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実録!オンラインゲーム人生記

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『PONR:DIABLO』

2006年12月13日

1997年も年の瀬が近づいた週末、僕は彼女と表参道を手をつないで歩いていた。

東京の冬は日が沈むのが早く、晩飯をどこで食べようかという話題を持ち出すより早くにあたりはすっかり暗くなっていた。

「俺、原宿のこのライトアップって嫌いなんだよね」

「なんで? 綺麗じゃん」

「去年まで会社がこの近くだったんだけど、この時期外回りから戻ってくると人が多すぎて鬱陶しいんだよね。ごみもぽいぽい捨ててく人多いしさ」

「ふ〜ん、そんなもんなんだ」

そんなことを原宿の表参道側の歩道橋の上で夜景を眺めながら話している。そういえばこの歩道橋っていわく付きの場所だったっけかな?ここでキスすると別れるとかなんとか。まああったとしてもそんな非科学的なことは信じないけど。

「こういうときくらいかな、眼鏡でよかったと思うのは」

「え?」

「乱視だから眼鏡を外すと、夜景が何重にもなってすごく綺麗に見えるし」

「はは、なにそれ。でも嫌いなんでしょ?」

「うむ?… そうか… そもそも人ごみの原因がこの夜景だとするとこの夜景をこそ憎く考えるのが妥当なわけだ。綺麗だからと言ってそれを許してしまえば人ごみも含めて俺は認めざるを……」

「ラーメンにする?」

「はい…」


僕たちは"じゃんがら"に行ってふたりとも"全部乗せ"を食べた。

彼女は大学4年生で成績もイイほうらしく卒業単位はもう余っていた。12月の早い時期には卒論準備とかで大学には行っても行かなくてもよくなっていて、今回は友達と旅行に行くと親に言って泊まりに来たのだ。

もちろんそれは僕にとっても嬉しいことではあるのだが、家でゲームをするという僕の至福の時間は確実に奪われてしまう。
それもあってデート中もあの悪魔のことが頭から離れない。思い描いている魔法使いの完成のためにはあとどの装備が必要かということをふと考えて会話が止まる。

『DIABLO』のアイテム生成システムはじつによく出来ていて、ベースとなる普通のアイテムに魔法効果の前置詞と後置詞がつく形でマジックアイテムになる。例えば、ロングソードにKing'sという命中率とダメージ増加の前置詞とHasteという攻撃速度アップの後置詞がつくことによってKing's Longsword of Hasteというアイテムになるわけだ。ただ同じ魔法の効果でもランダムに数値のばらつきがある。King'sの命中率だけとって見てもプラス76パーセントからプラス100パーセントまでの幅でいくつになるかは運次第なのだ 。だから欲しいアイテムの中でも業物と言えるものはなかなか巡り会えるものではない。

僕はすべての魔法耐性とすべてのステイタスを上昇させる指輪としては最高のものであるObsidian Ring of Zodiacの最高数値のものがあとふたつ欲しかった。(指輪はふたつ装備できるため)

アイテム集めに関して言えば、ソーサラーは若干アイテム集めに不利なクラスといえる。
なぜならだいたい敵から離れた位置にいて魔法で攻撃したり前衛の戦士を回復補助することが多く、基本的にアイテムは戦士の足下に落ちやすいからだ。指輪はとくに小さいから落ちたのを見つけるのはとてもたいへんだったりもする。唯一の救いはアイテムは落ちたときにそれっぽい音がすることだ。
チーンと鳴ったら指輪というわけだ。DIABLOはサウンドがステレオ対応なので右で落ちれば右のほうで音がなる。
でも、結局探してるあいだに大抵戦士に拾われてしまう。そして戦利品をちゃんと分配するパーティーだったとしても、鑑定してもし欲しいアイテムだったら手持ちの装備と入れ替えられても気づきようがない。
それもあって指輪の収集が遅れていたのだ。

チーン!

