ファミ通.com

ファミ通媒体メニュー



実録!オンラインゲーム人生記

« 『PONR:DIABLO』 | 実録!オンラインゲーム人生記のホーム | 『聖夜:ULTIMA ONLINE』 »

『不正:DIABLO』

2006年12月22日

1997年という年はオンラインゲーム黎明期を語る上で最も重要な転機であったと言えます。
と言うのも、この年に発売されたオンラインゲームに、

『DIABLO』

『Ultima Online』

『QUAKE2』

といった複数の神ゲーがありました。これらを抜きにしてオンラインゲームの歴史は語れないでしょう。そして更に言えば、『HALF-LIFE』、『UNREAL』もこの年の年末あたりに発売が予定されていたはず。(僕は『HALF-LIFE』、『UNREAL』はプレイしていないので正確な発売日は記憶していない。正直、金欠だったのでそんなに出来なかったんです。申し訳ないm(_ _)m)。
更に更に、この年のPCゲーム雑誌には後に伝説となる『EVERQUEST』の開発初期段階のスクリーンショットが既に紹介されており、まさにオンラインゲームの未来は輝きに満ちている、そんな年でした。

そしてこれらオンラインゲームのマスターピースたちがこの時期に結実したことは、僕にとってとても幸運なことでした。なぜならISDNの普及など当時の環境の進歩もそうですが、この時期に僕がある程度は収入を維持できる年齢になっていなければ、それらを経験することすら出来なかっただろうからです。とにかく初期のオンラインゲーム(とそのプレイ環境の構築に)はとても金がかかりました。


『DIABLO』編で触れたように、また次回以降で語ることになる『Ultima Online』でも同様なのだが、オンラインゲームの最大の敵は間違いなくラグ(lag)である。というか、すべてのオンラインゲームでラグは最大最強の敵だと言っても過言ではない。
だってどんなに強く育ったキャラクターであっても回線が止まったり切れたりすれば、なにも出来ないんだから。そのせいで死亡した経験談なんてネトゲ経験者ならごまんとあるはずだ。対戦型(PVP)のオンラインゲームならラグの精神的ストレスはなお更だろう。反応がつねに1秒違えばほぼオンライン対戦FPSでは勝てないと思う。


快適にゲームがしたい。

このシンプルな欲求が全ての源である。
カウチにポテトでドラクエ三昧とか、50インチハイビジョンTVでピザ取って革張りソファーでFFXIとか、それらと同じレベルの欲求として、快適にオンラインゲームがしたい。


そして僕は考えた。

快適なオンラインゲームプレイ環境を構築するためにはなにが出来るだろうと。正直もう"ラグ死"は勘弁だ。
会社にはそれっぽい書籍や雑誌がたくさんあったのでとにかく調べ、最新情報を漁り、インターネット上でいろんな意見を見聞きした。その結果、1997年当時の僕がたどり着いた快適なオンラインゲーム生活のための課題はこんな感じでした。

●パソコンの性能アップ
●モデム速度のアップ
●回線速度のアップ
●インターネットプロバイダーのサーバースペックアップ
●近所のインターネットアクセスを減少
●もっと海底ケーブルの近くへ

PCのスペックアップはシンプルでわかりやすい。マシンが遅ければ回線がどうの以前の問題だ。具体的にはCPUを速いものに替える。メモリを増やす。グラフィックボードを速いものに替える。などなど、出来ることはいろいろありますが、当然お金がかかります。
金欠野郎の僕にはハードルが高い。ならお金がかからないパフォーマンスアップをしよう。定期的なHDDの最適化。デスクトップの壁紙は単色一色にする。写真とかグラフィックなんて貼らない。デスクトップにアイコンを可能な限り置かない。常駐型のプログラムを極力走らせない。再起動するときにはキャッシュをクリアーにする。などなど。
まあお金をかけずに出来ることもちょっとはあるわけで、やらないよりはやったほうが確実に少しよくなりますし、塵も積もればというじゃないですか……


それからモデムの速度はアナログ288からISDNに替えてアップしましたね。確実に速くなりました。
これはよし。


それ以外の課題は、じつはインターネットサービスプロバイダー(ISP)選びのことでもあります。簡単に言えば速いと言われるISPに乗り換えようってことなんですが、細かく言えば、上り下りの速度とか最大転送容量とかサーバーのスペックとか条件はまちまちなんですけど……

