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ゲームデザイナー 桜井政博さんが週刊ファミ通で連載している人気コラム“桜井政博のゲームについて思うこと”の単行本発売を記念し、週刊ファミ通誌上で読者の“ゲームについて思うこと”を募集したところ、予想以上のおたよりが殺到! 週刊ファミ通4月22日号でのスペシャル版掲載に続き、ファミ通.comにも出張所を開設!
ゲームについて思うこと ファミ通.com出張所 VOL.4(最終回)
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愛知県 けいびたいさんの |
ゲームについて思うこと |
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最近のRPGには、一定の条件を満たしてクリアーしないと、バッドエンドになってしまうものが多いと思います。私はバッドエンドを見ると切なくなってしまい、それまでの自分のプレイが否定された様な気になります。
ゲームという娯楽の終わりには、清々しくコントローラーの置けるハッピーエンドが良いと思います。
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その通りだよなぁ……と思います。
いや、暗いオチのつけかたを否定するわけではありません。
それによって、強く印象に残ることもありますし。
そのへんは映画などの娯楽と同じなのですが、ゲームに投資する時間は長くなりがちなので、それがバッドエンドだった時にはもう。
以前、某タイトルで30時間を棒に振り、煮え切らないからもう30時間プレイしましたよ。つらかったのなんの。
それはさておき。
“勧善懲悪”って、イージーに見えるじゃないですか。多くの場合。
だけど、実は明るく楽しくまとめて終えるほうがムズカシイのではないかとわたしは思うのですよね。
シナリオは、あっと驚くようなことがあったり、思っていなかったことが起こるほうが刺激があるので、予想を裏切るように裏切るようにと書かれがち。
だからこそ、スタート地点での目標と実際のエンドが同じ方向を向いている、という風に持っていくのは意外とタイヘンなのだろうなぁと感じます。
インドリアンさんの |
ゲームについて思うこと |
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ゲームに必要なのは世界観だと思います。
ストーリー以外の部分を勝手に想像できるほど現実味があるのに、実際にはどこにもありえないこと。これがおもしろいゲームや映画の要素かなぁと。
現実味を感じることと、いわゆるゲーム性のどちらかがズバ抜けて高いゲームに人気があるのだと思います。両方とも兼ね揃えたゲームって最近はちょっと少ない気がするんです。ちなみに『メテオス』には、両方兼ね揃ってると思います(笑)。
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人によって、いろいろなところにゲームの価値を見いだしますよね。
映像、音楽、ゲーム性、作家性、雰囲気、ジャンル、メーカー、世界観、シナリオ、キャラクター……。
それぞれのジャンルで、自分にとってのベストと言える作品はなんだろう? と、このおたよりを読んでなんとなく考えてみました。
でも、答えはまったく出ませんでした。
「あなたの好きなのはどれ?」と問われるだけの、ごく単純なことであるにもかかわらず。
それぞれの作品は違うものだから、面白いんですよねぇ……。
栃木県 ナオミきゃんべるさんの |
ゲームについて思うこと |
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任天堂のゲームのタイトルは最後に“アドバンス”や“GC”などをつけただけの物が多く、「またかよ」とよく思います。
どうして“2”や“3”というタイトルにしないのでしょうか?
対応するハードを分かりやすくする工夫ですか?
最近のものでは『スーパーマリオ64DS』に無理があると思いました。制作者の人はゲームのタイトルにどれくらいこだわりをもっているんでしょうか?
