既報の通り、マイクロソフトが75億ドルでZenimax Mediaおよびベセスダ・ソフトワークスやその傘下スタジオを買収することを発表した。2021年後半に完了することを予定しているという。

 同グループは、パブリッシング部門であるベセスダ・ソフトワークスを中心に、『エルダー・スクロールズ』や『Fallout』シリーズなどのオープンワールドRPGや、『DOOM』などのFPS、サバイバルホラーアクション『サイコブレイク』などを手掛けた国内スタジオのTango Gameworksなど、さまざまなゲームシリーズやグローバルな開発スタジオを持つ世界的にも有数のゲーム企業グループだ。

 世界に衝撃が走った今回の発表がどのように影響しうるのか、読み解くためのテキストをお届けしよう。

なぜ今なのか?

 北米では現地9月21日の朝に発表された今回のニュース。マーケティング的にはまず、マイクロソフトの新世代ゲーム機であるXbox Series X/Sの予約日を翌日に控えたタイミングというのが大きいだろう。しかしその射程はゲーム機だけに留まらない。

 マイクロソフトは月額定額の支払いでカタログ内のゲームを自由にプレイできるサブスクリプションサービスのXbox Game Passのサービス拡充に力を入れており、今回の件についてのマイクロソフト公式のプレスリリースでも、ベセスダが開発中の将来的なゲームをXbox Game Passを通じて発売日にXboxとPC向けに提供する意向である事が語られている。

 つまりGame Pass会員であれば、ベセスダ・ゲームスタジオの久々の新規IPである『Starfield』や『The Elder Scrolls VI』などのタイトルが発売日に追加料金なしで遊び始められるということ。もちろんPC版Game PassやクラウドゲーミングのxCloudを通じてモバイル機などで遊ぶことも可能だろうが、ゲーム機ではXbox Series X/Sの大きな魅力となる。

Xbox Game Studiosの拡張

 2017年にXbox Game Passを発表して以降、マイクロソフトは精力的に買収を行い傘下スタジオを増やしてきた。今回の買収完了後、Xbox Game Studiosは23のスタジオを傘下に持つことになる(それまでは15)。

 しかも、近年の獲得スタジオはObsidian Entertainment(『The Outer Worlds』、『Fallout: New Vegas』)やNinja Theory(『DmC: Devil May Cry』、『Hellblade: Senua's Sacrifice』)など中堅どころのヒットタイトルを開発した実力派のスタジオが多かったが、今回加わるのは紛れもないAAA級のスタジオだ。

 『エルダー・スクロールズ』や『フォールアウト』シリーズのベセスダ・ゲームスタジオや『DOOM』シリーズなどを手掛けたFPSの大御所id Softwareを筆頭に、『ディスオナード』シリーズのArkaneや『サイコブレイク』のTangoなど、看板となるIPと開発力を持つスタジオを傘下に収めることで、マイクロソフトはファーストパーティーの開発力とXbox Game Passのラインナップ強化を同時に実現することになる。

“狭間の年”だったベセスダ

 一方、新世代の家庭用ゲーム機が登場する年であるにも関わらず、ベセスダ・ソフトワークスにとって今年は静かな1年となっていた。

 今季の新作タイトルと言えるのは3月に出た『DOOM Eternal』とその単体動作可能なDLCである『DOOM Eternal: The Ancient Gods』(10月)ぐらいで、『Deathloop』は2021年第2四半期に延期され、『Ghostwire: Tokyo』も発売予定は2021年。

 もともとタイトル数が多いパブリッシャーではないし(2018年も少なかった)、コロナ禍の影響というのもあるだろうが、そもそもE3カンファレンスにあたる大規模な発表配信なども行っておらず、行った発表イベントはオンライン開催となったQuakeConぐらい。そこでも『Starfield』や『The Elder Scrolls VI』の新情報は発表されなかった。

 マイクロソフトの買収交渉が背景にあったのかどうかはわからないが、ゲーム部門を統括するフィル・スペンサー氏がXbox公式サイトに投稿した記事では「いくつかの発表済みタイトルとたくさんの未発表済みタイトルによるロードマップ」があるとされており、ここから来年にかけてどのような動きが見られるのか注目だ。

Xbox完全独占になるのか?

