ日本上陸。Komodoが日本及びアジア地域での代理店として予約を開始した。

 国内価格はベースモデルとなる64GBモデルが59800円、256GBモデルが79800円、最上位の512GBモデルが99800円。出荷開始は2022年末頃を予定している。

 本誌では今回の発表に先だってアメリカのシアトルにあるValve本社の取材も行ったので、そちらでわかった現状や今後の展望、また製品開発までの道のりなどもまとめてお伝えしよう。

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どんな製品なのか?→ゲームに特化したポータブルゲーミングPC

 本誌では海外在住の記者が個人的に購入した256GBモデルの詳細なリポートをお届けしていますので詳しくはそちらを見てもらうとして、ここでは根本的な部分をおさらいしましょう。

  • ゲームに特化したポータブルゲーミングPC
    • OSにはArch LinuxベースのSteam OS 3.0を採用
    • Valveの運営するSteamのゲームをメインで遊べる
      • ゲームがちゃんと動くかはタイトルによって異なり、対応確認状況は各タイトルのストアページに掲示されている
      • LinuxのゲームだけでなくWindowsのゲームもProtonという互換レイヤーを通して動作する
      • 後述するデスクトップモードを通じ、Epic Gamesストアやitch.ioなどSteam以外のプラットフォームのゲームをインストールすることもできる
    • 携帯モードだけでなく、今後発売予定の公式ドック(海外でもまだ未発売)やHDMI出力などを持ったUSB-Cハブなどを経由してTVモード的な使い方もできる
    • パソコンのように使える“デスクトップ”モードも存在する
      • USBハブやBluetooth経由でキーボードやマウスを繋いで使うこともできる(ゲームモードでも使用可能)
      • デスクトップモードを通じ、ゲーム以外のソフトを入れることもできる
  • 本体ストレージの違いにより、64GB(eMMC)/256GB(NVMe SSD)/512GB(高速NVMe SSD)モデルの3種類がある
    • microSDカードにより拡張が可能
    • ストレージ媒体の違いによるローディング時間の差などは意外となく(詳細は開発に聞いたので後述)、高速なmicroSDカードに大作ゲームを入れてプレイするのもよし
  • バッテリーの持ちはゲームタイトルにより公称2~8時間と大幅に異なる
    • USB-C端子を通じてモバイルバッテリーを繋ぐことで連続プレイ時間を伸ばせる
    • 少なくとも25W以上の電力供給が可能なのが条件(※個人的には安定して高速充電できる45W以上を推奨)
    • 本体側のパフォーマンス設定やゲーム側のグラフィック設定によりバッテリーの持ちを伸ばすこともできる
  • 日本語対応済みで、メインモード(ゲームモード)、デスクトップモードの日本語入力もアップデートで対応した

 現状では家庭用ゲーム機のような簡単さはちょっと欠けつつも、各ゲームの設定のカスタマイズの知識と、ベストな周辺機器などを揃えるハードウェアの知識があるとベストな性能を引き出せて使い倒せるという製品になっています。

 実際使っているのかというと、めちゃくちゃ使っています。記者は先日リリースされた猫ゲー『Stray』の事前レビュー期間と北米のとある都市への出張が丸かぶりしていたのですが、Steam Deckで序盤をプレイできたおかげでスムーズに事を進められました。しかし友達に薦められるかというと「“わかってる”人じゃないとキツいかもなぁ」という感じです。

 そんな塩梅で、現状はやや玄人向けのピーキーな製品であるのを踏まえた上で、ここからはValve取材でわかった、Steam Deckにこめられた設計思想や今後の展望などのディープな部分に潜っていきましょう。

気になるポイント1: 結構デカいが意外とグリップがいい

 Steam Deckでよくツッコまれるのがそのサイズです。Nintendo SwitchがJoy-Con取り付け時に横幅239mmなのに対し、Steam Deckは298mmあります。そして厚みと重量も、Steam Deckは49mmで約669グラム(Switchは13.9mmで約398グラム)。

 サイズ的には背面にせり出したグリップ部分がかなり大きいのが違いになっているんですが、実際持ってみると重量感はありつつも、しっかりホールドできるので使用感自体は意外と悪くないというのが面白いところ。ちなみに記者の手は体格の割にかなり小さいです。

Steam Deck
レビュー時に使った画像だが、Switchと並べるとこんな感じ。グリップ部分が横と背面方向に張り出しているのが大きさの違いとなっている。

ハードウェア開発班のエルゴノミクスの知識を注入

 では、なんで結構サイズと重量があるのに持ちやすいんでしょうか? Valve本社取材でわかったのは、そうなるようにValveのハードウェア部のエルゴノミック(人間工学)デザインの知識が注ぎ込まれていたということです。

