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ゲーム人生回顧録 - 乱舞吉田
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第41回 ファミコン:その26(『スターフォース』後編)
第40回 ファミコン:その25(『スターフォース』中編)
第39回 ファミコン:その24(『スターフォース』前編)
第38回 ファミコン:その23(『ハイパーオリンピック』後編)
第37回 ファミコン:その22(『ハイパーオリンピック』中編)
第36回 ファミコン:その21(『ハイパーオリンピック』前編)
第35回 ファミコン:その20(『スパルタンX』)
第34回 ファミコン:その19(『レッキングクルー』)
第33回 ファミコン:その18(『フラッピー』)
第32回 ファミコン:その17(『ディグダグ』ほか)

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第42回 ファミコン:その27(『スターフォース』特別編)
ゲーム人生回顧録 - 乱舞吉田

 前々々回、前々回、前回と、僕が『スターフォース』と出会ったいきさつ、ゲームに隠された謎、そして思い出などについて3回連続で書きました。いや〜、やっぱり『スターフォース』は、多くの人の思い出に残っているゲームだったんですね。読者のかたから、「僕も同じ体験をした」とか「アーケード版の状況は知らなかったので興味深かった」など、ご意見やご感想をたくさんいただきました。ありがとうございます(笑)。さて、3回も連続で書いてきたわけですが、これで十分に『スターフォース』について書き残せたかというと……そうではない! まだまだ大事なことを書き残しているんです。アレについて語らないなんて、クリープを入れないコーヒーのようなもの……って歳がバレる(苦笑)。『スターフォース』のアレといえば、ズバリ、全国キャラバンのことです。

 

 全国キャラバンは、ゲームメーカーのハドソン公式による、大規模なゲーム大会のこと。ゲーム機とテレビモニターを内蔵した黄色い改造車(キャラバン)で、毎年日本各地を巡ってゲーム大会を開催し、ナンバーワンプレイヤーを決めるというものです。当時は、ファミコンがブームになり始めていたものの、全国規模で行うゲーム大会は皆無でした。そんなときに、スポンサーとしてTDKがつき、コロコロコミックと連動してハドソンが全国規模でゲームを盛り上げていったわけです。この全国キャラバンはおよそ10年に渡って展開されました。'85年の『スターフォース』を皮切りに、'86年の『スターソルジャー』、'87年の『ヘクター'87』、'88年の『パワーリーグ』、'89年の『ガンヘッド』、'90年の『スーパースターソルジャー』、'91年の『フィナルソルジャー』、'92年の『ソルジャーブレイド』など、恒例行事化していきました。『スターフォース』は、その記念すべき第1弾ソフトだったんです。過去3回で書いたように、『スターフォース』は、もともとが奥の深い、さまざまなテクニックが存在していたゲームだったわけで。まさに大会用に打ってつけのソフトだったんですね。まずは大会の告知があり、そしてコロコロコミックで『スターフォース』のテクニックが少しずつ紹介されていきました。そして、大会の盛り上げ役にひと役買ったのが、あの高橋名人です。

 

 ハドソンの高橋名人は、もしかして、いまでもゲーム業界人のなかで、一般での知名度がいちばん高い人なのかもしれません。ん〜、でも最近の若い人たちは、あまり知らないのかな? 「名前だけは知っているけど」って感じでしょか? 僕らの世代のゲームファンにとっては、高橋名人はいまでもスペシャルな存在なんです。ゲーム業界で有名人と言えば、ふつう、メーカーの社長やヒットゲームのクリエーターの名前が挙げられますよね。高橋名人は社長でもクリエーターでもない。もう別格。テレビやマンガや映画に出演し、レコードも出して、さらにはゲームの主人公にまでなってしまったという……。高橋名人についての当時の様子は、いま(2003年3月現在)でも書店で購入できるマンガ『高橋名人物語』で、フィクション、ノンフィクションを織り交ぜて知ることができます(笑)。高橋名人に関しては、またべつの機会(たぶん『スターソルジャー』のとき)に詳しく書きたいと思いますが、『スターフォース』のころは、まだ高橋名人がブレイクする直前でした。あの有名な16連射も編み出されておらず、ハドソンの広報担当者としてメディアに露出し始めて間もないころだったんです。

 

 さて、ハドソン全国キャラバンの話に戻りましょう。まず最初に言っておきますが、僕はこの全国キャラバンには参加しませんでした。その理由は、"ハドソンスティック(ハドソンの公式ジョイスティック)"にあります。『スターフォース』のソフトが発売されたあと、全国キャラバンに向けて、ハドソンから公式のジョイスティックが発売されました。それは、黄色い台に、黒い棒状のレバーがついているモノでした。僕は、それに馴染めなかったんですよ。第18回の『ロードランナー』のときに書いたけれど、僕は棒状のスティックが苦手……というか嫌いだったんですね。とくにアーケード版から『スターフォース』を遊んできた僕にとっては、いちばん自機を操作しやすいのはゲームセンターと同じように、レバーの先に玉のついたタイプ。棒状のスティックに比べたら、まだファミコンの+ボタンのコントローラーのほうが慣れていたぶん操作しやすかったんです。そんな先入観ありきでしたが、実際に現物に触ってもみました。でも、やはりやりづらかった。さらに、コンパクトなのはいいんだけれど、軽くて固定しにくいという欠点も感じられました。ここで、僕の中で"冷めて"しまったようです。『チャンピオンシップロードランナー』に熱中したときとは、まったく逆。いま思い返しても、不思議なくらい。"全国キャラバンで腕を競い合う"というイベント自体にはすごく惹かれたんですけれども、ハドソンの公式ジョイスティックを買って、それに慣れるように練習するのがイヤだったんですね。だから、結局ジョイスティックは買いませんでした。友だちは、ジョイスティックを購入して練習していましたけれど(笑)。というわけで、僕は全国キャラバンには参加しなかったので、『スターフォース』に対しての思い出はすごくたくさんあるけれども、全国キャラバンに対しての思い出はないんです。全国キャラバンの詳細の話について期待していた読者のかたにはたいへん申し訳ないのですが、作り話でウソを書くわけにもいかないし(苦笑)。そのへんは、実際に参加した経験のある読者のかたがいたら、当時の様子とか思い出など、教えてもらいたいなぁ。よかったら、下のメール投稿フォームからヨロシク(笑)。実際に全国キャラバンのほうは成功を収め、翌年『スターソルジャー』で高橋名人とともに大ブレイクすることとなったことを、最後に記しておきます。

 


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