優れたゲームデザイナーのスキルはどこまで信頼できるか??ゲームと心理学(4)

優れたゲームデザイナーのスキルはどこまで信頼できるか??ゲームと心理学(4)

 

 ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンの山ほど我々の常識に挑戦してくる『ファスト&スロー』を読んでいると、とても混乱してくる。プロのゲーム開発者が時間をかけて積み上げてきたスキルというのは、ゲームそのもののヒットにどれくらい貢献するのかということが、わからなくなってくるからだ。

 

 第1回で紹介したような、ワインのように長年安定した作業のあり方が数十年続いており、大量の統計データが存在しているケースの場合ならば、それらを解析していくことによって、一定のシンプルなアルゴリズムを見いだすことができるかもしれない。しかし、現在進行中のソーシャルゲームのような場合には、シンプルに特定のデータを選別し、それを判断指標として利用することはできるかもしれないが、それが将来の成功を約束するものではない。

 

 そもそも、ソーシャルゲームのみならず、これまでのゲームでさえ、製品を開発し、市場で発売してみなければ、実際の結果は完成度であれ、セールスの結果であれ、不透明な要因が多すぎる。すでに存在する大量の統計データを理解していくことと、リリースする前から成功するかどうかを見極めることは、少し意味合いが違う。

 

 ただ、「長いあいだゲームを作ってきたベテランの専門家のスキルが、どこまで信頼できるのか」という議論は当然存在すると考えていいだろう。ゲームバランスなどの調整について深い造詣を持っているベテランが持つスキルは、カーネマンの議論からは、どの程度、ゲームの成功の理解を先読みするために役立つのだろうか。

 

■エキスパートの直感は偶然ではない

 

 カーネマンは個人が成功に果たす役割に対して、徹底した懐疑主義者な立場を取る。極論をいうならば、あるタイトルの成功かどうかは「運」に左右される要素の方が大きいというのだ。彼の議論に乗っかると、ディー・エヌ・エーやグリーの成功は「運」に過ぎないという言い方になる。

 

 ある企業の成功不成功を決めるのに、経営者が果たす役割というのは「多めに見積もっても3割程度に過ぎない」とまで言い切る。これは日本の総理大臣から、企業の経営者、プロジェクトの責任者まで、全部そうだと、彼ならば言いかねない。これは、我々にとっての直感と反する。それぞれのリーダーの果たす役割が過小批評されすぎていると、私自身も直感的に感じる。

 

 当然のように、カーネマンに反対する立場の議論もある。「もっと、専門家のスキルが果たす役割は大きいはずだ」と考える立場だ。

 

 カーネマンは、専門家が果たす直感の重要性を主張する論敵とも言うべき心理学者ゲーリー・クライン氏と共同研究を行っている。論敵同士が、7?8年、何度も議論に行き詰まりながら、共同研究を行い、何とかお互いがゆずれる合意できる心理学的なポイントを見いだすことに成功している。

 

 クラインは、エキスパートの行動を研究しており、カーネマンの言うような何でもかんでも予測可能性は人間よりもアルゴリズムの方が優れているという立場、つまり、すべてが「運」という立場を批判する立場を取っている。クラインは、消火作業を行う消防隊に密着取材を行い、現場で判断を下すために、どんなことを考えていることかを発見した。

 

 「(消防士の)隊長は10年以上にわたる実体験や仮想体験で蓄積してきたパターンの引き出しから、適切と思われる解決策を一つ選び出し、それをまず検討する。頭の中でシミュレーションしてみて、直面する状況にうまく当てはるかどうかを確かめる。うまくいきそうとなったら、そのまま実行する。多少不具合があれば修正する修正する。簡単な修正ではすぎないとわかった場合には事前の候補を選び、それをまた同じ手順で検討する。適切な案が見つかるまでそれを繰り返す」(※1)

 

 クラインはこれを「認知主導的意思決定モデル」と名付けており、チェスや医師、プロバスケットボールなどのエキスパートの意思決定にも当てはまる。長年の訓練は、その人の身体に、ちょっとした状況の変化に対する敏感な感性を作りあげ、「なぜだかわからないけどわからないまま」直感的に危機を感じたという消防士のエピソードを時に作り出す。消防士は直感的な判断が間違っていると感じた場合には、その直感から一歩引いてもう一度、全体の状態を素早く検討し直すということを行っている。

 

 カーネマンは「なぜだかわからないままわかるという神秘性は、直感による特徴ではない。脳の活動においては当たり前」(※2)とクラインの議論をまとめている。長期にわたる訓練は、何か変だ、もしくは、こうすれば適切なのではないかという直感を作りあげる要素になるのだ。

 

■予見可能な規則性であればエキスパートを信頼できる

 

