酒缶さん
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【鈴井匡伸氏】8.ゲームのあの舞台に来た

 今回のゲスト:鈴井匡伸氏 

インディーズゼロ代表取締役。制作に関わったタイトルは『千年家族』『しゃべる!DSお料理ナビ』『ゲームセンターCX 有野の挑戦状』など多数。最新作はニンテンドー3DSの『タッチ!ダブルペンスポーツ』。


酒缶 鈴井さんはアメリカで生活していた時期があるようですけど、いつ頃アメリカに行ったんですか?

 

鈴井 アメリカに向かう飛行機で、発売の半年前なのに『ドラクエIII』(※1)の4人パーティの名前を考えるのに必死だったので、『ドラクエIII』の発売日が1988年の2月10日ですから……1987年の秋です。『ドラクエIII』は母の友達の玩具屋さんに送ってもらったので、発売の1週間後には遊んでいました。海外だと買えないじゃないですか。

 

(※1) 『ドラクエIII』 正式名称は『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』。1988年にエニックス(現スクウェア・エニックス)がファミリーコンピュータ向けに発売したRPG。発売日は平日なのに前夜から行列ができて、ニュースにもなった。

 

酒缶 『ドラクエIII』は日本にいても発売当時は普通に買えなかったんですけど……。

 

鈴井 じいちゃんやばあちゃんが買えそうなものは国際電話で「僕ね、友達もいない中で頑張っていて、ファミコン欲しいよ」ってお願いして……あらゆるルートを駆使してゲームを買ってました。雑誌はニューヨークの紀伊国屋に年間契約すると定期購読で1ヵ月遅れで船便で格安で送ってくるというサービスがあったので、週刊少年ジャンプ、月刊少年ジャンプ、月刊少年マガジン、ファミマガ、ファミ通……。

 

酒缶 いっぱいありますね。

 

 

鈴井 本当にアメリカにいたのかというくらい読んでいましたね。でも必死で両親を口説きましたから。アメリカに住む条件として、それだけは買いたいと。「僕は将来ゲーム業界で働くから、そこで稼いで恩返しするから」とひたすら説得していました。ま、実際この仕事をしているので、親も「あれは嘘じゃなかったのね」と言ってくれます(笑)。ゲーム雑誌に育ててもらったんですよ。

 

酒缶 日本にいた時よりも充実したゲームライフですよね。

 

鈴井 はい。中学時代の友達も寂しいだろうって色々送ってくれたので、それも情報源として活用して。アメリカはスクールバスが6時50分に迎えに来て、13時50分に学校が終わるんですよ。そこから暇で、友達と遊ばない日はもう家帰ったらゲームし放題。絵を描いたり、創作し放題。すごい自由時間でしたね。ま、勉強もしないといけなくて、宿題は辞書を引かないとできないですから大変でしたけど。

 

酒缶 その苦労はありますね。

 

鈴井 周りは英語しかないので、日本語で物事を考える大事な時間だったし、活字が好きになりましたね。アメリカに行ってよかったのは、比較することで日本の良さがわかったことです。この気持ちが大事だなと思いました。

 

酒缶 アメリカに行って、ゲームに対して何か変化はありましたか?

 

鈴井 外国人が“ニンテンドー”を知っていることに感動して、日本人として優越感がありました。アメリカでスーファミが出てないときに、自分だけ持っていて、『スーパーマリオワールド』を見せた時に「何でこんなものがあるんだ!」って大興奮してくれて、自分が作ったわけじゃないのに超嬉しいんですね。『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(※2)でセガをみんなが知って、自分が行きたいと思った業界のことを世界中の人が知っていることはメチャクチャ嬉しかったんです。だから、海外に行ってからの方が任天堂のタイトルを遊んでいるんですよ。NES(※3)で改めて『メトロイド』(※4)をやってみたり。

 

(※2) 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』 1991年にセガ・エンタープライゼス(現セガ)がメガドライブ向けに発売したアクションゲーム。ソニック20周年公式サイト http://sonic.sega.jp/20th/

(※3) NES 正式名称はNintendo Entertainment System。アメリカ版ファミコン。

(※4) 『メトロイド』 1986年に任天堂がファミリーコンピュータディスクシステム向けに発売したサイドビューアクションゲーム。バーチャルコンソール http://www.nintendo.co.jp/wii/vc/vc_me/

 

酒缶 プレイしている年齢が違うと、何か発見がありました?