 Valveの古株であるプロダクトデザイナーのグレッグ・クーマー氏(『ハーフライフ』シリーズの主人公ゴードン・フリーマンの頭部のモデルのひとりでもあります)いわく、開発初期は完成予定時期なども設定せず、「どういう配置なら握りやすくて長時間プレイでき、かつハイエンドよりのゲームをずっと遊んで内部の温度が熱くなっても手が熱くならないで済むか?」をひたすら追求したとのこと。

 実際に設計を行ったハードウェア部の工作部屋などを見せてもらったのですが、そこには製品仕様を固めるまでに制作したプロトタイプやモックが無数にあり、中でも3Dプリンターなどを使ったグリップ部の形状を模索するためのモデルが大量にありました。

Steam Deck
形状を模索する上で制作されたモックの数々
Steam Deck
グリップ部分の試作だけでたくさん。

 「両グリップの間隔がこれぐらいならここに力がかかる」といった実験や「ボタンに伸ばす指の角度はこれぐらいが望ましい」といったエルゴノミクスの知識を交えつつ、試行錯誤を経てできているのが現在の形状になります。

 もちろん小型にできればそれに越したことはないんでしょうが、求める性能やそのために必要なサイズなどとの兼ね合いがあります。そういった中で、なお安定してプレイできるベストな形として大きなグリップが採用されるに至ったというわけです(フラットな形でいけないかは大分模索したらしい)。

Steam Deck
コンセプトアートやエルゴノミクスの知識に基づいた表なども。
Steam Deck
ファンキーなデザインのモックのひとつ。

気になるポイント2: 64GBモデル+microSDの組み合わせもかなりイケる理由

 これはレビューでも書いたことですが、Steam Deckは内蔵ストレージ媒体の種類と容量によって3モデルに分かれるものの、一番安いモデルである64GBモデルはAPU(プロセッサー)自体は同じだし、ローディング時間なども上位モデルとほぼ変わりません。

 またmicroSDカードにインストールしたゲームも快適に遊べるので、64GBモデル+大容量のmicroSDカードという組み合わせはかなりアリです。

Steam Deck
記者が持っているのは256GBのNVMe SSDモデルなのだが、microSDカードでも全然違いがわからないレベルなので、デフォルトのインストール先をmicroSDカードにしているレベル。

 「eMMCモデルは遅いのでは」と想定する人も少なくないなか、なぜこうなっているのかエンジニアのピエール-ルー・グリフェ氏に聞いたところ、ふたつのポイントがカギであることを教えてくれました。

  • 高性能なeMMCを調達しただけでなく、接続方法はNVMe SSDモデル同様に高速なPCIeブリッジを使っていて、制御するコントローラーも速いものを使っている
  • ローディング時間等には単純なストレージの読み書き速度だけでなくゲームの処理能力も関係しており、Steam DeckではAPUは各モデル共通なのでその性能の恩恵を受けられる

 これらの点はmicroSDカードについても共通しており、64GBモデル+高速なmicroSDカードというケースでも他モデルと遜色がないパフォーマンスが出るよう、意識的にかなり細かいチューニング(IOスケジューリングの調整等)をやっているそうです。

気になるポイント3: ゲームに特化しつつPCのオープン性を持つSteam OSの強み

 またグリフェ氏は、汎用OSであるWindowsではソフトウェアアップデートなどゲーム以外の処理が裏側で走ったりするなか、ゲームに特化して作っているSteam OSだからこそ余計なタスクに性能が割かれないのも強みと語っていました。

 ValveがハードもOSも関わっているのはソフトウェア面のアップデートによる改善でも貢献しているそうで、「たとえばWindowsのゲームで何か問題があった時、原因がゲーム側にあるのか、グラフィックボードなどのドライバーにあるのか、あるいはOS起因なのかわからずに解決に時間がかかったりします。しかしSteam OSでは(ゲームの部分を除けば)Valveがすべてのレイヤーにアクセスできるので、誰の問題なのかの特定から始めなくて済みます」とのこと。

 Steam Deckのプロダクトマネージャー的な役割を務めるローレンス・ヤン氏は「ハードウェアが同じでもソフト側のアップデートでできることはたくさんあります。3月に入手した人たちの当時と比べ現在のSteam Deckはよくなっていますので、日本の人に届く頃にはもっとよくなっているはずです」と語ってくれましたが、アップデートのβチャンネル(実験的な機能なども投入される)に入っているとこれは誇張ではないのがわかります。

