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国領雄二郎の明日死ぬならこの1本
第44回 日本の黒い夏-冤罪-
2001年4月18日
文=国領雄二郎(週刊ファミ通編集部デスク)
週刊ファミ通ではクロスレビュアーとしてもおなじみ

週刊ファミ通デスク・国領雄二郎が、毎週1本劇場公開中の映画を題材に、その作品の魅力や、僕たちの暮らす世界について語り尽くすコラム!

DATA
日本の黒い夏-冤罪-
■監督/熊井啓 ■出演/中井貴一、寺尾聡 ■配給/日活 ■上映時間/1時間59分
■STORY 1994年。長野県松本市で発生した有毒ガス殺人事件。第一通報者の神部氏は、警察の見込み捜査と、マスコミ報道によって、犯人に仕立て上げられてしまうのだった。
●黒い世界とひとかけらの希望。

 今週は松本サリン事件をきっかけに起こってしまった冤罪事件を、実話に元づき描いた『日本の黒い夏-冤罪-』。ちゃんと、ただの言葉で刻みます。

 この映画とよく似た作品を、観た記憶があった。気になったので調べてみた。この映画の元となった松本サリン事件が起きたのは1994年の6月。偶然にも、この年の4月に『父の祈りを』という1本のアメリカ映画が公開されている。劇場で見た後、冤罪についていろんなことを考えたのを、ぼんやりと思い出した。

 この作品の中で語られる事件は、松本サリン事件の冤罪の構図にそっくりだ。物語の舞台は1974年の北アイルランド。テロ組織IRAによる爆弾テロが続発。犯人逮捕を焦った警察は、なんとただの不審なチンピラを逮捕。チンピラのいいかげんな自白をもとに、まだ小学生の弟、両親、チンピラの親戚であるおばさん一家まで、みんな逮捕。ただの一般市民たちを無理矢理爆弾テロ犯に仕立て上げ、無実の罪のまま投獄した。彼らの無実が証明されるまで、10年以上の歳月がかかった。

 どうしようもなく悲惨で救いのない凄い話である。そして、困ったことに、これは実話なのである。無実が証明され自由の身になった時、小学生の弟は、獄中で立派な青年になってしまっていた。奪われてしまったものは、もうどうにもならなくなっていた。

 この映画はけっこう話題になり、日本のテレビ番組は、「絶対にあってはならない事件の映画化」といった感じで、この話題作を紹介していた。しかし、その数ヶ月後、日本のマスコミは、同じことをした。

 どうして無実の平凡な一般市民が、毒ガス殺人犯であるかのように扱われてしまったのか(逮捕こそされなかったが)? 『日本の黒い夏』では、その恐るべき冤罪のプロセスが、唯一警察の判断に疑問を持っていた地元テレビ局と、冤罪事件を取材する高校生の視点から丁寧に描かれる。

 オリンピックを前に、なんとか犯人を迅速に検挙して自分たちの力を内外にアピールしなければならない長野県警の焦り。カルト集団と毒ガスとの関係を掴んでいながらも、情報漏洩を恐れ、積極的な協力をしない警視庁。とにかくスクープを掴むため、警察から流される情報や噂を鵜呑みにして垂れ流し、単なる警察の広報と化した新聞やテレビ。そして、そういった報道を丸ごと信じてしまう僕たち一般市民。

 誰ひとり、明確な悪意を持った人はいなかった。マスコミや警察にしても、みんなそれぞれの立場で、なんとか真実に迫ろうとしていた。それなのに、みんなの「なんとなくあの人が怪しい」という適当な気持ちが集まって、大きなうねりとなって、とんでもない冤罪を生み出していった。その過程が本当に恐ろしかった。そうして生まれた悪意はあまりに強く大きくて、冤罪の被害者はただ大切なものを奪われるだけだった。

 この映画を観た僕たちは、多分強く感じる。「こんなこと二度とあっちゃいけない」って。この映画が話題になった頃、どのワイドショーでも、「二度と起こってはいけない冤罪を扱った、素晴らしい作品です」って言ってた。冤罪に加担した人たちが、確かにそう言ってた。誰を非難する気もないし、僕個人として反省することもないけど、ひどく悲しい気持ちになった。

 北アイルランドの一家も、この映画で描かれた神部さん一家も、みんなの思いこみで、多くの大切なものを失った。そんでもって、どんなことがあっても、それは絶対に戻ってこない。それだけじゃない。奪った人々は、その責任なんてとらないし、奪ったって意識すら皆無かもしれない。

 個人の願いや祈りが、簡単には届かない世界だってことは百も承知なんだけど、せめて僕は他人の大切な何かを奪う側にだけは、まわりたくないと強く思った。誰もがちょっとだけでもそう思ったら、この映画で描かれているような愚かな冤罪なんて、絶対起きるはずないのにって思った。

 他人から奪うことで、満足感や達成感を得る最悪の人たちのことも、たくさん知ってる。でも、こういったあってはいけない事件を、正しく伝える映画を作ろうって人が、アメリカや、日本にもちゃんといる。そのことだって知ってる。

 そういった人々が産み落とした、娯楽とかアートとか呼ばれる存在が、ほんの少しでも世界に対して真っ当な力を持っていますように。それを愛する僕たちが、ちょっとでもこの世界で真っ当でいられますように。これぐらい願ってもいいだろ。

いつも感想のメールありがとうございます。どんな感想でもかまわないので、「ここ」まで送ってください。では、また。来週の水曜日に。もうすぐ終わりです。頑張ります。

週刊ファミ通編集部:国領雄二郎

※「国領雄二郎の明日死ぬならこの1本」のバックナンバーはこちら

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