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現地直送! 北米ゲーム事情リポート

16bit Memory Lane なぜ『Edge』がレトロゲームのレビューを始めたか

16ビットメモリー・レーン……

 

編集部より:ジェイソンが頑張って邦題をローマ字で書いてきた部分は、ニュアンスを尊重してカタカナで表記しました。

 

 ここ何週か、ボクは自分の記憶を辿っている。今年発売されるある本に寄せる文を書くのに忙しかったからだ。クラシックなビデオゲームで埋め尽くされた本のために。好きだったアーケードゲームを思い出すのに、そんなに時間はかからなかった。僕は、『グラディウス』(アーケード)、『重装騎兵ヴァルケン』(SFC)、『アクスレイ』(SFC)、『ダライアス』(アーケード……ゲームプレイはそんなでもなかったけど、3面スクリーンに描かれる変わった美しい深海のグラフィックと世界観に。超クレイジーで日本的だ)などのゲームについて書いた。これは楽しい作業で、何でこれらのゲームを愛していたかを再認識させてくれた。

 

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 僕はずっとシューティングゲームのファンだった。といっても主にゲームグラフィック、特に日本のゲームのグラフィックのだ。事実として、僕の本棚には日本の有名なデザイナーの草野剛が共著した『I Love Games Graphics』がある。この本は偉大な“Coffee Table”(編集部:テーブル筐体のこと)アートを扱っており、僕が好きな8ビット時代から16ビット時代にかけてのゲームの美しく詳細なスクリーンショットが豊富に収録されている。

 僕にとって最高なのは、多分16ビットの時代だ。というのも、僕がずんぐりとしたラフな8ビットのグラフィックとともに成長したから。80年代半ばから終わりにかけて16ビットのタイトルの波がやってきた時には、どこかこれまでを超越した美しさがあった。ゲームアーティストが彼らのイメージを思い切り走らせるようになった時代だ。僕が四天王だと思うゲームメーカー、ナムコ、カプコン、タイトー、コナミが、その創造性を発揮していた。

 

 『Edge』で働いていた90年代半ば、クラシックゲームはふたたび雑誌にとってポピュラーなテーマへと返り咲くようになった。ちょっと変わった過渡期だ。NINTENDO64やプレイステーションがビデオゲームを変えたのを見て、プレイもしたが、個人的には16ビット時代が続いているように思えたんだから。何かが僕の中でひっかかっていた。そして『Edge』に毎月1ページの“Retroview”というコーナーを作った。古いゲームのみを取り上げ、今の文脈でふたたびレビューしようというコーナーだ(点数はなく、主張だけ)。これは現在でも続いているハズだ(真実は、ファミ通か日本のほかの雑誌からアイデアを“借りた”ような気がするが!)。残念なことに、ほかのアイデアはうまくいかなかったんだけどね。アンダーグラウンドテクノとトランスのCDのレビューとか(僕が90年代半ばにほかに好きなものといったら、クラブ遊びだったわけだ!)。

 “Retroview”の最初の何回かで取りあげたゲームは最高だった。ラスタン(ラスタン・サーガ)や、アルゴスノセンシ(アルゴスの戦士)といったタフなアーケードゲーム。っていうのも、当時僕らのオフィスには“Supergun”があった――こいつを使えば古いPCBのJAMMA基板で遊べるってわけだ。もし当時の『ゲーメスト』の読者がいたら聞きたいんだけど、キミもそうやって遊んでたでしょ?

 

 あらゆる日本のゲーム機を幅広く輸入して買えたので、当時『Edge』編集部には『FM TOWNS マーティー』さえあった(タツジンオー(達人王)をやるのに使ってた)。僕はずっとトウアプラン(東亜プラン)のファンで……ヒショウザメ(飛翔鮫)やキュウキョクタイガー(究極タイガー)は特にすばらしかった。

 編集部にはよく人が遊びに来てたよ。僕らはあらゆる美的なゲーム機を持っていたし、『スーパーマリオカート』や『ストリートファイターII ターボ』をやるために集まっていたからね。それか、基板を持っていた『ハイパーオリンピック』で勝つために必死こいてジョイスティックを叩きまくっていた。永遠のフェイバリットだね!

 

 “Retroview”は『Edge』の読者に温かい反応を生んだ。現在進行形のゲーム誌が視点を変えて、昔の純真な時代に目を向けるということを気にいってくれたんだ。僕はみんなにもっと自分たちが子供や10代のころに遊んだゲームを注意深く見直してほしかったんだ。僕らの多くにとって、何かを目覚めさせてくれるものだったのだから……。

 

プロフィール

Jason Brookes

ジェイソン・ブルックス

イギリスのスタイリッシュな辛口ゲーム雑誌『Edge』の元編集長。ふと思い立って渡米後、『LOGiN』アメリカ特派員などを経て、現在は学生としてデジタルアートを学び直す日々。イギリス人らしいシニカルさは、アメリカに渡った現在も健在だ。実は日本のあるゲームの名付け親だったりもする……。

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