乱暴な言いかたをすれば、

料金が高いISPは速い!と(笑)。


このISP選択のよし悪しは、当時のオンラインゲームプレイでいちばんクリティカルな問題でした。

とにかくしょぼいISPはラグもひどい。この改善はパソコンを買い換えるよりも激的な効果を生む可能性がありました。
近所のアクセス問題というのは、高速道路に例えると判りやすい。5車線あっても利用者があまりに多いと渋滞しますね。それと同じで、たとえば同じマンションの誰かが同時に何人もケーブルTV接続のインターネットでエロ動画を大量にDLしてたりすると、僕の回線速度は間違いなく低下します。つまり理想は地域の基地局までの接続者が僕だけと。
まあありえませんけどね。
対策としてはエロっぽい住民をチェックしてプレイする時間にDLしないでとお願いする程度でしょうか。ただ基地局エリア全体でそれをやるのはかなりの根気と精神力が必要となります。というか出来ません、ごめんなさい。

そして最後に僕がたどり着いたもっとも重大な真実。

それは、


海底ケーブル! (バーン)

『DIABLO』も『Ultima Online』もサーバーが海外(アメリカ)です。知ってる人は知ってると思いますが、インターネットで日本から世界中にアクセスする時には海底ケーブルを必ず通っているのです。そしてこの1997年ごろ、アメリカへの通信用海底ケーブルは3本しかなかったのです。Trans Pacific Cable(TPC)ってやつです。いま調べると実際には97年当時4本あったようなんですが、そのころ僕が調べた範囲では3本だったと記憶してます。あ、いや4本あったかも。1本は細くて意味がないみたいな感じだったかもしれません。記憶が曖昧ですいません。事実、回線容量は480Mbpsから10Gbpsまでばらばらでした。
インターネットとはサーバーどうしが繋がって網の目のように広がっているもので、海外への出口であるTPCに直接繋がっているプロバイダーはTPC接続1次プロバイダーと言って数が限られていました。
インターネットの網の目はデータが通っていくサーバーの通り道がどこかで一ヵ所でも線が細くなっているとそこがボトルネックになって通信速度はそれ以上には絶対に上がりません。なので3本(4本)の海底ケーブルに直接接続しているインターネットプロバイダーがもっとも安定した通信状態を確保できると言うわけです。ちなみに3本の海底ケーブルの具体的な陸揚げ位置は千倉、三浦、二宮(宮崎)でした
(現在ではアメリカへの接続で7本、海外全体で14本あるようです)。


これらすべての情報をもとに僕の得たオンラインゲームに最適なISP選びとは、

"千倉か三浦に限りなく近いTPC1次接続プロバイダーのアクセスポイントがある市外局番エリアで、近隣住民があまりインターネットをしない過疎地域でしかも基地局のインフラだけはしっかりしているところに引っ越す"

でした(爆)

うーむ、半分は机上の空論ですし、間違った情報もあったかもしれません。
でも大部分は事実でもあります。が、まあ極論ですね。

まあそんな極論は無理としても、僕は何社もISPを乗り換えてはPING値(特定のサーバーへの通信速度とデータロストを計るアレ)を計り、計っては乗り換えをくり返しました。さすがに引越しはしませんでしたが……

そして最終的に落ち着いたのISPはIIJとOCNでした。

何故ふたつあるかって?

ふふふ


それは、たとえばインターネットは接続途中のあるサーバーが落ちると極端に通信状態が悪くなることがあります。場合によっては、その落ちたサーバーを回避するためにデータがアジア経由で海外に出てロシアを回ってアメリカへみたいなありえない経路を
辿ることもあります。そうなるとラグなんて生易しい状態じゃなくなってしまいます(いまは海外への回線も増えているのでそんなに深刻な状況にはならないとは思いますが)。
そんなときも別のISPを契約していれば大丈夫。接続するISPを変えればサーバー経路が変わるので落ちたサーバーを回避出来る可能性があります。ふたつのISPが違うTPCへの接続であればさらにイイですね。アメリカで落ちたサーバーすら回避出来るかもしれません。

これはとても大事です。落ちたサーバーが1時間で復旧するのか1週間かかるのかは予想できないのです。そのあいだあなたはラグのなかでプレイし続けるこ……

え?

えーと、

はい、

…………


そうです。バカです。オンラインゲームバカとしか言い様がありません。そのうえバカ高い電話代も払います。もうつける薬なんてありゃしません。でも、でもですね、そんな偉大な先人たちによる試行錯誤という名の屍が、テレホーダイを生み、ISP年間固定料金を生み、ブロードバンドの普及を生んだんだとは言い過ぎでしょうか。

給料の約半分をISDNの電話代(とネトゲ環境)に充てる!