近くで誰かが小銭を落とした音が響いた。僕の耳は瞬時にその方向を察知し、無意識に僕は地面を眺める。明治神宮前の交差点の道端に指輪らしきものが落ちているのを見つけた瞬間、僕はあっと声を上げていた。

「ん? どうしたの?お店に財布忘れたとか?」

と心配そうに見つめる彼女に声を掛けられ、思わず顔が赤くなる。
よくよく見ればそれは空き缶のプルタブだ。
いや、プルタブだったからイイとかそういう問題ではなくて……

「いや、財布は大丈夫……」

ポケットを触りながら生返事を返しつつ、どう言い繕うかを考える。

「……お……」

「お?」

「お、おつり受け取り忘れたような気がして……」

「ぴったり払ってたじゃん」

そうだね。そのとおり。つい数分まえのことだよ。

「そうだっけ?」

「そうだよ〜」

と言いながら、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。ここで変に疑われるのも損とは言え、正直に話したらきっとドン引きだろうなあ。

僕は笑ってごまかした。

上目づかいに怪訝そうな視線を外しながら彼女はなんとなく納得した振りをした。


家に帰って僕らは順番にシャワーを浴びた。
僕は彼女がいないあいだにパソコンの電源を入れて、
モニターの電源は切っておいた

ふたりともパジャマに着替えて、どちらからともなく来年の話をしだした。彼女は大手上場企業に就職が決まっており、おそらく地元の支店で仕事をすることになるっぽいと仰る。そうなると「遠距離恋愛は当分続くことになるんだね」みたいな展開で自然と会話が止まり、しばしの沈黙のなか彼女が上目遣いに僕を見る。

考えてみれば彼氏彼女がふたりっきりで久しぶりに会っているのだ。
「いまからゲームをするからさきに寝てていいよ」とは言えないか……

僕が顔を寄せると彼女は眼を瞑った。

パソコンの電源ランプは静かに明滅を続けていた。

………………………………

セックスを終え、再びシャワーを浴びに行きながら彼女は裸のまま、やさしく言った。

「ゲームしたいんでしょ?」

「ああ、うん、まあやりたいと言えばやりたいかな」

「いいよ。やれば?」

それだけ言うとさっさとユニットバスに入ってしまった。

僕は速攻でパジャマにスウェットを着てモニターの電源を入れる。
さらにそのままの勢いでパソコンをオンラインにする。
自分の部屋でゲームをするのに誰かの許可が要ることの是非を自問する時間すらもったいない 。


早速『DIABLO』を立ち上げ、Battle.Netに接続する。

とりあえず難易度Hellで既にさんにん集まってるパブリックゲームを探す。探しながらHell/Hellで新規募集をチャットしようとしたとき、視界の隅に見覚えのある単語が映った。それは他人のキャラクターの名前だった。その見覚えのある人はチャットでHell/Hellゲームでパーティーを募集している。僕は、彼の名前を思い出すのにそれほど苦労しなかった。
実験的にウォリアーを育てていたときに、僕はその彼に殺されたことがあった。

(あ、こいつPKerだ)

確か、そのときは装備もきっちり奪われたのでよく覚えていた。

反射的にそのPKerに直メッセージを送って参加希望を伝えた。
と同時にさっき検索してオンラインにいることがわかっていたリアル弟に暇かどうかを直メッセージで聞く。

U介(リアル弟)からはパーティー中だけど抜けられる旨の返信。
PKerからは是非いっしょに遊びましょうとの返信。

そのゲームに既に何人の参加希望があるかどうかはわからないのでさらに急いでU介にメッセージを送る。

僕→弟「詳しいことはあとで説明するからパーティー参加希望のメッセージをAさん(仮名)に送ってくんない?」

弟→僕「ふむ… いいよ。了解」

PKerのA氏(仮名)から再び、僕宛てにゲーム名とパスワードが直メッセージで送られてきた。なんか勢いで参加希望しちゃったけどどうするかなと思いつつ指定されたゲームにJoinする。ふとU介が参加出来たかどうかが不安になったが、村に着いた瞬間それは杞憂に終わった。
U介はすでに村にいて地面にアイテムを並べて整理していた。