 実際アップデートはかなり頻繁に配信されており(公式サイトの告知ページでも確認できる)、細かい不具合修正以外や日本語対応の改善といった内容以外にも、ディスプレイのリフレッシュレート設定の拡大(40hzモードが選択可能になった)やファン制御の改善(当初よりかなり静かになった)などのプレイ環境の改善や最適化に欠かせない項目がモリモリ追加されていっています。

 バッテリーの持ちの改善についても、ハードウェア面の限界もあるため新バージョンも含めた将来的な課題でありつつ、上で触れた40hzモード(当然通常の60hz動作より消費電力が減る)やOSの最適化による消費電力の削減など、ソフトウェアアップデートでできることをできる限りやっていくというスタンスのようです。

Steam Deck
OS側のアップデートは、安定版のみを導入するStable、Steamのβ機能を導入するBeta、システム側の新機能などもガンガン放り込まれる“Preview”の3つのチャンネルがある。

Steam以外のゲームのインストールもオープンに歓迎

 メーカーがハードとOSのどちらにも関わっているというだけでは家庭用ゲーム機の多くも同様ですが、一方でPCのオープン性を維持しているのもポイントです。

 Steam Deckでは(ゲームが動作可能な限り)Steamですでに持っているゲームのライブラリーがそのまま利用できますし、先に触れたように、Steam以外のゲームやゲーム以外のソフトの導入も“裏技”的なものではなく、オープンに認められています。

 あくまで将来的な理想としてですが、グリフェ氏は「デスクトップモードに入らなくても他社ストアのランチャーやSteamにないソフトのインストールなどを行えるようにしたいです。Steamでできるだけ提供できれば理想ですが、PCゲームにはSteamで存在するものに限らず幅広いものがありますし、それ以外のソフトなどもさまざまなものがありますから、Steam Deckでもそういった楽しみ方ができるようにしたいですね」と語っていたぐらいです。

 また、Steam DeckにWindowsをインストールしたり、WindowsとLinuxとのデュアルブート環境にすることも可能です(簡単にSteam OSとWindowsをデュアルブート可能にするためののリカバリーイメージはまだ準備中)。

Steam Deck
Valveのエントランスにはマジでバルブがあるのだ。左がグリフェ氏で右がヤン氏。記者によるレビュー記事もチェックしてくれていたらしい。

気になるポイント4: サウンドがかなりいい

 またハードウェアに話を戻すと、これは『Stray』や『Neon White』などのタイトルで実感しましたが、サウンド機能がかなりいいのも印象的です。その理由についてもグリフェ氏が解説してくれました。

  • ほかのポータブル機や薄型ラップトップなどと比較して厚みがあるため、その分いいスピーカーを乗せることができた。特に低音の表現に貢献している
  • 広がりのある没入感のある音像体験が重要だったので、オーディオ処理を行うDSPにハイエンドなものを調達した
  • 普通は音楽に合わせてDSPをチューニングすることが多いのに対し、ゲームの音に特化してチューニングできた
    • VRヘッドセットであるValve Indexのサウンド機能(ヘッドフォンをかけなくても臨場感のある音を聞ける)を手掛けたスタッフが関わっているとのこと

気になるポイント5: 実はハードも初期モデルから細かい部分が改善されていたり

 先行発売されている海外では最初期のバージョンと現在出荷されているバージョン(Q3版)で細かな違いがあることが知られています。その点についても事情を聞いてみました。

  • ハードウェアの製造時に生産過程を通じていつも調整を行っている。
  • Steam Deckでは、トラックパッドの感触や、クイックアクセスボタンの押し込み感などが微妙に違うのがそれ
    • 性能は変わらないが、時間的制約の中である程度妥協した部分を調整することはある
    • 部材調達にあたって、複数のメーカーが存在することもある。これはひとつの工場が例えば新型コロナウイルスの蔓延で停止してしまうなど、サプライチェーンによる問題を避けるため
    • ほとんどの場合は単にパーツが違うだけで、テストした上で性能的には変わらない判断をしたもの

NVMe SSDの仕様が異なるバージョンは?

 また公式サイトの技術仕様のページにも掲載されていることですが、NVMe SSDの2モデル(256GBと512GB)で、2レーンのチップで構成している場合と4レーンで構成している場合があるのが知られています。

 これについて「性能が違ってくるのでは」といった懸念もあったのでヤン氏に聞いてみたところ、以下のような回答でした。

  • 2レーンと4レーンのNVMe SSDのパフォーマンスの違いはほとんど出ない
    • 不安になるのは理解はできるが、その違いがパフォーマンス上の問題になるようなケースでは、まずそれ以前にほかの部分がボトルネックになる
    • 非常に稀な状況で若干遅くなる可能性があるというだけで、それ以外は同じ
    • 実際にゲームのパフォーマンスは同じなのを徹底的にテストして確認した上で、もっとSteam Deckを安定して出荷するための選択を取った

気になるポイント6: 設定のシェア機能等でもっと簡単になる可能性も?