 よく知られている研究だが、エキスパートは、訓練に1万時間(毎日5時間で約6年間)の練習時間を費やしていることが知られている。エキスパートのスキルは単一ではなく、複雑な小さなスキルの膨大な組み合わせで修得には時間がかかるだからだ。そのため、カーネマンも特定の専門的なスキルが存在することを認めている。しかし、問題はどういう人たちであれば、スキルを持っていると言えるのかということだ。その点では二人はなかなか合意に至らなかったと書かれている。

 

「最終的に私たちは、意見が一致しない理由の一つは、想定しているエキスパートの種類が異なるためだということに気がついた。クラインは、消防隊長、看護士など、掛け値なしに本物の専門知識を備えたプロフェッショナルを長年にわたって研究してきた。一方で私はといえば、臨床医、ファンドマネージャー、政治評論家など、根拠に乏しい長期予測を試みる人たちを調査してきた。


(略)本物のエキスパートが直感を主張したら率先して信じたい、と彼は言った。なぜなら、ほんとうにエキスパートは自分たちの知識の限界をよく知っているからだ、と。これに対して私は、世の中には似非エキスパートがごまんといて、自分の仕事をわかっていないことに気づいていないと反論し、一般的に言って主観的な自信は過剰になる傾向があり、信頼性の高さを示すものではないと指摘した」(※3)

 

 二人は長いあいだのお互いの議論に反論を繰り返しながら、それでも合意点に何とか達した。

 

 「人々が自分の直感に対して抱く自信は、その妥当性の有効な指標とはなり得ない、という原則である。言い換えれば、自分の判断は信頼に値すると熱心に説く輩は、自分も含めて絶対に信用するな、ということだ」(※4)

 

 それでは、本物の専門知識やスキルを信頼できる場合は、どのような場合だろうか。二人が同意した条件が二つある。これがあれば、エキスパートの直感を信じてもいいと結論づけている。

 

・十分な予見可能な規則性を備えた環境であること。
・長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること。

 

■ゲームには予見可能な規則性はあるだろうか?

 

 さて、前置きが長くなったが、ゲーム開発者、特にゲームデザイナーやプランナーは、こうした二人の研究者が合意したようなスキルを獲得できる環境を得ているといえるだろうか。

 

 困ったことに、ゲーム開発の環境は、あまりに急激な変化が続いており、消防士やチェスのプレイヤーに比べて、「予見可能な規則性」が完全にある世界と言うことは難しい。

 

 多くの家庭用ゲーム開発者が、ソーシャルゲームの開発に転向したときに感じる強力な違和感と混乱は、自分が過去に1万時間も掛けて積み上げてきた「予見可能な規則性」のノウハウとまったく合わないため、すぐに適応することができないという面があるとも考える事ができるだろう。それでも、ソーシャルゲームの複雑化が進み本格的なゲームの時代になるに従って、家庭用ゲーム機会社出身の人たちが積み上げてきたノウハウへの評価は上がってきている。そのため、まったくないとも言い切れないように思える。

 

 ただ、カーネマンはエキスパートであれ、自信たっぷりにミスをすることも指摘している。困ったことに、その際には、それを引き起こした本人は自分の主観的な自信と、判断の確かさの指標との区別がつかなくなっていることが多いという。また、二人の論争はまだある程度の同意ができたものの、クラインはアルゴリズムがばかげた結果を引き起こすという話を聞くとうれしそうにし、カーネマンは傲慢なエキスパートが直感を主張して、当然のように失敗するとにんまりすると述べている。

 

■過剰な自信を持つ経験者の主張は必ずしも当てにならない

 

 結局、ゲーム開発の世界は極めて流動性が高いため、どこまでがその人の「蓄積されたエキスパートのスキル」であり、どこからが「傲慢な直感」による意思決定なのかの線引きは極めて難しい。

 

 クラインの研究も、カーネマンの研究も、ゲーム開発者を取り巻く環境が複雑すぎて、意思決定について調べるには、現在の心理学研究になじまないだろうということは想像がつく。過去の規則性のある統計を参照することができるならば、その開発者はスキルがあるかどうかを判断することができるかもしれない。ただ、現実には、それは空想実験の世界でないと難しいだろう。とはいえ、なんらかのヒントぐらいにはなる。自分のベテランとしての経験から、自信たっぷりに話す人に、開発予算を付ける場合には、まず自分自身が下す、直感的な印象は少しばかり気を付けた方がいいということだ。これは意思決定を行う人自身にも言える。

 

 要するに、統計データを利用してシンプルなアルゴリズムを利用して、今から出すゲームがヒットするかどうかを予測することはできる可能性はあるが、万能とは言えない。一方で、いくら過去にヒット作を出してきたからといって、その人が自信満々に言っていることを鵜呑みにすることも極めて危険だということになる。

 

 ついでに、率直に認めておくが、この議論を読んでいると、私自身がゲーム産業なりを分析して書いていることさえ、自分自身でどこまで信頼してよいのか、という気分にもなる。

 

 

※1 ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(下)』(早川書房)、P.11
※2 同書 P.12
※3 同書 P.15-16

2013年1月15日 13:44