そんな熱い(暑い?)バカがあのころはいたんですよ。

ええ、まあ、僕なんですが。

モバイルのパケ代が高くてびっくりするのとはわけが違います。食費を削って、彼女を失ってキャッシングでお金を借りてまで自ら繋ぐ茨の道なわけで……


はい、はい。すいません。すいません。話をもとに戻します。


さてと、とても熱中していた『DIABLO』に対してもやがて僕は急激に熱が冷めてしまう。

理由はとても簡単なことだった。

チート(不正改造)で大量にレアなアイテムが出回り始めたからだ。ORZ、KSH、GPWなどの最高数値という激レアを、欲しけりゃあげると言わんばかりに村でポイッと地面に捨てる人や、頼みもしないのに強引にくれる人に何人も出会った。人の心は弱いもので、チート品とわかっていてももらったら使ってしまう人もいる。中には絶対に敵が落としたものしか使わないという人もいたが、少数だったように思う。

事実Godly Platemail of Whale(GPW)というアイテムがあるのだが、僕がプレイしていた中では一度も拾ったことがない。存在しないという噂まで流れていた。

いやもちろん実際には見つける確率はゼロではないと思う。でもモンスターレベル以下のレベルのアイテムしか敵からは出現しないというDIABLOの基本に則って考えると、魔法効果『Godly』はレベル60、『of Whale』もレベル60である。通常の敵のマックスも60(プレイ中には判らない)である。亜種も数えて84種類いるモンスターの中でレベルが60になるのはヘル難易度でのおそらくたった3種類のみ。群れのユニークボスでレベル60を超える可能性があるのがやはりヘル難易度でおそらく11匹しかいない。KSHもORZもヘルなら雑魚でも落とす可能性があることを考えるとGPWは出ないなんてもんじゃない。それこそ幻のアイテムといわれてもおかしくないぐらいの天文学的な低確率でしか出なかった。

でもそんな夢のGPWを、あるとき弟が「人からもらったけどいらないからあげる」と言って、僕にくれた。

僕「……………………」
弟「……………………」
僕「……thanks……」
弟「np」


はっきり言って超萎えた。

もし一生に1個出会えるかどうかというアイテムを、簡単にタダでもらってしまったら……

正直、使おうかどうしようか小一時間悩みましたよ。フロドの気持ちが痛いほどよく判りましたね、マジで。結局のところ、悩んだ末に僕は店に売ってお金にしたんだけど、そのときの悪魔に魂を売るかどうかに近い僕の中での葛藤は、僕の熱意への最後通告になりました。それはいつか耐えられなくなる種類のプレッシャーでした。
そしてしばらく経つとロビーで「ORZ激安販売中!」とか「GPW売ります!」といったチャットメッセージをよく見かけるようになったのです。

それがとどめ。もうだめだでした。モチベーションの維持は不可能だ。

僕は引退を決めた。


そして『DIABLO』をやめた。


いまでもやってる人がいる神ゲーは、チートというありふれた身勝手な行為によって、いとも簡単にその熱を確実に失ってしまいました。非常に残念なことだ。でも、これもオンラインゲームの持つ構造的な危うさの一面なんですね。未だに僕がオンゲー/オフゲー関係なく、チート行為に対して過剰なほど拒絶してしまうようになったのは、このときの落胆があまりにも激しかったからにほかならない。

でも落胆してばかりもいられなかった。

それはなぜかと言うと、

ぐふふふ

もう『Ultima Online』を買ってあるからさ!

このゲームはすごい。なにがすごいかって、電子の海の中に本気で世界の創造を目指したゲームは、後にも先にも『Ultima Online』しかないと、いまでも僕は思っている。そのゲームの中に存在するさまざまな理(ことわり)は高度な次元で見事に融合していた。それは見事としか言いようがなく、もしかしたら本当に奇跡だったのかもしれない。

そこには単なるダンジョンとかではなく、間違いなく世界があった。

それは世界で始めてのMMORPG(多人数参加型PRG)

ひとつのサーバーに数千人が同時に参加して遊ぶなんて聞いたことが無かったし、ましたや何千人が何百人だったとしても想像も出来ない。それぐらい画期的なことでした。また広告のキャッチコピーいかしてて、「Join us?」だって。もう、はい!はい!参加しますしますと諸手を上げて走り出したくなるような衝動に駆られます。


こうして僕は見習い魔法使いとしてソーサリアという名の世界に最初の一歩を踏み出した。

1997年のクリスマスの数日前のことでした。

投稿者 hero : 2006年12月22日 14:53