 「カスタマイズで使いこなせればすごくいい」とはいえ、設定の最適化自体を楽しめる奇特な人(これを書いている本人を含む)はともかく、家庭用ゲーム機のようにダウンロードしたらそのままスムーズに動く方がいいのは間違いないでしょう。

 それを実現するためのひとつの案として、設定のシェア機能が考えられます。Steam Deckにはコントローラー設定のシェア機能がすでにあり、メーカーやプレイヤーコミュニティが提案する最適な設定を導入可能です。

 Steam Deckの各モデルの処理能力は共通なので、コントローラー設定と同じようにゲーム内のグラフィック設定や本体側のパフォーマンス設定を共有できたらかなりハードルが下がるんじゃないでしょうか?

 そこでヤン氏とグリフェ氏に聞いてみたところ、具体的な導入プラン等はないものの実際検討を行っているアイデアとのこと。「PCゲームの体験をもっと簡単に」「ダウンロードしたらそのまま快適に遊べる」というのはSteam Deckの目標でもあり、さまざまなアイデアを模索しているそうです。

 ただし簡単に実現に向かえない理由もあって、以下のような課題があるとのこと。

  • コントローラー設定はシンプルで動いたらもうそれで大体大丈夫だが、パフォーマンスに関わる設定の場合はゲーム前半はある設定で問題ないが後半では問題が出てくるといったことが起こりうる
  • 一般論として何が最適かという好みがあるのも課題。ビジュアルを優先する人もいればフレームレートを優先する人もいる
  • シェア機能をやるとすれば、ゲーム内設定ではなく本体側のパフォーマンス設定の方がやりやすい
    • ゲーム固有の設定項目は多岐にわたるため課題が多い
    • (シェア機能以外の別の選択肢として)PCゲームにはGeForce Experienceのオート設定機能などもあるが、Valve側で最適な設定を用意するとなるとそれだけでかなり大きなプロジェクトになってしまう

Steam Deckの普及が設定作業の簡略化を助ける?

 なお設定の手間を減らして簡単にするという点では、Steam Deckの普及による変化を期待しているとのこと。

 というのも、Steam Deckが普及すると開発側にSteam Deckで快適に遊べる設定を用意するメリットが出てくるので、選択したら一発でオッケーな形を最短で実現できる……というのがその理由。

 言われてみれば納得です。まぁ開発はひと手間増えてしまうわけですが、実際コントローラー設定には開発がシェアしたものも共有されていたりするので、ありえないことではないでしょう。

気になるポイント7: 公認周辺機器などの可能性は?

 もうひとつ知識がないと難しいのが、周辺機器などの購入。たとえば安定して高速充電できるモバイルバッテリーは限られているし、場合によってはUSB-Cケーブルなども新たに買わなければいけなかったりします。

 そこで今度はValveによる周辺機器のライセンス制度などの予定がないか聞いてみたんですが、こちらも検討課題になっているとのこと。ヤン氏いわく「具体的に話せることはありませんが、将来的には公式なもの以外の周辺機器がSteam Deck対応として出てくることもあるかもしれません」と語っていたので、選びやすくなるのを期待したいですね。

ボーナストラック: Valveの変遷や、噂のフラットな組織構造、ゲーム開発は続けるのかなども聞いてみた

 というわけでSteam Deckは、あらゆる意味でまだ始まったばかりのプロダクトという感じ。現状の課題などは当然のように認識されていて、主にソフトウェア面での改善に向けて進んでいるという印象です。

 そして今回、Valveの古株であるグレッグ・クーマー氏にくわえ、ビジネス面の担当としてValveに中途入社したエリック・ピーターソン氏にもインタビューできたので、この機会にSteam Deckに留まらない範囲についても聞いてみました。

Steam Deck
右がゴードン・フリーマンの頭部の元ネタのひとりでもあるグレッグ・クーマー氏。CEOのゲイブ・ニューウェル氏のマイクロソフト時代から縁があり、最初期の従業員のひとりとしてスタジオの命名にも関わったという超古株だ。左は同じくシアトル近郊にあるNOA(ニンテンドー・オブ・アメリカ)から移籍したビジネス担当のエリック・ピーターソン氏。

グレッグ・コーマー

Valveの最初期からのスタッフでありデザイナー。

エリック・ピーターソン

ビジネス面の担当

Steam MachineからつながるValveのハードウェア戦略

――Steam Machine(Steam OSで動作するゲーム機風デスクトップPC)が出てきた時に思ったのが、「Valveは学生のベッドルームや地下室で成功したから一般家庭のリビングルームに進出したいんだな」ということでした。Steam Machine自体はあまりうまく行きませんでしたが、Steam Deckはその延長上にあるように感じます。Valveのハードウェア戦略について教えてください。