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はい、任天堂のタイトルに“DS”などが付くのは、対応するハードをわかりやすくする工夫に他ならないでしょう。
もちろん、制作者にしてみれば半年なり1年なり2年なりかけて作る作品なので、タイトルつけは特に慎重であることも間違いないのですが。
『スーパーマリオ64DS』というタイトルは、1本の作品として見ると確かに「なんじゃこりゃ」なのですが……。
この作品は、『スーパーマリオ64』の移植であって、それがハッキリわかるようにしなければならない。
さらに、ニンテンドーDSに対応していることもわからなければならない。
そういう点をもっとも重要視したタイトルなのだと思いますよ。だから、そういう意味ではこだわっていると。
逆に、かつての移植作であるにもかかわらず、『スーパーマリオ5』とかナンバリングしたり、『スーパーマリオ〜タッチでテケテケ〜』とタイトル付けするとか、まったくの新作であるかのように見せてはマズいのではないかと思います。
上記の課題をクリアーしつつ、さらによいタイトルがあったら教えてください。
任天堂の作品は、「それはつまり、何であるのか」ということを、外側から見てはっきりわかるようなタイトル付けが多いですね。発売予定表に文字だけで並んだ時なども想定されています。
結局わたしの手がけたものでも“デラックスな『スマブラ』”という内容どおりのネーミングになってますもの。
あぁ文字どおりの作品だな、ということで多くの人がナットクするわけです。
だからたぶん、今後も任天堂は『蒼い空、そして……』とか『宇宙とたたずまい』とか、あいまいなタイトルのものはあまり好まないのではないかと思います。(なんじゃそりゃ)
あ、でも、わたしが思うに、『罪と罰』、『カエルのために鐘は鳴る』、『X(エックス)』あたりは任天堂あいまい系タイトルに該当するかなぁ。
千葉県 ISANAさんの |
ゲームについて思うこと |
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僕は将来ゲームクリエイターになろうと思い、具体的な進路を考えているところなのですが、ゲームプログラマーと呼ばれる人たちはほかのジャンルのプログラミングとは違う技術が必要なのですか?
某ゲーム会社の求人広告のゲームプログラマーの欄に“応募資格:ゲーム制作経験のある方”と書いてありました。僕はいままで勝手に「大学でプログラミングを学べば、コンピュータープログラマーやゲームプログラマーなどさまざまなプログラマーになれる」と思っていたのですが……。
もし大学でプログラミングを学んだからといって、そうやすやすとゲームプログラマーにはなれない、ということなら大学ではなくゲーム関係の専門学校に進むことを考えて、進路を見直す必要も感じてきました……。なんか人生相談みたいで申し訳ありません……。
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ゲーム作りにはゲーム作りのノウハウがありますが、それとは別にいろんな学問との関連がありますよね。
しかしどちらにせよ、普通の大学に行ったとしても、ゲーム関連の専門学校に行ったとしても、「学校から学ぶ」ことにあんまり期待しないほうがよいと思いますね。
結局その人“個人”の力量が問われるものであることは間違いないし、在学中に商業作品を作れるわけではありませんから。
そこでオススメするのは、大学 or 専門学校に通いつつ、プライベートでゲームを一から作ってみること。
今の時代なら、その方法はいくらでもあるハズです。
学生も忙しいとは思うのですが、いざ社会人になったらそれよりもっとキツくなる場合が多いと思います。
一本ゲームを完成させるまで粘って、自己評価や遊んだトモダチの感想にへこみながら、ナットクがいくまで手直しを重ねる。これはめちゃくちゃ身につくと思いますよ。
ネットで公開してみるのもいいかもしれません。反応が得られればやりがいも伸びるのではないかと。
その作品をメーカーに提出すれば、就職時にも役立ちます。そうやって自作ゲームを経てゲーム作りの道を選んだ人も数知れず。
グループワークは大切。だからそれだけでも学校で学べることはあると思うし、多かれ少なかれプラスになるとは思うのですが、ノウハウは与えられるものではなく、身に詰めていくものだと思っています。
がんばって!
匿名希望さんの |
ゲームについて思うこと |
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最近のゲームを見ていると、ハードの機能に躍らされている様に思う。
たとえば、昔のゲームは四畳半の部屋に何を置くか悩み、洗練されたレイアウトを作っていたのに、いまのゲームはいきなり3LDKに引っ越して、なんでも詰め込み、バランスが悪いか中身がスカスカな感じ。間取りを活かしつつ、個性有る家具が配置されている
メーカーは少ないと思う。良い音源、綺麗な絵……スイッチひとつで風呂が沸く、そんな機能を自慢気に見せるけどくつろげるソファーがない。そんなゲームが増えた気がする。
ファミコン時代の音楽やイベントはいまでも思い出せる。ファミコンを実家としたら、いまのゲームは出張先のホテルの一室のように親しみが湧かない。すべてのゲームがそうではないけど、メッセージ性が希薄なんだろうな……。
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昔のゲームが四畳半だとしたら、今は3LDKどころではありません。例えるならば体育館かプールみたいなものです。
四畳半の中にあるものなら、なんでも覚えられるでしょう。
だけど、後者の広さだったら? とてもあれこれと思い返せるものには成り得ません。
かと言って、小さい部屋に戻れるわけでもなく。
パーティションを小さく区切ったところでナットクされるわけもなく。
だからそう責めないでやってください。
金沢市 M・Tさん(22歳)の |
ゲームについて思うこと |
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『ファイアーエムブレム』を始めてみました。
最初は「意外に簡単だなぁ」と感じました。楽しい指揮官生活です。経験値をうまく稼いでいくのにも手ごたえを感じます。が、すぐに試練が訪れました。味方になるキャラの攻撃で仲間が死んでしまう……。味方が死ぬと、生き返らせられないのが痛いですね!すぐにリセットしてしまいます。
今まで『ドラクエ』や『FF』など、死が“戦闘不能”として扱われるゲームに慣れていた私にとっては、ちょっと新鮮でした。この部分の扱い方は、すごくゲーム性に影響を与える気がします。私は『ファイアーエムブレム』ならやり直すし、『ドラクエ』ならそのままプレイします。
倫理的にはどうなのでしょうね?
