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ゲームデザイナー 桜井政博さんが週刊ファミ通で連載している人気コラム“桜井政博のゲームについて思うこと”の単行本発売を記念し、週刊ファミ通誌上で読者の“ゲームについて思うこと”を募集したところ、予想以上のおたよりが殺到! 週刊ファミ通4月22日号でのスペシャル版掲載に続き、ファミ通.comにも出張所を開設!
ゲームについて思うこと ファミ通.com出張所 VOL.3
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大阪府 MAEさんの |
ゲームについて思うこと |
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自分がゲームについて思うことは、ゲームソフトの移植についてです。
Aというゲーム機で発売されたソフトが、売り上げが悪いからといって、すぐにBというゲーム機で追加要素を入れて発売する。こういったことをやめてほしいです。
メーカー側には先にA版のゲームを買った人に対しての配慮はないのですか?
なぜ最初から他機種での同時発売をしないのですか?
他機種での同時発売はお金や手間がとてもかかることなのでしょうか?
メーカーにはもっとユーザー側のことを考えてほしいです。
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まぁまぁ落ち着いて!
それらをするのは、決して売り上げが悪いからでも、ユーザーのことを考えていないからでもないハズ。
他機種版を同時に作るというのは、多くの場合あんまりカンタンなものではないでしょう。
メーカーによって、そのノウハウは非常に大きな差があることも確かですが。
たとえばゲーム機Aをベースに、ゲーム機B版も作っていたとして、Aで仕様的な不具合が生じたら? あるいはどうしても修正しなければならないところがあったら?
B版も改良する必要があるので、単純計算すると修正行程が2倍になりますよね。
ソフトが完成してから移植を始めたほうがスムーズであることは間違いないでしょう。
かと言って、B版が完成するまでA版の発売を待つというのは、適切な販売時期を逃したりして結構なリスクが生じます。
なによりお客さんのためによくない。他機種同時発売って、結構タイヘンなのだと思います。
……となれば、他機種同時発売を企てるというのは、場合によりますがほとんど作り手の“こだわり”の世界だったりするわけです。
かつて『ソウルキャリバーII』において、PS2、GC、Xboxの3機種同時発売&各機種固有のゲストキャラという試みが実現したわけですが、当時のわたしは男気さえも感じましたけどね。カッコイー。
新潟県 雪ねこさんの |
ゲームについて思うこと |
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私の選ぶ超名作ゲームは、『MOTHER 2』です。
表現方法、心に響くBGM、分かりやすくいつまでも思い出せるシナリオ……。どれをとっても超名作だと思います。現在のゲーム機よりグラフィックなど表現することが劣っているスーパーファミコンで作られた『MOTHER 2』は、どこが現在のゲームより勝っているのでしょうか?
教えてください。
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いやー、もうすでに答え書いてあるじゃないですか。
「表現方法、心に響くBGM、分かりやすくいつまでも思い出せるシナリオ……」と。
あ、そうではない?
現在の機種に比べてパワー不足なスーパーファミコンでこれだけのゲームが出ているのに、現機種で出来ないのはナゼかという意味で? あるいは逆に、『MOTHER2』が現在のゲームを凌いでいるのは、表現が劣っているところにヒミツがあるのではないかと?
わたしが思うに、こういうのはハードの機能ではないんですよ。
まず制作者。次に時期。そしてそのときのユーザー自体の環境。さらに言えばめぐり合わせ。
もしこれらがぴったりマッチすれば、仮に同じ内容だったとしてもその人にとってはズバ抜けて良いソフトにもなりえるという。
現在のゲームと昔のゲームでは、ものさし自体がちがうのだと思いますね。
だから現代に『MOTHER2』は無いとも言えるわけで。
関連する話題を、今回のいちばん下の質問と回答で触れたいと思います。
山口県 否魔人さんの |
ゲームについて思うこと |
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ナムコから発売予定の『ナムコ クロス カプコン』を楽しみにしています。
『スマブラ』もそうですが、多くの人気キャラを生み出したメーカーのみに許される、贅沢な企画ですよね。
最近多いゲームの映画化やこのようなソフトの存在は、ゲーム産業がキャラクター産業でもあることを象徴していると思います。
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まさしくその通り!
その傾向は、ひと昔前より顕著になっていると思います。
逆に言えば、新たなキャラクター、世界観を生み出してピンで立たせることがムズカシくなっているということも確かなんですよね。
でもそんなことを言っても始まらないので、がんばっていきたいと思います。ハイ。
どせいさんの |
ゲームについて思うこと |
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最近、アニメだけでなく、ゲームの主題歌にも有名なアーティストがよく起用されていると思います。そのことでゲームが注目されるのはいいことだと思います。
ただ、あくまでも僕個人の意見ですが、その主題歌などがいまいちゲームに合っていないような気がします。もちろん、すべての曲がそうではないのですが。
やっぱりゲームに主題歌がある以上、そのゲームの世界観や内容と合っていないと、ゲームのおもしろさが減ってしまうと思います。ゲームをしたことがある人なら、1度は「このアーティストの曲のほうが合っていそう」と思ったことがあるのではないのでしょうか?
桜井さんはゲームの主題歌、テーマソングについてどう思いますか?