グレッグ確かにいくつもの意味で繋がりがありますね。Steam Machineをローンチした当初は、顧客があの製品にどう価値を見出してくれるかを見誤っていました。いま考えてみると、私たちとしてはSteam Deckのようなものを目指したかったんだと思います。

 しかしSteam Machineでは対応ゲームも少なく、またその体験も(Steam Deckが持ち運べるのに対し)リビングルームに限られていました。開発者がゲームをLinuxに移植するのも大変でした。

 Steam Deckでは、こういったことのほとんどは解決できています。リビングルームだけでなく持ち歩けますし、開発側の対応も容易です。Protonという互換性レイヤーを用意しましたから、実際のWindows上で動作させた場合とほとんど変わらないパフォーマンスで動作可能です。なのでほとんどのSteamのゲームは少なくとも動作が可能ですし、多くは非常によく動作します。

 Steam Machineではこうした顧客にとって価値のあるものにする技術的努力が不足していたと考えられます。しかしここに至るには時間が必要で、現在までの時間をかけた開発が必要でした。

エリック私たちは、Steamのユーザーがもっと自分のライブラリーにすでにあるゲームに価値を見出だしてもらえたらどうなるかということをよく考えます。

 「みなさんがすでに持っているゲームライブラリーを全く新しい形、携帯型のデバイスでプレイできたら喜んでくれるんじゃないか」というのがSteam Deckの開発を始めた当初からの考えでした。ソファーの上、バスや電車の中、飛行機の中でも遊べたら、ライブラリーの価値をもっと感じてもらえるんじゃないかと。(携帯ゲーム機が強い)日本のゲーマーの皆さんならご存知かと思いますが、それぞれそういったシチュエーションに向いたゲームというのもありますしね。

 Protonの登場はSteam Deck対応をゲームスタジオの皆さんに提案するのをかなり楽にしてくれました。以前はゲームをLinuxに移植してもらわなければならなかったので、それは負担ですし正直話を進めづらかった。それに値する市場が何台になるのかもわかりませんでしたし。

 しかしSteam Deckの場合は追加の作業をしなくてもそのまま動いたりしますし、すぐにもっと体験の質を向上させることに集中できる。これは対応数の違いという形で現れていると思います。

「どう生産し在庫を扱っていくか学んできた」

――生産や在庫管理についての戦略も変化を感じる部分です。Steam Machineは「こういうものを作りませんか」とライセンスしていく形でValveには在庫がありませんでした。HTC Viveも似たような所があり、「Valveは物理在庫を持ちたくないんだろうなぁ」と感じていました。Steamコントローラーは自社で生産販売という感じで、販売終了セールなどもありましたね。そしてValve IndexとSteam Deckはかなりディープに自社製品としてやっている。この点はどうでしょう?

グレッグ部分的に新しい戦略と言えなくもないですが、むしろ私たちがハードウェアのやり方を学んできた歴史という方を感じますね。

 Valve Indexの時点ですら、どうやってハードウェアを大量生産して届けるか、どう管理するか、どうサプライチェーンを構築して関連企業とともに進めていくかという学習の連続でした。Valve Indexを作ることで学んだことはとても多く、そのおかげでSteam Deckではもっと自信を持って物事を進められるようになっています。

 もっとも(パンデミックの影響があり)過去2年ほどのサプライチェーンはひどいものでしたので十分に素早く作ることが出来ませんでしたが、それ以外についてはSteam MachineやHTC Viveなどの「自分たちだけではできない」と考えていた時よりも多くの専門的知識を蓄積しているので、状況は大きく異なっています。

Steamの成功を意識した瞬間

――グレッグさんは最初期の従業員のひとりですが、Steamの成功を予期していましたか? 初期のSteamを覚えていますが、Valveのためのソフトという感じで、今とはまったく異なるものでした。

グレッグそうですね。最初にSteamを出した時は非常に限定的な機能に集中していて「インターネットですべてのユーザーにカウンターストライクのアップデートを送るもの」という感じでした。

 そこから段階的に新たな機能を追加していって、やがて『ハーフライフ2』を出すといった具合にひとつずつゲームを増やしていきました。

 その中で他社のゲームなどが次第にストアに加わっていきましたが、非常にゆっくりとしたものでした。

――これで世界が変わるかもしれないと思ったのはいつですか?

