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【イベント】小島監督と浜村弘一氏が『メタルギア』の歴史を語った

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●小島監督から「ボクと新ちゃんは『4』で最後」という衝撃発言が!
 

 コナミブースの『メタルギア』コーナーで、本日(9月16日)3つ目のイベントとして"MISSION3 MG Saga ON TGS"が行われた。"MG Saga"とは、タイトル名ではなく『メタルギア』シリーズ全体の物語を指した言葉。小島監督とエンターブレインの浜村弘一氏が、第1作『メタルギア』から『メタルギア ソリッド4』までの歴史を語るイベントだったのだ。
 

▲東京ゲームショウの恒例行事になりつつある、小島監督のトークイベント。小島プロダクションのタイトルに関する新たな情報の発表が多く、毎年報道陣にも注目されている。なお、右は小島プロダクションの一員、新川洋司氏だ。

 

▲当時の状況をよく知る浜村弘一氏からさまざまな感想が寄せられた。

 ふたりはMSX2用ソフトとして`87年7月12日に発売された第1作『メタルギア』から話をスタート。小島監督は当時の思い出を以下のように語ったぞ。
 

 「もともと映画や小説を作りたかったんですが、どうにもならなかった。悶々としていたときにファミコンに出会ったんです。『メタルギア』は戦争のゲームを作れるということで張り切ってやったんですよ。作るまえは会社の同僚に「(会社)いつ辞めるの?」なんて、よく言われていたんですが、この1本でみんなの態度が変わりました」(小島)
 

 これを受けて浜村氏は「当時はMSXを持っている人が少なかったんで、いまや幻の名作になっているんですよね」とコメントしていたぞ。

▲コナミ入社当時の小島監督の貴重な写真が公開! めったに見られない代物なので、しかとその目に焼き付けておこう!

 

 続いて話題は、シリーズ第2作『メタルギア2 ソリッドスネーク』(`90年7月19日発売)に。これに関して小島監督は「もともと続編を作るつもりはなかったんですが、北米で発売されたNES版(ファミリーコンピュータの北米での名称)の出来があまりよくなかった。そこで、本物の続編を作ってやろうと思って」と、制作のいきさつを語ったのだ。ちなみにシリーズのキャラクターデザインを務めている新川洋司氏は、この作品に魅せられてゲーム業界に進んだという。
 

▲左がファミリーコンピュータ版の『メタルギア』。右が幻のNES版だ。

▲『メタルギア2 ソリッドスネーク』のパッケージ。

 

 そして`98年9月8日にプレイステーションソフト『メタルギア ソリッド』が発売。小島氏は「そろそろ陽の当たる場所に行こうと思って……。この作品を作ったことで、いまの小島プロダクションの基礎ができたんですよ。当時は20人くらいでしたが」と語る。さらに話題は2001年に発売された『メタルギア ソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』へと進み、最新作『メタルギアソリッド3 スネークイーター』、そしてシリーズの今後へと繋がっていったのだが、ここで驚きの発言が飛び出した! 小島監督の口から「ボクと新ちゃん(新川氏)は『4』で最後です」という"『メタルギア』引退宣言"とも受け取れる発言があったのだ。小島監督はその理由を「ほかのものも作りたくなったんで」と語ったが……。今後の小島監督の発言に注目だ。

 

▲これまでのシリーズ作品をストーリーに沿って整理するとこの図に。『4』は『メタルギア ソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』の次のストーリーになる。

 

※『メタルギア ソリッド 3 サブシスタンス』のサイトはこちら
※『メタルギア アシッド 2』のサイトはこちら
※小嶋プロダクション(『メタルギア ソリッド 4』)のサイトはこちら
 

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