|
 |
|
DATA |
|
 |
| |
| ■監督/McG(マックジー) ■出演/キャメロン・ディアス、ドリュー・バリモア ■配給/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント ■上映時間/1時間38分 |
| ■STORY 謎の大富豪チャーリーに雇われる3人美人探偵。彼女たちはその美貌と特殊能力を活かして、あらゆる難事件を解決する。 |
|
| |
|
今週は『チャーリーズ・エンジェル』。3人の女の子たちのしょーもない魅力だけで、観客を捕まえてしまうこの作品を、ただの言葉でちゃんと刻もう。
とりあえず、この作品を観てから、それほど時間はたっていないのに、ストーリーはすべて忘れてしまった。この作品がアメリカの人気TVシリーズの映画化だということも、まったくもってどうでもいい。監督のマックジー(GAPのCMなどを撮った人)が、スパイク・ジョーンズと同じ文脈で語られていることも、本当に興味なし。
僕にとってこの作品の認識レベルは、CMのレイクエンジェルと同程度。というかあのCMは映画のパロディなんだけど、描いているものはまったく同じ。何が描かれているのかって?
言うまでもない。ただ胸やお尻をプルプル震わせる、ナイスな3人の美女だ。それだけだ。ただ、この美女たちは、映画のストーリーや作家性などを、どうでもいいと感じさせてしまうほどの魅力を持っている。
『チャーリーズ・エンジェル』にいわゆるクールな美女は登場しない。ここに登場するのは、胸を振り、お尻を振り、透け透けのセクシーな衣装を何度も着がえ、男を口説き誘惑しながら事件を解決する女たちだ。もちろん、『マトリックス』を完全に凌駕したド迫力のワイヤーアクション、カンフーアクション、大仕掛けのVFXも満載だ。ミサイルだって発射される。ビルだって大爆発する。公道をフォーミュラーカーが全速で走る。でも、そんなもの本当にどーでもいいのだ。この作品に充満しているのは、良識ある人々から、「ビッチ!」と呼ばれてしまいそうな彼女たちの魅力だけだ。
同じようなアクションとして『MIー2』がある。主演のトム・クルーズは自分で製作もやった。結果でき上がったのは、格好良いトム・クルーズ映画だった。今作でも主演のひとりであるドリュー・バリモアが製作を兼ねている。それでも本作はただの「私たち最高にクールでしょ映画」にはならなかった。なぜか?
そう、ドリュー・パリモアは自分の持つビッチ的な部分を、魅力として十分認識しているからだ。
『E.T』の子役として世界中の人気者になったドリュー。彼女はその後スターダムの重圧に耐えきれず10代前半でアル中になってしまう。ヌードを披露したり、身体にいくつもタトゥーを入れたりと、ムチャを続ける。そんな悪いエピソードが絶えなかった彼女。そういった地獄をくぐり抜け何とかスターダムに戻った彼女は、得体の知れない色気を身につけていて本当に魅力的だった。少女時代のイノセンスは喪失してしまったが、それにかわる「この女凄いことしてたんだな、すごいもの見たんだな」みたいな感じ。そんな彼女は心ない人から「ビッチ!」と形容されるのかもしれないが、僕にはそんな彼女が本当に輝いて見える。そして、多分、ドリュー・バリモア自身も、そんな今の自分の輝きを認識している。
知人によるとキャメロン・ディアスも、米国では「ハリウッド・ビッチ」などと呼ばれている時期があったという。人目もはばからず海岸で、しかも海の中で、マット・ディロンとエッチする彼女のプライベートフォトを観たときは、僕も確かにそう思った。「こいつ、とんでもないビッチだ」。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。そういったしょーもない、だらしない部分も含めて、キャメロン・ディアスはどうしようもなく魅力的な女優なんだもん。
この映画も本当にそんな感じ。どんなにアクションが凄くても、頭に残るのは3人のビッチな魅力だけ。素敵なボディ、端的に言うと胸とお尻。下品なセリフ、セクシーな衣装の数々。はっきりいってしょーもない。本当にストーリーは忘れてしまった。それでも僕の頭の中には、ビッチだが、どうしようもなく最高に魅力的なエンジェルたちがいる。彼女たちはバカな服装で笑顔を浮かべ、ポーズを決めパンチやキックを繰り出す。もちろん、合間に男を口説くのは忘れちゃいない。それが基本だ。『チャーリーズ・エンジェル』はそんな、それだけの映画だ。でも、本当にそれで十分なのだ。
しょーもないもの、だらしないもの、くだらないものを認めないのも、もちろん自由。無駄のない人生を送りたいなら、そんなもんと接触しないで、家に帰ってベッドにもぐり込んで寝ればいい。でも、しょーもない、だらしない、くだらないものが、魅力的に輝く瞬間があるなら、観てみたくない?
この世界には、そんな瞬間が絶対にある。だったら、ちゃんと目を開けてるしかない。
|