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国領雄二郎の明日死ぬならこの1本
第36回 回路
2001年2月21日
文=国領雄二郎(週刊ファミ通編集部デスク)
週刊ファミ通ではクロスレビュアーとしてもおなじみ

週刊ファミ通デスク・国領雄二郎が、毎週1本劇場公開中の映画を題材に、その作品の魅力や、僕たちの暮らす世界について語り尽くすコラム!

●世界が終わるまでの恐怖と、ひとかけらの希望

DATA
回路
■監督・出演/黒沢清 ■出演/加藤晴彦、麻生久美子 ■配給/東宝 ■上映時間/上映時間1時間58分
■STORY ストーリー/ある日、突然、幽霊に会えるというサイトが人々の間に広がる。そして、そのサイトに触れた人々は次々と姿を消していくのだった。
 今週はネットスリラー『回路』。たくさんの恐怖と、ひとかけらの希望が詰まったこの作品を、今週もただの言葉で刻みます。

 最初に書いておく。本作はあくまでもホラー映画である。しかも怖いという点においては一級の作品だ。『女優霊』や『リング』を怖いと感じた人なら問題なし。本作はそれらの作品より、怖い。圧倒的に怖い。

 とにかく幽霊が怖い。暗いところにぼんやりとした感じで幽霊が出てくれば怖いのはあたりまえ。でも、本作の幽霊は違う。真昼間だろうが、夕方だろうが、明るい場所にも堂々と出現する。出し惜しみなくジャンジャン出現する。騒がしいゲーセンの中にまで出ちゃう。姿もはっきり見える。もちろん足だってある。それでも怖い。とにかく怖い。

 何が怖いのか。そう、歩き方が、その動きが怖いのだ。黒沢清の『DOORV』や『降霊』、『学校の怪談f(第3話)』といったホラー作品群に登場する幽霊たちも怖かった。だが、『回路』において、本当に怖い幽霊の歩き方は完成した。これが、もっとも怖い幽霊の動きだ。これが幽霊の最新モデルにしてスタンダートだ。はっきりとした視界のある部屋で、はっきり見えているのに怖い。とにかく、本当に怖い幽霊を、文字通り「はっきりしっかり」観て欲しい。

 こういった怖い幽霊たちはどうして現れるのか。インターネットのサイトや、あかずの間、携帯電話など、さまざまな「回路」から彼らはこの世にアクセスしてくる。それに関する理由や説明が、本作ではいっさいない。唯一、武田真治演じる大学院生が仮説を語るだけだ。「向こう側の許容範囲がいっぱいになって、霊たちの居場所がなくなった。そうしてささいなきっかけから、こちらの世界への回路が出来た。そういうシステムが出来た以上、それは動く」。

 説明はこれだけ。まったくもって納得いかないが、はっきり言って、世の中はすべてがこんな感じなので問題ない。たとえば、お金。誰もが知ってることだが、本当はただの紙切れだ。でも、なぜかみんな紙切れだなんて言わないし思わない。みんな紙切れのために、汗を流して働き、泣き、笑い、時には悪いことしたり、死んじゃう人までいる。でも、誰も「何でこんなもののために」なんて感じない。ただの紙切れが、凄く価値あるものだというシステムが、この世界では構築されているからだ。

 納得はいかないけれど、完成されているシステム。お金だけの話じゃない。僕たちの世界には、そんなもん嫌ってほどたくさんある。これを考えたら、幽霊が赤いテープで封印されたあかずの間や、インターネットからやって来るのに、理由など必要ないのだ。システムがある→だからとにかく動き出す」。ある意味では、凄く説得力のある言葉だ。

 問題は理由でなく、それによって起こる結果だ。この作品では何が起こるのか。怖い歩き方の幽霊がジャンジャンこの世に溢れてくる。そしてそれを見てしまった人間は、耐え切れず自殺してしまうか、何処かに消えてしまう。怖い。怖すぎる。でも、人間はそれをどうにもできない。こうして、単なる幽霊出現話は拡大し続け、人類崩壊まで話が進んでいく。

 これは公開前から各方面で語られているので、決してネタばらしではない。本作では、単なる幽霊出現の恐怖から、文明世界の崩壊までが描かれる。ホラーからSFまで物語は猛スピードで駆け抜ける。『マウス・オブ・マッドネス』やロメロの『ゾンビ』3部作を観ているかのような印象もある。また黒沢清の『カリスマ』でも、同様の世界が描かれていた。1本の枯れ木を巡る人々の争いが、ひとつの町の崩壊まで繋がるのだ。そして、本作はそれらの作品よりも遥かに怖い。でも、この恐怖の中には、ひとかけらの希望がちゃんと詰まっている。

 『回路』において、僕たちの世界は崩壊する。幽霊は増え続け、街から人が消える。渋谷、新宿、池袋、これらの街が完全な廃墟となる。それでも、生きている人たちは、あきらめない。世界の崩壊を受け入れつつも、愛する人だけでも助け、なんとか生きていこうとする。「みんながいなくなっても、オレがいる」と主人公の大学生は友達に叫ぶ。まさに、その通りだ。

 この後半の展開は、恐怖を超え感動すら呼ぶ。たとえ、世界が幽霊たちのものになっても、まだまだ人間は捨てたもんじゃない。世界のシステムが変わっても、幽霊たちが巷に溢れても、まだ生きていこうとする人々の意志が、こんな世界を舞台に描かれる。

 世界は確かに終わってしまう。「幸福な世界の終わり」。そんなに悲しむことはない。決してそれだけじゃないから。これは「幸福な世界の終わり」じゃないかもしれないから。もしかしたら、「世界の幸福な終わり」なんじゃないか。投げやりな気持ちじゃなく、この映画を観ていて確かにそう感じた。

 もしもこんな風に世界が終わったら、いろんなことでゴチャゴチャになってる人をちゃんと迎えに行こう。電流走ったみたいにショック受けてる人の前に現れて、小さいけどとっても強いものを見せよう。ひとかけらの希望を見せてやろう。どんなに遠くにいたって、関係ない。どんなに怖いことがあっても関係ない。間違いない。やっぱハッピーエンドだ。ハッピーエンド・オブ・ザ・ワールドだ。

いつも感想のメールありがとうございます。どんな感想でもかまわないので、「ここ」までメールしてください。では、また。来週の水曜日に。

週刊ファミ通編集部:国領雄二郎

※「国領雄二郎の明日死ぬならこの1本」のバックナンバーはこちら

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