僕はとりあえずみんなに英語でよろしくと挨拶をした。

集まった4人はこんな感じだ。(『DIABLO』のマルチプレイは最大4人)

U介がレベル50のローグ。
PKerのA氏(仮名)はレベル50のソーサラー。
僕はまだレベル40台半ばのソーサラー。
初めて会うBさんもレベル40台半ばのウォリアー。

まあバランスは悪くない。

とりあえずU介に直チャットで以前このA氏に殺されたことがあるのを説明すると、じゃあリベンジってことだねとのん気に返ってきた。びびってちゃあ兄の威厳もあったもんじゃないので、「おお、そういうこと(w」と豪語してはみたものの、事故ではなく意図的なPKはまだしたことがない事実は伏せておいた。

今回A氏(仮名)がPK目的なのかどうかははっきりしないが、もしそうだとしてもアドバンテージはこちらにある。なぜならこちらはA氏(仮名)がPKerなのを知っているし、僕と弟が旧知ということをA氏(仮名)は知らないからだ。


早速13階から16階のdiabloを目指して探索が始まった。


じつは『DIABLO』における魔法はパーティーアタックのオン、オフに関係なくつねに仲間にもダメージを与えてしまう。パーティーアタックボタンというものは、プレイヤーをカーソルでターゲットした状態で武器や魔法の攻撃が発動するかしないかだけのものでしかないのだ。
魔法は地面をターゲットしても発動するし、モンスターの近くにいるプレイヤーを巻き込む魔法も多い。だからソーサラーは攻撃魔法を使っていると事故で仲間を殺してしまうことがたまにある。弓も同様である。

当然ながらまだ誰もパーティーアタックはオンにしていない様子ではあったが、それはさほど重要なことではなかった。殺すことだけが目的なら、

モンスターの集団   殺したい相手   自分

一直線になるように立ち回りチェイン・ライトニングの魔法を放てばおそらく即死だろう 。プレイヤーアタックボタンは関係ない。でもそれだと事故死となにも変わらないし、僕は耳が欲しいわけじゃない。

じゃあ僕はどうしたいんだろう。

装備を奪いたいのか。いや、それが目的と言うよりは、装備を奪い殺すことによってPKされた悔しさみたいなものを知らしめたいというのがもっとも近い。

そう、まずはモンスターにとどめを刺させる状況を作り出さなければ。

とりあえずU介と相談し、油断を引き出すためにそのときが来るまではふつうにパーティープレイをこなすことにした。そして引導を渡すのは15階にしようということで合意した。16階はモンスターに殺されても装備を落とさない仕様になっているからだ。

13階、14階と順調に進む。

パーティーのバランスがイイということもあるが、弟のローグが非常に効果的な戦力となっているのが大きい。モンスターはヘル難易度になると魔法完全無効のものがけっこう出現する。そういう奴は物理攻撃が有効なのだが大抵近づくと逃げる。ウォリアーが追っかけて先行しすぎると回復魔法が届かなくなるし、戦線が拡大しすぎると他のモンスターがアクティブになって敵が増えてしまう。その上、プレイヤーは魔法攻撃を完全無効には出来ないので敵が増えると言うことはヘルでは死を意味する。
そういうとき物理攻撃であるローグの弓はものすごく頼りになるのだ。
しかもU介はマックスまで育ててるだけのことはあり、すべての魔法も覚えていた。魔法レベルはソーサラーより低いし、詠唱速度もソーサラー以下だけど、対応出来ない敵はいないのは間違いない。さらに驚いたことにU介は敵によって"剣と盾"も持ち替えて戦っている。

まあ正直こいつには勝てる気がしない(笑)

