文=国領雄二郎(週刊ファミ通編集部デスク)
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週刊ファミ通デスク・国領雄二郎が、毎週1本劇場公開中の映画を題材に、その作品の魅力や、僕たちの暮らす世界について語り尽くすコラム! |
●この世界のどこに居場所があるのか
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■監督/青山真治 ■出演/役所広司、宮崎あおい ■配給/サンセントシネマワークス・東京テアトル ■上映時間/上映時間3時間37分
■STORY 九州の片田舎で起きたバスジャック事件。生存したバスの運転手と幼い兄妹の人生は、この事件のあと、大きく変わってしまうのだった。 |
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今週は2000年のカンヌ映画祭でも、ふたつの賞に輝いた邦画『EUREKA(ユリイカ)』を、ちゃんとただの言葉で刻みます。
この作品はなんと3時間半を超える長い作品だ。おまけに、映像はパートごとに違う発色を見せる不思議なモノクロ画面。こう書くと商業的には、とっても地味な印象がある。でも、この長い作品の中で描かれていることは、地味でつまらないものではない。むしろ、とっても過激で、真摯なものだ。ある意味『バトル・ロワイアル』以上に、僕たちの世界に溢れる暴力や殺人というテーマに真剣に取り組んだ作品でもある。このコラムを毎週読んでくれるような人や、『バトル・ロワイアル』みたいな映画で、いろいろなことを考えた人は、ぜひ観てほしい。
物語は九州の片田舎で始まる。突然起こるバスジャック事件。犯人は次々とバスに乗り合わせた乗客を殺害する。まさに虫けらのように殺す。理由も何もない。まるで飯でも食うように、瞬きでもするように、簡単に殺す。そんでもって、笑ってる。最悪だ。
そして、この事件で中年の運転手と幼い兄妹だけが生き残る。まさに希望だ。絶望の中に射す光。それでも、彼らはまったく救われない。事件の生存者としてマスコミの餌食となり面白おかしく扱われる。それだけではない。彼らは事件の恐怖から、心に深い傷を負ってしまう。夜眠れなくなる。しゃべれなくなる。不眠症となった運転手は吐き捨てる。「生き残ったことがそんなに悪いことなのか?
」。
運転手は妻を捨て失踪する。兄妹の両親はいなくなり、兄妹は学校にも行かず、一言も口をきかず、たったふたりで静かに暮らす。庭には両親と自分達の墓を立てる。あの事件のせいで、彼らは生きているという実感を失ってしまったのだ。
2年の月日が過ぎ、全国を放浪した運転手、沢井は故郷に帰ってくる。それでも世間の目は冷たい。近所で連続殺人事件が起こり、彼は容疑者となる。事件の後遺症でおかしくなったと、警察や世間に思われてしまう。のどかで美しい田舎町でも、暴力や悪意に満ちている。世界はどこも同じだ。
「やっぱり、やりなおそうと思って」と故郷に戻ってきた沢井は変人、殺人者扱い。当然のごとく妻は別の男性と暮らしている。いわれない暴力に遭遇した沢井は、生き延びたものの、人生のすべてを失ってしまった。そんな彼は別れた妻に問い掛ける。「他人のためだけに生きることってできるんだろうか?
」。
そんな気持ちを抱えた沢井は、両親を失った兄妹と共に暮らすことにする。兄妹はゴミにまみれて、食っては寝るという獣のような生活をしていた。沢井は彼らの家を掃除し、料理を作り、ひとこともしゃべらない彼らに、笑顔で語りかけ続ける。そう、彼は兄妹を救おうとすることで、自分自身の人生も救おうとするのだ。
語らない少女の手を優しく沢井が握る。時に泣き崩れる沢井の頭を、少女がただ撫でる。このように、本当に残酷なこの世界にも、少しだけ、でも確かな優しさがある。映画を観る僕たちも、それを知る。
3人のそんな暮らしに兄妹の従兄の秋彦が加わる。彼も4年前に連続殺人犯に殺されかけるという忌まわしい過去(本作と同じ青山真治監督『Helpless』の中で、その事件が描かれている)を持っていた。残酷な世界でギリギリの体験をしてしまった4人が、ひとつの家族のように、静かに助け合って生きていく。
やがて4人は沢井が手に入れた中古のバスをキャンピングカー風に改造し、あてのない旅に出る。この旅の様子が、映画ではただ淡々と描かれる。九州の様々な美しい風景の中を、バスは静かに走り続ける。行く先々で、彼らは洗濯し、料理をし、食事をとり、寄り添って眠る。要するに、普通の生活を送る。
説教じみた言葉はほとんどない。ただ、淡々と「生活」し続ける。彼らが次第に癒され、生きることに向かっていく様子が描かれる。この世界がどんなに残酷だろうと、ちゃんとその中でやり直せるんだ、ということが実感できる。
彼らは残酷な事件に触れて、この世界や周囲の人々だけでなく、命の大切ささえ忘れてしまった。そんでもって、「こんなところからどこかへ行こう」とバスに乗りこんだ。残酷な世界や人々から遠く離れようとした。でも、どこまでいっても幸せな楽園などない。彼らはただ生きることで癒されていったのだ。
タイトルの『EUREKA(ユリイカ)』とは、ジム・オルーク(昨年、くるりのプロデュースとかしてた)の同名曲からとられている。元々は「私は発見した」という意味のギリシャ語だ。この映画の登場人物たちは、自分たちを取り巻くすべてのものが、ここに、この世界に、毎日の生活の中、生きることにあるということを知る。
何の救いもないほど残酷な暴力と、あまりにもささやかだけれども、それに立ち向かう優しさやいたわり。大切なものを変えてしまう時の流れと、壊れてしまった僕たちを静かに癒してくれる時の流れ。悲し涙、嬉し涙。あきらめの笑顔に、本当の笑顔。殺人者に、優しい人。そういったものすべては、この世界に、僕たちの生活の中に、生きるということの中に、グチャグチャのまんまで、ギュッと詰まっている。
僕たちみんなを乗せたバスは、多分、いや絶対に、幸せなことや、楽しいことだらけの楽園みたいな場所には辿りつかない。もしかしたら、何処にも辿りつかないのかもしれない。それどころか、この映画みたいに、何処にも行けずに、ぐるっと回ってグチャグチャのこの世界へと戻ってくるだけかもしれない。
たとえそうだとしても、僕は「家へ帰ろう!」とか「ただいま」ってちゃんと言おうと思う。良いことも悪いこともすべて抱きかかえた僕らの世界は、よく聞きとれないほどの小さい声で、ちゃんと「おかえり」って言って待ってるような気がするから。
毎日、この世界で普通に生活している。どういうわけか、嫌なことやしんどいことが多い。不満だっていっぱいだし、路上に唾なんかも吐いちゃう。でも、そんな僕にも、時々だけど、本当に素敵なことが起こったりもする。そんな時は、グチャグチャの世界をギュッと強く抱きしめたくなる。それだけは確かなことだ。
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週刊ファミ通編集部:国領雄二郎
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