 

鈴井 高校生になったら任天堂のタイトルも遊べたんですよ。中学の時は『スーパーマリオ』をクリアできなかったのに、高校生になったらクリアできたんですよ。今、面接で「初めてゲームをやったのはいつですか」と質問すると、「4歳で『マリオ』や『ポケモン』をやっていた」とか「小1でRPGをやっていた」とか……生まれたときからゲームを遊んでるから、皆、上手ですよね。「親がすでに持っていた」とか「家にあった」とか。「皿洗いをして買ってもらったとかじゃないの?」って。今、ゲームを手に入れるのにロマンがないですよね。自分の時は必死だったもん。どうやったら人より多くのゲームが遊べるのかって。

 

酒缶 確かに。

 

鈴井 あえてチャレンジャブルなゲームをどんどん買ってましたもんね。『ゾイド』(※5)とかも。「こういう視点で作られているのが気になるから買おう」とか、我ながら中学生の言うことじゃないですよね。「『不動明王伝』(※6)は初の3Mソフトだから買おう」とか。その2ヵ月後にナムコが『ナムコクラシック』(※7)で4Mソフトを出しちゃうんですけど。アーケードの移植よりも、ファミコンオリジナルで作った方を買っちゃっていますね。『スター・ウォーズ』(※8)がナムコさんの初の青色カセットで興奮したし、『さんまの名探偵』(※9)も自分で買ったな。ナムコさんのゲームは結構間違って買っちゃっているんですけど。

 

(※5) 『ゾイド』 正式名称は『ゾイド 中央大陸の戦い』。1987年にトミー(現タカラトミー)がファミリーコンピュータ向けに発売したRPG。戦闘は視点を360度回転させて撃ち合う、シューティングゲームのようなシステムだった。

(※6) 『不動明王伝』 1988年にタイトーがファミリーコンピュータ向けに発売したサイドビューアクション。パッケージの「3MROM」の表記が輝かしい。

(※7) 『ナムコクラシック』 1988年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がファミリーコンピュータ向けに発売したゴルフゲーム。パッケージにはROM容量の表記はなかった。

(※8) 『スター・ウォーズ』 1987年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がファミリーコンピュータ向けに発売したサイドビューアクション。色々な○○ベイダーと出会える。

(※9) 『さんまの名探偵』 1987年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)がファミリーコンピュータ向けに発売したアドベンチャーゲーム。吉本興業の芸人さんが多数出演している。

 

酒缶 間違ってはないと思いますけど。

 

鈴井 間違ってないか(笑)。

 

 

酒缶 鈴井さんって高校はアメリカでしたけど、大学は日本の大学ですよね?

 

鈴井 帰国入試で行けるところを探していて、比較文化というか文化や社会の違い、情報化社会とかやりたくて社会学に行こうということになって、結局、法政大学の社会学部に行きました。当時は自分の将来の職業にまだ色気があって、ゲームも作りたいんだけど、テレビとかドラマとか映画とかもいいなと思っていたので、大学ではアナウンス研究会に入ります。でも、放送の業界は寝ないので、僕には無理だと。

 

酒缶 でも、ゲームの開発も……。

 

鈴井 ゲームも寝ないじゃん、という話もありますけど、テレビはもっと肉体的なんですよ。あと、テレビ番組は生き物のような作りをしていくので、演技とか人間の集大成みたいな作り方なんだなって。映画のような計画した中で出す面白さは特殊で、テレビは機材を手配するとか、ロケ地を押さえるとかスケジューリングが命だとかわかって、やっぱりゲームでしょって(笑)。今のモバゲーとかソーシャルのゲームはテレビ的で、このコーナーがダメならば変えればいいとか、反応悪いなと思ったらどんどん内容を変えていくことで面白さを出していき、それはそれで面白いと思うんですけど、最初に提案したテーマ以外の内容は常にお客様の顔色を見ながら作るというのが潔くないな、と感じているんです。

 

酒缶 じっくり作って、「これが最高のもの」という状態で出したいということですね。

 

鈴井 きちっと調整したものを出したいですね。もちろん時代の流れは違う方に来ているので、自分の中で消化していこうと思ってはいますが。

 

酒缶 ゲームって多様化しているから、「これがゲームだ」というのが通じなくなってきているかもしれないけど、「これがゲームだ」と言い切るのもアリだと思いますよ。

 