A氏のレベルも50ということで彼もまた強敵である。
果たして勝てるだろうか。そもそもA氏がこちらを殺すつもりでゲームに誘い込んだのであれば、向こうもどうやって殺そうかと考えているに違いない。それにBさんがA氏とグルという可能性も考えておかなければならない。
ただ今日に限って言えばA氏のプレイはかなり献身的で他人が死なないように回復したり味方を巻き込まないようにゴーレムや石化の魔法を効果的に使ってサポートしている。まあそれはこちらにも言える事ではあるし、それが余計猜疑心を強くする一因でもある。

ふと、A氏は今日はアイテム狙いなのか、もしくはPKを引退したかのどちらかかもしれないという考えが頭を過ぎる。

その瞬間、僕はやっぱり殺すことはないかなと反射的に考えた。

それは多分僕の根っこの部分に、他人の憎しみや怒りの上に僕の楽しさは成立し得ない性格があったからだ。でもこの世界には快楽殺人者を取り締まる権力もなければルールもない 。彼が殺人から足を洗った証拠はどこにもない。
弱者はいつまでも弱者でしかない。

ここはそういう世界なのだ。

だから僕はなんとなく、本当になんとなくやっぱりやめようかという文字を弟に送るのはやめておいた。ひとりだったら確実にPKするのはやめてたと思う。

近くで見ていると基本的にA氏は雷魔法をメインで使っていた。ショートカットで魔法は切り替えられるがつねにセットされている魔法は基本的にひとつ(又はふたつ)である。なのでメイン魔法を切り替えるには少なくともひとつキーを押してからクリックしなければならない。それと彼は強さに自信があるからなのか、テレポートで逃げるときに飛ぶ先が未探索エリアでも気にせず飛ぶことが何度か見えた。相手がこちらをカモだと思っているのならそれはブラフではなく、こちらが安心する空気を作ろうとしているとも考えられる。

こんな疑心暗鬼の緊張感のなかでゲームするのがそんなに楽しいのかと思われるかもしれないが、ぶっちゃけすごい楽しいです。

そういう人の猜疑心を煽る部分に面白さの本質を置くボードゲームやテーブルトークゲームはいろいろ存在する。同じようなものだ。痛みを伴なうぶんだけDIABLOのほうが緊張感は上だと言える。


結局、誰も死なずに15階まで来てしまった。表面だけ見れば連携の取れた理想的なパーティーだ。多分、このまま16階にいるラスボスDiabloまでそれほど苦労せず行けるだろう。

このとき、幸か不幸か15階には魔法使いが苦手とする通称"赤姉ちゃん"(サキュバス)とムカデが出現していた。赤姉ちゃんは魔法完全無効で、集団で出現し遠巻きに赤い魔法(Blood star)をばちばち連射してくる。ムカデはす速いうえに攻撃しても怯まないので、止まらずに向かってくる。そしていまここにいるムカデは中でももっともやばいAzure Drakeという種類だ。魔法と雷は完全無効 、炎魔法にも高耐性と魔法使いには最悪だ。物理攻撃が強くて弱点属性が無いなんてほとんど反則じゃないか。

15階の敵をすべて倒してしまうと計画の遂行が難しくなるので、U介と相談して早いタイミングでやろうということになった。

魔法使いを殺すのは正直簡単ではない。詠唱の速いテレポートもできるし、基本的に敵から離れた後ろのほうにいるので敵に止めを刺させるのが難しいからだ。ただ今回は赤姉ちゃんだ。集団で現れて赤色の痛い魔法を連射してくる。うまくムカデが絡んで機能してくれるとイイのだが。

とりあえず作戦としては赤姉ちゃんの魔法がA氏に集中して、逃げた先でムカデに殺されるというシナリオがわかりやすくてイイ感じだと短くチャットを交わす。タイミング次第では弟の弓か、僕の魔法でA氏を瀕死に出来ればベストだよねと。要するにすべてはタイミング次第なのだ。耳だけなら簡単なんだが……

