文=国領雄二郎(週刊ファミ通編集部デスク)
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週刊ファミ通デスク・国領雄二郎が、毎週1本劇場公開中の映画を題材に、その作品の魅力や、僕たちの暮らす世界について語り尽くすコラム! |
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■監督/キャメロン・クロウ ■出演/パトリック・フュジット、ケイト・ハドソン ■配給/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント ■上映時間/2時間3分
■STORY 厳格な母親に育てられたウィリアム。彼はわずか15歳で、ロック批評家としてのキャリアをスタートさせるのだった。 |
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今回は『あの頃ペニー・レインと』をただの言葉で刻みます。ロックと、そこに宿る魔法を描いた優しく残酷な青春映画です。
超人気俳優であるトム・クルーズの最高傑作とは何か? 彼には本当にたくさんの出演作品があるが、『ザ・エージェント』という作品を挙げる人は意外と多い。派手なアクションも、強引な涙もない。ただ、確実に観た後、心が温まる。とても優しい映画だ。この作品の監督を務めていたのが、本作『あの頃ペニー・レインと』の監督キャメロン・クロウ。ちなみに、この映画の主役のウィリアム少年のモデルも彼である。
わずか15歳にして、キャメロン・クロウはあのローリング・ストーン誌の音楽ライターとしてデビュー。様々なバンドにツアーに同行し、多数のミュージシャンたちにインタビュー取材を行った。嘘のような、夢のような、本当の話。そんなロックと共に歩んだ喧騒の日々を、ひとりの少年の視点から描いたのが本作である。
ここで描かれるのは、ロックという音楽の魔法に捉えられて、人生を変えてしまった人々だ。ウィリアムの姉は厳格な母親に耐えきれず家出する。彼女はウィリアムに魔法の言葉を残す。「ベットの下で自由を見つけて」。ベットの下には、姉が残していった何枚ものレコードがあった。これを繰り返し聴くうちに、ガリ勉の男の子だったウィリアムスは、ロックへとのめりこんでいく。彼も魔法につかまったのだ。
やがて彼は、地元のロック誌などに評論を送り、採用されるようになる。地元を代表する批評家のレスターとも知り合う。彼はウィリアムにこう語る。「ロックは、罪悪感、憧れ、セックス、愛なんかが絡み合って生み出される。あまりロックに近づくな。大好きなものがズタズタにされるのを見ることになるぞ」。この批評家も、ロックの魔法にかかり、ロックのすべてを見てきたのだ。
そんなある日、全米を代表するロック批評誌であるローリングストーン誌が、なんとウィリアムに原稿を依頼する。ウィリアムは、若干15歳で、ブレイク直前の若手バンドの全米横断ツアーへと同行する。そこでウィリアムはキラキラした少年の瞳のまま、ロックのすべてを目撃することになるのだった。
ツアーは続いて行く。あらゆる街で、ロックバンドは観客を前に演奏し、幸せな時間を作り出す。ハイになったボーカルは、ウィリアムの差し出すインタビューマイクに向かって叫ぶ。「ロックがおれたちの、みんなの世界を救うんだ!」。ライブ終了後には、果てなくバカ騒ぎが続く。アルコール、ドラッグ、そしてグルーピーの女の子たちとのセックス。そんなグルーピーの中に、ウィリアムの初恋の人、ペニー・レインもいた。彼女もロックの魔法にとらわれていた。ロックを本当に愛していた。
瞳を輝かせてツアーに同行したウィリアムは、そこですべてを見る。「ファンのため。ロックを愛する人々のため」のはずのロックが、金のため、企業利益のためにズタズタになっていく姿。大好きなロックを演奏するのが喜びだったバンドのメンバーたちは、誰が一番目立つかで争いを繰り返す。ウィリアムに素敵な言葉をたくさん降らすペニー・レインが、彼の目の前でバンドの男に簡単に抱かれる。そう、先輩批評家の発言通り、大好きなロックがズタズタに、メチャクチャになっていく姿を、ウィリアムは見る。
やがてペニー・レインは、ビールワンケースと100ドルで、他のバンドへと売られてしまう。ドラッグでボロボロになった彼女は、ひとり故郷へと帰っていく。ロックの魔法は、それにかかった彼女を、ひとかけらも幸せにはしなかった。
15歳のウィリアムは男たちやドラッグ、そしてロックにボロボロにされたペニー・レインを抱いて、優しく囁く。「起きてるかい。君は忘れるだろうけど、愛してるよ。永遠に愛してる」。一方で、彼はツアーを続ける大人たちに叫ぶ。「おまえたちはクズだ。ロックを、バンドを愛していたペニーをメチャクチャにしたじゃないか」。
ウィリアムはツアーのすべてを隠し事なく書き、彼の記事はローリングストーン誌の表紙と巻頭を飾る。こうして、ウィリアムのキャリアは華々しくスタートする。ロックの幻想はウィリアムから消えた。でも、ウィリアムの中には何かが残った。ロックからいろんなものをもらって、なくしたウィリアム=キャメロンは、映画監督となった。そして、数十年後、この映画が生まれた。
音楽、映画、小説、ゲームも入れとこう。なんでもいい。アートとか娯楽とか、呼ばれる類のもの。そんな素敵な何かに宿った魔法が、時々僕たちをつかまえることが確かにある。それにつかまった、包まれたまんまで生きていけたら、どんなに素敵だろう。でも、どういうわけか、魔法がある場所のすぐ近くには、いっつもお金がたくさんあったり、それをたくさん手に入れようとする人が、これまたウジャウジャいたりして、無邪気なままではいられない。油断してると、たくさん痛めつけられたり、傷ついたりする。
でも、悲しむことはない。多分、それすらも素敵な何かに宿った魔法の一部なのだ。大好きな甘いキャンディーが、ナイフみたいに尖ってる。それだけのことだ。
だから僕は、しんどい気持ちや、悲しい気持ちもすべて抱えたまま、魔法の前では瞳をキラキラさせて、大声で笑う。残酷すぎる魔法の前で、何でもないフリして、タフに笑う。口の中がザクザクに切れても、キャンディー舐めてやる。それが僕たちをつかまえた素敵な魔法に対する、最高の敬意のように感じる。ウィリアムも、そうやって大人になった。だから、この映画が生まれた。
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週刊ファミ通編集部:国領雄二郎
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