考えたことのある方がどの程度いらっしゃるかはわかりませんが。私は、『ドラクエ』の勇者たちは天命を果たすまで死ぬことが許されないから生き返れるんだ、という風に解釈しています。『ファイアーエムブレム』は戦争というお互いの利害のぶつかり合いが舞台なので、どちらが正しいか言い切れない部分もあるように思うので生き返らせられないのでしょう。
ですが、私は死をどのように扱うべきかについては確固たる意見を持っているわけではないので、各ゲームの世界観(ルール?)を楽しんでいます。たまに「ゲームでは簡単に人が死ぬけれど、それもリセットすればなかったことになるから現実と混同してしまう」
とおっしゃる方もいらっしゃいますが、ゲームは少し現実から離れることで、難しく考えずに楽しめるものだと、そういった方々に少しでも伝わってほしいです。
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ゲーム的に考えたら、『ファイアーエムブレム』は軍隊なので数人欠けてもゲームは続行できますが、『ドラゴンクエスト』は頭数が少ないパーティなので、1人欠けたら進行が難しくなりますからね!
……と、身もふたもないことを書いてみたりして。
どちらもつまりは「ゲームのルール」ですよね。
所持金を失う、街に戻されるなどのペナルティを含めて、ゲームデザイナーが定めたルールが、ゲームの面白さにどう影響するのかということが重要視されています。
現実的な“死”と照らし合わせにすることは、二の次なのでしょう。
ただ、避けても通れないところですが。
……で、“死”の表現のハナシなのですが。
わたしは家で食事を取る時、あんまりテレビ番組などは観ず、DVDで映画を楽しんでいたりします。
ところが、最近のアクション映画の過激さは、ちょっとゴハンがおいしくいただけない場合も多く。
血の雨降らすようなものが多いですからね。
ゲームばかりがやり玉に挙げられているけれど、こっちのほうがもっと過激じゃないの? と感じますが、“どちらが”なんて議論にはあんまり意味はないのでしょう。建設的じゃないし。
そういうことも含めてあらゆるものが存在するこの世界で、取捨を正しくおこなえることが重要なのではないかなぁと。
現実と混同? とんでもない。おはなしはおはなしですよね。
最後に ひょんなきっかけからファミ通.comにおジャマしてしまいましたが、 4回の短い間でしたが、おつきあいいただきどうもありがとうございました。それでは! |
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『大乱闘スマッシュブラザーズ』、『星のカービィ』、『メテオス』など数々の作品を手掛けたゲームデザイナー、桜井政博さんの人気コラム『ゲームについて思うこと』(週刊ファミ通連載)が単行本化!! 連載第1回〜第50回に加え、後日談&ファンが“にやり”とするスペシャルなおまけを収録。桜井氏のファンはもちろん、ゲームファン、ゲームクリエーターを目指す多くの人が楽しめる1冊。みんなで読もう!!
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▲ 1回3分ぐらいのお手軽ゲーム! 何度も遊びたくなります。 |

降りそそぐ大量のメテオ(ブロック)をタッチペンでスルスルっと動かし、色をそろえて打ち上げる! こんな簡単ルールだけれど奥深く、ハマり人続出のアクションパズルゲームだ。ゲームデザインを手がけた桜井政博さんの遊び心もギッシリつまってるぞ。ムービーやもっと詳しく知りたい時は、『メテオス』公式サイトをチェック!!
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