鈴井 そうですね。究極的にはタイミング良くボタンを押すのがゲームだと思います。それくらいだと思っているんですけど、そこに楽しさを付け加えられるし、いろんなのがあればいいな、と。そうそう。ファミコンのソフトを大学生になってから買ってみて「こんなに面白かったんだ」と思ったのがたくさんありました。一番面白かったのが『ガンナック』(※10)です。コンパイルのソフトで、『ザナック』(※11)のエンジンで作った最終版みたいなゲームだけど、簡単なんですよ。連射ボタンを押しっぱなしにしていると誰でも最後まで行けて、でも、やりごたえもあって達成感もあるゲームなんです。

 

 

(※10) 『ガンナック』 1990年にトンキンハウスがファミリーコンピュータ向けに発売した縦スクロールシューティングゲーム。

(※11) 『ザナック』 1986年にポニーキャニオンがファミリーコンピュータ向けに発売した縦スクロールシューティングゲーム。バーチャルコンソール http://www.nintendo.co.jp/wii/vc/vc_znc/index.html

 

酒缶 トンキンハウスさんというところにメジャー感がないんですけどね。

 

鈴井 マイナーな感じになっちゃいますけど、面白かったです。ビック東海とかもよかったですよ。『チェスター・フィールド』(※12)は「『リンクの冒険』(※13)よりも『リンクの冒険』だ!」と雑誌に書かれていて、『アイギーナの予言』(※14)も「姫様に何が起きるこの摩訶不思議な超展開」とかあおりもかっこよかったんですけど。遺跡が大好きなので、『太陽の神殿』(※15)とかも大好きですね。アメリカで住んでいた時、メキシコに近かったので、本物の太陽の神殿に行けたんですよ。登って、「これが日本ファルコムの『太陽の神殿』だ!」って(笑)。そこまで行っても考えることはゲームなんですよね。『キングコング2』も『風来のシレン』(※16)も、最後、黄金郷があるじゃないですか。遺跡が好きなのはゲームのせいで、本当の場所に行ってもゲームのあの舞台に来たとしか思えない。ちょっと病気なんですけど。

 

(※12) 『チェスター・フィールド』 正式名称は『チェスター・フィールド “暗黒神への挑戦”』。ビック東海がファミリーコンピュータ向けに発売したサイドビューアクションRPG。

(※13) 『リンクの冒険』 1987年に任天堂がファミリーコンピュータディスクシステム向けに発売したアクションRPG。バーチャルコンソール http://www.nintendo.co.jp/wii/vc/vc_lb/

(※14) 『アイギーナの予言』 正式名称は『アイギーナの予言 「バルバルークの伝説」より』。1986年にビック東海がファミリーコンピュータ向けに発売したアクションゲーム。

(※15) 『太陽の神殿』 1988年に東京書籍がファミリーコンピュータ向けに発売したアドベンチャーゲーム。1986年に日本ファルコムがパソコン向けに発売したゲームの移植作品。

(※16) 『風来のシレン』 正式名称は『不思議のダンジョン2 風来のシレン』。1995年にチュンソフトがスーパーファミコン向けに発売した自動生成ダンジョンRPG。バーチャルコンソール http://www.nintendo.co.jp/wii/vc/vc_sr/

 

酒缶 ゲームの終盤と実物世界で見たものがリンクするのは珍しい感覚ですね。

 

鈴井 ものすごく急なところをチェーンを使って登ったんですよ。階段の影が蛇みたいに見えるところがあるんですけど、段差がデカくて、これが物語だとお姫様が祭壇に生贄になっていて……と思いながら一生懸命登っていたら、見渡す限りがジャングルで、たまにポツンと遠くの遺跡が見えたりして、「これがアステカとかマヤなのか……」と。テレビでも「不思議の海のナディア」とかNHKのアニメにそういう場所が出てきて、大好きだったんですけど、「ああいうロマンの地に僕も来たぞ」って、走馬灯のようにこれまでプレイしたゲームの思い出が蘇って、嬉しかったです。僕、もう一つ行きたい遺跡があって、空中都市マチュピチュなんですけど、遠いんですよ。空気も薄いっていうし、行けるかな。死ぬまでに一度行きたいんだよなぁ。

 

酒缶 じゃあ、マチュピチュを次のゲームの題材にしてみては?

 

鈴井 取材ねぇ。でも、なかなか日本から出してもらえないからなぁ。E3すら行けないのに(笑)。

 

次回の更新は、8月2日(火)の予定です。

2011年7月29日 12:08