グレッグいろいろなことが簡単になっている、これはいい、もっとこういう事をやって欲しい、といったたくさんのプレイヤーからのフィードバックを受けている中でですね。私たちは正しい方向に行っているということを感じましたし、もしかしたらゲーム業界を変えるのかもしれないということを感じました。

なぜシアトル近郊ベルビューなのか?

――なぜ本社がシアトル近郊のベルビューにあるんでしょうか? 創業者の出身であるマイクロソフト(同じくシアトル近くのレドモンド)があるからなんでしょうか? それとも北西部の教育レベルの高さ?

グレッグ特に理由はなくて、単にいるだけです(笑)。創業者たちがここに住んでいて、そのままここにいたいからですね。

 ただ創業当時、Amazonとかが成長する以前から、ここに才能のある人材が多かったということはあります。私たちはマイクロソフトで働いて、辞めて、このあたりの人材を雇ってこの地域で自分たちのことをやりたかったという感じです。

「ハーフライフの世界にはまだ語ることがある」

――ハーフライフ3……について聞いても答えはないと思うので別の角度の質問にしましょう。VRタイトル『Half-Life: Alyx』を、まだまだあの世界について語ることがある証拠として考えていいですか?

グレッグいいと思いますね! 私たちはあの世界が好きですし、ハーフライフのユニバースをこれからも模索したいです。

 『Half-Life: Alyx』は作っていてとても楽しいゲームでした。あの世界を手掛けた自分たちとしても、あそこに戻ってもっとストーリーを語れるのはやっぱり楽しい。

 それにバーチャル・リアリティにはいくつものチャレンジがあって、それを解決していくのも興味深い作業でした。ハーフライフ作品はいつも技術的革新とともにありますから、その意味でも大きなステップでした。

 元の質問に戻ると、簡潔に答えを言うと「イエス」です。『Half-Life: Alyx』はValveがあの世界についてもっと語ることがあるというサインです。

「いつかまた『ポータル』をまた作りたい」

――『ポータル』も面白い存在です。ポータル3はありませんが、ライセンスしたゲーム(『Bridge Constructor Portal』)があるかと思えば、Switchへの移植版もある。Steam Deckのチュートリアル的アプリの『Aperture Desk Job』まで出ました。ポータルというIPは新しいことを試す時の試験台のようなものなんでしょうか?

グレッグ時々はそうですね。VR向けには『The Lab』もありました。実験できる遊び場として扱っている部分はありますね。

 しかしそれだけでなく、Valveは将来作られるべきポータル作品もたくさんあると思っています。あの世界はさらなる探究にふさわしいですよ。なのでいま発表できることはありませんが、いつかまたポータルを作りたいと思っています。

エリックPortal:コンパニオンコレクション』はあのシリーズをプレイしたことのない方に触れてもらういい機会だと考えています。若いプレイヤーの皆さんや、PCゲームをプレイしたことがなかった方にこの世界を紹介し、体験してもらうことができます。

グレッグもちろんシリーズをSteam Deckで遊んでいただくこともできますけど、いま出たような理由でSwitchで出すのは当然でした。

Valveはゲーム作りも続けていく

――ではプラットフォーム事業が好調だからといって、ゲーム作りをやめるわけではないんですね?

グレッグまったく。Valveではたくさんのゲームが開発中です。これからもゲームをリリースしていきます。

 ゲーム開発はValveにとって非常に重要なものです。正確な数字はわかりませんが、ゲーム開発に関わっている社員の割合は高いですよ。沢山の人が関わっています。

Valve特有のフラットな組織構造について

――エリックさんはNOAから移籍されたんですよね。Valveに入ってみてどうでしたか? かの有名なハンドブック(Valveのフラットな組織構造などについて書かれているとされる)を貰ったんでしょうか?

エリック前職場も素晴らしいところでしたが、体験としてはとても違いましたね。Valveに入って学んでいく体験、オープンな組織構造の中で自分の取り組みたいプロジェクトを選べるというのは刺激的でした。

 それによって開発者の皆さんとやり取りするとか、Steam Deckに関わるとか、いろんなチームやプロジェクトの元へあっちこっち行きながらさまざまなことに関われるようになれました。

 それと、確かにハンドブックがあります。Valveの哲学のようなことがたくさん書いてあるのですが、それは飾りではなく今に至るまで事実です。

――噂の固定で決められた上司や部署がないフラットな組織構造はいまでも本当にそうだと。

エリックもちろんです。共同作業的な部分が強く、何かに取りかかるときにはそれをやりたい人たちが集まってきて何もないところからチームを作り上げます。

 プロジェクトによって期間は異なりますけども、一定期間一緒に仕事をします。そして役割が完了すれば他の興味のあるプロジェクトに行く、といった具合です。この組織構造はすごいと思いますし、そこにこめられた精神はいまでも生きていると思います。

