グランツーリスモの夜明け〜その2〜久夛良木さん登場 連載第24回
【定期連載 山内一典の読むグランツーリスモ】
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●[連載第24回]グランツーリスモの夜明け〜その2〜久夛良木さん登場
※"[連載第22回]初代『グランツーリスモ』誕生秘話 プロローグ "はこちら
※"[連載第23回]グランツーリスモの夜明け〜その1〜"はこちら
ある日のこと、ぼくたちエピックソニーレコードがオフィスを構える青山のビルのフロアに、突如としてソニーから数十人の部隊が乗り込んできました。彼らはビルの中央の廊下を挟んでオフィスの半分の面積を占拠しました。そしてガラス張りだった廊下のすべてに目隠しがされたのです。
「なんだ、何が起こったんだ?」
突然の引っ越し劇に、ぼくたちは驚きました。そう、この秘密部隊こそ、久夛良木さん率いるプレイステーションのハード部隊でした。ソニーの中に適切な居場所がないと見た久夛良木さんが、当時エピックソニーレコードの代表だった丸山茂雄さんを頼って飛び出してきたというわけです。
ソニーという会社の特徴だと思いますが、組織というのは結構いいかげんなものだし、大人たちも野心に溢れていました。
初めて対面した久夛良木さんの印象は、なんというか経験を積んだ指導者らしい大人の落ち着きとか円熟味、奥行き、といった常識とは対照的な、すさまじく才気走った利発な子供がそのまま大人になったような感じです。頭の中でスパークし沸騰する考えを、早口でもいちいち言葉にするのはもどかしい、それを聞いたスタッフの理解が遅いのが、さらに輪をかけてもどかしい、といった雰囲気でした。
ソニーって、年齢と才気とのバランスがぶっ壊れた、すごい人がいるんだな、と、ぼくはのんびりしたアタマで感心するしかなかったですね。
頭の回転が速すぎるが故の、その身体にビリビリとした電荷をまといながら機関銃のごとく周囲のスタッフにまくしたてている、という光景は、以後、ぼくが久夛良木さんとお会いするときの定番の景色となっていきます。
長い廊下を境に半分がソニーからのハード部隊、半分がエピックソニーレコードからのソフト部隊。青山一丁目のツインタワービル8階に育ちも文化も違う、ふたつの組織が奇妙な同居を始めました。ここがやがてソニー・コンピュータエンタテインメントというハイブリッドな会社への母体となります。
社会人1年目から、こういった会社組織のダイナミックな地殻変動に自分が巻き込まれたのはとても幸運なことだと思います。新入社員にとって多くの会社は、入社して配属が決まった瞬間から、担当する仕事も長い歴史の中で分業化され固定化されているものがほとんどです。ところが明日はどんな会社になるかわからない、という革命の前夜、いい年こいた大人たちの悪巧みが始まる現場に、たまたま居合わせてしまったのですから、これはもう面白くないはずがないのです。
プレイステーションのアーキテクチャの概要を聞いたぼくは、さらに気分が盛り上がりました。
なんと、3Dグラフィックスのハードウェアを作るといいます。
リアルタイムのポリゴン・レンダリングを可能にするハードウェア。
ああ……なんという甘美な響きなのでしょう。
それこそ、パソコン(当時はマイコンですね)が趣味だったぼくが15歳のときから夢に描いていたハードウェアなのでした。こんなハードがあったら、こんなことも、あんなこともできる……と夢に見ていたハードだったのです。
神様の悪戯とはいえ、ゲーム制作を志したわけでもなかったぼくが、この会社の、この部署に配属になった、というのは偶然にしては出来過ぎていると思いました。
「趣味が仕事になる」
なんて、普通は誰も考えません。
「趣味は趣味、仕事は仕事」
というのが世の中の、まあ常識です。
ところが、ぼくの目の前にごろんと差し出された使命は、
「新しく企画される新世代の3Dグラフィックス・ゲームハードウェアで、なにかゲームを作れ」
という実に乱暴かつ魅力的なオファーだったわけです。
「ホントかよ……」
なんだか、周囲の環境がすべて自分のためにお膳立てされているような錯覚を覚えました。趣味と割り切って好きなだけ時間を捧げていたことを仕事にして良いというだけでなく「なんでもいいからゲームを作ってくれ」だなんて。
しかも当時のソニーグループはゲーム事業の歴史はほとんど無いに等しい。だからゲームソフトを作る人材もいないし組織も出来ていない。
経験者ゼロなわけです。
それが意味するところは、仕事を教えてくれて、アドバイスしてくれる人もいないかわりに、あれこれとうるさい先輩もいないし歴史的にあてがわれた担当業務もないし、もちろん古びた因習もない、ということです。
全部、自分で考えて、自分で実行できる。
別の言い方をすれば、
要するに「好き放題」
これはすごいことです。
千載一遇のチャンス、とはこういうことを言います。
「企画書を作れ」
ぼくの上司が言いました。
なるほど、企画書というものを書けばいいのか。
というわけで、憧れの3Dグラフィックスハードウェアであるプレイステーションに向けた、孤独な企画作りがスタートしました。
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