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歌の効果というのは、それはもう絶大で。
そのゲームを代表する歌があれば、作品を思い出すのにも強いイメージのつながりが生まれますよね。
だから、テーマソングを持てうるなら、どんなものがふさわしいかよーく考えたいところです。
自分の作品で主題歌を起用したことは、残念ながらまだありませんが、いつかやりたい。
だけど、世界観や内容に合わせて曲が書き下ろされるのかというと、必ずしもそうでない場合が多いと。
歌謡曲とのタイアップ企画であることも多いですし、そこには「このゲームに合う、合わない」という議論はかなり限られた選択肢の中で行われます。それが悪いとは言いませんが。
わたしにとって一番印象に残っているゲームの主題歌は、『俺の屍を越えてゆけ』に流れる『花』という曲。
作品のテーマを具現化しているかのような、非常にすばらしい曲です。
風のウワサでは、制作者である桝田省治さんが、ゲーム制作中にコンサートを聴いていてこの曲と出会い、公演後その場で歌い手に直談判をしたのだとか。
めぐり合わせと行動力が結果につながるという好例ですね。
東京都 M・Oさんの |
ゲームについて思うこと |
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ゲームとしては邪道なのかもしれませんが、私は本気で“楽しく勉強できるゲーム”が欲しいです。
昔、ベネッセの進研ゼミで計算や歴史などをゲームのような形で学べる教材があって、小学生のころは旅行にも必ず持っていくほど使っていました。ゲームボーイもたまごっちも持っていなかったことも理由の一端だと思いますが。画面はモノクロで、あまりおもしろくなかったのですが、そのときから、ゲームボーイでどこかのゲーム会社と協力して出せばいいのに、と思っていました。とくにニンテンドーDSではタッチペンで文字を書くことができるということで、そういったソフトに向いていると思います。法律が学べるゲームなどは出ないのでしょうか。
今度、DS向けに出る辞書のソフトは必ず買います。
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あ、その進研ゼミの教材どんなものなのか知りたい。今度調べてみよう。
それはさておき、ゲームが持つ中毒性を、勉強に持ち込めたらムテキですよね!
わたしは勉強がキライ。なにしろ「勉強」という単語自体がキライ。
「勉」かつ「強」ですよ! えぇーって思うでしょう? オーノーですよ。
そう思いませんか? 思わないですか。そりゃ失礼しました。
よく考えてみると、勉強もゲームも似かよっているところがありまして。
数学の答えなどを、スラスラ解けたようなときには、ゲームに似た快感もありますよね。すこし。
でも、×、すなわち間違いが「否定」につながっている印象があるのが勉強嫌いを増やす要因なのだろうなぁと考えなくもないです。
○=通常、×=ダメ のゲームは、あんまり面白くなさそうだもんなぁ。
○を取ることがメリットであってほしいと。
んー、ゲーム作れるような気がしてきた。
編集部注: |
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東京都 K・Tさんの |
ゲームについて思うこと |
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『ドラゴンクエストVIII』をやっていて思ったのですが、今のゲームに想像の余地ってあるのでしょうか?
と言うのも、昔はグラフィックは簡単で、平面で、『ドラクエI』の主人公はカニ歩きだったじゃないですか。
『マンガ ドラゴンクエストへの道』という“『ドラクエI』ができるまで”をマンガにした本があります。その中で、堀井雄二氏が戦闘システムについて悩んでいる場面があります。
堀井雄二「子供たちは文字だけの戦闘で"痛い"と感じてくれるだろうか、やっぱり戦闘にアクションや何かを入れたほうがいいんじゃないだろうか……?」 と言って散歩に出かけた堀井氏は、公園で砂場遊びする子供たちに出会います。 子供たちと別れたあと、堀井氏は中村氏に電話をかけます。 中村「もしもし、あ、堀井さん」 |
と言って堀井氏は自信を取り戻す……。というシーンがあります。
『ドラクエ[』で敵に攻撃されて「痛い!」と、つい口にしたことはありませんでした。キャラクターの姿が3Dで表現されていたせいかもしれません。
昔はユーザー自身に想像でグラフィックを補う義務がありました。またそれがキャラと自分の一体感を増していたのです。
昔のゲーマーはなんにつけても想像していたはずです。
カニ歩きの勇者を見て、筋骨たくましい勇敢な若者を。"ぱふぱふ"の音の響きでエロティックな何かを。カクカクしたドットのお姫様と勇者との「きのうは おたのしみでしたね」の真意を。
なんでも想像で作り出したものって最強じゃないですか? いまやゲームは3Dが当たり前。声優を使うのも当たり前。
長くなりましたが、つまり今のゲームに想像の余地はあるのでしょうか?
ゲームがリアルになればなるほど,その分想像の楽しみは失われます。もちろんリアルにすることによって、新しい快感も得られますが……。想像の楽しみをこのままないがしろにしていっていいんでしょうか?
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堀井さんのお話、面白いですね。
で、わたしの思うところ。
その回答は、『ドラゴンクエストVIII』のあり方が見せてくれている!
『ドラクエVIII』では、具体的な表現をおこなっています。主人公キャラが装備に合わせた武器を持ち、実際にモンスターに攻撃し、魔法を唱えるわけです。
堀井さんがそのスタイルに“NO”を示せば、ファミコンのようなグラフィックで出すことだって出来たハズ。
だけど、それをしなかったのはナゼなのか?
昔と今は、やっぱり違います。取り巻く環境、さまざまな文化、あらゆるものが違うという。
それはゲーム機の機能だけではなく、ヒトのふれあうものや嗜好にも大きな違いを与えているわけで。
昔と今を同列で語ることは出来ないでしょう。それは決して、想像の楽しみをないがしろにしているということにはつながりません。
だけど、少なくともわたしは『ドラクエVIII』を見ても、さらに想像力を広げています。おそらく他のかたもそうなのではないかと思うのですが。
草ひとつのグラフィックを見たとき、それをポリゴンの緑の板と認識するのではなく、陽に当たって照り返しを帯びた草を思い返す。洞窟に入ると湿った空気と低いうなりを感じる。敵はみんな同じポーズかつターン制だけど、別々のかまえで我先に飛びかからんとする敵の群れを見る。
人の想像力が膨らませているところって、ひそかにたくさんあると思うのですよね。
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