グレッグ間違いないね。あのハンドブックを書くことにしたのは、ひとつには社外の人に私たちがどう働いているかを理解してもらうためだったんです。というのも、他社のやり方とはかなり違いますから。

 本来は勧誘のためのものだったんですよ。でも実際の対象になったのは新たに入った社員たちでした。それは、このやり方を理解してもらうのには時間がかかるからです。

 会社にやってきてみて、本当に直属の上司がいないというのはちょっとよくわからないですよね。これをやりなさいと言ってくる人もいない。それでそのうち誰かが「やりたいことを自分で見つければいいんだよ」と伝えるんですけども。

 以前は「ああそうか、本当に興味を持って価値を見出だせることに取り組めばいいんだ」と理解するまで、9ヶ月とか1年ほどかかっていました。これはまぁ……いくらなんでも長すぎますよね。

 なので「本当にこういう事なんだよ」と話を早くするためにハンドブックを作ったんです。これはうまく行きましたよ。ハンドブックを読んだ新入社員がやってきて「あれホントなんですかね?」と聞くので「ホントだよ」で済みます(一同笑)。

 そこから実際に試行錯誤しながら働いてみて、はじめて本当にそういう組織であることがわかるのですが、いまは2ヶ月くらいに短縮できました。

Valveが25年以上維持し続ける意思決定プロセス

――25年近くの中で変わったこと、そして変わっていないことは?

グレッグたくさんのことが変わりました。従業員のためにもっとも正しいと思う形で運営できるようValveを維持していくためには努力が必要です。

 変わったことのひとつとしては、人材採用ですね。もともとゲーム開発会社として業界の中でたくさんの名作を出す会社という認識を獲得したので人材採用がやりやすくなったんですが、そこから(プラットフォームとしての)Steamやハードウェアを手掛けるようになって、あらゆる人材が必要になって採用が難しくなってきました。

 Steam Deckはこれを変えつつあります。一般を対象としたハードウェアでコンセプトのわかりやすい注目度の高い商品なので、また人材を集めやすくなりました。

 一方で変わらないこともたくさんあります。昔から変わらないのはValveの決断の仕方で、これは恐らくこの会社にとってもっとも重要なことでしょう。

 この会社では、あるひとつの製品があったとして、それに関わるスタッフがすべての決断をすることになっています。会社としての戦略やどの製品を作るか、どんな機能を追加するか、どう顧客にそれを伝えるか、出荷の詳細に至るまでのすべてです。

 これについては20年以上も前も今日も変わっていません。決断に至るプロセスは全く同じです。

エリックその意思決定を突き動かすのはいつも、どうすれば顧客を幸せにできるかです。何が正しいやり方なのか。そしてそれが自分たちを正しい方向に導いてくれるものだと信じています。

グレッグSteam Deckはこの話の完璧な例だと思います。私たちのグループがSteamコントローラーを作っていた頃にさかのぼりますが、携帯型のゲームデバイスはどんなものになりうるかプロトタイプの制作を始めていて、いつ作るべきか、まだそこまで技術が整っていないのではといった議論をしていました。

 それから数年が経過し、「この技術とパーツを加えればこのプロトタイプを実際の製品に持っていける」と感じ始めたんですが、そういう研究をやれと指示した人はいません。単に私たちがこれはイケるんじゃないかと思っただけです。それで社内のいろいろな人に見せていったら、その人達が賛同して手を貸してくれて、実際の製品になっていったんですね。

 ゲイブ・ニューウェル(CEO)が「我々は携帯ゲーム機を作らなければいけない」とか決めたわけじゃないんです。ほかのすべての決断同様、情報をみんなに共有して、チームを結成して、みんながこれをいいアイデアと思って進めてきたから、こうして世界に向けて出荷できるものになったというわけです。

Steam Deckの仕様が固まった瞬間

――Steam Deckの仕様を模索していて「コレだ」と決定打になったものはなんですか? たとえばSteam Deckは結構大きいですけども、小型化できる進化を待つよりコレで行こうと決断させるものがあったはずです。

グレッグ現在にいたるまでの数年間、実際のプレイテストと人間が物体をどのように扱うべきかのエルゴノミクスの研究成果にもとづいて、物理的な形状やサイズや入力方法などの選択を行ってきました。

 どういう配置なら握りやすくて長時間プレイでき、かつハイエンドよりのゲームをずっと遊んで内部の温度が熱くなっても手が熱くならないで済むかがポイントです。またさまざまな手の大きさや、無理のない指の可動範囲などを考慮したボタンの配置を研究してきました。

 そういったなかで徐々に変更のペースが緩やかになっていったのですが、一方で画面やバックボタンやトラックパッドの位置変更など、いろんなことを試しましたね。取外し可能なコントローラーなどもありました。