降りてきた階段からしばらく進んだあたりでU介から直メッセージが入る。

「この先左方向は赤姉ちゃん地帯ね」

僕は覚悟を決めた。ためらいがあれば僕が死ぬ。
僕は別方向から連続テレポートでムカデを探しに飛んだ。少し飛んだ先でムカデを発見、ムカデたちを大量にアクティブにして赤姉ちゃん地帯と思われるエリアの壁の手前まで誘導する。少しでもミスすると多分即死だ。緊張で手の平にじわりと汗をかく。


なんとか誘導を追えU介にその旨を伝えるとすぐさま返事が来た。

「姉ちゃん大量につれてくるからAの後ろで待機よろしく(w」

僕は『Diablo』をプレイしてきて初めてPKボタンを押した。覚悟はしていたがそれを押すマウスの感触はなぜか生々しく感じた。それは銃の安全装置を解除するのと同じなのだ。
狙ってクリックするだけで他人を殺すためのスイッチ
1年かけてやっと集めたかもしれない装備を無慈悲に奪うための行為。

やつこそ殺人者なのに、なんだか非常に申し訳ない気がしてきた。

自分だったら悔しくて涙するくらいのことを他人にしようとしているのか、俺は。
罪はどの時点において消えるのか。罪は誰によって許されるのか。そもそも罪は人と切り離して考えるべきもので、この荒廃した世界においては何をもって罪だけを憎むということを行動として具現化できるのだろうか。

あまりに緊張して脳が高速回転し過ぎる。

正直やめようかとも思った。じつはイイ奴かもしれないし、少なくともいまのところはイイ奴だ。いちばん考えたくないことだが、同じ名前の他人かもしれない。

そしてPKという行為は悪意以外のなにものでもない。


………………………………
………………
……


手のひらの大量の汗。
マウスとキーボードが滑らないように汗をズボンの膝で拭う。

このときほど、自分の心臓の鼓動を大音量で聞いたことは過去に一度も無い。自分の心拍音にびっくりする経験なんて滅多に無いだろうな。

並んで慎重に進む僕とA氏の視界に赤い魔法の弾が見え始めた。
Bさんが仲間を守るために果敢にも各個撃破と突撃する。ここまでのパターンならローグの弓が援護するはずなのだが、この瞬間だけは違った。ローグは道の先にテレポートで飛んでいった。


彼女「……ねえ………………………………どう……」


なんとかなりそうに思われたのも束の間、道の先から大量の赤い魔法が押し寄せてきた。おそらく弟がアクティブにしたサキュバスが大量に押し寄せてきたのだ。(つーかこれ集め過ぎじゃね?)ってぐらいのサキュバス。サキュバスのグラフィックは基本的に胸丸出しの女性みたいなものなのである意味壮観だ。

魔法の集中砲火のなか、回復ポーションが追いつかずにウォリアーが死んだ。

次の獲物を探してサキュバスがふたりの魔法使いに近づく。

次に大量の赤い魔法が飛んでくるまえに、僕は今日まだ一度も見せていないArch Angel's Staff of Nova(全魔法レベル2アップの杖)とThinking CAP(全魔法レベル2アップの帽子)に装備しなおした。防御力と魔法耐性が下がってしまうが魔法の威力はかなり上がる。

そして、僕はほんの少しだけA氏よりさきにテレポートするタイミングを見計らって隣の通路に飛び、ファイヤーウォール(炎の壁)の魔法でムカデの"いない"周りの地面に炎を敷き詰めた。
プレイヤーもダメージを食らう炎の絨毯に一瞬でもテレポートを躊躇させられれば……


彼女「……………………来週……………………ねえ聞いて……」


A氏にとってはこっちの通路は未探索のはずだけど、案の定A氏は飛んできた。そして、そこはムカデの山だ。ムカデの攻撃は激速いからぐずぐずしているとあっというまに囲まれて屠られるぞ。