 さて今後のタイトルの話をしたところで気になるのが、ベセスダのゲームがXboxシリーズとPC以外、具体的に言えばプレイステーション5やNintendo Switchなどでリリースされなくなるのかということ。

 “Xboxプラットフォームの完全独占になって他社プラットフォームで出なくなる”というシナリオを想定する人は少なくないと思うが、これは現状では“そう決まったわけではない”というぐらいで捉えておくのが正しそうだ。

 実際、フィル・スペンサー氏が経済系媒体のブルームバーグに出演し、前述のベセスダタイトルのXbox Game Passへのリリース方針について語るとともに、他社プラットフォームへの提供は「ケースバイケースになると思います」と語っている。

 海外メディアでも完全独占シナリオに疑問符をつけている記事をいくつか散見したのだが、そこでネックとして挙げられていたのが、今回の買収額があまりに大きいこと。Xbox Game Passがとてつもない大成功を収めない限り、プラットフォームを絞れば、それだけこの巨額の投資に見合った利益を得るのが難しくなっていく。

 というわけで、同じくマイクロソフト傘下になったMojangの『マインクラフト』のようなマルチプラットフォーム戦略や、時限独占で一定期間の後に他社プラットフォームにも解禁していくパターンなどもありえるだろう。

すでに決まっている時限独占は維持の方向へ

 また同じくブルームバーグ誌の取材に対するコメントとして、プレイステーション5の家庭用ゲーム機時限独占となっている『Deathloop』および『Ghostwire: Tokyo』については、時限独占の合意を尊重することが明かされている。

ベセスダの組織的な独立性は維持へ

 もうひとつ、こうした案件のたびに懸念されるのがスタジオの解体・統合といったケース。海外の買収案件では、権利確保が第一目的で組織はバラしてしまう事も珍しくない。

 この点についてはプレスリリースでベセスダの組織と指揮系統が維持されると書かれており、マーケティング部門を統括するピート・ハインズ氏によるベセスダ公式サイトの記事でも、「我々は依然としてベセスダだ。昨日と同じように、同じスタジオによる同じゲームをこれまで何年もやってきたのと同じく開発しているし、そのゲームは我々によってパブリッシングされる」と宣言されている。

マーベルとルーカスフィルムを買ったのに匹敵するサイズ

 ちなみに75億ドルという今回の買収額は、かつてディズニーが2009年に42億4000万ドルでマーベル・エンターテインメントを、2012年に40億5000万ドルでルーカスフィルムを傘下に収めたのを合わせたのに匹敵するサイズのものとなる。

 あるいは、アクティビジョン・ブリザードが2013年に元親会社のヴィヴェンディから自社株を購入して独立した際の金額が58億3000万ドル(経営陣を含む投資家グループがさらに23億4000万ドル分買ったのと合わせると81億7000万ドル)で、マイクロソフトがすでに大成功していた『マインクラフト』のMojangを買った時が25億ドルといった数字を並べてみても、今回の取引が業界的に大きなものだというのがわかるだろう。

 ディズニーはその後、マーベルとルーカスフィルムのIP(知的財産)を活用し、新作映画やTVシリーズを量産している。中でも今回の件と重ねて見ると興味深いのが、定額のストリーミングサービスのDisney+向けのオリジナル作品に力を入れ始めていることだ。

 これは映像作品とゲームの違いはあるが、定額制のサブスクリプションサービスとオリジナルタイトル確保という点で、マイクロソフトがXbox Game Passローンチ以降に対応タイトルを増やすだけでなくスタジオを獲得してきたことと呼応している。

 ゲームの定額制サービスにはGoogleのクラウドゲーミングサービスであるStadiaやAppleのiOS向け定額サービスであるApple Arcadeなどがあるが、どちらもオリジナルタイトルの点では弱く、またサービスも順調とは言いがたい状況。映画や音楽のように「ゲームは定額で遊ぶもの」という文化が形成されるのかという点でも、今後に注目だ。