 さらに変更の幅が小さくなり、さまざまなパーツの配置に自信が持てるようになって、さらにAMDと一緒にAPUの設計に進んだ時に、すべてが合流したような感じがあったんです。それでAPUはAMDから1年後に届くスケジュールだったので、これ以上はデザインをほぼ変えずに内容を確定していこうとなりました。

 これもまた私たちらしいと言えるかもしれませんね。2022年には出荷しなければいけないというようなスケジュールが先に決まっていたんじゃないんです。さまざまな決断が最終的にまとまっていき、出荷する時期が自然に決まったといえます。

エリックその段階でこの製品が最高の体験を提供できる感触がありました。テストをちゃんとパスして、素晴らしいと思ってもらえる自信がなければ出荷しなかったと思います。

グレッグ社内の人間と社外の人がどちらも満足できるものになるよう、プレイテストはずっと続けていましたね。長時間プレイに耐えうるか、いろんなタイプのゲームをプレイしてもらいました。それでいいフィードバックを得られるようになったので、自身をもっていよいよ準備が整ったと確信できました。

 そしてSteam Deckのようなデバイスを出荷できた時、私たちはそれをプロセスの終わりではなく始まりと捉えるようにしています。ソフトウェアによって改善していくものですし、同時の次のバージョンのハードウェアをどうすべきかを学ぶ機会になりますから。

 次のハードウェアはこうすべきだということを実際に学んでいるんです。Steam Deckをこれから新しい地域に出荷していくにあたって、そこからの学びもあるでしょう。もしかしたら日本や台湾や香港の方はこれが適切なサイズだとは思わないかもしれません。仮にそうなのであれば、将来のための学習となります。

 あらゆるPCゲームをプレイできる携帯型マシンとしてこれが適切な形なのか、反響を待ちたいと思います。

Steam Deck
着脱式コントローラーのプロトタイプ。かなりファンキーなデザイン。
Steam Deck
ほんとめちゃくちゃな数のプロトタイプが並んでいた。
Steam Deck
よく見ると同じパーツの位置が全然違う。

Steam Deckはこれからも続く製品を目指す

――ではSteam Deckの将来はどうなるのでしょう?

グレッグSteam Deckは今のところ、多くのお客様に満足いただいています。サプライチェーンの問題でこちらが希望する数を出荷できていませんでしたが、現在目にしている需要が本物なのであれば、ここから生産のスピードを上げて世界のより多くの地域へ販売を拡大していけます。

 このままの方向で進んで行けば、Valveは皆さんのハッピーな様子でやる気が出ますので、何か大きな変化がない限り、何世代ものSteam Deckの商品ができていくでしょう。テーマやサイズ、形状の異なるバージョンを作ったり、ストリーミングを使う製品になるかもしれません。まぁどんな形になるかわかりませんが、この商品は継続します。

 それはひとつには、この製品がSteamの既存のPCプラットフォームの延長でもあるからです。これはもう一台のPCでもあり、さまざまな形でSteamを使っている人がいるなかで、できるだけ多くのスタイルの顧客をハッピーにしたいと思っています。

エリックまたSteam自体の改善はSteam Deckにつながってきますし、逆もまたしかりです。たとえば簡単な決済方法が加わればそれはどちらにも関係してきますし、もっとSteamにゲームが出ればSteam Deckでもプレイできるものが増えていく。

 クラウドセーブとかの機能もそうですよね。いろんな機能がSteamを通じてSteam Deckにもその延長として入ってくる。

――ではここからSteam Deckの生産を全速力で進める(Full "Steam" Ahead)ということですね?

グレッグそうです。実は今週生産状況を発表する予定なのですが、今週から増産して、この時点ですでに北米とヨーロッパで予約を完了している方々には今年中にSteam Deckをお届けします。お待たせするのは不本意ですので、そうならないよう頑張っています。

 そして日本で発売した暁には、日本のゲーマーの皆さんのご意見をうかがいたいですね。フィードバックはもちろん、機能のリクエストなどもぜひ聞きたいです。またSteam Deckについてどう思われるかだけでなく、プラットフォームとしてのSteamについても感想をお聞きしたいです。

エリックどんなゲームをプレイしているのか、どんな機能が体験をより良くするのか、最高の体験を提供するためには私たちは何をしたらよいのかなど色々教えていただきたいです。

――東京ゲームショウに参加されると聞きましたが。

グレッグはい、ValveはKomodoと共に出展して、Steam Deckの日本進出を祝う予定です。

エリックそして日本のゲーマーの皆さんに正式にValveの自己紹介をしたいと思っています。