僕はテレポートしてきた瞬間をうまく狙ってムカデの群れにファイヤーボールを叩き込む。当然さっきまでと僕の魔法は威力が違う。ムカデに当たって爆風がA氏を巻き込む。さらに念の入ったことに通路の奥側から1発の弓矢がA氏を狙って放たれる。

盾によるブロックモーションでA氏は硬直する。

パニックになっているのは間違いない。

こいつらには全く無駄なチェイン・ライトニングの魔法がA氏から放射状に放たれるのと、彼の断末魔の叫びを聞くのとはほとんど同時だった。A氏はその場に装備をばら撒いて死んだ。

いつのまにか僕のすぐ後ろに回り込んできたローグがタウンポータルの青いゲートを開く。
万が一の為なんだろうが、ローグの弓はあっというまにムカデをズタズタにした。

A氏は死体のまま待っていた。僕とローグは無言のまま近づきA氏の見ている前で落とされた装備をすべて拾う。

A氏「WTF! plz rez me!」

(What the FU○K! Please resurrect me!)
(訳:なんだよ、ちくしょう!お願い蘇生して!)


彼女「……ねえ、来週クリスマスなんだけどどうするって聞いてんだけど……」


僕はA氏を蘇生してやり、生き返った直後に杖にチャージされているノヴァの魔法を連射した。ノヴァは詠唱者から同心円状に広がる雷の魔法で近くにいたら絶対に避けられない。もちろん裸だから雷耐性は0パーセント。ひとたまりもない。

ペチャという音とともに今度は"耳"を落とした。

僕はそれを拾った。
それは"Ear of A氏(仮名)"というアイテムで、説明文にA氏(仮名) Level 50と書いてある。要するに悪趣味な証明書みたいなものだ。

僕はわざわざ"耳"を拾っては地面に落とし拾っては地面に落としを繰り返した。地面に落ちるたびに"耳"はペチャと耳障りな音を響かせる。この音は今どこかの外国にいるであろう、A氏というキャラクターを操作する画面の向こう側にいる誰かさんの耳にも確実に聞こえているのだ。


その時点でAはすべてを理解したのかゲームから抜けてしまった。そりゃそうだろう。自分でやってたことだ。その場で命乞い(というかもう死んでるが)でもすれば装備を返してやらなくもないのにと軽く虚勢を張ってみる。

気がつくといつのまにかBさんも抜けていた。もしかしたらPKerだという風聞を流されるかもしれない。しかしやってしまったものは仕方が無い。それよりもこの後味の悪さが耐えられなかった。
奪ったアイテムは村に戻ってすべて売り払った。チート品かもしれないし、そうしなければPKをずっとしそうだったからかもしれない。売って得た代金は全部地面に捨てた。


ガチャンという音がして玄関が閉まった。


あれ?

部屋を見回すと彼女がいない。
そういえばさっき彼女がなんか話してたような気がする。でも何を言っていたのかまったく覚えてない。

時計を見ると午前3時を回っていた。


(なんかやばいかも)


僕はとりあえず弟に礼を言ってゲームを抜けた。電話代が掛かるのでとりあえず回線は切断して、PCの電源も切らずに慌てて上着を掴み外へ出る。

「さぶ!」

外は雪が降っていた。サンダルを靴に履きなおしてアパートの階段を下りる。ぱっと見回しても彼女はいない。でもこの時間に空いてる店なんてない。というかパジャマで出て行ったのかどうかすらわからない。そんなに時間は経ってないから遠くに行ってるはずはないんだけど……

1時間ほど捜し回っても結局見つからない。それよりも寒すぎるので一度アパートに戻ってみると、彼女はベッドで寝ていた。ほっとしたのと同時にどっと疲れが襲ってきた。

僕はベッドで寝たフリをしている彼女の横にもぐりこんでお休みと言って寝た。

僕はすぐに眠りに落ちた。あれこれ考える暇も無く。

その後、時たまPKを返り討ちにすることはあったけど、
僕は2度と自らPKをすることはしなかった。

投稿者 hero : 2006年12月13日 16:39